私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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それぞれの想い

体育祭の練習2

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 思い悩むなんて、最近の私はおかしい。現にこの前もすごく変な夢を見てしまった。相手の顔はわからないけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

   ――誰かが寝ている私の髪をかき上げ、傷跡に優しくキスを落とす。そのまま頬に滑った唇がためらうように唇の端で動きを止める。私の涙に気づいたその人は、指で拭った後でペロっと舐めて癒してくれた。掠れた声で囁くのは、たった一つの言葉。

『好きだ』

   うわっ。
 思い出しただけで顔が熱くなってしまう。
 何でだろう。今になって乙女ゲームの禁断症状が出てきたとか?
 夢なのか現実なのか。紅と二人きりの今なら、聞いてみることができる。でも、変なやつだと思われないよう、言葉を選ばないと。私は思い切って疑問をぶつけることにした。

「ねえ、この前私に毛布をかけてくれたのって、紅?」

 さっきの黄のようにストレートに聞くのは良くない。突っ込まれたら恥ずかしいし、夢だとしたら妄想好きの変態だと思われてしまうから。
   紅は不意に目を細めると、私をじっと見つめて口を開く。

「それは……」

 緊張した私が答えを聞く前に、戸口から大きな声がした。

「あ、こちらにいらしたんですね? 仕上がりのチェックをお願いします。みんな頑張りましたよ」

 可愛い桃華が登場した。
 そうだった。あれが夢でも現実でも、紅とは関係ない。だって、彼の好きな桃華が待ちきれなくて迎えに来るくらいだもの。ヒロインにも彼の想いは通じているみたいだ。二人の恋は順調なんだろう。

   良かったね、紅。それなら演舞も頑張って、是非とも優勝してあげなくちゃね?
 桃華と二人きりにしてあげるため、私は紅の肩をポンと叩くと一人で先にクラスに戻った。



 翌日からは競技の練習にも参加した。技巧走という名の借り物競争は、本番まで何を借りるかわからない。とりあえず、平均台を渡ったりネットをくぐる練習をする。
 二人三脚も男同士で走る。

「うちの学園は何で女子と組ませないんだよー」

 全力でそう叫んでいた福山君と、走ることになった。私も一応女子なんだけど、もちろんバラせない。体育の時のくじ引きの結果を見た彼は、私に向かってこう言った。

「長谷川なら、まあ他の男子よりはマシか」

 ええっと、ありがとう? 
 でも、ちょっと復活してくれたみたいだから良かった。

「イヤなら変わるが。お前、休むか?」

 紅、指を鳴らしながら近づくって何だか黒いんだけど。同じクラスなのに冷たいのはダメだよ?   まあ、わかってるけどね。私を庇ってくれたんでしょう?   
   小さな頃から私をけなす人には、冷たかったもんね。気を遣わなくてもこれくらいじゃへこまないから、大丈夫だよ。

 そして、一番厄介なのが騎馬戦だ。隣のクラスと四人一組の混合チームを作る。三人が馬になり一人が上に乗るから、体重の軽い私が上になる。うちのチームは下の前が紅で、後ろは藍人と橙也に決まった。
   攻略対象三人を馬にするなんて、贅沢だし恐れ多い。ヒロインだってそんなことはしていない。私が下でいいと言ったら、あっさり却下されてしまった。馬のバランスが悪くなるし、体力がないからだとか。
   
   でも、変だな。
   ゲームではヒロインの慕う攻略対象が上に乗っていたのに。現実だと体重の関係で、そうもいかないのかもしれない。
   それに、私の体力が極端に少ないことがバレたら、女子だと怪しまれてしまう。男装していたとわかれば、女生徒に恨まれること間違いなし。それなら、彼らの言う通り上に乗っていた方がいいのかな?

