私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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友人と言う名のお世話役

再び保健室

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「ねえ、紅」
「何だ?」
「さすがにもう、恥ずかしいんだけど……」
「遠慮するな。重くはないぞ」
「いや、そのことは忘れてたっていうか、言わないで。でも、見た目が男同士でこれはないんじゃないかと」

 別にいちゃついているわけではない。
 紅にお姫様抱っこで運ばれている間に、休み時間になってしまったのだ。しかも、間の悪いことにちょうど校舎に入ったところ。教室から出てきた生徒が、目を丸くして私達を見ている。

「気にするな。保健室はもうすぐだ」

 しまった、やっぱり早めに下ろしてもらえば良かった。紅は気にしていなくても、私は非常に気になる。
 みんなに顔を見られたくなくて、紅の鎖骨付近に顔を伏せる。紅はなぜか笑っている。私を抱えて歩いても、息が上がっていないのが唯一の救いだ。

「紅輝様、どうなさいましたの?」
「大丈夫ですか? その方は……」
「紅輝様、何かお手伝いできることはありまして?」

 そうだった。
 紅が女子に人気なのを忘れていた。
 彼女達は話しかけるチャンスとばかりに突進してくる。しかも、彼の腕の中の私に興味津々だ。
 ごめん、男同士で。でも、女の子の格好のままで彼に抱えられていたら、今頃もっと大騒ぎになっていただろう。

「ああ、問題ない。ありがとう」

 紅の断る声がする。
 男子の制服を着ていて良かった。
 


 保健室に到着すると、碧先生が戸口で待っていた。

「さっき教えてくれた子がいてね。それはいいけど、追い払うのが大変だったよ。紅輝、そのまま奥に下ろして」

 ただ足首を捻っただけで、二人とも大げさだと思う。だけど先生が一番奥のベッドを使わせてくれたから、外から見えずにすんで良かった。男のくせにずっと運んでもらっていたと、噂にでもなったら大変だ。いや、もう遅いのかもしれないけれど。

「まだ痛むのか?」
「もう大丈夫。ありがとう……って、痛っ!」

 心配してくれている紅に答えた途端、先生が足首に触れたので痛みがぶり返す。

「うわー。これ、相当痛そうだ。骨折していないと思うけど、腫れてるし捻挫ねんざかな?」

 医師免許も持っている先生が、即座に診断を下す。念のため他も色々見てくれたけど、やはり捻挫のようだった。

「迷惑かけてごめんなさい」
「いや、いいよ。他ならぬ君のためだ。紅輝、いつまでじろじろ見てるんだい? 紫ちゃんが気になるのはわかるけど、そろそろ教室に戻ったら? ついでに先生への報告をよろしく」
「なっ。碧、職権乱用だ!」
「まっさかー。だって、僕はこのために養護教諭になったようなものだし」

 碧先生、そんなに捻挫の治療が好きなのだろうか? だったらここではなく、整形外科に行くべきだった。

「ごめんなさい。でも、紅が私のせいで出席に支障をきたすのはちょっと」
「ほら、紫ちゃんもそう言ってるよ?」
「ちっ。碧、必要以上に触るなよ? セクハラしたら理事会にかけるぞ」
「嫌だなあ、下心があるように見える?」

 まさか碧先生、女子高生に触りたくて養護教諭になったの? こんなにイケメンだしモテモテなのにもったいない。あ、でも今の私は女子高生でもないのか。一応男子生徒で通っている。
 今の情報、保健委員の女生徒達が聞いたら喜びそうだ。来年は希望者が倍増するかもしれない。

「紫、変なことをされそうになったら、大声を出すんだぞ」
「いっつも保健室を使わせてもらっているのに。紅ったらどうしたの?」
「紫ちゃんが心配なんだよね~」
「うるさいっ! じゃあ紫――紫記、また後で」
「ああ、ごめん」

 片手を上げ、紅が教室に戻って行った。世話役の自分が彼に世話をさせるなんて、ダメダメだった。
 それに、紅がわざわざ言い直した通り、校内での私は『紫記』で通さなければいけない。女の子だとわかれば、この学園にいられなくなってしまうから。特待生から外されるだけでなく、周りを騙していた分責められて嫌われ、櫻井家にも迷惑がかかってしまう。

「さて、うるさいのがいなくなったことだし、親睦を深める?」
「あ……碧先生、別にお構いなく」
「そう。まあ湿布を貼って様子を見るだけだけどね? もうすぐ体育祭だけど、当分練習には出られないからそのつもりで」
「はい……」

 すっかり忘れていた。
 学園の二大行事、体育祭は五月、文化祭は十一月に大々的に行われる。体育祭といっても金持ち学園だから、そこまで危険なことはしない。それでも高校生らしく、汗を流し勝ち負けを競い合うのだ。もちろん私も男子生徒として出場する。走るのは男子の中では真ん中くらいだが、借り物競争や騎馬戦、男女混合の二人三脚などは意外に得意だ。自分で言うのも何だけど、去年も結構いい成績を叩きだした。それが練習に出られないとなると……うちのクラスは不利になるかもしれない。
 手当てを終えた先生が、私に注意をする。

「まあ若いし本番前には治ると思うけど、無理はしないように。君は昔から……」

 言いかけた碧先生が顔を上げて時計を見た。

「いけない、これから会議だ。紫ちゃんはここでゆっくりしていくといい。目の下にクマも出来ているよ? 寮生活が負担になっているのかもしれないね」
「いいえ、全然。思っていたより快適です」

 朝起こすのさえ別にすれば、普段の世話役の仕事はそれほど大変ではない。

「そう? まああの三人に、他を蹴落とす甲斐性があるとは思えないけどね」
「……? 上のベッドから落とされたら、さすがに危ないと思いますけど」

 どういう意味だろう? 
 時々ケンカはしているようだけど、櫻井三兄弟は仲がいい。取っ組み合いのケンカなど、まずしないはずだ。

「ああ、別にこっちの話。それより、せっかくだから少し横になっていたら?」
「碧先生は優しいですね。でしたら、お言葉に甘えて」
「ゆっくり休むといい。戻ってきたら起こしてあげるから」

 私がおかしいのは、色々あって疲れているせいなのかもしれない。白いベッドの誘惑には勝てず、少しだけと思いつつ休ませてもらうことにした。
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