私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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近くて遠い人

文化祭8

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「どうした? 紫記、見ろよ。みんなすごく張り切ってるぞ。今までで一番ノリがいいかもな」
「委員長、どさくさに紛れて紅輝様に抱き着いてるわ。意外とやるわね」
「うわ、姫のスカートの中が見えそうだ。いいな~紅輝、役得で」
「こんなシーン、滅多に拝めないぞ?」

 舞台袖で後ろを向く私に仲間達が声をかける。当分セットは変わらないから、私達の出番はない。みんなが劇を見て楽しんでいる。アクションシーンでは、愛し合う二人に魔女がボコボコにされてしまう。可哀想なので、あまり見たくない。

「ほら、見てみろよ。くぅぅ、俺も紅輝になりたい!」
「いや、僕はいいよ」
「何だよ、紫記。照れるなって」

 嫌だと言うのに後ろから羽交い絞めにされ、顔を無理やり舞台の方に向けられる。肩で息をしている桃華と委員長が、王子の紅を間に挟んで引っ張り合っている。これはさすがに見たくないな。
 
「あれ? 紫記、お前……」

 いけない、もしかして嫉妬してるの気づかれた!?

「お前、意外に胸板厚いのな」
「え?」

 さっきちょうど胸に手が当たったから、まさか女の子だとバレたんじゃあ?   離れるため、身体をよじって逃げようとする。けれど、回された手は外れない。
 どうしよう、何て言ってごまかせばいい?

「綺麗な顔だし女みたいだと思ってたけど。意外に鍛えてんだな」

 違った。
 喜んでいいのか悲しむべきか。
『女みたい』って、正真正銘女の子なんですけど。『綺麗』っていうのも男にしてはってことでしょう? 最近胸も成長したから、確かにさらしがきついけど。まさか、大胸筋に間違われるとは思わなかった。
 私は引きつった笑顔で、彼の手をどけようと試みる。すると――

「痛っ!」

 声を上げたかと思うと、彼の手が急に引きがされた。

「紅!」

 振り向けば、目の前に紅が立っている。どうして?   ステージにいたはず。アクションシーンは終わってないよね。
 
「これ、結び目がほどけた。早く直せ」

 そう言って、紅は剣をさやごと私に差し出した。でもこれは飾りだから、そんなに重要じゃないんだけど。
 そこまでこだわりがあったなんて知らなかった。でも、急ぐみたいだから慌てて結び目を確認する。良かった、紐は切れてないみたい。ほどけただけなら自分で結べば良かったのに。

「紅輝お前っ。舞台はどうした!」
「弾き飛ばされたフリをして退がった。大丈夫、あの二人ならアドリブで取っ組み合いのケンカをしている。それより、この手は何だ」
「紫記とふざけてただけだろ?   本番中によく見えたな。お前スゲーな」

 二人の話を聞きながら、私はすぐに鞘に紐を巻き付け結び直した。

「はい、できた。次ほどけてもそのままでいいから」
「ああ。それより紫記、ふざけてないで最後までちゃんと見とけよ」
 
 受け取る紅はなぜか機嫌が悪そうだ。
   ふざけてるって失礼な。向こうが絡んで来たのに。それに、桃華と自分のシーンを私に見せつけてどうしたいの?
 思わずムッとしてしまう。

 口を開きかけた紅は、周りを気にしたのかすぐに閉じた。代わりに私の肩を掴むと、手に一瞬だけ力をこめる。彼は目を細めると、その手を外した。そのまま背を向け、大股で舞台に戻って行く。
   今のはいったい何なの? あなたは何が言いたいの?
 ごく自然に舞台に戻った紅。何事もなかったかのように演技を続けている。

『びっくりした。まさか姫が竜より強いとは』

 アドリブのセリフが、客席から笑いを誘っている。王子が途中でいなくなったのに、観客はおかしいと感じていないようだった。この後、紅は桃華と協力して魔女役の委員長を倒す。そして、愛し合う二人は見事結ばれ大団円となる予定だ。

 

 ――王子と姫が力を合わせて魔女の魔法に打ち勝つ。魔女は呪いの言葉を吐きながらその場にパッタリ倒れる。魔女をその場に残した姫と王子は、手に手を取って喜び合う。

『ああ、王子様。夢のようです。これでもう、悪い魔女はいなくなりましたのね』
『そうだね。でも姫、少しだけ待って欲しい』
『……え?』

 見ていると、王子役の紅が魔女役の委員長を助け起こしに行った。そして、彼女に囁く。

『ごめん、君の気持ちに気がつかなくて。ここまで私を想ってくれていたとは、知らなかったんだ』

 予想できない展開に会場中がシンとしている。もちろん私も。まさか王子、土壇場で姫から魔女に乗り代えるつもり?

『だけどすまない。私は姫に愛を誓った身だ。それに、生涯たった一人の人しか愛せない。君の気持には、残念ながら応えられない』

 まさかの新展開。
 魔女は死んでなかったってこと?

『王子様……』

 魔女が王子の頬に手を当て呟く。
 紅の腕の中で横たわる委員長の腕が震えている。迫真の演技だ。彼女の悲しみや苦しみが切なくて、思わず胸が痛くなる。私は息を飲み、胸の前で手を握った。

『君の忠節に感謝している。今までありがとう。だがこれからは君らしく、姿生きて欲しい』
『ええ、そうします。私こそありがとうございます。やっぱり私、貴方を愛して良かった……』

 台本と全然違う!
 でも、こっちの方が私は好きかも。脚本と演出の子が食い入るように見つめている……ってことは、ここも変更箇所なのね? 紅が「ちゃんと見とけよ」って言ったのは、このシーンのこと?

 今までありがとう。やっぱり桃華がいいから、魔女のように潔く身を引いて欲しい。キスをしたけど一番じゃない。そこのところを勘違いしないでほしいって、そういう意味?
 もしそうなら、断る前にダメ出しされた気分だ。
 
『待たせてすまない、姫』
『いいえ。貴方が私のところに帰って来るって、ちゃんとわかっていましたもの』
『そう言ってくれて嬉しい。私が愛するのは君だけだ。生涯を共にしたいのも。姫、貴女のためなら私は……』

 その後は、台本通りに戻ったようだ。艶のある紅の声と健気な桃華のセリフに、皆が引き込まれている。
   互いの愛を確かめ、堅く抱き合う二人。私は装置をいじると、背景を教会の絵に変えた。最後は薔薇の花びらを撒きながら、出演した全員が再び舞台に登場し、王子と姫の結婚を祝福する。

 幸せな結末に、客席から割れんばかりの拍手がおくられている。紅と桃華、似合いの二人をみんなが称賛しているようにも聞こえる。
   観客に笑顔で応える二人を見ているだけで、胸が苦しい。堂々と紅の隣に立てるのは、私ではない。男の子の格好では、これからだって誰にも認めてもらえない。
 


 劇が終わり、幕が下りた。
 この後は、カーテンコールでクラスのほとんどがステージの上に立つ予定だ。でも私は、二人の側にいるのが辛い。

「ロビーにある投票箱を見てこよう」

   私は舞台袖を抜け出すと、一足先に講堂の出口付近に向かった。
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