私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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近くて遠い人

文化祭の練習3

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 11月の文化祭――『彩虹学園祭』が近づくにつれ、生徒達は勉強に身が入らなくなってきた。かくいう私も、何だかそわそわしてしまう。先生方も諦めたのか、最近自習が多くなった。この時間も自習だけど、真面目に勉強する人はほとんどいない。私も背景に使う薔薇の色を塗っておこうかな?

 紅と桃華は衣装合わせに向かったようだ。きっと二人共、何を着ても似合うはず。
 ちなみに委員長は、魔女の黒いローブの下にセクシーな衣装を着ようとしてダメ出しされていた。「存在感をアピールしたい」と食い下がったけれど、監督役の子が許さなかった。「姫より目立ってどうするんです?」と、怒られている。何だかんだ言って、うちのクラスは仲がいいので面白い。

「紫記様、今からでも遅くはありませんよ? 王子と狩りに行く友人の役などいかが?」
「いや、ありがたいけど気持ちだけもらっておくよ。僕は大道具で十分だ」

 毎日紅に付き合わされているから、姫のセリフなら頭に入っている。だけど残念ながら、私に役者の才能はないみたい。肝心なところでいつもセリフがつっかえるし、照れてしまう。

「残念です。紅輝様との絡みを楽しみにしておりましたのに」

 何だそりゃ?
 傍から見れば男同士。
 なのに絡みって――

「もったいないですわ。紫記様さえよろしければ、狩りに出て王子様と一緒に遭難するシーンを追加しますのに」

 脚本係の女の子まで変なことを言ってくる。今更だし、それって劇の筋と関係ないよね? それに、紅は桃華の王子様だ。私が出しゃばってはいけない。
 苦笑して首を横に振る。
 ため息をつかれても、ダメなものはダメだから。



 薔薇に丁寧に色を付けていたら、着替えた紅が戻って来た。ドレス姿の桃華も一緒だ。二人とも、絵本から抜け出たように麗しい。
   紅は、赤に黒と金が入った軍服のような上着だった。パンツ……というかトラウザーズは黒ですっきりした出で立ち。腰に差す剣は演劇部から借りたのか、凝った模様だ。桃華は全体がピンクで、袖と胸元の赤いリボンが特徴的で可愛らしい。白いレースやフリルがふんだんに使ってあって、歩くたびに揺れている。

「可愛い~~!」
「思った以上に素敵でしたわ」
「すごいな、俺も着てみたかった」
「何、ドレスの方?」
「バカ、違うだろ」

 途端にクラス中が大興奮!
 私も可愛いものは好きだから、桃華のドレスに見惚れてしまった。

「すごく可愛らしいね」
「紫記様、ありがとうございます!」

 思わず出た本音に、桃華がすかさず答えてきた。そのため、彼女の隣にいる紅が何だか変な顔をしている。
 桃華を褒めただけでしょう?   別に狙ってないから。っていうより一応私も女の子だし。綺麗な物に見惚れるくらいいいよね。
 
「あー、すごく盛り上がっているところ悪いんだが。隣はまだ授業中だ。慎むように」

 入ってきた先生にダメ出しをされてしまった。いけない、隣のクラスは自習じゃなかった。授業時間はあと少し。
   一瞬シンとした後、みんなで顔を見合わせ大爆笑! 本当に、このクラスで人気投票一位を取れたらいいのにな。
   私は笑顔のままで作業を進めた。担任が不在でこの後のホームルームもないので、集中することができる。
 しばらくの間薔薇の細かい色付けに没頭していると、手元に影が差した。顔を上げると、紅がすぐ側に立っている。

「で、どうかな?」

 照れたように笑う紅。
   その表情に思わず胸がドキンとする。王子の衣装の感想かな。私の意見を気にしているの?   でも、もうとっくに桃華に褒めてもらったはずだよね。

「どうって? もちろんカッコいいよ。紅は何でも似合うから」

『虹カプ』のメインヒーローとヒロインはゲームを抜け出してもお似合いだ。他の攻略対象が入る余地などないくらい美麗だし、豪華な衣装も自然に見える。

 紅は私の答えに頷くと、満足したのか向こうへ行ってしまった。変なの、ナルシストではないはずなのに。
 劇に出る人達は衣装を着けたまま、小声で稽古をするようだ。本番が近いから、みんなの表情も真剣だし、気合いが入っている。セリフや動きを念入りに確認したかと思えば、熱心に打ち合わせて台本に書き込んでいる。
 台本といえば……そうだ、キスシーン! 紅は桃華とのキスを、みんなの前で堂々とするのだろうか? 

「痛っ」

 余計なことを考えていたせいで、板からはみ出た木のとげが指に刺さってしまった。直ぐ抜いたけど、結構深い。仕方がない、消毒しに保健室へ行こうかな。決して主役二人の仲睦まじい様子を見るのが嫌で、逃げ出すわけではないから……



「やあ、紫ちゃん。久しぶりだね」

 保健室に入ると、碧先生がにこやかに迎えてくれた。文化祭前ともなると先生の追っかけの生徒も減るらしく、放課後でも珍しく暇そうだ。仕事もとっくに片付いたのか、先生はのんびりお茶を飲んでいた。

「コーヒーでいい? それとも紅茶?」
「あ……お構いなく」

 遊びに来たわけではないから。
 消毒して絆創膏をもらったら、戻らなくてはいけない。

「ちょっと棘が刺さってしまって。大したことはないのですが、絆創膏を下さい」
「どれどれ」

 先生は私の手を握ると指をじっくり見てくれた。

「ああ、中にまだ少し残っているようだね。ピンセットで取ってあげるから、ここに座って」
「貸して下さったら自分で取れますけど」
「いいから、いいから。遠慮しないで」

 別に遠慮しているわけではない。人に触られると、ちょっとだけ緊張してしまうから。いつもはなるべく自分で……って、この前指を怪我した時は、紅が舐めたんだっけ。あれは緊張というより恥ずかしかった。柄にもなくドキドキしてしまったのを覚えている。その後も保健室に運んでくれたりして――

「どうしたの? そんなに痛かった?」
「いえ、別に」

 さすがはお医者さん。
 あっという間に棘を抜いてくれていた。全く痛みもなく平気だった。

「じゃあ、どうしてそんな顔を?」

 碧先生が傷口を消毒しながら聞いてくる。消毒液が染みて指にピリッとした痛みがある。

「そんな顔って?……あ」

 自分でも気がつかないうちに、顔をしかめていたようだ。あろうことか目元には、涙まで滲んでいる。そうか、だから先生は私が痛がっていると思ったのね?
 でもこれは、指の痛みではなく心の痛み。保健室での出来事を色々思い出してしまったせいだ。私を心配してくれる紅。指を怪我したり、足を捻ったりコンタクトがずれた時、息ができなくなった時など彼が私をここに連れて来てくれたから。

 紅に指を舐められた時、赤茶けた髪と伏せられたまつ毛を綺麗だと思った。
   横抱きにされた時には、広い肩幅と厚い胸、しっかりした足取りを頼もしく感じた。あの後から私は、紅を意識するようになったんだと思う。

 なるべく考えないようにしていた。
 彼は御曹司で、私は世話役だから。
 紅に相応しいのはヒロインの桃華で、攻略対象の私ではない。
 そう思って、自分の心に蓋をしていたのに――
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