「気のせい気のせい気のせい。いい匂いがするのは俺の気のせい……」

 いざ練習しようとすると、背後の藍人が何やらぶつぶつ言っている。気負い過ぎておかしくなった?   それとも、応援の練習のせいで疲れているのかな。
   まだ見てないけど、隣のクラスの青龍の演舞『水神』も結構ハードだと聞いている。どの組も熱心に取り組むから、体育祭は盛り上がる。

「紅輝、一番前は役得だよね。代わってくれない?」
「させるかっ」

 橙也と紅輝も仲が悪い。
   一番前だと肩に私の手が置かれて重い。更に、相手のハチマキを取るため必死になった私に前傾姿勢でのしかかられる。後頭部に身体も当たるし、場合によっては頭を掴まれてしまう。考えても何もいい所がなく、目立つわけでもないのに。何で二人共、一番前にこだわるんだろう?
 終わった後も言い合いを続けている二人。どうしよう。騎馬戦、全然勝てる気がしないんだけど。



 体育祭まで残すところ三日となった。
 パネルも完成したし、演舞も今日同じ組のみんなで合わせたところだ。
   ヒロインの好感度が上がって優勝しなくてはいけないせいか、紅は練習にも熱が入っている。毎日つき合わされた私は、正直言って筋肉痛だ。競技の練習の方が、体力的には遥かに楽な気がする。

 だって、毎日放課後になると、お茶の時間を飛ばしてまで紅が誘うから。まるでプロを目指しているような彼の徹底した稽古には、ついていくのが精一杯。
   お陰で考えごとをしていても、身体が動くようになってしまった。まあ、剣を扱うのは、昔四人で一緒に遊んでいた頃みたいでちょっと懐かしかったけど。

 最後のシーンの扇を使った鳳凰の踊りも完璧になった。夫婦つがい役ということで、顔や身体が密着する。最初はかなり恥ずかしかったけど、慣れてきたのか今は平気だ。
   それなのに、できているはずのその部分を紅がしつこく練習しようとするのは、ちょっとだけ納得がいかない。

「紫記、もっと身体を預けて」
「何でだよ。これ以上傾けると支え切れないだろう?」
「構わない。何があっても離さないから」
「そんなこと言われても。これ以上曲げると、さすがに腰がキツい」

 紅に背を向け寄りかかる。
   その後、後ろに仰け反る私が彼の腕で支えられる。戦で失われた人々の悲しみを表現しているらしいけど、バレエのようなこの表現は難しい。
   ただでさえ、端整な紅の顔を至近距離から見上げることになる。これが演舞ではなく実生活だったとしたら、照れまくりで確実にアウトだ。

 そんな人の気も知らず、くっつく度に周りからは時々「キャー」とか「わー」といった声が上がる。パネルの完成が近づくにつれて、私達の練習を見に来る女生徒の数が多くなったからだ。中には男子生徒の姿もある。
   礼儀として、他の組の演舞を本番前に覗くのはいけないけれど、人気者の紅がいるから仕方がない。気づけば、他所のクラスからも見学者がいる。

 その点、同じ組の桃華は堂々としていた。毎日必ず特等席で見るから、彼女の紅への好感度はますます上昇しているみたい。
   結局、二人きりだったのは初日だけで、あとはずっと複数に見られている。そのせいか、紅は最近不機嫌だ。

「ギャラリーが多いな。本番前に見て何が楽しいんだ?」
「わかってないね。みんな少しでも、紅が見たいんだよ」
「いや。だったらお前はなぜ……」

   言いかけてやめたようだ。
 首を横に振っている。
 何だろう。
 中身を秘密にしておきたかったとか、本当は桃華だけに見て欲しかったとか? 
 それとも、私の覚えが悪く時間をとり過ぎたと思っているのかな?

「だったらお前はなぜ、もっと早く覚えない」――そう言おうとしたのかも。
 いずれにせよこの練習も明日で終わる。体育祭が過ぎれば、世話役以外で紅の近くに寄る機会はなくなる。
   だからって、別に寂しくなんかない。私はちゃんと、紅と桃華が上手くいくように願っている……と思う。


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