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近くて遠い人
戸惑う心
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体育祭は結局、青組の優勝で幕を閉じた。
残念ながら赤組は準優勝。
演舞だけは蒼達のいる青組に勝つことができた。けれど、パネルやその他の競技などで大きく差をつけられてしまったのだ。青組はリレーも一位だったし、観客からの投票で決まるパネルの人気も高かった。パネルは青龍の鱗の部分をみんなの写真にしていたから、評判が良かったようだ。
お祭りのような体育祭だけど、負ければそれなりに悔しい。でも結構楽しめたから、それはそれでいいのかな?
そんなわけで、桃華の好感度が高い攻略対象は青組にいる……ってあれ? おかしいな。だって、告白されたの私だし。だったらこれからってことなのかな? 今までの出来事や今回の体育祭の成績は、ゲームの『虹カプ』には全く関係ないのかもしれない。
「桃華には今から頑張ってもらおうかな」
攻略対象なのに攻略できない女の子の私。
だったらせめてヒロインくらいは、陰から応援することにしよう。櫻井兄弟の誰かが桃華とくっつけば、近い将来彼らの幸せな様子を見ることもできるし。
体育祭以降、紅はゲームのような『俺様紅輝』に戻ってしまった。優しい紅はどこへやら。私に対する口調がちょっと偉そうだ。兄弟達とも別行動を取るようになったし、放課後どこかに行ってなかなか戻って来ない時があった。高校生だし放っておけばいいんだろうけど、やっぱり心配してしまう。
だけど紅は、ティールームにはよく顔を出すようになった。時々私に給仕を頼んでくる。彼は『オレンジペコ』の茶葉が好き。お茶の時間は唯一気の休まる時間だ。美味しい紅茶とお菓子にほっこりしていると、甘い物が苦手な紅が自分の分を分けてくれる。そんな時は、以前の紅が垣間見えるようで嬉しくなる。視線を感じて微笑みかけようとしたら、すぐに目を逸らされてしまうけれど。
ちなみに、蒼は紅茶よりもコーヒー派。
飲んでもアールグレイかな?
黄は見た目の印象通りのミルクティーで、甘い物が大好きだ。
三兄弟が揃っている時は、女子の人垣が出来る。中には黄狙いの男子まで。今までなら、紅は何となく愛想笑いで受け流していた。近頃の彼は、蒼よりも無愛想になったように思う。今日もお茶を飲み終わると、最後に一度だけ嘘くさい笑みを浮かべて、そのままあっさり立ち去った。ゆっくりすればいいものを。何か用事なのかな? 蒼と黄の世話もしないといけないから、私は当然この場に残る。
『紅輝』は元々、桃華にしか優しくないキャラだ。ヒロイン以外の人間には結構冷たい。蒼も黄も慣れているのか何も言わないし、私はただの世話役だから詮索できない。プライベートまで深く干渉するのはおかしいことだと、最近になってようやく気づいた。幼なじみだからって、今までが親しくし過ぎたみたい。世話役は世話役らしく、分をわきまえなければいけなかったのに。
ゲームの内容を知っている私。
これから起こることを思うとちょっと憂鬱になる。少なくとも紅が桃華に惹かれたなら、もう二度と『紫』は紅輝に優しくしてはもらえない。けれど『紫』は本来登場しないキャラだ。私はこのまま『紫記』として側で見守っていくしかないんだと思う。少し前までは、ヒロインと攻略対象――とりわけ紅の仲を取り持とうと張り切っていたのに、どうしてこんなに気が重いんだろう?
そんなこんなで体育祭から一か月ほど経った日のこと。いつものように着替えに寄った保健室で、碧先生からあることを聞いた。先日の放課後、紅が運動場で転んだ桃華を、保健室まで連れて来ていたというのだ。
「確か抱えていたかな? 膝から出血もしていたし」
「怪我は? 大丈夫だったんですか」
「まあ、見た目ほどひどくはなかったし、跡も残らないだろうね。いつも通り、女の子の方が紅を追いかけていたんだろうし」
碧先生は、桃華のことを紅のファンだと思っている。でも違う。それは紅輝と桃華のイベントだ! 本来なら体育祭の練習中に起こるはずのもの。それが今頃起きたということ?
