私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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虹の世界

後夜祭8

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 その後、やっと食事にありついた私。
 隣に紅がずーっと張りついているため、いつもの半分しか喉を通らなかった。猫を被っているわけではないけれど、身体にピッタリしたドレスだし、好きな人の前では小食になる乙女心を理解してほしい。それでも、食べないという選択肢はないんだけど。
 
 フロアの中央では、今もダンスが続いている。
 いつもはそろそろ寝る時間でも、今日だけは無礼講で楽しむことができる。ここにいるみんなもまだまだ元気なようだ。目の前では、様々な人間模様が繰り広げられていた。

   紅がダンスの誘いを全て断っているせいか、断られた女子に片っ端から声をかけ、砕け散ってる男子がいる。そうかと思えばめげずに声をかけ続け、とうとうパートナーを見つけた人も。
   あっさり橙也に乗り代えた女の子達は、ダンスかキスかでキスを選び、頬と額のどちらにするかと盛り上がっているようだ。ヒロイン――じゃないけど可愛い桃華は、藍人や黄と楽しそうに踊っているみたい。

 この世界はゲームではなかった。でも、ヒロインが桃華で他の乙女ゲームにあるようなお友達エンドだったら、こんな感じの終わり方かもしれない。
 そういえば『虹カプ』もバッドエンドがなくて、ノーマルエンドでもこの先を予感させるような内容だった。もしそうなら、桃華の相手は蒼なのか黄なのか。それとも橙也か藍人か碧先生? ヒロインの恋模様を見られなかったのは残念だけど、紅が攻略対象でなくて良かった。彼だけはどうしても譲れないから……
 どうやら私も、紅に負けないくらい嫉妬深いみたいだ。

「終わりよければすべてよし、かな?」

 私は思わず呟いた。
 自分の考えにクスリと笑ってしまう。
 ゲームの卒業パーティーと似ているせいか、ついエンディングを想像して楽しんでしまった。

「終わりじゃないだろ。ここからようやく始まるんだ」

 紅が私を見つめている。
 淡い茶色の瞳が優しくて、微笑まれるとドキドキする。学園に入学したばかりの頃は、幼なじみの紅とこんな関係になるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
 この世界をゲームだと思っていた自分は、今思えば情けない。現実の恋愛はゲームよりももっと複雑で、苦しいものだった。だからこそみんな一生懸命になるし、想いが通じ合えば嬉しくなる。

「そうだね。私ももう一度、みんなと仲良くなれるように頑張るよ」

 うちの事情のせいで、たくさんの人を振り回してしまった。もしも我が家にお金があれば、特待生枠を使わずにこの学園に女の子として通えたことだろう。学費タダにつられて男装したため、私はみんなに正体を隠していた。
 だから、たとえこの先責められようと真摯しんしに受け止め向き合って行くしかないと思う。私にできることはそれしかないから。
   自分の選択に後悔なんてしていない。もしこの学園にいなかったら、紅への想いに気がつかず、両想いにはなれなかった。
 それに許されるなら、この先も虹の仲間と一緒にいたい。ここに残って大好きな彼らと共に過ごせるなら、私は自分にできる努力は何でもしようと思っている。

「ああ。当然俺も協力する」

 そう言った紅が、グラスを置くと私に向かって手を差し出した。

「紫、もう一度俺と。踊ってくれますか」

 目を細める紅。
 彼の整った唇には、微かに笑みが浮かんでいる。
 ああそうか、そうだったんだ。
 私は急に気がついた。
 彼は好きな人のことを想う時、いつもこんな表情をしていた。それが私のことだったなんて、その時は考えもしなかった。思い至らなかった自分は、ほんの少し、本当にちょこっとだけ、人の好意に鈍感なのかもしれない。

「もちろん。喜んで」

 ――伸ばされた紅の手を取った私は、憧れていた虹の世界を手に入れた気がした。
 


 *****


 
 後夜祭の後で理事長室に呼び出された俺――櫻井 紅輝は、親父の尋問とも取れる長い説教を受けていた。紫を学園に入れるにあたり、約束した三つの事柄のうち二つに違反したからだ。
 一、紫に気持ちを押し付けず、自分から告白しないこと
 一、卒業するまで紫に決して手を出さないこと

「それで? お前はなぜ、堂々と約束を破ったのかな。言いたいことがあるなら聞くが」

 デスクに肘をつきこちらを見る親父からは、妙な威圧感が漂う。だけど、自分の親だし何度か一緒に仕事もしているから、さすがにもう慣れた。俺は親父を正面から見返すと、肩を竦めながら言うべき言葉を発する。

「親父と同じことをしたまでだけど?」
「……ほう?」

 櫻井財閥総帥である父、櫻井 黒江の片眉が上がった。
 黒髪に整った容姿の彼は、我が親ながらよくモテる。だが、おふくろが亡くなってからだいぶ経つのに未だに独りだ。仕事が忙し過ぎるために再婚しないのかと思っていたら、どうやらそうではないらしい。調査の結果、親父はお袋を誰よりも深く、今も愛しているからだと判明した。

「親に反対されたのに、イギリスまでお袋を追っかけたんだって? 挙句の果ては駆け落ちって、俺よりひどいんだけど」
「もみ消したはずだがよく調べたな。ああそうか、それで――。夏、早めに国外へ出たのはそのためか?」
「まあね。一つはそうだ」

 もう一つの理由は、紫に贈るドレスを仕立てるため。サイズは予め紫のご両親に聞いていたから、店側に無理を言って仕上げてもらった。想像以上に似合っていたので、目にした時は思わず息を飲んだ。

「そうか。だったら全て覚悟の上だと言うんだな」
「もちろん。紫を手に入れるのに、のんびり手段なんか選んでられるか」

 ただでさえ、彼女を好きなやつは多い。
 男装させて手元に置きはしたが、それでもバレそうになるくらい彼女はどんどん綺麗になっていった。ぐずぐずしてたら他の誰かに、あっさり奪われてしまったことだろう。
 紫が、相手から向けられる好意にとんでもなく鈍い性質で良かった。また、この世界をゲームだと思い込んでいたことが幸いした。ようやく想いが通じたものの、今後も油断はできない。側でガッチリ見守る必要がある。

「お前の考えはわかった。だが、約束を破ったことに変わりはない。理事長の正体と借金の肩代わりのことを彼女に話そうと思う」
「別にいいけど。でも、俺が降格なら理事長は蒼だろ? 嘘は良くないんじゃなかったっけ」
「おや、どの口が言うのかな? さっきの講堂での話、外まで聞こえていたぞ」

 親父が言っているのは、紫を男装させた理由についてのことだ。みんなに語った中には、嘘が半分真実が半分。

「ブラフの中に真実を織り交ぜればもっともらしく聞こえる。そう教えてくれたのは親父だけど」
「口の減らないやつめ。レナが見たら嘆くぞ」
「立派に成長したって感激して? 確かに、お袋が今の俺と紫を見たら喜ぶかもな」

 親父は答えずに唇の端を上げた。
 遠い目をする彼は、亡くなったお袋のことをまだ忘れていない。大財閥の総帥で冷たい人間だと恐れられる親父でも、蓋を開ければ亡くなった妻に一途なただの男だ。そんな親父を尊敬するし、俺も負けないくらい紫を大事にしようと思う。俺達はまだ、これからだから。

「話はわかった。処分は追って伝えよう。蒼士を呼んでくれ」

 呆れたようにため息をつく親父は、何だかんだ言いつつ息子達を大切にしている。そのことを知っている俺は、安心して頷くと理事長室を出た。
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