私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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それぞれの想い

体育祭の練習1

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 黄が何だか変だった。
 猫のゆかりのためのご飯をわざわざ用意してくれて、一緒にあげたまでは良かったんだけど……
「撫でて欲しい」と言うから、いつものように頭を撫でてあげた。昔から私は、黄のうるうるした目に弱い。彼は甘えん坊で今でも時々そうやって可愛くおねだりしてくるから。けれど、頭を撫でた私の手の甲にいきなりキスをし、舐めたのだ。
 
「こ、こ、これってヒロインとのイベント~!?」

 思わず声に出してしまった。
 可愛らしく首を傾げた黄はわかっていないようだ。『虹カプ』の攻略対象が、ヒロインと攻略者とを間違えてしまっている。
 ちなみに、黄と桃華の出会いは噴水近くの花壇だけど、その後徐々に仲良くなった二人は猫のボウ君の前でいちゃつく。間に挟まれたボウ君が怒って「ニャーニャー」鳴きながら黄司の手をひっかくのは、有名なシーンだ。

   まあふざけて猫の真似をされただけだし、全くいちゃついてもいないけれど。
 というより、弟のような可愛い黄がこんな冗談を仕掛けてくるとは思わなかった。照れよりびっくりした気持ちが大きくて、私はその場で固まってしまう。

「どうしたの、紫ちゃん」
「ま、まさかこの前部屋でも何かした?」
「何かって?」

 きょとんとした顔でこっちを見ている黄。内容を、私の口から言えと?   それとも本当に覚えがないのかな。ってことは、やっぱりあれは夢?

「も……毛布! ソファで寝ていた私にかけてくれたのは黄?」
「何それ。僕知らないよ」

 そうなんだ。
 だったら中身を言う必要はないかな。

「ねぇ、何それ。何かしたってなあに?」
「いや、えーと。あ、それより戻ろうか。お茶会の後は体育祭の準備をするようにって生徒会が」
「ちっっ」

 え? 
 黄、もしかして今、舌打ちした?
 まさかね。天使のような黄に限ってそんなこと。

「紫ちゃん、体育祭は何に出るの?」

 やっぱり気のせいだったか。
 私を見る黄は無邪気な瞳をしている。

「えっと、借り物競争と二人三脚、あとは騎馬戦かな。それと、演舞」
「そんなに? ああ、そうか。演舞は二年生が中心になるんだもんね」
「そう。私は赤組だけど、黄は何組?」
「僕? 僕は黄組。何だ、紫ちゃんと一緒じゃないのか」

 しゅんとした顔をする黄。
 でも組の色を聞く限り、やっぱりゲームのストーリー通りだ。
 体育祭で学園の生徒は四つの色に分けられ、それぞれ団体戦で競い合う。イメージの絵をパネルにみんなで描いて、応援席に立てかける。競技だけでなく絵や演舞も得点の対象となる。

 私達のクラスは赤組でイメージは鳳凰。絵や演舞は必然的にそれを模したものとなる。隣のクラスの蒼士は青組で青龍、黄は黄組なので麒麟になる。あとは白組で白虎だったと思う。
 四つのチームが競技、絵、演舞の総合成績で優勝を争う。先生方の審査の他、一般客からの投票が加わる。でもゲームでは、ヒロインの好感度が高い攻略対象がいる組が大抵優勝していた。
 


 黄と別れて教室に戻った私。
 お茶会はとっくにお開きになっていたようで、クラスでは美術部の指示の下パネルの制作が始まっている。今日で鳳凰の下描きを仕上げるらしい。
   セレブ校なのにこんな所は普通の高校と同じだから、私はこの学園が好きだ。でも、制服が汚れないように着るスモックがブランド品なので、そこは普通とちょっと違う。

「紫記、どこに行っていた? 探したぞ」
「ああ、ごめん。急いで手伝うから」

 教室に入るなり、紅が飛んできた。
 しまった、そんなに遅れたのかな?

「いや、手伝いはいい。お前は俺と演舞の練習だ」
「ああ、あれ。待って、着替えてくるから」
「軽く合わせるだけだから、そのままでいい」
「わかった。剣は?」
「用意しておく。じゃあ、空き教室で待っている」

 赤組が応援の時に踊る演目は『鳳凰の舞』。
 静と動、動乱の後の静寂からの復活をイメージしている。戦火の中、激しく争う人々。全てが燃え、死に絶えた大地の灰の中から鳳凰が復活するという筋書きだ。全員参加が基本だが、中央に鳳凰役の二人が要る。二人は始めは人々のリーダー役として対立し、死した後鳳凰のつがいとして蘇る――

 満場一致で鳳凰役は紅に決まった。
 ベタな設定だけど、ヒロインと攻略対象との仲が深まるにはピッタリ!   そう思っていたら、選出された紅が相手役に選んだのは、何と私だった。あれ、桃華じゃないの?
 まあ、戦う場面で模造品とはいえ剣を扱うから、好きな子に万一のことがあったら危ないと考えたのかもしれない。それに桃華では可憐過ぎて、荒々しい役は似合わない。だから気心が知れて手加減しなくていい私に、白羽の矢を立てたのだろう。

 そんなわけで紅とは、私の足首が治ったら動きを合わせようと約束していた。目立つのは嫌だけど、一応私も攻略対象の一人だ。ゲームと同じく避けては通れないのかもしれない。



「ごめんね、待った?」
「いや、今来たとこだ」

 あれ? 今のセリフって何だかデートっぽくなかった? まあ、これから舞の練習をするだけなんだけど。 
   一流どころの振付師が考えてくれた踊りは難しく、運動神経の良い紅と合わせるのは容易ではない。クラスには他に体力自慢の男子がいるから、その子と代わっても良かったんだけど。そう言ったら「俺にどんなメリットが?」と、返されてしまった。どういう意味だろう?

「いや、角度が違う。二の腕はもっと上げた方がいい」
「こうかな?」
「いや、左はもう少し脇を締めて」

 振付を先に覚えていた紅が丁寧に教えてくれる。腰に添えられる手を意識してしまい、何だかとってもくすぐったい。集中しなくちゃいけないのに、距離が近くて恥ずかしい。

「次の場面はもっと身を入れて。左手は斜め前だ。剣はこう、しっかり握っていないと落とすぞ」

   後ろから抱きしめるようにして剣の位置を直される。ドラマか何かで見た、昼下がりのテニスクラブのコーチと人妻の気持ちが、良くわかるような気がしてきた。

 でも、「軽く」と言いながら紅は結構スパルタだ。動きを何度も合わせるから、日が暮れる頃には、始めの方の剣舞をすっかり覚えてしまった。
   軽く打ち合う音と呼吸が聞こえ、真剣な淡い茶色の瞳が射貫くように私を見つめる。近付いたかと思ったら遠くに離れ、また近付く。

   本番では、赤が基調の平安貴族のような衣装を着て、長い二本の紐がついた帽子を被る。舞う度にひるがえる紐が火の粉のように見える、という仕掛けらしい。

「動きっぱなしって結構ハードかも」
「大丈夫。お前ならできる」

 大きく息を吐く私に、紅がにっこり笑って慰める。面倒を見ていたはずの紅に、時々励まされるようになったのは、一体いつからだっただろう? 同い年なのに、紅も蒼も私を追い抜いていつの間にかずっと先に行ってしまった。そう思う度、寂しくなるのはどうしてだろう。

「どうした、紫。激しい動きは久々で疲れたか?」

 心配した紅が近付き、長い指で私の頬に触れた。桃華のことが好きなくせに、優しくするのは止めて欲しい。考えただけで胸がキュッと苦しくなるから――
  
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