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それぞれの想い
体育祭3
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待機場所には桃華もいない。
もしかしてもう、こっちに向かって走っている?
「ほら、紫記。チェックだ」
「あ……ああ。ごめん」
藍人とつないだ手を上に上げる。
審査は無事、通過した。
藍人と私がとっくにゴールした後で、紅が喚きながら戻って来た。
「お前ら、頭おかしいだろ!」
どんなカードを引いたんだろう?
近付くにつれ、カードを見なくてもはっきりわかった。これはあれだな、運が悪いとしか言いようがない。
『人体模型』
生物室のリチャード君(橙也命名)を抱えた紅がゴールする。何を持っても大抵似合うけど、さすがにこれは。
期待していた女の子達のため息が痛々しい。きっと桃華も……あれ? 面白そうにケラケラ笑っている。いつの間に戻っていたんだろう。でもまあ、ヒロインが喜んでいるからいいのかな?
借り物競争で『好きな人』のカードはまだ出ていないようだ。もしかしたら、ただの噂だったのかもしれない。男女交際が禁止されていないとはいえ、生徒会が率先して用意するとは思えないから。ゲームでも、そんな設定なかったし。
男子の後は女子の番だ。
華がないということで、我々男子は全員応援席に帰された。紅の隣に座った私は、彼に耳打ちされる。
「紫記、さっきの約束覚えているか?」
「約束? ……ああ」
言いたいことがあるって言ってたことかな? 約束とはちょっと違うような気がしたけれど、言い間違えたのだろう。
「紫、聞いてくれ。俺は――」
歓声がうるさくてよく聞こえない。
それもそのはず、桃華がこっちに向かって一直線に走って来たのだ。引いたカードを振りながら、大声を出している。ヒロインが紅の所に来るなら、理由はただ一つ。まさか、桃華の引いたカードって……
「出ました、大当たりです。お願いしまーす!」
頬を染めて嬉しそうな桃華は本当に可愛らしい。
『好きな人』を引き当てるなんて、さすがはヒロインだ。覚悟していたとはいえ、間近でカードを見せられた瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。
良かったね、紅。
今日から二人は晴れて両想いだ。
咄嗟に顔を背けてしまう。
二人を応援しなくちゃいけないと思う一方で、悲しくなる。私の世話役ももうすぐ終わり。
なのに――
「え……あれ? 桃……花澤さん、相手を間違えてるよ?」
「いいえ。紫記様、お願いします」
「はい?」
「ほら、早く!」
言いながら桃華は、私の手首を掴んだ。
ちょっと待とうか。桃華って紅が好きなんだよね? その証拠に、紅が何とも言えない表情をしている。
「もしかして、二人の仲が秘密だから?」
立ち上がりながら聞いてみる。
二人共美男美女でやっかみが多いから、私を隠れ蓑に使おうとしているのかもしれない。
「何のことです? 紫記様、私のカード見ました?」
走りながら桃華が言う。
さすがヒロイン、息が乱れていない。
「ああ。『好きな人』だったよね。だったら……」
「だから紫記様なんですよぉ。キャッ、言っちゃった!」
「……え」
聞いた瞬間、耳を疑った。
もしかして私、何か聞き間違えた?
「ほら、立ち止まっちゃダメですよ?」
桃華にすごい力で引っ張られてしまう。引きずられているといった方が正しいかもしれない。
でも待って。桃華は紅といる時こっちを見てたよね? ――紅が近くにいない時は、別に気にしてなかったけど。
バスケの試合の時も、私の代わりにハンカチを紅に届けてくれた。――まあ、私が頼んだからなんだけど。
演舞の練習を毎日見に来ていたし、紅と一緒に私を探してくれたこともあったし……
呆然としながらゴール前のチェックを受ける。嬉しそうな桃華に対して私は真顔。だって、背中を冷や汗が伝っているから。確かに、紅の側には私もいた。だけど、桃華は紅を見ているんだとばかり思っていた。
まさか、紅よりも私のことが本当に好きだとか?
「好きな人と一緒にゴールテープが切れるなんて、夢のようです」
ひえぇぇぇー!
