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虹の世界
後夜祭2
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同じクラスの女生徒から、次々ダンスの相手を申し込まれた。けれど俺は断った。この場合は構わない。優勝したクラスの一員である以上、俺にも選ぶ権利があるからだ。それぞれが相手を決めて中央に出て行く中、俺はまだ紫を探している。やはりこの場にいないみたいだ。落胆が顔に出る。
紫記狙いの女生徒達もキョロキョロしていたが、何とか代わりのパートナーを見つけていた。花澤は蒼を、彼女の友達は藍人や黄を引っ張り出していた。女子の一部が橙也を取り合って揉めていたが、順番ということで話がついたようだ。この分だと橙也は最後まで、ここで踊り続けなければならないだろう。
男子は遠慮なく断られるため、同じクラスの女子に申し込むのを諦めたみたいだ。会場内を相手探しに奔走している。
「そろそろよろしいでしょうか。時間がありませんので、二年一組の皆さんは相手を決めた順に中央に進み出て下さい」
紫がいないのなら、俺は誰とも踊るつもりはない。あまり例はないけれど、このまま権利を放棄するのもいいかもしれない。
「紅輝様、相手が決まらないなら私と」
「いえ、私の方が今日の装いにピッタリかと」
「何言い出すのよ。どう見ても私でしょ!」
わざわざ来てくれた彼女達には申し訳ないが、ダンスをする気がない以上断らせてもらった。我ながら未練がましいとは思うけれど、ファーストダンスは好きな子と踊りたかったから。苦笑した俺は前に進み出ると、アナウンス係に目配せする。目が合ったので首を横に振り、踊る意思のないことを示した。
「それでは始めましょう」
楽団が楽器を構えた。
俺は目を細め、ここにいない彼女を想う。
今まさに演奏が始まろうとしたその時、入り口付近が突然ざわついた。
「誰だ、あれは」
「すごいドレス。何て素敵なの!」
「本当にうちの生徒か?」
「綺麗な人。見て、あの瞳。羨ましいわ」
ああ、ようやく――
待ち人の姿を認めた俺は、人をかき分け彼女の前に立つ。
紫は、この場にいる誰よりも輝いていた。胸元の水色から白いレースの裾へのグラデーションのドレスは、思った通り彼女によく似合っている。むき出しの白い首と肩が目に眩しい。軽く結った黒髪はウィッグだが、本来あるべき長さのように思えた。薄く化粧を施した顔は言うに及ばず。心を捉えて離さない印象的な紫色の瞳は、ハッとする程美しい。
俺は紫に自分の手を差し出した。
「踊っていただけますか?」
「喜んで」
頬を染め答えた紫が、俺の手に自分の手をそっと重ねる。俺は彼女をフロアの中央へ堂々とエスコートした。
俺達が到着すると、楽団が演奏を始めた。
華麗なワルツの調べが流れ出す。
緩やかな曲に合わせて彼女をリードする。
腰に回した手から彼女の緊張が伝わって来た。
「リラックスして。力を抜いて楽に踊ればいい」
「ごめん。女性パートは慣れてないから、足を踏んでしまうかも」
「踏まないようにもっとくっつけばいい。それに、お前に踏まれるなら本望だ」
言いながら彼女の腰を引き寄せる。
こんなに華奢なのに、よく今まで男として振る舞ってきたと思う。俺が言い出したこととはいえ、紫には辛い思いをさせてしまった。だがこれからは、不自由な思いはさせないと約束する。
徐々に緊張がほぐれたのか、何度目かのターンの後、紫が話しかけてきた。
「あの……紅、遅くなってごめんなさい。講堂の前まで来たんだけど、いざとなるとなかなか勇気が出なくって」
「いや、来てくれただけで嬉しい」
思ったままを口にした。
諦めた後だったから、彼女が腕の中にいることがまだ信じられない。しっかりホールドしておかないと、消えてしまいそうだ。
