私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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友人と言う名のお世話役

優しくしようね

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 実験が終わったから化学室はとっくに閉まっているはずだ。もう放課後なので、残っているとすれば教室だろう。
 私はまっすぐ自分のクラスに戻った。
 入り口で、思わず立ち止まる。

   桃華は泣いていた。
 ヒロインの涙は真珠のよう……ではなくて、悪い予感が当たってしまった。彼女はクラスの女子達に囲まれている。桃華以外はこちらに背を向けているので、私に気づいていないようだ。

「あなたねー。紫記様が庇って下さったからって、この期に及んで開き直っているんじゃないわよ」
「紅輝様に怪我があったら、どう責任取るつもりだったの!」
「蒼士様も。あなたのために頭を下げたのではなくってよ」

 あちゃー、定番だ。
 でもおかしいな? 
『虹カプ』に女子同士のいじめやドロドロは、一切出てこなかったはずなのに。
 私は中に入ると、彼女達に向かって声をかけた。

「そこまでだ! 君達、もういいだろう?」
「「「紫記様」」」

 ヒロインを責めていた女の子達が、揃って振り向く。
 うるうるしている桃華。
 ああ、もう。可愛すぎでしょ!
 私はクラスメイトの方へ近づいた。

「さっきのことは明らかに僕の不注意だ、彼女は関係ない。巻き込んでしまって悪かったね」
「なっ」
「紫記様っ!」

 怒る彼女達とは対照的に、私を見た桃華は黙って首を横に振る。そんな仕草も可憐だ。
 
「君達も本当に心配してくれたんだね。嬉しいよ、ありがとう」

 この場をおさめるためだ。
 仕方がない、大サービスだ。
 ゲームの紫記っぽく優雅に微笑む。
 たまにしか笑わない彼――今はだけど……の微笑は、かなりレアなはずだ。

「嬉しいだなんて、そんな」
「紫記様……」
「お礼を言われることなど、何もっ」

 そうだね、何もしていない。
 ヒロインに文句を言っていただけだ。
 けれど、それだと私が困る。
 桃華には、今後のために攻略対象とくっついてもらわなければならない。あなた達、こんなところで怯えさせてどうするの? 今後の展開に必要な、彼女の無邪気な笑顔を奪うのはやめてほしいんだけど。

 さて、そんなことを言う訳にもいかないので、彼女達には別の言葉で釘を刺しておこうかな。

「そう。でも僕は、君達が他人を思いやることのできる、優しい子達だとわかった」

 わざと低めの甘い声を出す。
   いつも素っ気ない紫記だから、効果はあるはずだ。

「あら……」
「まあ」
「そんな」

 同性の頬を赤くさせてどうするんだ? って話は、ひとまず置いといて。私には、どうしても言わなければならないことがある。

「だけど残念だ。今の君たちの行動は、見る人によっては誤解を与えてしまう。たとえそんなつもりはなくとも」

『優しい子ならわかるよね? 大勢でいじめたらだめだよー』の婉曲えんきょく表現だ。
 急に押し黙る彼女達。
 ただでさえ悪口はよくない。
 多数で囲んでたった一人を責めるのもダメ。
 そんな私の真意を、わかってくれたらいいんだけど。

「そうだな、俺も優しい子は好きだ」
「私も。どうやら君達にまで心配させてしまったようだな」

 どこから見ていたのだろう?
 紅と蒼が後ろから口を出し、加勢してくれた。その際、紅が私の肩に顎を乗せながら喋るのが、気にはなったけど。

「気、気がつきませんでしたわ!」
「好きってそんな……」
「蒼士様まで。もったいないお言葉です」

 真っ赤な顔で必死に訴える彼女達。
 紅も蒼もさすがは本物の攻略対象だ。
 二人の人気は絶大だから、彼女達もこれからは彼らの機嫌を損ねるようなことはしないはず。
   お嬢様揃いのこの学園、根は素直でいい子達ばかりなのだ。これを機に、ヒロインに優しくしてくれるとありがたい。



「悪気はなかった」と桃華に直ぐに謝る彼女達を、私は微笑ましく見つめていた。
   紅や蒼のためでも構わない。
   好きな人に好かれたいという女の子らしい感情を、どこかで羨ましく思う自分もいる。世話役から解放され、三兄弟から離れて無事に女の子に戻ったら――
   私もこんな風に可愛らしく、振る舞うことができるのだろうか?
 
 すっかり大人しくなった彼女達に比べると、桃華は意外にも堂々としていた。あっさり泣き止んだかと思えば、私達三人――正確には私にくっつく紅を見て嬉しそうに笑っていた。その笑顔がまた、素晴らしく愛らしい。女同士でその気のない私でも、うっかり見惚れてしまったほどだ。

 でもまあこれで、桃華が誰の好感度を上げるつもりなのかがわかったような気がする。紅輝がいいのね?
 だけど、攻略対象はまだあと二人、黄とみどり先生が残っている。彼らもまだ候補として考えていていいのかな?   紅と桃華の仲を応援して、後から「黄司が良かった」って言われるのも困るし。

「どうした、何を考えている?」
「どわっっ!」

 私は思いっきりのけ反った。
 耳元で出された紅の声がくすぐったい。

「紫記さ……ま」
「いかがなさいましたか?」

 いけない、びっくりしている場合ではなかった。日頃はクールな私だ。さっき偉そうに説教したくせに、これくらいで動じてはいけない。

 「いや、別に何も」

 気を取り直した私は、素っ気なく答えた。

 保健室といい今といい、一体何なんだ?  
 今日の紅は何かがおかしい。
 それもこれも、ヒロインに会ったせいだと思うんだけど……
 大丈夫だよ、安心して。
 私は桃華には突っかからない。
 がっつり二人を応援したいだけだから。
 だから紅は私を牽制しなくていい。
 私にまで、無駄に色気を振りまく必要なんてないんだよ?

「紅……いい加減にしろよ」

 蒼が小声で注意する。
 そうだそうだ。いつまでも桃華に見惚れている場合じゃないでしょう?  でも、桃華の方も相変わらず紅を見つめている。心なしかほんのり頬が染まっているようだ。
 やったね、紅。
 早速ヒロインに気に入られたみたいだよ?
  
「さ、もういいよな?   これからみんなで仲良くすればいいんだし」

 紅が爽やかに笑う。
 彼は必要とあれば、感じのいい笑顔を見せることもいとわない。長男だからか櫻井家だからか、人を動かすことにも慣れている。今も桃華を含めたみんなが、彼の意見に賛成した。
 紅と蒼の尽力のおかげで、桃華がこれ以上いじめられる心配はなさそうだ。二人とも、彼女にいいところを見せられて良かったね。

 あとは約束を果たしてヒロインを送り届けるだけ。
   邪魔者は消えるから、頑張ってね!
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