びっくりして、思わず飛びのいてしまった。桃華には申し訳ないけれど、夢は夢でも私にとっては悪夢かもしれない――
フラフラと自分の席に戻る。
運動場は一年生による玉入れで、黄が活躍しているはずだけど、全く目に入らない。
こんなことって――
いくら攻略難易度が低いとはいえ『紫記』は架空の存在で、正体は女の子である私――紫だ。当然、ヒロインと恋に落ちることはない。それなのに、よりにもよって私が好きだなんて、どうしちゃったんだろう? 今まで桃華には、なるべく素っ気なく冷たく接していたのに。
桃華のことが好きな紅はどうなるの? 蒼や黄、それに藍人は? 橙也はまあ、グレーだからいいとして。これって、紅から桃華を取ったことになるのかな。でも、攻略対象とはいえ私は女の子。だから、ヒロインがいくら可愛くてもさすがに無理だ。
「どうした。ついでに告白されたのか?」
紅が冗談めかして聞いてきた。
本当はすごく辛いに違いない。
桃華も気になるようで、後ろを振り返って私達を見ている。
ほら、いつもこんな感じだったから。だから私は、桃華が好きなのは紅の方だと思っていた。
「……内緒だ。それより紅の言いたいことって?」
いくら相手が紅でも、桃華が聞いているところで彼女の話はできない。でも、さっきの桃華のカードを彼も目の前で見ていたはずだ。気にならないのかな?
まあ、紅は私が女の子だと知っているから、桃華の気持ちに応えられないことはわかっている。だから平気なのかな。
「うるさくて、ここでは話せないみたいだ。演舞の後に時間をくれ」
「わかった」
きっと、桃華への熱い想いを語るのだろう。どんなに彼女を好きなのか、聞かされるのかも。
それまで私も考えを整理しておこう。要は、私が桃華を手ひどく振ればいいだけの話だ。そうすれば紅が桃華を慰めるから、二人はそこから急接近するに違いない。
人生初の告白は桃華から。ヒロインを騙していて申し訳ないけれど、彼女の真剣な想いは否定しなければならない。断るための正当な理由として、性別をバラせればいいのだろうけど、それもできない。バレれば特待生枠を外されて、学園にいられなくなってしまうからだ。
考えれば考えるほど、自分はひどいやつだ。断る言葉をどうしようかと考えていたら、楽しいはずの体育祭が一気に憂鬱になってきた。
でも、この後の演舞は一生懸命練習したのだ。紅や赤組のみんなのためにも、何とか乗り切らないといけない。
もしかしてもう、こっちに向かって走っている?
「ほら、紫記。チェックだ」
「あ……ああ。ごめん」
藍人とつないだ手を上に上げる。
審査は無事、通過した。
藍人と私がとっくにゴールした後で、紅が喚きながら戻って来た。
「お前ら、頭おかしいだろ!」
どんなカードを引いたんだろう?
近付くにつれ、カードを見なくてもはっきりわかった。これはあれだな、運が悪いとしか言いようがない。
『人体模型』
生物室のリチャード君(橙也命名)を抱えた紅がゴールする。何を持っても大抵似合うけど、さすがにこれは。
期待していた女の子達のため息が痛々しい。きっと桃華も……あれ? 面白そうにケラケラ笑っている。いつの間に戻っていたんだろう。でもまあ、ヒロインが喜んでいるからいいのかな?
