私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
上 下
51 / 85
近くて遠い人

子猫はライオンでした

しおりを挟む
「ちょ、ちょっと待って、黄! どうしていきなりこんなことを?」

 私は慌てて質問した。
 プロレスごっこをしたいならわかるけど、どうやら違うみたい。いつもは愛らしい黄が妖しい笑みを浮かべてのしかかり、私を見下ろしている。

「いきなり? そんなことないよ。もう十分待ったもん」

 可愛く言ってもダメだから。
 何を、なんてことは聞かないでおく。
 聞いたら怖いような気がするから。

「ねえ紫ちゃん、僕のものになってよ」
「はい? あ、そうだ。黄、お菓子なら私もあるから、それあげる!」

 必死に頭をめぐらせる。
 黄は育ち盛りだから、空腹で判断力が少しおかしくなっているのかもしれない。攻略対象の一人なのに、ヒロインと私を間違えてどうする。

「ごまかしたってダーメ。ねえ、返事は?」
「黄、落ち着いてよく考えよう! 相手が違う、相手が」

 一生懸命言ってみる。
 桃華と黄は子猫のゆかりの世話でしょっちゅう顔を合わせている。知らない仲ではないから、そっちに行かなきゃおかしい。それなのに、手近なところで済ませようとするなんて、わけがわからない。

「紫ちゃんは紫ちゃんでしょう?」

 首を傾げてきょとんとする。何が言いたいのかわからない、といった感じだ。でも、冗談にしてもこれはちょっといただけない。

「さ、黄。ふざけてないでどいて」

 黄の肩に両手を置いて押し返そうとするけれど、黄はびくともしない。細身で可愛いのに力が強いって……男子高校生舐めてました。

「ふざけてないよ? 自分から触ってくるなんて、積極的だよね」

 肩に置いた手を取られ、手のひらにキスをされてしまう。
 ドキドキする、というより何だか怖い。紅だと全然怖くなかったのに……
 この段階で私は気づいた。
 この子本気だ!
 
「黄、お願いだからもうどいて」
「こんなチャンスはなかなかないのに? 紫ちゃんのお願いを聞いたら、僕のも聞いてくれる?」

 焦げ茶色の瞳がきらめく。
 普段の子猫のような童顔が、今は肉食獣のように見えている。
 こんなのおかしいし、間違ってるよ?   これ以上は冗談では済まされない。
 私は首を横に振った。
 いつもの黄の可愛いお願いなら、聞くことが出来る。でも、豹変してしまったこの黄は何を願うかわからない。

「嫌だ。やめてくれないと、本当に怒るよ」
「いいよ、怒られても。兄さん達には渡さないから。だって紫ちゃん、僕のこと好きでしょう?」

 好きは好きでも意味が違う。
 末っ子の黄は弟みたいな存在だ。
 大切だけど、それ以上を考えたことはない。

「嫌いになるかも……」

 ボソッと呟いた。
 すると、みるみるうちに黄の大きな瞳に涙が溜まる。

「どうして? どうして兄さん達は良くて僕はダメなの?」

 天使のような黄を泣かせたのが自分だと思うと、罪悪感が芽生えて来る。のしかかられているのは私なのに、何だか悪いことをした気分だ。

「いや、いいも悪いもないんだけど……」

 今まで誰にも……夢の中でしかこんなことはされていない。あの時の私は、夢だからか全く嫌ではなかった。それに今の私は世話役で、それ以上を願っていない。願いが叶うのはヒロインだけ。性別すら偽っている私は、多くを望んではいけない。

「黄、変な勘違いをしているんじゃない? 紅や蒼は同じ学年だからたまたま一緒にいるけど、それだけだから」
「本当?」
「もちろん。むしろ最近は相手にされていないというか……」

 化学の授業を思い出す。
 二人共不機嫌だったし、桃華とずっと一緒にいた。おかげでこっちは橙也のセクハラ――スキンシップと藍人のボケに振り回されて大いに疲れたのだ。

「ねえ、黄。もしかして寂しかったの? よしよし」

 そのまま黄を抱き締め、頭を撫でてあげる。いくつになっても黄は甘えん坊だ。きっと母のような私を紅や蒼に取られたと思って、焦ってしまったんだろう。

 黄ってやっぱり可愛いな。
 ふわふわの金色の髪は手触りが柔らかだ。私の胸の部分に顔が当たるのは、まあ偶然だろうけど。あ、小さくて胸だとわからないっていう発言は、藍人だけで十分だ。
 そんな感じでソファに寝っ転がって二人でまったり過ごしていたら、急に扉が開いた。

「ようやく終わった。全くあの女……」
「部屋に入るまでは言葉遣いに気をつけろ。誰が聞いているかわからないぞ」

 言いながら、紅と蒼が部屋に入って来た――けど固まっている。
 うっわ、ごめん黄。
 タイミング、最悪だったかも。


 
「二人で何をしている」

 地を這うような低い声は紅だ。
 睨みつけるようにこっちを見ている。

「黄、約束が違う」

 蒼が怒ったような声で黄に言う。
 約束って何だろう? 
 以前もその言葉を聞いたような……

「そんな約束気にしてないって言ったよ? 兄さん達とは違うんだ。これぐらいのハンデ、許されると思うんだけどな」

 起き上がった黄が肩をすくめる。
 あれ? 黄ったら、さっきまで泣いていたのにケロっとしている。反対に、私の方がぐったりだ。あ、耳かき床に落っことしたままだった。

「誰が許すか。紫、お前もだ。危ないだろ」

 耳かき踏むと痛いから?
 許すって何のこと?
   勘違いされているようだけど、私が引っ張ったわけではないから。のしかかってきたのは黄の方で、レスリングをしてたわけでもないから。
 それに、黄が危険に見えたのは一瞬だけで、あとは平気だった。何たって涙を流して可愛らしく甘えてきたくらいだもの。紅の方こそ、自分は桃華にデレデレしておきながら私にだけは文句を言うの?   ムッとしている私に向かって今度は蒼が一言。

「黄の嘘泣きに騙されたんじゃないのか? 紫、こいつは三秒で泣けるぞ」 
「え……あれ?」

 慌てて起き上がった私は黄の方を見る。
 彼は悪びれずにペロっと舌を出していた。
 待って、じゃあさっきのって嘘泣きなの?

「はあぁぁ」

 紅ったら、そんなに大きなため息をつかなくったっていいじゃない。今日だってろくに口もきいてくれなかったくせに。出てきた言葉は非難とため息だけってそんなのひどい!
 いけない、何だか私の方が泣けてきた。



   目が潤んだせいでゴロゴロするので、コンタクトを外すことにした。洗面所を使っていると、部屋で話す三兄弟の声が聞こえてくる。

「……だろ。俺が今までどれだけ……」
「早い者勝ち……が取られ……」
「……だぞ!   このことは報告……」

   今日の夕食何だったっけ?
   そんなに待ち望むほどのメニューだったかな?
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 45

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー

須木 水夏
恋愛
初めて恋をした相手に、ブス!と罵られてプチッと切れたお話。 短編集に上げていたものを手直しして個別の短編として上げ直しました。 ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

陰で泣くとか無理なので

中田カナ
恋愛
婚約者である王太子殿下のご学友達に陰口を叩かれていたけれど、泣き寝入りなんて趣味じゃない。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...