私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

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友人と言う名のお世話役

ヒロイン登場

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 そして現在。高等部二年の春を迎えた。
 予定ではそろそろ、ヒロインが転校してくる頃だ。早く来ないかな? 
 この一年で私は、男の子の紫記として学園生活にもすっかり馴染んだ。男子生徒として振る舞っても全く気づかれないのは、ちょっと心が折れそうだけど……。でもまあ学費免除の好待遇に比べたら、そんなの許容の範囲内。

 勉強は元々嫌いではないから、常に上位をキープしている。家業を継げばいいだけのお坊ちゃんやお嬢ちゃんとは違い、まともに進学、就職しなければならない私は切実だ。成績が良ければ学園の高等部を出た後は、そのままエスカレーター式の大学部に特待生として通えるし、外の国公立の大学を受験してもいい。
 ヒロインとして登場する桃華の高等部の卒業式でゲームは終わる。エンディング後に花嫁修業のスチル――画像があらわれるから、世話役としてはそれまで頑張ればいいだけ。
 私はヒロインではないから、彼らの邪魔をしてはいけない。あくまでも攻略されない攻略対象の一人としてクールに振る舞い、無事に高等部の卒業式を迎えなくてはならないのだ。

 寮生活は紅と蒼と同室だし、今年からは黄も入れたマンションのような四人部屋だ。三人とも私のことを知っているから安全だし、何より私が彼らのお世話をしやすい。
   最近の三人は、特定の彼女がいない割には落ち着いていて大人しい。たまに何かで言い合うことがあるけれど、私が近付いた途端にピタッと話をやめてしまう。まあ、ただの兄弟げんかだろうし、幼なじみの私に聞かれてしまうのは恥ずかしいのかもね? 

 学園での櫻井兄弟は付き合いやすく、まるで昔に戻ったようだ。だって三人は未だに私に甘えてくる。外では恰好つけているくせに、寮の部屋に入ると私にもたれかかってきたり、抱き着いてきたり……。よっぽど疲れているのだろう。被った猫がかなりストレスになっているのかもしれない。

ゆかり、癒して……」
「うん? 紫記しきって呼ばなくていいの?」
「今は二人だけだから。あのな、紫。俺は……」
「わかってる! いつものマッサージでしょ? 紅は肩が凝りやすいもんね」

 赤い髪をかき上げ、「はあぁ」と大きなため息をつくこう
 そんなに疲れているのか。
 だったら今日は肩だけでなくスペシャルコースにしてあげよう。

「お前、無理していないか? 大変だったらいつでも私を頼ってくれ」
「蒼こそ無理してない? 遅くまで研究室の仕事を手伝ってくれてありがとうって、先生が。大変なら私も手伝うから、いつでも言ってね」

 複雑な表情のそう
 眼鏡に手を当て考え込んでいる。
 研究室の手伝いは、私には難しいって思ってる?

「ねーねー紫記ってさ、四季みたいできれいな名前だよね」
「そうかな? 私は黄司の方が王子様みたいで素敵だと思うけどな。黄にピッタリ」
「そう? すごく嬉しいな」

 眩しい笑顔のおうの頭を撫でてあげる。
 王子と言い出したのは私ではないし、本人もそう呼ばれているのは知っているはず。なのに二人きりになると飛びついてくる黄は、いつまでたっても甘えん坊だ。

 寮の部屋にはバスルームも完備されており、男装が外に知られることはない。三人は気を遣って私を先に入れてくれる。立場的にはどっちかっていうと私が後だと思う。そう言ったら、「それは、誰得だ?」と返されてしまった。どういう意味だろう? 
 まあ、いいか。結局、彼らの好意に甘えていつも私が一番先に浴室を使っている。

 豪華三食付きだしベッドは最高級の羽毛だし、案外快適な寮生活だ。同室だから三人を起こすのも部屋を移動しなくていいし、宿題だって一緒にできる。毎日の登下校が櫻井三兄弟と一緒に行くので、必ず騒がれてしまうけれど。でも、最近はそれなりに慣れてきたと思う。今日も紅や蒼、黄に後から「この、天然タラシめ」と言われてしまった。ちょっと意味がわからない。

 だけど『紫記』としての生活は、案外自分に合っていたらしい。イケメン三兄弟の近くにいても、女子だと思われていないから変な誤解を受けずに済むし、嫌味を言われることもない。下手に気負わず、自然に友人として彼らに接することができる。プールの授業は休まなければならず、更衣室では着替えられないけれど。
   でもまあ、タダの学費に比べたら、どれも些細なことだ。


 

 そんなある日、うちのクラスに転校生がやって来た。

花澤はなざわ 桃華ももかと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 歌うような声で彼女が私達に挨拶をした。
 まるで春風がやってきたようだった。
 ヒロインはゲームよりも実物の方が可愛らしい。柔らかそうな栗色の長い巻き髪に、ぱっちりした色素の薄い茶色の瞳。桜色のふっくらした唇はつやつやしているし、小柄な体も女の子らしい。彼女の笑顔とはにかんだ様子に、同じクラスの紅も珍しく目を奪われている。
 
「じゃあ、花澤は長谷川の隣だな。紫記、よろしく頼む」

 うわ、先生。そこは「櫻井の隣」でしょう? 
 ほら、気になった紅がこっちを見ている。

「よろしくお願い致します。長谷川様」
「ああ」

 わざと素っ気なく答える。
 彼女がようやく登場してくれたからといって、浮ついてはいけない。何よりあと二年、私は女子だとバレてはいけないのだ。

「あの子ったら、転入して早々紫記様の隣だなんて!」
「こんなことなら私も、もう一度入り直そうかしら?」

 クラスメイトのひそひそ声が聞こえてくる。でも大丈夫、私は絶対に攻略されないから!
 
 
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