私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
上 下
52 / 85
近くて遠い人

紫記の受難の日々

しおりを挟む
 夏のよく晴れた日の放課後。
 違うクラスの女子に、話があると屋上に呼び出された。着くなりプレゼントを渡されたから、紅か蒼、黄に届けるんだと思っていた。でもそれは、紫記である私の分とのこと。どうやら私は今、告白されているらしい。

「どうして急に?」
「急? いいえ。今まで紅輝様に止められていて、なかなか紫記様には近付けませんでしたもの」

 初耳だった。
 いったいどういうこと?
 その子に詳しく聞いてみたところ、『紫記への告白は櫻井に申請するように』だとか『紫記のプレゼントは検閲が必要』だの、紅がふれ回っていたらしい。私が知らなかっただけで、学園では結構有名な話なのだとか。
   ここは校則はゆるいけれど、セレブならではの決まりごとみたいなものがある。その中に『長者番付でより上位の家の者に従え』という暗黙の了解がある。だから、櫻井三兄弟……とりわけ長男の紅輝に堂々と逆らえる者はいない。まあ、私は反抗してばかりだけれど。

「今までって……」
「最近は紅輝様が紫記様のことを何もおっしゃらなくなりましたので。それなら『解禁かもしれない』ってみんなで騒いでて。熱い想いを持つ順に行こうってことになりましたの」

 順ってことは、一人じゃないの? 
 それに、熱い想いって何?
 聞きたい気もするけれど、やめておこう。
 でもまさか私が、このタイミングでヒロイン以外の女子から告白されるとは思わなかった。今まで呼び出されたことはなかったし、櫻井兄弟と行動を共にしていたため、彼らに注目が集まっていたから。
 けれど彼女の話によると、それはどうやら紅のおかげだったみたい。私が気まずい思いをしないよう、彼が手を回していたようだ。もしかしたら、他にも私の知らない事実があったりして。
 そうか、だから桃華が「男同士で……」なんて変な誤解をしていたんだ。

 ちなみに逆らっても罰則はないらしく、破っても陰で『勇者』と呼ばれるだけらしい。春に「一日だけ彼女にして下さい」と私に言ってきた子は、現在『勇者6号』と呼ばれているのだとか。1~5号に覚えはないけれど、自分でも気づかないうちに女の子からの告白や贈り物を断っていたのかもしれない。
 
「そう……なんだ。でも、ごめん。やっぱり君の気持には応えられない」
「いいんです。でもこれで、私が8号ですわ!」
「……え?」
「みんなに自慢できます!」

 なぜか嬉しそうに去って行く女の子。
 断ったのに喜ばれるってどういうこと? 
 しかも、この子の前に桃華にも告白されたから、まさか桃華が7号? 女の子なのに同性に告白されるって、いいんだか悪いんだか。自分がどんどん男の子に近づいているような……って、また嫌なことを思い出してしまった。
『あるかないかわからない』んじゃなくて、さらしを取ったらちゃんとあるから! 潰しているから小さく見えるだけであって、本当はそこまで小さくない……と思う。体育祭の時に藍人に「胸があるかないかわからない」と言われたのを、私は未だに引きずっている。
   女の子達にまで疑われてないってことは、私ってかなり男っぽいのかな。まさかとは思うけど、胸のせいじゃないよね? 卒業して世話役を辞めたら、私はバストサイズア……女子力アップに本格的に取り組むつもりだ。



「あ、紫記! ちょうどいいところにいた。紅兄さんから伝言。学園をしばらく留守にするから、あとを頼むってさ」
「……わかった。いつまでって?」
「さあ。新学期までには帰ってくるんじゃない?」

 黄がやって来た。
 私を探してわざわざ屋上まで来たらしい。先日の『嘘泣き事件』以来、落ち着いたのか変に絡んでくることはない。あ、いつものように抱きついてはくるけれど。少なくとも、私の嫌がることはしないと決めたみたいだ。   
   そんなわけで、紅とあまり話さなくなった以外は今のところ毎日が平穏だ。

 この頃は世話役の仕事も楽になってきた。紅だけでなく蒼や黄も朝、自分達で起きてくる。ここにきて三人共、ヒロインである桃華に惹かれ出したのかもしれない。

「朝起きられるようになって偉いね」

  黄を褒めた時、こう返された。

「僕だって男の子だからね。朝くっつかれたら恥ずかしいよ」

 昼間は平気でくっつくのに? 
 朝だけダメって何で?
 よくわからないけど、世話役も終わりに近づいてるって思った方が良いみたい。

 紅は最近、用事のために外出することが多くなった。蒼いわく、櫻井のおじ様の要請で、御曹司として外部のパーティーに出席したり、持ち株会社の会議なんかに顔を出しているのだとか。勉強は元々トップの成績だから、出席日数が足りていれば学園にいなくても問題ない。避けられているとは思っていないけれど、紅と顔を合わせる機会が極端に減ってきたように思う。

 寮は同じ部屋だし、クラスだって一緒だ。少しくらい会えなくても、ここは素直に世話役の負担が減ったと喜ぶところ。
   寂しいなんて思っちゃいけない。俺様でいいから、世話役としてでもいいからずっと側にいたい、なんて願ってはいけない。だって私は、紅の告白を断ってしまった。『幼なじみで世話役だ』とはっきり言ってしまっている。
 徐々に将来の練習をしているのだと思えばいい。三兄弟と離れた後の。桃華と彼らの幸せな姿を見届けたら、私は――

「ゆ……紫記、どうしたの。兄さんのことが心配?」

 可愛い顔で黄が顔を覗き込んでくる。

「まさか。心配なんてしてないよ」

   紅は物覚えも早く、何でも卒なくこなせる。今頃は『櫻井財閥の次代』として紹介され、人脈を広げていることだろう。
   心配なのは、ぐらぐら揺れる自分の気持ち。気づけばなぜか紅のことばかり考えてしまう、よくわからない自分の心だ。

「だよねー。ちゃっかりどこかの御令嬢と婚約しちゃってたりして」

 ごめん、黄。
 その冗談笑えないや。
 桃華ならいいけれど、それ以外の人に紅が惹かれてしまった場合、私は到底納得できない。



 紅がいないせいなのか、紫記に告白する女子が後を絶たない。紫記――つまり私は、今日も昼休みに呼び出され、熱い想いを語られている。

「紅輝だけでなく紫記ちゃんにも抜かれる日がくるとはねぇ」

   橙也は面白がってからかうけれど、笑いごとではない。攻略対象がモテるのは乙女ゲームのお約束。だけど私は女の子。女子にモテてどうするんだって話だ。

 しかも断ったら断ったで、『でしたら私は○○号ですね!』と言いながら去って行く。もはや罰ゲーム感覚で遊ばれているのではないかと思う。現在21号までいるらしいから、会員番号のようにも聞こえる。これで性別がバレたら、私は21人から確実に恨まれてしまう。

「しないしないしない、俺は告白しない」
「あれ? 藍人じゃないか。どうした、君も誰かに告白するのか?」

 藍人が近くを通ったので声をかけた。その瞬間、猛スピードで逃げて行く。いったい何だったんだろう?   変なの。
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 45

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...