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近くて遠い人
文化祭4
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我ながら現金だとは思う。
けれど、ここに来た時どん底だった気持ちは、甘い期待で浮上していた。紅の告白を一度は断ったというのに、想いが届いただけでも奇跡だ。
彼は私のことを好きだと言ってくれた。超絶美少女の桃華ではなく。世話役として、一応視力検査を薦めておこう。あとは、男っぽいタイプが好きかどうか確認しておかないと。橙也と違ってそっちの趣味を疑われることはないと思うけれど、念のため。
私は顔を上げると、部屋のドアを見つめた。紅が慌てて出て行ったのは、ミスコンの放送があったから。それなら会場に行けば、もれなく彼の姿が見られるはず。いなくなった途端に顔が見たいと思うなんて、私ったら相当重症かも。でも、客席から見ているだけなら邪魔にならないよね?
モテる彼に嫉妬したり、つきまとって「重い」と思われるのは嫌だから。そこは気をつけないといけない。ただ見に行くだけだと自分に言い聞かせた私は、そのまますぐに寮を出た。
そんなに時間が経ったようには感じられなかったのに、コンテストは既に始まっていた。『ミス彩虹学園』を決めるため、ステージ上には事前の予選を勝ち抜いた5人の美女達が並んでいる。皆、鮮やかな色合いのドレスを着てポーズを決めている。
その中にはもちろん、桃華の姿もあった。黄色いドレスが可愛いな。さすがはヒロイン……じゃなかった、美少女。何を着てもよく似合う。このミスコン、自薦他薦は問われない。桃華は同じクラスの女友達に推薦されていたんじゃなかったかな?
出場者はハンドベルや手品など、可愛らしい特技を披露している。バレエが得意で、身体の柔らかさを強調している子もいた。この中では桃華が一番可愛いから、優勝間違いなしだ!
「エントリナンバー4。二年、花澤桃華です。特技は空手なので瓦を割ります!」
え? 瓦割り?
私は耳を疑った。
桃華が空手を習っていたとは知らなかった。そんなの、『虹カプ』のプロフィールに出ていなかったから。ゲームの設定では、ヒロインはバレエにハマっていたはず。コンテストでは優雅につま先立ちを披露していた。やはりこの世界、ゲームとは全く関係がないみたい。
「きえーーっ」
桃華は素手で五枚の瓦を割った。
その様子に会場中が一瞬シンとしてしまう。回し蹴りが得意だったのも納得できる。空手では、蹴り技も習うはずだから。だけど、ドレスで瓦割りだとアンバランス感が半端ない。ちょっと不思議な光景だ。まあ確実に一番目立っていたけれど……
可愛いだけじゃなく、強いこともわかった。これからは、桃華を怒らせないようにしなくっちゃ。
審査は投票ではなく声援だった。
集音して計測する大きな機械があるから、会場の大きな声や拍手がそのまま得点に繋がるらしい。それなら審査員必要なかったんじゃないのかな? 審査員席の人達はちょろっとコメントする程度で、全員生徒会のメンバーだ。紅の姿はどこにもない。じゃあ何で、さっき急いで出て行ったんだろう?
紅を見に来たはずなのに、私は桃華に目を奪われていた。せっかく同じクラスだし、最後まで応援して帰ろうかな。
結果は予想通りだった。
桃華が男子にも女子にも人気が高く、ぶっちぎりで優勝していた。客席後方にいた私の声や拍手も入っていたと思う。少しでも桃華の優勝に貢献できたなら嬉しい。
桃華に向けて大きな拍手をしていた私。すると『ミス彩虹』となった彼女をエスコートするために、真っ白なタキシードを着た男性が出てきた。紅だ!
