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近くて遠い人
文化祭2
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「あれ、紫記ちゃんよく来たね。俺に会うのが待ち遠しかった?」
ようやく順番が来て、隣のクラス『もふもふカフェ』に入ることができた。教室に招き入れられた途端、橙也に声をかけられる。
もしもし橙也、女子ならまだしも私にその発言はおかしいよ? この学園の子は、誰にでも愛想のいい君に慣れている。でも、他校の生徒や一般客は、男同士なのに変だと思うことだろう。それに、さりげなく腰に手を回すっておかしくないかい? それだとまるでホストみたい。
私は肩を竦めると、わざと素っ気なく言ってみた。
「いや、別に。橙也がキツネだってもうわかっていたし。それより、蒼は?」
「何だ、つれないな。蒼ならあっち……ああ、また彼女と一緒だ」
「彼女?」
意外な言葉に私は慌てて橙也の視線の先を見つめた。そこには、窓際の席で誰かと楽しそうに話している蒼の姿があった。それは――桃華だ! 紅ではなく、友達と一緒に来ていたのか。桃華は狼姿の蒼の言葉に笑っている。女友達と二人ですごく楽しそうだ。
「桃華が……蒼の、彼女?」
このことを紅は知っているのだろうか? もし知ったら何て思うのだろう。自分の好きな人が既に弟のものだったなんて……
「蒼の彼女? いや、蒼士に特定の彼女はいないんじゃないか? 俺の言い方が悪かったね。ただ、最近あの子とよく一緒にいるな、と思って」
何だ、そうなのか。
ドキッとしたのは事実だけれど、桃華はヒロインだ。攻略対象と一緒にいるのは当たり前。特に櫻井三兄弟は近頃彼女と仲がいい。
橙也の言葉を聞いてホッとしたのか悲しんだのか。桃華が蒼とくっつけば、紅は失恋してしまう。可哀想だと思いながら、それでもいいかなってチラッと考えてしまった。
橙也に案内された席に座り、私はメニューに目を通す。
「ご注文は? 何なら俺にしとく?」
テーブルに片手をついた橙也が笑顔で言ってくる。いやいや、その冗談はダメだから。ますます売れっ子ホストみたいだ。隣のテーブルの女の子達が、びっくりした顔でこっちを見ている。
「橙也、ふざけすぎ」
「本気だったら、いい?」
私の耳に唇を寄せ、掠れた声で囁く彼。色気たっぷりのその声に、思わず目を丸くしてしまった。
何だそりゃ? 私は確認のため、すぐに制服の胸元に目を落とした。
大丈夫、さらしは外れていないみたい。今日も悲しいくらいに真っ平だ。
女子と見れば口説く橙也。まさか、男子にまで手を広げてきたとか?
「宮野く~ん、こっちもお願い」
「橙也、まだぁ?」
良かった、助かった。
どうやら奥から呼ばれているようだ。橙也は器用で女生徒に人気があるから、きっと引っ張りだこなんだろう。
「僕のことはいいから行ってあげて。適当に注文しておくから」
「ごめんね。じゃあ紫記ちゃん、考えといて」
何を?
もちろん注文のことだよね?
周りに愛想を振りまきながら、スタッフの所に戻る橙也。さっきのは、やっぱり冗談だったんだろう。カフェのギャルソンの格好に狐の耳と尻尾で、後姿もカッコいい。だけど私は、彼の軽口に本気になるほど迂闊ではない。
「紫記、来てたのか。言ってくれれば良かったのに」
「蒼! ごめん。忙しかったんじゃないのか?」
「いや、向こうの給仕は終わった。それよりよく来てくれた。サービスしようか?」
真顔の蒼は、みんなに同じことを言っているんだと思う。
「じゃあコーヒーを美味しく淹れて? あと、おすすめケーキもお願いしようかな」
ランチの前にケーキなんて……と言わないで欲しい。なんたって学園祭だし、私の中身は女子高生だ。
「わかった。特別美味しく淹れるから。ケーキも大きく切ってもらおう。それよりこれ、どう思う?」
蒼が首を傾げた。
狼の灰色の耳を見せているらしい。すごく似合うし蒼らしい。尖った耳の下には少しだけふさふさがついているから、触りたくてうずうずする。
「かっこいいと思うよ。少し撫でてもいい?」
「もちろん、お前なら大歓迎だ」
蒼は屈んでくれた。
眼鏡をかけたギャルソンのツンデレ狼……悪くないかも。
「思っていたよりふわふわだ。すごいね」
「さっきもそう言われた。ほら、あっちにお前のクラスの花澤さんがいるだろう?」
「う……うん」
蒼は桃華を堂々と紹介する。
自分の方を見たことに気がついたのか、桃華もこちらを見ながら嬉しそうに手を振ってきた。私も手を上げて挨拶する。
「花澤さん、楽しそうだね。もしかして蒼に会いに?」
「どうかな。まあ、仲は悪い方ではないから。それに、向こうでも会っているし」
「夏休み中のこと?」
「ああ。紅から聞いたのか、見合いのこと」
「……見合い?」
心臓が嫌な音を立てた。
お見合いって何、それ。
紅から聞いたかって……それって誰と誰のこと?