借り物競争で『好きな人』のカードはまだ出ていないようだ。もしかしたら、ただの噂だったのかもしれない。男女交際が禁止されていないとはいえ、生徒会が率先して用意するとは思えないから。ゲームでも、そんな設定なかったし。
男子の後は女子の番だ。
華がないということで、我々男子は全員応援席に帰された。紅の隣に座った私は、彼に耳打ちされる。
「紫記、さっきの約束覚えているか?」
「約束? ……ああ」
言いたいことがあるって言ってたことかな? 約束とはちょっと違うような気がしたけれど、言い間違えたのだろう。
「紫、聞いてくれ。俺は――」
歓声がうるさくてよく聞こえない。
それもそのはず、桃華がこっちに向かって一直線に走って来たのだ。引いたカードを振りながら、大声を出している。ヒロインが紅の所に来るなら、理由はただ一つ。まさか、桃華の引いたカードって……
「出ました、大当たりです。お願いしまーす!」
頬を染めて嬉しそうな桃華は本当に可愛らしい。
『好きな人』を引き当てるなんて、さすがはヒロインだ。覚悟していたとはいえ、間近でカードを見せられた瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。
良かったね、紅。
今日から二人は晴れて両想いだ。
咄嗟に顔を背けてしまう。
二人を応援しなくちゃいけないと思う一方で、悲しくなる。私の世話役ももうすぐ終わり。
なのに――
「え……あれ? 桃……花澤さん、相手を間違えてるよ?」
「いいえ。紫記様、お願いします」
「はい?」
「ほら、早く!」
言いながら桃華は、私の手首を掴んだ。
ちょっと待とうか。桃華って紅が好きなんだよね? その証拠に、紅が何とも言えない表情をしている。
「もしかして、二人の仲が秘密だから?」
立ち上がりながら聞いてみる。
二人共美男美女でやっかみが多いから、私を隠れ蓑に使おうとしているのかもしれない。
「何のことです? 紫記様、私のカード見ました?」
走りながら桃華が言う。
さすがヒロイン、息が乱れていない。
「ああ。『好きな人』だったよね。だったら……」
「だから紫記様なんですよぉ。キャッ、言っちゃった!」
「……え」
聞いた瞬間、耳を疑った。
もしかして私、何か聞き間違えた?
「ほら、立ち止まっちゃダメですよ?」
桃華にすごい力で引っ張られてしまう。引きずられているといった方が正しいかもしれない。
でも待って。桃華は紅といる時こっちを見てたよね? ――紅が近くにいない時は、別に気にしてなかったけど。
バスケの試合の時も、私の代わりにハンカチを紅に届けてくれた。――まあ、私が頼んだからなんだけど。
演舞の練習を毎日見に来ていたし、紅と一緒に私を探してくれたこともあったし……
呆然としながらゴール前のチェックを受ける。嬉しそうな桃華に対して私は真顔。だって、背中を冷や汗が伝っているから。確かに、紅の側には私もいた。だけど、桃華は紅を見ているんだとばかり思っていた。
まさか、紅よりも私のことが本当に好きだとか?
「好きな人と一緒にゴールテープが切れるなんて、夢のようです」
ひえぇぇぇー!
びっくりして、思わず飛びのいてしまった。桃華には申し訳ないけれど、夢は夢でも私にとっては悪夢かもしれない――
フラフラと自分の席に戻る。
運動場は一年生による玉入れで、黄が活躍しているはずだけど、全く目に入らない。
こんなことって――
いくら攻略難易度が低いとはいえ『紫記』は架空の存在で、正体は女の子である私――紫だ。当然、ヒロインと恋に落ちることはない。それなのに、よりにもよって私が好きだなんて、どうしちゃったんだろう? 今まで桃華には、なるべく素っ気なく冷たく接していたのに。
桃華のことが好きな紅はどうなるの? 蒼や黄、それに藍人は? 橙也はまあ、グレーだからいいとして。これって、紅から桃華を取ったことになるのかな。でも、攻略対象とはいえ私は女の子。だから、ヒロインがいくら可愛くてもさすがに無理だ。
「どうした。ついでに告白されたのか?」
紅が冗談めかして聞いてきた。
本当はすごく辛いに違いない。
桃華も気になるようで、後ろを振り返って私達を見ている。
ほら、いつもこんな感じだったから。だから私は、桃華が好きなのは紅の方だと思っていた。
「……内緒だ。それより紅の言いたいことって?」
いくら相手が紅でも、桃華が聞いているところで彼女の話はできない。でも、さっきの桃華のカードを彼も目の前で見ていたはずだ。気にならないのかな?
まあ、紅は私が女の子だと知っているから、桃華の気持ちに応えられないことはわかっている。だから平気なのかな。
「うるさくて、ここでは話せないみたいだ。演舞の後に時間をくれ」
「わかった」
きっと、桃華への熱い想いを語るのだろう。どんなに彼女を好きなのか、聞かされるのかも。
それまで私も考えを整理しておこう。要は、私が桃華を手ひどく振ればいいだけの話だ。そうすれば紅が桃華を慰めるから、二人はそこから急接近するに違いない。
人生初の告白は桃華から。ヒロインを騙していて申し訳ないけれど、彼女の真剣な想いは否定しなければならない。断るための正当な理由として、性別をバラせればいいのだろうけど、それもできない。バレれば特待生枠を外されて、学園にいられなくなってしまうからだ。
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