そんな俺の心配をよそに、紫は辺りを見回している。今来たばかりで珍しいのかもしれないが、できればこっちを向いてもらいたい。俺は紫の耳に唇を寄せると、彼女だけに聞こえるよう囁いた。
「すごく綺麗だって言ったかな?」
「えっ……そんな! 紅こそ素敵だよ」
驚く紫が可愛い。
自分の姿を鏡で見たからわかっているだろうに、謙虚な姿勢が好ましい。動揺して揺れる紫色の瞳があまりにも綺麗で、溺れてしまいそうだ。頬は薔薇色だし、小さな赤い唇はわずかに弧を描いている。
じっと見ていたら、恥ずかしそうに目を伏せられてしまった。長いまつ毛が震えている。まだ少し緊張しているのか、大きく息を吸い込んだ胸が上下している。落ち着かせたくて、俺はわざと軽口をたたいた。
「思っていたより上手だ。まだ踏まれていない」
「もうっ!」
ふくれる紫も可愛い。
思わず口元が緩んでしまう。
彼女のこんな姿を見ながら、会場からすぐに連れ去らない自分はかなり偉いと思う。けれど、二人きりになるのはまだ後だ。今は先にするべきことがある。
そんな俺達を、周りの人間は踊りながら興味津々で眺めているようだ。特に男子の視線は、自分達のパートナーより紫に釘付けだ。蒼や黄はもちろん、橙也や藍人までこちらをちらちら窺っている。こうなることはわかっていたとはいえ、少し面白くない。
「紫、俺だけを見て」
「もちろん見てるよ? あのね、私……」
そんな中、すれ違いざま紫の耳に囁きかける者がいた。
「紫記ちゃん。そのドレス、似合っているね」
「……え?」
橙也だった。
自分の相手に集中すればいいのに、余計なことを。
俺は橙也を睨むと、足の止まった紫を腕の中に引き寄せた。
「男の嫉妬は見苦しいよ?」
「うるさい!」
微笑を浮かべる橙也は、やはり紫の正体に気づいていたか。こちらを見ながら面白そうな表情をしている。反対に、すぐバレたと焦ったのが紫だった。
「どうしよう。紅、私……」
「大丈夫だ。全て任せておけ」
腕の中で震える紫に愛しさが溢れ出す。
たまらず俺は、彼女の頭頂部にキスを落とした。
途端に一部で悲鳴が上がる。
「こ、ここ紅! みんな見てるのに」
見せつけていると言って欲しい。
好きな相手と踊るための一位だ。
俺の気持ちはもう、みんなにバレていると思う。
紫記狙いの女生徒達もキョロキョロしていたが、何とか代わりのパートナーを見つけていた。花澤は蒼を、彼女の友達は藍人や黄を引っ張り出していた。女子の一部が橙也を取り合って揉めていたが、順番ということで話がついたようだ。この分だと橙也は最後まで、ここで踊り続けなければならないだろう。
男子は遠慮なく断られるため、同じクラスの女子に申し込むのを諦めたみたいだ。会場内を相手探しに奔走している。
「そろそろよろしいでしょうか。時間がありませんので、二年一組の皆さんは相手を決めた順に中央に進み出て下さい」
紫がいないのなら、俺は誰とも踊るつもりはない。あまり例はないけれど、このまま権利を放棄するのもいいかもしれない。
「紅輝様、相手が決まらないなら私と」
「いえ、私の方が今日の装いにピッタリかと」
「何言い出すのよ。どう見ても私でしょ!」
わざわざ来てくれた彼女達には申し訳ないが、ダンスをする気がない以上断らせてもらった。我ながら未練がましいとは思うけれど、ファーストダンスは好きな子と踊りたかったから。苦笑した俺は前に進み出ると、アナウンス係に目配せする。目が合ったので首を横に振り、踊る意思のないことを示した。
「それでは始めましょう」
楽団が楽器を構えた。
俺は目を細め、ここにいない彼女を想う。
今まさに演奏が始まろうとしたその時、入り口付近が突然ざわついた。
「誰だ、あれは」
「すごいドレス。何て素敵なの!」
「本当にうちの生徒か?」
「綺麗な人。見て、あの瞳。羨ましいわ」
ああ、ようやく――
待ち人の姿を認めた俺は、人をかき分け彼女の前に立つ。
