私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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友人と言う名のお世話役

大事な約束

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 ――夢を見ていた。
 夢の中で私は、ある人に会っていた。
 私の憧れていたその人は、誰よりも綺麗に笑う。輝く瞳は空の色、長く柔らかい髪は金色だ。顔立ちは紅によく似ている。誰よりもスタイルが良く、夢見るように美しい。
 その人は、大財閥の総帥の妻でありながら、モデルとして活動を続けていた。威張らないし優しいし、誰とでもすぐに仲良くなれる。上品だけど明るくて、楽しいことが大好き。少女のように笑うから、櫻井家はいつも光にあふれていた。

 保育園から戻ると、私は時々お隣に寄った。だってそこには彼女がいるから。三兄弟のお母さん――私の大好きなレナさんは、私を見ると嬉しそうに笑ってくれる。ハーフダブルの彼女は私のことを、いつも褒めてくれた。

「紫ちゃんはしっかりしているわね。今日も息子達のお世話をしてくれたんでしょう? ありがとね」

 三兄弟が可愛くて、というのももちろんある。けれど、私は彼女に喜んでもらいたくて、保育園で彼らの面倒を嫌がらずに見ていたんだと思う。

「いいなー。私もレナさんみたいにきれいだったらよかったのに」

 それがあの頃の私の口癖。
 それを聞いた彼女は、いつもこう言ってくれる。

「ありがとう。でも、紫ちゃんの方が可愛らしいわよ? 今にすごく綺麗になって、うちの子達をハラハラさせるわね」

 たとえ嘘でも、褒められると嬉しい。
 綺麗な人から「将来綺麗になる」と言われると、どこか預言めいて聞こえるから不思議だ。特に当時の私は小さかったので、思いっきり信じていた。

「じゃあ、大きくなったらレナさんみたいにお日さまの髪とお空の目になれる?」
「それは難しいけれど。紫ちゃんには真っ直ぐな黒髪と綺麗なお目目があるでしょう?」
「でも……」

 私は不満だった。
 せっかくなら憧れのレナさんそっくりになりたい。

「それに、見た目よりも心の美しさが大事よ。どうか素敵なレディになってね」
「うん、がんばる!」

 今考えるとうまく言いくるめられていたような気がする。けれど、その時の私は本気で頑張ろうと思っていたのだ。容姿はダメでも性格は、いつか彼女のようになりたいと願っていた。

「おれのおもちゃ見せてあげる」
「ゆかりちゃん、あっちで絵本よもー」
「ゆかりたん、あしょぼー」

 家に帰ってからも、三兄弟は私にまとわりつく。すごく可愛いんだけど、できれば私はレナさんと大人の会話を楽しみたい。

「あらあら、これではどちらがお母さんかわからないわね? 三人とも私より、紫ちゃんの方が好きみたい」
 
 そう言って褒めてくれるから、私はますます調子にのった。レナさんのような素敵なお母さんになりたくて、黄が誘拐されかけるまでの間、私はガンガン三人の世話を焼いていた。レナさんの目の届かない所では、私が彼らを守ってあげているつもりだった。



 誘拐未遂の後で互いに違う小学校に通い出してからは、三兄弟とも母親のレナさんとも次第に会う機会が減っていった。学校が違えば時間帯も全然違うし、行事内容も異なる。いつしか話も合わなくなっていた。 
   私は私で寂しいなんて泣き言を言わないよう、櫻井家の誰かと偶然会っても笑顔でほんの少し、話す程度に留めていた。お隣に行く用事も特になく、自然と足が遠のいた。

 レナさんが仕事を辞めて家にいると聞いたのは、そんな時。確か、中学に上がる少し前の小学六年の時だったと思う。あんなに仕事が好きだったのにおかしいな、とは思っていた。



 冬のある日、私は母とお隣に行くことになった。三兄弟の母親のレナさんが、どうしても私に会いたいのだという。
 寒い日で身体が少しだるいような気がした。でも、久しぶりだし彼女を大好きなことに変わりはないから、隣にお邪魔することにした。
   その時まだ三兄弟は帰っていないようだったので、私は母親のレナさんとゆっくり話ができると喜んでいた。

 けれど、久々に彼女に会った私はショックを受けた。彼女はすごく痩せていた。たくさんの機械に繋がれてベッドに寝ている。母と私はレナさんの夫であり、三兄弟のお父さんでもある黒江さんが辛そうに話すのを聞いた。

「レナは末期ガンでもう長くはない」

 会わない間にこんなことになっていただなんて!   三兄弟はお母さんの病状のことは、一切教えてくれなかった。マスコミに流れるのを恐れて、口止めをされていたのかもしれない。
   自分のことしか考えていなかった私。もう少し早くわかっていれば、彼らにもっと優しくできたかもしれないのに。

「二人だけで……話があるの。紫ちゃんは娘みたいなものだから」

 近くに寄ってようやく聞き取れるほどの小さな声で、レナさんが言った。彼女の希望で私達は二人で話をすることになった。部屋には黒江さん――櫻井のおじ様だけが残った。

「紫ちゃん、今までありがとう。あなたのおかげで、とても楽しかったわ」
「そんな! レナさん、そんな言い方って……」
「覚悟はしているの。それより、聞きたいことがあるけど、いい?」
「何でも聞いて下さい」

 改まって言われるってことは、とても大事なことなんだ。私は何を聞かれても、正直に答えようと思った。脈を診るための機械に繋がれた白く透き通るような彼女の手。その手を握った私は、さらに彼女に近付いた。

「紫ちゃん、息子達をどう思う?」
「どうって……大好き」

 心の中の想いを、レナさんだけには言うことができた。私はずっと昔から、三人のことが好き。

「そう。誰が素敵なレディの心を射止められるのかしらね。その日を見られないのが残念だわ」

 どういう意味だろう。
 素敵なレディって、私のこと?   でも、私はまだレディにはなっていないし、素敵でも何でもない。だったら昔の会話のことかな?   それならきっと、三人を心の美しい人と一緒にさせたいって意味だよね。
 考え込む私に、儚げな微笑で彼女は言葉を続けた。

「母親がいなくなるのは可哀想だけど。紫ちゃん、これからもあの子達をよろしくね」

 母親代わりに面倒を見て、三人を幸せにしてあげてってことかしら。大丈夫、それなら任せて!
 
「もちろん! 私がお母さんになって、みんなを幸せにしてあげる」

 そう言った私に対して、レナさんは困ったように笑った。残念ながらそれ以上、話すことはできなかった。彼女が咳き込んだために、心配した櫻井のおじ様が慌てて駆け寄って来たからだ。
 


 結局、あの時の私の答えが合っていたかどうかはわからない。我が子を想う病床の母に対して、「母親の座を奪う」宣言をしてしまったのだ。今考えればひどい子だったと思う。
   けれど当時の私は小学生で、レナさんの望む答えをあれでも精一杯考えていたのだ。

 それから数日後の雪の降る寒い夜に、レナさんは眠るように亡くなった。体調を崩して熱を出していた私は、後からそのことを聞かされた。寝込んでいた私は、彼女との最期のお別れに行くこともできなかった。

「お母さん代わりになる」

   そう言っておきながら、悲しみに沈む三兄弟を初日から放っておいてしまったのだ。
   これではいけない。
『母親の代わりに三人を幸せにする』という大事な約束は、絶対に果たさなければいけないのだ。
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