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友人と言う名のお世話役
逃げ回る理由
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「ニャーニャー」
猫の声で起こされるなんて、猫好きにとってはたまらない。しかも、子猫の声は格別だ。私はすぐに目を開けた。
「あ、起きた~。紫ちゃん、また具合が悪いの?」
黄だ。子猫を抱く姿も可愛いらしい。
一人と一匹は、私のすぐ近くで同じようにこちらを見ている。さっきの猫だ。
黄が「また」と聞いてきたのにはわけがある。子供の頃の私は、よく熱を出していた。多分その時と同じ状況だと思っているのだろう。夢の中で懐かしい人に会ったから、思いの外ぐっすり眠ってしまったようだ。
私は身体を起こすと、黄に答えた。
「大丈夫、心配かけてごめんね。それより黄、授業は? それに、保健室に猫を持ち込むのはちよっと……」
「紫ちゃん、猫好きだから早く会いたいと思って。それに僕達一年生は、今日は写生で授業はなかったよ」
僕、何かいけなかった? という感じで首を傾げる黄を見ていると、怒るに怒れない。それに、子猫は黄が面倒を見て洗ってくれたみたいで真っ白だ。可愛い猫と黄の様子に思わず頬が緩んでしまう。
やっぱりこのコって……
少し耳が垂れているところといいまん丸な金色の瞳といい、子猫は『虹カプ』のマスコットキャラクター『ボウ君』にそっくりだ。というかそのものだ。確か『レインボウ』の後ろの文字を取って、そう呼ばれていたんだっけ。私も当然、猫のボウ君のキーホルダーを持っていた。
白猫のボウ君を思い出したことで、何かがひっかかるような気がする。何だっけ? 考え込んでいる私を、黄が心配そうに見つめ訊ねてくる。
「紫ちゃん、やっぱり具合が悪いんじゃあ……」
思い出した瞬間、私は青ざめる。
『紫記』って確か、攻略難易度めちゃくちゃ低いんじゃあ……
猫のボウ君とセットの彼は、虹色の名を持つ七人の中で好感度が一番楽に上がる。猫を褒めるか紫記と猫の話をするだけで、彼は桃華のことをどんどん好きになっていくのだ。それに、ときめきイベント後の紫記は、猫と桃華と過ごしたい一心でヒロインの周りを自らウロチョロする。
それまでの冷たい彼はどこへやら。よく笑うし、桃華に話しかけられると、すぐに二人だけのイベントがどかどか発生する。ヒロインである桃華の方から避けない限り、気づけば簡単に紫記ルートに入ってしまうのだ。
反対に、一番難しいのが櫻井紅輝。
彼は全員を攻略してからでないと、後半の個別ルートに突入するための選択肢すら出てこない。メインキャラで表紙デザインにもどっかりのっかっているくせに、なかなか落とせないとあって逆に人気が出ていた。
紅輝推しの乙女達により『虹カプ』は盛り上がっていたはずだ。紅輝を攻略するために、攻略対象全員の限定イラスト付き攻略本が売れに売れたと聞いている。じゃあ、紅のことが好きな桃華と彼をくっつけるのは難しいってこと?
