私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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近くて遠い人

届いたものは

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   現在学園は夏期休暇。
   私は寮を出て、学園で飼っている猫と共に自宅に戻っていた。三兄弟は今頃、南フランスにある櫻井家所有の別荘にいるはずだ。一緒に行かないかと蒼と黄に誘われた。でも、それはさすがにちょっと……

   世話役の仕事は休みだけれど、向こうで彼らの世話になるわけにはいかない。だから、代わりに桃華を誘ってみてはどうかと提案した。

「連れて行くなら花澤さんは?」
「何でだ」
「どうして?   紫ちゃんが行かないなら、僕も残ろうかな」

   蒼はまだしも黄の雲行きが怪しくなってきたので、私はこれ以上口出しするのをやめた。
 こんなシナリオはゲームにはなかった。確か幕間では、ヒロインと攻略対象はみんなで海水浴に行くんじゃなかったっけ?

   ちなみに紅は現在イギリスにいる。兄弟達とは向こうで直接合流するとのこと。移動は自家用機を使うから、問題ないのだという。彼は飛行機の操縦免許も持っているそうだ。

 蒼や黄達は大型のプライベート機でヨーロッパに移動する。ホテルのような機内は快適らしく、ビジネスで乗ったといううちの両親が自慢していた。
   流石は櫻井財閥だ。
   移動手段までスケールが違う。

   海外に行くのは、もちろん彼らだけではない。彩虹学園にはセレブ達が集まっているので、旅行先だってみんな豪華だ。ヨーロッパやリゾート地は当たり前、南アフリカや南極なんていう人達もいた。
   橙也は、ウィーンにオペラや音楽の鑑賞に行くと言っていた。藍人は、ニュージーランドでスノーボードをするのだそうだ。こっちは夏でも向こうは冬だから、きっと楽しめることだろう。スポーツが得意な藍人は、大手スポーツメーカーの御曹司だ。
   
   私はといえば、元アパレルメーカーのお嬢で今はただの人。両親は、櫻井財閥系列となった以前のうちの会社に雇われている。そのために、海外旅行にお金を使うくらいなら、コツコツ貯めて早く借金を返したいと一家で考えている。

   それにいつもは制服だから必要ないけれど、私は男性用の高級普段着は持っていない。高級な服は、元自社ブランドの女の子用の物しかないから、私服で学園の人がたくさんいる場所にはいけない。
   夏休みはほとんどの生徒が海外で過ごしているから、国内にいる方が却って安全だったりする。



 夏休みも終わりに近づいたある日。私は自分の部屋にいた。

「海外旅行もいいけど、日本が一番いいのにね~。ボウ君もそう思うでしょ?」
「……」
「ゆかりもそう思う?」
「ニャー」

 猫のボウ君改め『ゆかり』。そう呼ばないと、返事をしてくれない。そんなわけで私は、午前の分の課題を片付けてゆかりと遊んでいる。小さかったゆかりは、ふっくらとして更に可愛くなってきた。猫じゃらしよりも、スーパーのレジ袋が大好き。丸めて投げると慌てて追いかける姿が、とっても愛らしい。

「癒される~~!」

   自宅では女の子のままでいいし、自由に過ごせる。何よりさらしを巻かなくていいから、開放感に溢れている。久しぶりにスカートを履いた時は、変な感じがした。でも、夏休み中女の子の姿でいたから、今はこちらの方が慣れている。
   新学期が始まったら、紫記の姿に戻らなくてはいけない。女の子でいられるのも、あと数日だ。

   ベルが鳴ったので階下に行った。
 両親は仕事で留守、兄は遠くで弁護士をしている。もちろん使用人はいないから、今この家にいるのは私一人だけ。自分で出ないといけない。
   モニターで確認すると、宅配業者が大きな荷物を抱えていた。ハンコを押して受け取ると、家の中に運ぶ。受取人は長谷川紫――私だ。差出人は櫻井紅輝で、フランスからの配達となっている。