赤い髪が白い服に映えている。大きな花束を持つ彼は、そこら辺のモデルより素敵だった。客席から、ため息や黄色い歓声が飛ぶ。紅の手から桃華へ真っ赤な薔薇が贈られた。生徒会長もトロフィーを渡していたけれど、残念ながら影が薄い。はにかむ彼女を女王インタビューの間、紅がずっと支えていた。
「すごく素敵ね~」
「お似合いだわ。美男美女だし」
「可愛いよなー、羨ましいぜ」
「私もイケメンの彼氏が欲しいなぁ」
会場からも二人を賞賛する声が聞こえてくる。ステージでライトを浴びる紅と桃華は、誰が見てもピッタリだ。そこだけが、違う世界に見えてしまう。それに比べて今の私は……
自分の格好を思い出し、またしても自信を失くして落ち込んだ。どうせステージからは見えていない。客席の後ろにいる大勢の中の一人である私に、紅が気がつくことはないだろう。
向きを変えて帰ろうとした時、すぐ近くで大声がした。
「ミス彩虹は明日の劇にも出まーす!」
「ステージ上の二人を見たい方は、是非どうぞ」
まさかの番宣!?
会場に潜んでいたうちのクラスの男子達が、宣伝プレートを掲げて声を上げている。みんなの人気投票にかける情熱は、私が考えていたよりもスゴイらしい。
「ほら、紫記。いたならお前も手伝え」
「お前の方が俺らより女子受けするからな。しっかり宣伝しろよ」
私に気づいたクラスメイトが、逃げられないようがっちり肩を組んで来た。結局、その場でビラ配りをする羽目になってしまった。ところで、いつの間に用意していたんだ? これ。
家族連れやカップル、他校の生徒に引きつった笑顔でチラシを渡す。これでは自分から、紅と桃華がお似合いだと認めているようなものだ。うちのクラスが人気投票で一位になったとしても、男装している私は紅とは踊れないのに……
もしかして、紅はうちのクラスがこの場で宣伝すると知っていたのかな? そのために女王のエスコート役を買って出たの? そういえば、紅も「好きな子と踊りたい」と言っていた。それってこの学園に一緒に踊りたい女子がいるってことだよね。だったら私はどうなるの? 好きだと言ってくれたけど、まさかの二番手?
何だかモヤモヤしてしまう。
紅は何を考えているのだろう?
他にも好きな子がいるのかな。
だったら、彼の想いには応えられない。
そんなことを考えていたら、すぐ横にタキシード姿の紅が立った。
「半分貸せ。俺も配るから」
「え? でも、まだ終わってないんじゃ……」
「俺の出番は終わりだ。あとは生徒会の仕事だろ」
隣の紅が、目の前の人達にチラシをドンドン渡していく。そこには、明日の劇の案内や出演者などが書かれている。さっきまでステージにいた紅が配っているためか、自分からわざわざもらいに来る人まで現れた。ほとんどが女性だったけど。
「早っっ」
紅のおかげでチラシはあっという間にさばけた。プレート係の男子達も嬉しそうに寄ってくる。
「紅輝と紫記、スゲーな。二人が並ぶと客が集まる」
「もういっそ、紫記とラブシーンを演じた方がいいんじゃないのか?」
からかってくる彼らに私は動揺した。
「なっ……バカっ」
「ああ。俺もそうできればいいんだが?」
紅の冗談に他の二人がゲラゲラ笑っている。
けれど、私は内心冷や汗ものだった。紅ったら、そんなことを言って私の正体がバレたらどうするつもり?
けれど、ここに来た時どん底だった気持ちは、甘い期待で浮上していた。紅の告白を一度は断ったというのに、想いが届いただけでも奇跡だ。
彼は私のことを好きだと言ってくれた。超絶美少女の桃華ではなく。世話役として、一応視力検査を薦めておこう。あとは、男っぽいタイプが好きかどうか確認しておかないと。橙也と違ってそっちの趣味を疑われることはないと思うけれど、念のため。
私は顔を上げると、部屋のドアを見つめた。紅が慌てて出て行ったのは、ミスコンの放送があったから。それなら会場に行けば、もれなく彼の姿が見られるはず。いなくなった途端に顔が見たいと思うなんて、私ったら相当重症かも。でも、客席から見ているだけなら邪魔にならないよね?