でも、ここで諦めてはいけない。
だって私は、櫻井三兄弟の母親であるレナさんと約束したのだ。
『私がお母さんになって、みんなを幸せにしてあげる』
宣言通り、紅か蒼か黄と桃華の恋を応援しなければいけない。なぜそう思うのかといえば、それは――
「熱があるかもしれないね。とりあえず測ってみたら?」
「ありがとう、黄。でも大丈夫よ」
具合が悪いとすれば思い出してしまったせいなので、確実に熱はない。青ざめた分、低くなっている可能性はあるけれど。でも、黄の心遣いが嬉しい。子猫のボウ君も優しい黄にすっかり懐いているみたいだ。
黄は『虹カプ』の中でも天使のような微笑みのスチル――画像が多い。だけど私が好きなのは、ポスターにもなっていた櫻井三兄弟と桃華の表情豊かなスチルだった。
桃華が三兄弟の誰とくっついても、最後にはそのスチルが出てくる。櫻井家の庭に置かれたテーブルを、三人が楽しそうに囲んでいる。そこにヒロインである桃華が、手作りのシフォンケーキを運んでくるシーンだ。
彼女を見上げて愛しそうな笑みを浮かべているのは、長男の紅輝。お茶のカップを片手に桃華に向かって穏やかに微笑んでいるのは、次男の蒼士。猫の『ボウ』が桃華の方へ行こうとするのを慌てて引き留めているのは、びっくりした顔の三男の黄司。彼らはみんな満ち足りた表情をしていた。
三人と桃華の恋を応援しようと思う理由。それは、幸せを絵に描いたようなそのスチルを覚えているから。三兄弟の誰かが桃華と一緒になれば、彼らはスチルの通りに最後は必ず幸せになれる!
「紫ちゃん。ほら、子猫も心配しているよ? この子のお母さんはどこにいるのかな」
寂しそうな顔で黄が言う。
彼にも是非幸せになってもらいたい。
この世界が乙女ゲームだというのなら、筋書き通りに進めばいい。櫻井兄弟が桃華に攻略されれば、彼らはきっと幸せになる。スチルそっくりの楽しそうな三人の姿が、今から目に受かぶようだ。
そうすれば私は、レナさんとの約束を果たしたことになる。さすがに今は、母親代わりになれないとわかっている。だけど、友人としてなら側にいることができるから。
たとえ彼らが私を世話役としてしか見ていなくても、私は三人を大切な友人だと思っている。
だからこそ私は、桃華から逃げ回らないといけない。攻略難易度が低い紫記は、すぐに恋に落ちてしまうから。女の子といえども油断はできない。ゲームの世界では、この先何がおこるかわからない。私は攻略できないし、されてもいけない。
桃華が紅や櫻井兄弟を諦めなければいいけれど。桃華が紫記に来たらどうなってしまうのだろう? 女の子同士のあれこれは、考えるだけでも恐ろしい。
櫻井三兄弟との仲を取り持つために、私は今後も桃華から逃げ回って冷たくしなければいけないのか。何だか気が重いな。
猫の声で起こされるなんて、猫好きにとってはたまらない。しかも、子猫の声は格別だ。私はすぐに目を開けた。
「あ、起きた~。紫ちゃん、また具合が悪いの?」
黄だ。子猫を抱く姿も可愛いらしい。
一人と一匹は、私のすぐ近くで同じようにこちらを見ている。さっきの猫だ。
黄が「また」と聞いてきたのにはわけがある。子供の頃の私は、よく熱を出していた。多分その時と同じ状況だと思っているのだろう。夢の中で懐かしい人に会ったから、思いの外ぐっすり眠ってしまったようだ。
私は身体を起こすと、黄に答えた。
「大丈夫、心配かけてごめんね。それより黄、授業は? それに、保健室に猫を持ち込むのはちよっと……」
「紫ちゃん、猫好きだから早く会いたいと思って。それに僕達一年生は、今日は写生で授業はなかったよ」
僕、何かいけなかった? という感じで首を傾げる黄を見ていると、怒るに怒れない。それに、子猫は黄が面倒を見て洗ってくれたみたいで真っ白だ。可愛い猫と黄の様子に思わず頬が緩んでしまう。
やっぱりこのコって……
少し耳が垂れているところといいまん丸な金色の瞳といい、子猫は『虹カプ』のマスコットキャラクター『ボウ君』にそっくりだ。というかそのものだ。確か『レインボウ』の後ろの文字を取って、そう呼ばれていたんだっけ。私も当然、猫のボウ君のキーホルダーを持っていた。
