私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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友人と言う名のお世話役

碧先生

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『虹色奇想曲~にじいろカプリチオ~』――通称『虹カプ』残りの攻略対象は、実は保健室の先生だったりする。
名前は島崎しまざき みどり。二十五歳の成人男性だ。
 といっても物腰は柔らかで、女性と間違えられる『碧』という名も許されるくらいに、綺麗な顔立ちをしている。長い栗色の髪は後ろで一つに結んでいて、瞳は緑。垂れた目尻が優しそうに見える。
 彼は櫻井家の傍系にあたる島崎家の出身で、三兄弟の伯母――つまり彼らのお父さんのお姉さん、の息子になる。紅や蒼、黄とはいとこ同士で、医大を出てすぐにこの学園で校医と養護教諭を担当しているという、ちょっと変わった経歴の持ち主だ。

 だけど、私は大いに助かっている。
 彼は私が三兄弟の世話役で、『男装』しているという事情を知る数少ない中の一人。そのため、いろいろサポートしてくれる。体育の度に更衣室代わりに保健室を提供してくれたり、プールの授業を休むために診断書を書いてくれたり。健康診断の時には、時間をずらして診てくれる。
 そもそも男装して学園生活を送ること自体、彼の協力がなければ絶対に無理だ。

「すみません、碧先生。いいですか?」

 保健室に駆け込み、私は聞いてみた。

「ああ。先ほどと同じように奥を使うといい」

 三つ並ぶベッドの向こうに小さな個室があり、私はいつもそこで着替えている。それにしても、ジャージで社交ダンスの練習って……
 授業での練習シーンはゲームでは出てこないため、実際の『虹カプ』ファンが見たら卒倒しそうだ。セレブの集う学園なので、本番では皆きちんとドレスやタキシードに身を包んでいる。ヒロインの桃華も攻略対象から贈られたという、ピンクの可愛いドレスを着ていた。誰が贈ったのかは、卒業式後の告白で明かされる。
 ああ、思い出してうっとりしている場合ではなかった。さっさと着替えないと、次の授業に遅れてしまう。扉が開く音がする。保健室に誰かが入って来たようだ。



「紫記、そこにいるのか?」

 紅の声だ。
 何だろう? さっき怒ってたみたいだけど、もう大丈夫なのかな。

「おいおいどうした。慌てなくても大好きな紫ちゃんは逃げないよ?」

 碧先生がクスクス笑う。
 紅は彼の言葉を無視して言った。

「紫! お前、橙也に手を出されていただろう。きちんと消毒はしたのかっ」
「はへ?」

 思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
 消毒って何なんだ?
 頬に一瞬、掠めたようにキスをされただけだけど。別に引っかかれてはいないし、怪我なんてしていない。それよりそんなに大きな声を出して、誰かに聞かれたらどうするの?

「紅、静かにして!」

 焦った私はノブを持ち、ドアを一気に開く。
 案の定、目の前に紅が立っていた。
 彼は目が合うと、長い指で私の顎を持ち上げた。

「お前、さっき橙也にキスさせていたよな?」
 
 言いながら、私の顔を点検している。
 そんなにじっと見たって、跡が浮かび上がるわけではない。

「う……いや……それ、今答えなきゃダメ?」
「うわ、紫ちゃん。それ本当? 最近の高校生は大胆だね」
 
 碧先生が面白そうに口を挟む。

「碧、うるさいっ! で、どうなんだ?」
「どうって言われましても……」

 させた、と言うには語弊がある。
 正しくは『ふざけて勝手にしてきた』だ。

「危ないだろ。ただでさえ女性役で目立っていたのに。どういうつもりだ?」

 ほら、やっぱり。
 紅が心配しているのは、私の性別がバレることだけ。世話役がいなくなったら毎朝不便になって、困るからだろう。

「どういうつもりって……」

 そんなこと、私の方が聞きたい。
 橙也はどういうつもりで突然、あんなことをしてきたのだろう?

「まさかとは思うが、お前、あいつのことが好きなのか?」

 今度は両肩を掴んでくる。
 見当違いの質問には、驚きだ。
 
「はあ!? だって今の私は男の子だよ? それに、橙也が好きなのは私じゃない……」

 いけない、ここが乙女ゲームの世界だということは、私以外誰も知らないんだった。キャラ本人に言うのは抵抗があるし、「橙也が好きなのは、転校してきたばかりの桃華だ」と教えたら、私の頭がおかしくなったかと思われてしまう。

「紫、お前まさか!」
「はいはーい。紅輝、落ち着こうね。紫ちゃんが怯えちゃうよ? そういえば、蒼士は? 彼も黙っているとは思えないんだけど」

 碧先生が紅から私を遮ってくれた。
 良かった。紅は何だか変だ。

「蒼は、橙也を問い詰めている」
「ええっ? そんなことしたら、余計に目立つしおかしいでしょ!」

 先生の背中から顔を出す。
 せっかくヒロインも登場したのに、このタイミングでの身バレは勘弁してほしい。それに、ことを大きくすると変な方向に話がいってしまうかもしれない。男同士で仲が良すぎると、なぜかもだえる女子がいるのだ。

「そこまでは考えていなかった。俺も蒼も慌てていたから」

 ああ、そうか。それこそが、橙也の狙いだ。私は彼の意図に気づいてしまった。
 日ごろ澄ました櫻井兄弟をビックリさせたかったのだろう。モテモテの橙也は、中学までは一人勝ちだったと聞いている。それが「この学園に入ってからは、櫻井兄弟のせいで自分に冷たい女子がいる」と嘆いていた。だからといって彼の性格上、恨んではいないだろうけれど。でも少しだけ、慌てさせたかったのかもしれない。
 紫記である私は、櫻井兄弟といつも一緒にいる。だから私をからかえば、紅や蒼が反応すると思ったのかも。
 私は紅に向かって言った。

「いつものようにふざけただけだし、焦ることはないのに」
「そうそう。紅輝、嫉妬深いと嫌われちゃうよ? 紫ちゃん、どうせなら僕にしない?」 
「黙れ、碧」

 忘れてた。碧先生も結構、生徒をからかうのが好きだった。今も全然関係ない話をしようとしている。「おちょくったような態度がたまらない」という一部のマニアな女子もいる。おかげで保健委員は大人気。いつもくじ引きだ……全員女子だけど。

「もういいかな? 休み時間も過ぎちゃうし、教室に戻ろう」

 私は言って、保健室を出て行こうとした。
 すると、後ろから紅に手首を掴まれた。

「……え?」

 それは一瞬――
 振り向いた私の頬に、紅がサッと唇を寄せた。驚く私に彼は言う。

「消毒だ」
「……消毒?」

 どうしたんだろう。
 消毒って言いながら、今のは――
 澄ました顔の紅と戸惑う私に、碧先生が言葉をかけた。

「今の子は、大人の目の前で大胆だねえ。じゃあ紫ちゃん、僕からもいい?」
「殴るぞ、碧」

 途端にむすっとした顔の紅が、そのまま私の手を握る。
 
「ほら、もう行かないと。遅れると困るんだろ?」

 そうだった。世話役として、櫻井家長男の出席に支障をきたしてはならない。
 私は先生にお辞儀をすると、慌てて保健室を出た。扉を閉める直前に見えたのは、私に向かってウインクをする碧先生の姿だった。
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