それならやはり、この世界はゲームの世界なのだ。だとしたら、紅と桃華はもうすぐ両想いになるのだろう。距離が近づき二年の終わりまでには好感度が最大になって、三年からは個別ルートに入るはずだ。
「……で、どう? 紫ちゃん。気になる?」
「うえ? ま、まあ……」
覚悟はしていたのに、何だかショックだ。
『虹カプ』ファンとしては、今後の展開は確かに気になる。願い通りになったから、喜ばなくてはいけないのに。でもそれよりも、胸の奥が何だか変だ。
『この前私に告白したと思ったら、二人共もう相手を代えているの? 紅ったら、騎馬戦の後の私はダメで、桃華なら喜んで保健室に連れて行ってあげるの?』
正直な感想はこんな感じ。
自分でも理不尽だと思う。
だから言葉にできないし、二人を責めることもできない。
そういえば何日か前から紅は、朝、自分で起きてくるようになった。私に世話役だと言いながら、朝は一人で仕度をする。一番寝起きが悪かったのに、兄弟の中で一番早起きになってしまった。
これはあれだ、ヒロインに気に入られようと急激に成長しているパターンかな? しっかりしないと振られると思って、頑張りだしたのかも。この分だともう既に、桃華に惹かれているのかもしれない。
それなら、私が世話役として側にいられるのもあと少しだけ。そう思うと悲しいような気がする。あんなに離れたかったのに、今は男装も三兄弟の世話をするのもそれほど嫌ではない。
世話役として扱われて初めて、紅の優しさを知ったように思う。これまで大事にされることが当たり前になっていたから、深く考えたことはなかった。
好きだと言われたのにすぐに断り、彼の手を離してしまった私。もう少し誠実に向き合ったなら、違う関係を築けたのかもしれない。世話役ですらなくなったら、私達に接点はほとんどなくなる。その時私は、どんな顔で紅と向き合えばいいんだろう?
私に触れる大きな手。
その手に安心していたのはいつからだろう。良く響く声を聞き、楽しそうな笑顔を見ると嬉しくなるのはいつからだった? 紅の心からの笑い声を近くで聞いていないような気がする。優しい瞳も掠れた声も、これからは全て桃華のもの。私に向けられることは、もうないんだろう。
気がつけばこうして、紅のことばかり考えている。小さな頃からずっと一緒にいたけれど、こんなことって初めてだ。こんなんじゃいけない。応援するって決めたんだから、もっとしっかりしなくちゃね?
残念ながら赤組は準優勝。
演舞だけは蒼達のいる青組に勝つことができた。けれど、パネルやその他の競技などで大きく差をつけられてしまったのだ。青組はリレーも一位だったし、観客からの投票で決まるパネルの人気も高かった。パネルは青龍の鱗の部分をみんなの写真にしていたから、評判が良かったようだ。
お祭りのような体育祭だけど、負ければそれなりに悔しい。でも結構楽しめたから、それはそれでいいのかな?
そんなわけで、桃華の好感度が高い攻略対象は青組にいる……ってあれ? おかしいな。だって、告白されたの私だし。だったらこれからってことなのかな? 今までの出来事や今回の体育祭の成績は、ゲームの『虹カプ』には全く関係ないのかもしれない。
「桃華には今から頑張ってもらおうかな」
攻略対象なのに攻略できない女の子の私。
だったらせめてヒロインくらいは、陰から応援することにしよう。櫻井兄弟の誰かが桃華とくっつけば、近い将来彼らの幸せな様子を見ることもできるし。
体育祭以降、紅はゲームのような『俺様紅輝』に戻ってしまった。優しい紅はどこへやら。私に対する口調がちょっと偉そうだ。兄弟達とも別行動を取るようになったし、放課後どこかに行ってなかなか戻って来ない時があった。高校生だし放っておけばいいんだろうけど、やっぱり心配してしまう。
だけど紅は、ティールームにはよく顔を出すようになった。時々私に給仕を頼んでくる。彼は『オレンジペコ』の茶葉が好き。お茶の時間は唯一気の休まる時間だ。美味しい紅茶とお菓子にほっこりしていると、甘い物が苦手な紅が自分の分を分けてくれる。そんな時は、以前の紅が垣間見えるようで嬉しくなる。視線を感じて微笑みかけようとしたら、すぐに目を逸らされてしまうけれど。
ちなみに、蒼は紅茶よりもコーヒー派。
飲んでもアールグレイかな?