白猫のボウ君を思い出したことで、何かがひっかかるような気がする。何だっけ? 考え込んでいる私を、黄が心配そうに見つめ訊ねてくる。
「紫ちゃん、やっぱり具合が悪いんじゃあ……」
思い出した瞬間、私は青ざめる。
『紫記』って確か、攻略難易度めちゃくちゃ低いんじゃあ……
猫のボウ君とセットの彼は、虹色の名を持つ七人の中で好感度が一番楽に上がる。猫を褒めるか紫記と猫の話をするだけで、彼は桃華のことをどんどん好きになっていくのだ。それに、ときめきイベント後の紫記は、猫と桃華と過ごしたい一心でヒロインの周りを自らウロチョロする。
それまでの冷たい彼はどこへやら。よく笑うし、桃華に話しかけられると、すぐに二人だけのイベントがどかどか発生する。ヒロインである桃華の方から避けない限り、気づけば簡単に紫記ルートに入ってしまうのだ。
反対に、一番難しいのが櫻井紅輝。
彼は全員を攻略してからでないと、後半の個別ルートに突入するための選択肢すら出てこない。メインキャラで表紙デザインにもどっかりのっかっているくせに、なかなか落とせないとあって逆に人気が出ていた。
紅輝推しの乙女達により『虹カプ』は盛り上がっていたはずだ。紅輝を攻略するために、攻略対象全員の限定イラスト付き攻略本が売れに売れたと聞いている。じゃあ、紅のことが好きな桃華と彼をくっつけるのは難しいってこと?
でも、ここで諦めてはいけない。
だって私は、櫻井三兄弟の母親であるレナさんと約束したのだ。
『私がお母さんになって、みんなを幸せにしてあげる』
宣言通り、紅か蒼か黄と桃華の恋を応援しなければいけない。なぜそう思うのかといえば、それは――
「熱があるかもしれないね。とりあえず測ってみたら?」
「ありがとう、黄。でも大丈夫よ」
具合が悪いとすれば思い出してしまったせいなので、確実に熱はない。青ざめた分、低くなっている可能性はあるけれど。でも、黄の心遣いが嬉しい。子猫のボウ君も優しい黄にすっかり懐いているみたいだ。
黄は『虹カプ』の中でも天使のような微笑みのスチル――画像が多い。だけど私が好きなのは、ポスターにもなっていた櫻井三兄弟と桃華の表情豊かなスチルだった。
桃華が三兄弟の誰とくっついても、最後にはそのスチルが出てくる。櫻井家の庭に置かれたテーブルを、三人が楽しそうに囲んでいる。そこにヒロインである桃華が、手作りのシフォンケーキを運んでくるシーンだ。
彼女を見上げて愛しそうな笑みを浮かべているのは、長男の紅輝。お茶のカップを片手に桃華に向かって穏やかに微笑んでいるのは、次男の蒼士。猫の『ボウ』が桃華の方へ行こうとするのを慌てて引き留めているのは、びっくりした顔の三男の黄司。彼らはみんな満ち足りた表情をしていた。
三人と桃華の恋を応援しようと思う理由。それは、幸せを絵に描いたようなそのスチルを覚えているから。三兄弟の誰かが桃華と一緒になれば、彼らはスチルの通りに最後は必ず幸せになれる!
「紫ちゃん。ほら、子猫も心配しているよ? この子のお母さんはどこにいるのかな」
寂しそうな顔で黄が言う。
彼にも是非幸せになってもらいたい。
この世界が乙女ゲームだというのなら、筋書き通りに進めばいい。櫻井兄弟が桃華に攻略されれば、彼らはきっと幸せになる。スチルそっくりの楽しそうな三人の姿が、今から目に受かぶようだ。
そうすれば私は、レナさんとの約束を果たしたことになる。さすがに今は、母親代わりになれないとわかっている。だけど、友人としてなら側にいることができるから。
たとえ彼らが私を世話役としてしか見ていなくても、私は三人を大切な友人だと思っている。
だからこそ私は、桃華から逃げ回らないといけない。攻略難易度が低い紫記は、すぐに恋に落ちてしまうから。女の子といえども油断はできない。ゲームの世界では、この先何がおこるかわからない。私は攻略できないし、されてもいけない。
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