「何だろう。もしかして、旅行中の洗濯物?」

   さすがにそれはないだろう。世話役だけど、洗濯はしたことがないもんね。
 そう思いながら箱を開けた。
 出てきたのは、薄紙に包まれた女性用の水色のドレス。しかも、オートクチュールだ。オートクチュールとは、パリの由緒ある店でしか作れない一点物。しかも値段も驚くほど高い。

「何、これ……」

   恐る恐る取り出して、鏡の前で身体に当ててみる。悪くない、と思う。スレンダーな私でも合うようなエレガントなデザイン、生地も高級感が溢れている。両親の仕事柄、さすがにそれくらいの知識はある。
 箱の中には他に、封筒が入っていた。封筒を開けるとカードが一枚、たった一言だけ書かれている。

『ごめん   紅輝』

   今まで冷たかったのに、急にどうしたんだろう? ごめんって何が?
   首を捻って考える。
   でもやっぱり、分からない。
 カードとドレスを見比べているうち、我慢できなくなってきた。学園で男装しているとはいえ、私だって女の子。綺麗なものは大好きだから、袖を通してみることにする。

「あ、ピッタリ」

   自画自賛になるけれど、予想以上に似合っている。ってことは紅ったら、私のスリーサイズを誰かから聞いたの?
   まあ、別に知られてもいいんだけどね。そんなにひどくはない……と思うし。それに知らなければ、オーダーの一点物は作れない。

「だけど、どういうつもり?」

   彼は何でこのドレスを送ってきたんだろう?   お詫びにしては、高過ぎる。最近冷たかったことへの謝罪だとしても、元々は私が彼の告白を断ったことが原因だ。だから、謝られる筋合いはない。

   そういえば、桃華も夏休みはヨーロッパ方面に行く予定だ、と友達と話していたような気がする。
   まさか向こうで桃華と会っているとか?  二人で付き合うことにしたから、私に好きだと言ったのを無かったことにしたい、とかそういうこと?
   そう考えた途端、ドレスを着たことで華やいでいた気持ちが急にしぼんでいくような気がした。

   桃華もお嬢様だ。
   親は大手デパートのオーナーだったと思う。ヒロインだということを抜きにしても、彼女の実家は櫻井財閥と相性がいい。だけど桃華は、そんなことを鼻にかけずにいつも気さくで明るい。可愛らしくて誰にでも優しいから、周りの人を幸せにする力を持っている。

「理想のヒロインだよね」

   いつのまにか側に来ていた猫のゆかりが、裾に身体をこすりつけてきた。
   
「そうだね。高価なドレスを着ていても、やっぱり私は偽物。ヒロインには程遠いよね」

   ゆかりが首を傾げている。
 どうして遊んでくれないの? といった表情だ。
 やはり、彼らと私は住む世界が違うのだ。私はここで、可愛い子猫と遊んでいるくらいがちょうどいい。



 子猫のゆかりに傷つけられないよう、私は元の服に着替えた。ドレスはクローゼットに大切に吊るしておくことにする。
 
「紅が帰ってきたら、どういうつもりで送ったのか聞かなきゃね?」
  
   同情なんて要らない。
   高い物をもらっても、私は何も返せない。だから普段から、何も受け取らないようにしている。
   紅もそれは知っていたはずだ。だからこそ、このドレスとごめんの意味がわからない。

「まさか、桃華と間違えて……って、それはないや。サイズが全然違うし、受取人に紫って書いてあったし。何だろう、ゆかりも変だと思うよね?」

   家に一人でいるせいか、最近独り言が多くなった。猫のゆかりは、気が向かなければニャアとは鳴かない。でも、ゆかりと一緒にいるだけで、私は十分癒される。

 もうすぐ夏休みも終わる。
 午後も課題を頑張ろう。
 せめて成績だけは、セレブ達に負けないように努力しないとね。
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