そんなことは知らなかった。
お見合いなんて初耳だ。
まさか、紅?
それとも蒼?
『あっちも色々忙しいみたいだ』
桃華のことをそんな風に言っていた紅。だから私に、劇の練習を頼んできた。もしかして桃華は今、花嫁修業中だから? それなら、ゲームはもうエンディング間近なの?
「蒼、それって……」
「詳しくは紅に聞いてくれ。あいつなら喜んで話すと思うから」
喜んでってことは紅だ!
もうそこまで話がいっていただなんて……。まったく気づかなかったけれど、紅が桃華に気を遣うのは、そのためなの?
「そういえば、紅がさっきからお前を探し回っている。まだ会っていないのか?」
私は頷いた。
紅にはまだ会っていない。まさかそのことで、私に話があるのかな?
別のお客が来たために、蒼はすぐにそっちへ行ってしまった。コーヒーを淹れたり、各テーブルを回って色々話さなくてはいけないから、かなり忙しいらしい。
運ばれてきたケーキは味がしなかった。コーヒーも結局、飲んだのか飲んでないのかよくわからない。私は早々に席を立ち、帰ることにした。とりあえず、一人でよく考えないと。
感覚がマヒしても、不思議なことに計算は間違わなかった。私は会計の子にお金を渡すと、すぐに『もふもふカフェ』を出た。
桃華と紅がお見合いしていたとは知らなかった。紅が喜んでいたということも。それなら、もっと早く話してくれれば良かったのに。どうして今まで黙っていたの?
どこへともなく歩きながら考える。じゃあやっぱり、あのドレスは最後の贈り物だったんだ。二人の婚約パーティーか結婚式に着て来いってことだったのかな?
紅との会話を思い出してみる。帰国した後、彼は私に何て言ったんだっけ。
『もう少しだけ。充電させてくれ』
『一度くらい贈り物をしてもいいだろう?』
確かそう言っていた。
ドレスはきっと、最初で最後のプレゼント。今まで何も受け取らなかったから、断れないよう私のサイズで注文したんだ。質問した私にも、紅は別に隠さなかった。
『もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?』
『ああ。もう聞いたのか』
あの時紅は、桃華とお見合いしたことを話そうとしたのかもしれない。だけど聞きたくなかった私は、二人がただ会っただけだと思い込んでしまった。本当はもうとっくに、紅は桃華のものだったのに――
ようやく順番が来て、隣のクラス『もふもふカフェ』に入ることができた。教室に招き入れられた途端、橙也に声をかけられる。
もしもし橙也、女子ならまだしも私にその発言はおかしいよ? この学園の子は、誰にでも愛想のいい君に慣れている。でも、他校の生徒や一般客は、男同士なのに変だと思うことだろう。それに、さりげなく腰に手を回すっておかしくないかい? それだとまるでホストみたい。
私は肩を竦めると、わざと素っ気なく言ってみた。
「いや、別に。橙也がキツネだってもうわかっていたし。それより、蒼は?」
「何だ、つれないな。蒼ならあっち……ああ、また彼女と一緒だ」
「彼女?」
意外な言葉に私は慌てて橙也の視線の先を見つめた。そこには、窓際の席で誰かと楽しそうに話している蒼の姿があった。それは――桃華だ! 紅ではなく、友達と一緒に来ていたのか。桃華は狼姿の蒼の言葉に笑っている。女友達と二人ですごく楽しそうだ。
「桃華が……蒼の、彼女?」
このことを紅は知っているのだろうか? もし知ったら何て思うのだろう。自分の好きな人が既に弟のものだったなんて……
「蒼の彼女? いや、蒼士に特定の彼女はいないんじゃないか? 俺の言い方が悪かったね。ただ、最近あの子とよく一緒にいるな、と思って」
何だ、そうなのか。
ドキッとしたのは事実だけれど、桃華はヒロインだ。攻略対象と一緒にいるのは当たり前。特に櫻井三兄弟は近頃彼女と仲がいい。
橙也の言葉を聞いてホッとしたのか悲しんだのか。桃華が蒼とくっつけば、紅は失恋してしまう。可哀想だと思いながら、それでもいいかなってチラッと考えてしまった。
橙也に案内された席に座り、私はメニューに目を通す。
「ご注文は? 何なら俺にしとく?」
テーブルに片手をついた橙也が笑顔で言ってくる。いやいや、その冗談はダメだから。ますます売れっ子ホストみたいだ。隣のテーブルの女の子達が、びっくりした顔でこっちを見ている。
「橙也、ふざけすぎ」
「本気だったら、いい?」
私の耳に唇を寄せ、掠れた声で囁く彼。色気たっぷりのその声に、思わず目を丸くしてしまった。
何だそりゃ? 私は確認のため、すぐに制服の胸元に目を落とした。
大丈夫、さらしは外れていないみたい。今日も悲しいくらいに真っ平だ。
女子と見れば口説く橙也。まさか、男子にまで手を広げてきたとか?