紫は、この場にいる誰よりも輝いていた。胸元の水色から白いレースの裾へのグラデーションのドレスは、思った通り彼女によく似合っている。むき出しの白い首と肩が目に眩しい。軽く結った黒髪はウィッグだが、本来あるべき長さのように思えた。薄く化粧を施した顔は言うに及ばず。心を捉えて離さない印象的な紫色の瞳は、ハッとする程美しい。
俺は紫に自分の手を差し出した。
「踊っていただけますか?」
「喜んで」
頬を染め答えた紫が、俺の手に自分の手をそっと重ねる。俺は彼女をフロアの中央へ堂々とエスコートした。
俺達が到着すると、楽団が演奏を始めた。
華麗なワルツの調べが流れ出す。
緩やかな曲に合わせて彼女をリードする。
腰に回した手から彼女の緊張が伝わって来た。
「リラックスして。力を抜いて楽に踊ればいい」
「ごめん。女性パートは慣れてないから、足を踏んでしまうかも」
「踏まないようにもっとくっつけばいい。それに、お前に踏まれるなら本望だ」
言いながら彼女の腰を引き寄せる。
こんなに華奢なのに、よく今まで男として振る舞ってきたと思う。俺が言い出したこととはいえ、紫には辛い思いをさせてしまった。だがこれからは、不自由な思いはさせないと約束する。
徐々に緊張がほぐれたのか、何度目かのターンの後、紫が話しかけてきた。
「あの……紅、遅くなってごめんなさい。講堂の前まで来たんだけど、いざとなるとなかなか勇気が出なくって」
「いや、来てくれただけで嬉しい」
思ったままを口にした。
諦めた後だったから、彼女が腕の中にいることがまだ信じられない。しっかりホールドしておかないと、消えてしまいそうだ。
そんな俺の心配をよそに、紫は辺りを見回している。今来たばかりで珍しいのかもしれないが、できればこっちを向いてもらいたい。俺は紫の耳に唇を寄せると、彼女だけに聞こえるよう囁いた。
「すごく綺麗だって言ったかな?」
「えっ……そんな! 紅こそ素敵だよ」
驚く紫が可愛い。
自分の姿を鏡で見たからわかっているだろうに、謙虚な姿勢が好ましい。動揺して揺れる紫色の瞳があまりにも綺麗で、溺れてしまいそうだ。頬は薔薇色だし、小さな赤い唇はわずかに弧を描いている。
じっと見ていたら、恥ずかしそうに目を伏せられてしまった。長いまつ毛が震えている。まだ少し緊張しているのか、大きく息を吸い込んだ胸が上下している。落ち着かせたくて、俺はわざと軽口をたたいた。
「思っていたより上手だ。まだ踏まれていない」
「もうっ!」
ふくれる紫も可愛い。
思わず口元が緩んでしまう。
彼女のこんな姿を見ながら、会場からすぐに連れ去らない自分はかなり偉いと思う。けれど、二人きりになるのはまだ後だ。今は先にするべきことがある。
そんな俺達を、周りの人間は踊りながら興味津々で眺めているようだ。特に男子の視線は、自分達のパートナーより紫に釘付けだ。蒼や黄はもちろん、橙也や藍人までこちらをちらちら窺っている。こうなることはわかっていたとはいえ、少し面白くない。
「紫、俺だけを見て」
「もちろん見てるよ? あのね、私……」
そんな中、すれ違いざま紫の耳に囁きかける者がいた。
「紫記ちゃん。そのドレス、似合っているね」
「……え?」
橙也だった。
自分の相手に集中すればいいのに、余計なことを。
俺は橙也を睨むと、足の止まった紫を腕の中に引き寄せた。
「男の嫉妬は見苦しいよ?」
「うるさい!」
微笑を浮かべる橙也は、やはり紫の正体に気づいていたか。こちらを見ながら面白そうな表情をしている。反対に、すぐバレたと焦ったのが紫だった。
「どうしよう。紅、私……」
「大丈夫だ。全て任せておけ」
腕の中で震える紫に愛しさが溢れ出す。
たまらず俺は、彼女の頭頂部にキスを落とした。
途端に一部で悲鳴が上がる。
「こ、ここ紅! みんな見てるのに」
見せつけていると言って欲しい。
好きな相手と踊るための一位だ。
俺の気持ちはもう、みんなにバレていると思う。
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