黄は見た目の印象通りのミルクティーで、甘い物が大好きだ。
三兄弟が揃っている時は、女子の人垣が出来る。中には黄狙いの男子まで。今までなら、紅は何となく愛想笑いで受け流していた。近頃の彼は、蒼よりも無愛想になったように思う。今日もお茶を飲み終わると、最後に一度だけ嘘くさい笑みを浮かべて、そのままあっさり立ち去った。ゆっくりすればいいものを。何か用事なのかな? 蒼と黄の世話もしないといけないから、私は当然この場に残る。
『紅輝』は元々、桃華にしか優しくないキャラだ。ヒロイン以外の人間には結構冷たい。蒼も黄も慣れているのか何も言わないし、私はただの世話役だから詮索できない。プライベートまで深く干渉するのはおかしいことだと、最近になってようやく気づいた。幼なじみだからって、今までが親しくし過ぎたみたい。世話役は世話役らしく、分をわきまえなければいけなかったのに。
ゲームの内容を知っている私。
これから起こることを思うとちょっと憂鬱になる。少なくとも紅が桃華に惹かれたなら、もう二度と『紫』は紅輝に優しくしてはもらえない。けれど『紫』は本来登場しないキャラだ。私はこのまま『紫記』として側で見守っていくしかないんだと思う。少し前までは、ヒロインと攻略対象――とりわけ紅の仲を取り持とうと張り切っていたのに、どうしてこんなに気が重いんだろう?
そんなこんなで体育祭から一か月ほど経った日のこと。いつものように着替えに寄った保健室で、碧先生からあることを聞いた。先日の放課後、紅が運動場で転んだ桃華を、保健室まで連れて来ていたというのだ。
「確か抱えていたかな? 膝から出血もしていたし」
「怪我は? 大丈夫だったんですか」
「まあ、見た目ほどひどくはなかったし、跡も残らないだろうね。いつも通り、女の子の方が紅を追いかけていたんだろうし」
碧先生は、桃華のことを紅のファンだと思っている。でも違う。それは紅輝と桃華のイベントだ! 本来なら体育祭の練習中に起こるはずのもの。それが今頃起きたということ?
それならやはり、この世界はゲームの世界なのだ。だとしたら、紅と桃華はもうすぐ両想いになるのだろう。距離が近づき二年の終わりまでには好感度が最大になって、三年からは個別ルートに入るはずだ。
「……で、どう? 紫ちゃん。気になる?」
「うえ? ま、まあ……」
覚悟はしていたのに、何だかショックだ。
『虹カプ』ファンとしては、今後の展開は確かに気になる。願い通りになったから、喜ばなくてはいけないのに。でもそれよりも、胸の奥が何だか変だ。
『この前私に告白したと思ったら、二人共もう相手を代えているの? 紅ったら、騎馬戦の後の私はダメで、桃華なら喜んで保健室に連れて行ってあげるの?』
正直な感想はこんな感じ。
自分でも理不尽だと思う。
だから言葉にできないし、二人を責めることもできない。
そういえば何日か前から紅は、朝、自分で起きてくるようになった。私に世話役だと言いながら、朝は一人で仕度をする。一番寝起きが悪かったのに、兄弟の中で一番早起きになってしまった。
これはあれだ、ヒロインに気に入られようと急激に成長しているパターンかな? しっかりしないと振られると思って、頑張りだしたのかも。この分だともう既に、桃華に惹かれているのかもしれない。
それなら、私が世話役として側にいられるのもあと少しだけ。そう思うと悲しいような気がする。あんなに離れたかったのに、今は男装も三兄弟の世話をするのもそれほど嫌ではない。
世話役として扱われて初めて、紅の優しさを知ったように思う。これまで大事にされることが当たり前になっていたから、深く考えたことはなかった。
好きだと言われたのにすぐに断り、彼の手を離してしまった私。もう少し誠実に向き合ったなら、違う関係を築けたのかもしれない。世話役ですらなくなったら、私達に接点はほとんどなくなる。その時私は、どんな顔で紅と向き合えばいいんだろう?
私に触れる大きな手。
その手に安心していたのはいつからだろう。良く響く声を聞き、楽しそうな笑顔を見ると嬉しくなるのはいつからだった? 紅の心からの笑い声を近くで聞いていないような気がする。優しい瞳も掠れた声も、これからは全て桃華のもの。私に向けられることは、もうないんだろう。
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