「宮野く~ん、こっちもお願い」
「橙也、まだぁ?」
良かった、助かった。
どうやら奥から呼ばれているようだ。橙也は器用で女生徒に人気があるから、きっと引っ張りだこなんだろう。
「僕のことはいいから行ってあげて。適当に注文しておくから」
「ごめんね。じゃあ紫記ちゃん、考えといて」
何を?
もちろん注文のことだよね?
周りに愛想を振りまきながら、スタッフの所に戻る橙也。さっきのは、やっぱり冗談だったんだろう。カフェのギャルソンの格好に狐の耳と尻尾で、後姿もカッコいい。だけど私は、彼の軽口に本気になるほど迂闊ではない。
「紫記、来てたのか。言ってくれれば良かったのに」
「蒼! ごめん。忙しかったんじゃないのか?」
「いや、向こうの給仕は終わった。それよりよく来てくれた。サービスしようか?」
真顔の蒼は、みんなに同じことを言っているんだと思う。
「じゃあコーヒーを美味しく淹れて? あと、おすすめケーキもお願いしようかな」
ランチの前にケーキなんて……と言わないで欲しい。なんたって学園祭だし、私の中身は女子高生だ。
「わかった。特別美味しく淹れるから。ケーキも大きく切ってもらおう。それよりこれ、どう思う?」
蒼が首を傾げた。
狼の灰色の耳を見せているらしい。すごく似合うし蒼らしい。尖った耳の下には少しだけふさふさがついているから、触りたくてうずうずする。
「かっこいいと思うよ。少し撫でてもいい?」
「もちろん、お前なら大歓迎だ」
蒼は屈んでくれた。
眼鏡をかけたギャルソンのツンデレ狼……悪くないかも。
「思っていたよりふわふわだ。すごいね」
「さっきもそう言われた。ほら、あっちにお前のクラスの花澤さんがいるだろう?」
「う……うん」
蒼は桃華を堂々と紹介する。
自分の方を見たことに気がついたのか、桃華もこちらを見ながら嬉しそうに手を振ってきた。私も手を上げて挨拶する。
「花澤さん、楽しそうだね。もしかして蒼に会いに?」
「どうかな。まあ、仲は悪い方ではないから。それに、向こうでも会っているし」
「夏休み中のこと?」
「ああ。紅から聞いたのか、見合いのこと」
「……見合い?」
心臓が嫌な音を立てた。
お見合いって何、それ。
紅から聞いたかって……それって誰と誰のこと?
そんなことは知らなかった。
お見合いなんて初耳だ。
まさか、紅?
それとも蒼?
『あっちも色々忙しいみたいだ』
桃華のことをそんな風に言っていた紅。だから私に、劇の練習を頼んできた。もしかして桃華は今、花嫁修業中だから? それなら、ゲームはもうエンディング間近なの?
「蒼、それって……」
「詳しくは紅に聞いてくれ。あいつなら喜んで話すと思うから」
喜んでってことは紅だ!
もうそこまで話がいっていただなんて……。まったく気づかなかったけれど、紅が桃華に気を遣うのは、そのためなの?
「そういえば、紅がさっきからお前を探し回っている。まだ会っていないのか?」
私は頷いた。
紅にはまだ会っていない。まさかそのことで、私に話があるのかな?
別のお客が来たために、蒼はすぐにそっちへ行ってしまった。コーヒーを淹れたり、各テーブルを回って色々話さなくてはいけないから、かなり忙しいらしい。
運ばれてきたケーキは味がしなかった。コーヒーも結局、飲んだのか飲んでないのかよくわからない。私は早々に席を立ち、帰ることにした。とりあえず、一人でよく考えないと。
感覚がマヒしても、不思議なことに計算は間違わなかった。私は会計の子にお金を渡すと、すぐに『もふもふカフェ』を出た。
桃華と紅がお見合いしていたとは知らなかった。紅が喜んでいたということも。それなら、もっと早く話してくれれば良かったのに。どうして今まで黙っていたの?
どこへともなく歩きながら考える。じゃあやっぱり、あのドレスは最後の贈り物だったんだ。二人の婚約パーティーか結婚式に着て来いってことだったのかな?
紅との会話を思い出してみる。帰国した後、彼は私に何て言ったんだっけ。
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確かそう言っていた。
ドレスはきっと、最初で最後のプレゼント。今まで何も受け取らなかったから、断れないよう私のサイズで注文したんだ。質問した私にも、紅は別に隠さなかった。
『もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?』
『ああ。もう聞いたのか』
あの時紅は、桃華とお見合いしたことを話そうとしたのかもしれない。だけど聞きたくなかった私は、二人がただ会っただけだと思い込んでしまった。本当はもうとっくに、紅は桃華のものだったのに――
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『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
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