モテる彼に嫉妬したり、つきまとって「重い」と思われるのは嫌だから。そこは気をつけないといけない。ただ見に行くだけだと自分に言い聞かせた私は、そのまますぐに寮を出た。
そんなに時間が経ったようには感じられなかったのに、コンテストは既に始まっていた。『ミス彩虹学園』を決めるため、ステージ上には事前の予選を勝ち抜いた5人の美女達が並んでいる。皆、鮮やかな色合いのドレスを着てポーズを決めている。
その中にはもちろん、桃華の姿もあった。黄色いドレスが可愛いな。さすがはヒロイン……じゃなかった、美少女。何を着てもよく似合う。このミスコン、自薦他薦は問われない。桃華は同じクラスの女友達に推薦されていたんじゃなかったかな?
出場者はハンドベルや手品など、可愛らしい特技を披露している。バレエが得意で、身体の柔らかさを強調している子もいた。この中では桃華が一番可愛いから、優勝間違いなしだ!
「エントリナンバー4。二年、花澤桃華です。特技は空手なので瓦を割ります!」
え? 瓦割り?
私は耳を疑った。
桃華が空手を習っていたとは知らなかった。そんなの、『虹カプ』のプロフィールに出ていなかったから。ゲームの設定では、ヒロインはバレエにハマっていたはず。コンテストでは優雅につま先立ちを披露していた。やはりこの世界、ゲームとは全く関係がないみたい。
「きえーーっ」
桃華は素手で五枚の瓦を割った。
その様子に会場中が一瞬シンとしてしまう。回し蹴りが得意だったのも納得できる。空手では、蹴り技も習うはずだから。だけど、ドレスで瓦割りだとアンバランス感が半端ない。ちょっと不思議な光景だ。まあ確実に一番目立っていたけれど……
可愛いだけじゃなく、強いこともわかった。これからは、桃華を怒らせないようにしなくっちゃ。
審査は投票ではなく声援だった。
集音して計測する大きな機械があるから、会場の大きな声や拍手がそのまま得点に繋がるらしい。それなら審査員必要なかったんじゃないのかな? 審査員席の人達はちょろっとコメントする程度で、全員生徒会のメンバーだ。紅の姿はどこにもない。じゃあ何で、さっき急いで出て行ったんだろう?
紅を見に来たはずなのに、私は桃華に目を奪われていた。せっかく同じクラスだし、最後まで応援して帰ろうかな。
結果は予想通りだった。
桃華が男子にも女子にも人気が高く、ぶっちぎりで優勝していた。客席後方にいた私の声や拍手も入っていたと思う。少しでも桃華の優勝に貢献できたなら嬉しい。
桃華に向けて大きな拍手をしていた私。すると『ミス彩虹』となった彼女をエスコートするために、真っ白なタキシードを着た男性が出てきた。紅だ!
赤い髪が白い服に映えている。大きな花束を持つ彼は、そこら辺のモデルより素敵だった。客席から、ため息や黄色い歓声が飛ぶ。紅の手から桃華へ真っ赤な薔薇が贈られた。生徒会長もトロフィーを渡していたけれど、残念ながら影が薄い。はにかむ彼女を女王インタビューの間、紅がずっと支えていた。
「すごく素敵ね~」
「お似合いだわ。美男美女だし」
「可愛いよなー、羨ましいぜ」
「私もイケメンの彼氏が欲しいなぁ」
会場からも二人を賞賛する声が聞こえてくる。ステージでライトを浴びる紅と桃華は、誰が見てもピッタリだ。そこだけが、違う世界に見えてしまう。それに比べて今の私は……
自分の格好を思い出し、またしても自信を失くして落ち込んだ。どうせステージからは見えていない。客席の後ろにいる大勢の中の一人である私に、紅が気がつくことはないだろう。
向きを変えて帰ろうとした時、すぐ近くで大声がした。
「ミス彩虹は明日の劇にも出まーす!」
「ステージ上の二人を見たい方は、是非どうぞ」
まさかの番宣!?
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家族連れやカップル、他校の生徒に引きつった笑顔でチラシを渡す。これでは自分から、紅と桃華がお似合いだと認めているようなものだ。うちのクラスが人気投票で一位になったとしても、男装している私は紅とは踊れないのに……
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だったら、彼の想いには応えられない。
そんなことを考えていたら、すぐ横にタキシード姿の紅が立った。
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