私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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近くて遠い人

私の好きな人

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   認めてしまえば簡単なこと。
 何かがストンと心に落ちたようだった。
   私は紅のことが好き。もうとっくに、ただの世話役だなんて思っていない。だから苦しかったし悲しかった。

 時々胸が痛くなるのは、私が彼を好きだから。悲しくなるのは、自分では釣り合わないとわかっているから。顔を見れば嬉しくて、声を聞けば愛しくて。なのに素直になれない。冷たくされたくないし、優しくされても戸惑ってしまう。抱き締められたら恥ずかしいくせに、彼が側にいないと寂しく感じた。
 世話役なんて嫌だった。
 攻略対象になんてなりたくなかった。本当は私、あなたのヒロインになりたかった――

 気がつくのが遅かった。私が最初に望んだ通り、紅の心は既に桃華に向かっている。その証拠に紅は彼女のためと、劇の練習にも手を抜かない。桃華と一番最初に踊りたくて、人気投票で一位を獲得しようと張り切っている。



『お母さん代わりだし世話役だから、彼らを幸せにしなければいけない』

 そう自分に言い聞かせていた私は、バカみたいだ。だって三人に私は必要ない。
 紅は自分の力でヒロインの心を掴もうと、ちゃんと努力をしているし、蒼も黄も桃華と一緒にいようと、自ら誘いに来ている。私がいなくても、彼らは大丈夫。
   それなのに小さな頃の三人を忘れられなかった私は、三人共自分がいないとダメなんだと、思い込もうとしていた。
 ゲームの世界といえども、幸せは自分の力で掴み取らなくてはならない。そんな簡単なことにも、私は気づいていなかった。応援するどころか却って邪魔をしてばかり。そんな私は、彼らの近くにいない方がいいのかもしれないけれど。
 
「好……きな……のに」

 しゃくりあげる私を、碧先生は違和感なく受け止めてくれた。

「よしよし。泣きたい時は泣いてもいいんだよ? 君は色々我慢し過ぎだ。たまには発散した方がいい」

 先生は私を優しく腕の中に包み込むと、幼子をあやすように頭をポンポンと叩いてくれた。そのせいで余計に涙が止まらない。急に泣き出すし甘えるしで、変な状態なのに……

 桃華が転入したばかりの頃は、ゲーム通りにしたかった。その方がみんなが幸せになれると信じていたから。だけど、今は嫌だ。自分の気持ちが整理できない。
   紅を好きだと気づくのが、もう少し早ければ良かった。そうすれば彼の告白を考える時間ができたし、ストーリーを変えられる道だって探せたのかもしれない。真剣な彼の気持ちをあっさり否定せずに、よく考えて答えれば良かった。

   男の子の紫記ではなく、女の子の紫として紅の側にいたかった。レナさんと約束した素敵なレディには、私がなってみたかった。攻略対象よりもヒロインがいい。毎日一緒に練習している劇のセリフも、私に向けてのものだったら、どんなに良かったことだろう。



   思いきり泣いた後、私は背筋を伸ばして言った。

「ありがとうございます。先生のお陰で落ち着きました」

 大泣きした分スッキリしたし、涙も乾いた。これ以上考えても仕方がない。諦めだって肝心だ。『虹カプ』の歌詞ではないけれど、自分の好きな人には幸せになって欲しいと思う。たとえ、想いは届かなくても。
   こんな時、何も聞かない先生は大人だ。

「役に立てたのなら嬉しいよ」

 いつかと同じ言葉は、懐かしいし心強い。

「でも、目を少し冷やした方がいいかもね。泣き腫らした顔でも美人だけど、それだと紅輝が心配するだろ?」

 途端に固まる。
 どうして私の好きな人がわかったの?

「ど、どどーして……」
「大丈夫だよ、彼には内緒にしておくから。でも、そのまま帰したら紫ちゃんだけでなく僕の身も危うい」

   先生が泣かせたと勘違いされてしまうから?   でも、その点は心配しなくても平気だ。だって紅はもう、ヒロインの桃華に夢中だから。

「責任取れって言われても構わないけど。紫ちゃん、年上は好き?」

 話が見えない。
 ここって笑うところなのかな?  
 どうやら碧先生は、私を元気づけようとしてくれているみたいだ。

「先生は優しいですね、ありがとうございます。先生も好きな人がいるなら、頑張って下さいね」

 碧先生なら、すぐに想いを受け入れてもらえそう。日頃から女生徒の相談に乗ってあげているし、女の先生方からの受けもいい。学園の外にいる女性が好きなのだとしても、好意を伝えさえすれば即両想いになることだろう。
 だけど碧先生は苦笑しながら肩を竦めると、ボソッと呟いた。

「通じてないのか……頑張る以前の問題なんだよね」



 目を冷やした後でお茶をご馳走になった私は、結局保健室でゆっくりしてしまった。教室に戻ったのはだいぶ後。その分作業が進んでいないから、サボったと思われているかもしれない。

「ごめん、長く留守にした」

 同じ大道具係の生徒に謝った。
 けれど彼は、私が抜けたことに気付いていないようだった。

「あ、紫記。何だ、どっか行ってたのか?」
「ああ。ちょっと保健室に」
「そうか、じゃあ見逃したんだな?   主役二人のすごいシーンがあったんだぞ」

 すごいシーンって……キスシーンだ!
 やっぱりそのまま演じたの?

「で、どうだった?」

 恐る恐る聞いてみた。
 怖いもの見たさ……この場合は聞きたさだけど、 二人の様子は気になる。

「いやあ、花澤さんがあんなに積極的だとは思わなかった。紅輝の方がタジタジで、面白かったよ」
「そうだったんだ……」

 この場にいなくて良かった。
 実際にキスする二人を目にしたら、叫び出していたかもしれない。もしかして二人は、普段もそんな感じなのかな? 胸が痛いし、またもや気持ちが沈んでしまう。
 いや、よそう。
 考えたくない。
   考えたってどうせ、悲しくなるだけだから……

 劇の練習は一通り終わったみたいで、これから着替えに戻るらしい。衣装のサイズ調整も終わり、これから係が直しに入るのだとか。魔女役の委員長は胸の部分を開けたいと申し出て、やっぱり却下されていたらしい。いいな、自慢出来て。私にも何か誇れることがあればいいのに。
 委員長と桃華は、仲良くおしゃべりしながら教室を出て行った。あの二人が本番ではバトルを繰り広げるだなんて、未だに信じられない。紅を挟んで二人で引っ張り合うシーンも、真に迫っていたのだとか。

   教室を出ようとする紅が、私に気づきすれ違いざま聞いてきた。

「紫記、どこに行っていた?」
「ちょっと保健室。練習見てなくてごめん」

   そう言うと、紅は少しだけ顔を赤くした。やっぱりキスシーン、恥ずかしかったとか?

「いや、構わない。お前がいる方が気が散るから。本番見てくれればそれでいい」

   暗に邪魔だと言われているようで、胸が痛んだ。もう私との練習は要らない、桃華がいいとそう言ってるの? わかっていたこととはいえ、それはそれで辛い。それなのに、紅は顔を伏せた私の頭を撫でてくる。動かない私にため息をつくと、彼は足早に立ち去った。

 撫でられた髪に触れてみる。
 大きな手の優しい感触。
 紅を好きだと気づいた私。
 その温かさに胸が苦しくなってしまった。
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