私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
上 下
2 / 85

プロローグ

しおりを挟む
「キャーッ、紅輝こうき様~素敵ーーっ」
黄司おうじくーん、こっち向いて~~!」
蒼士そうし様~~、カッコいいー」
「好き~紫記しき様ー、クールで素敵~」

 今日もここ、『私立彩虹さいこう学園』の中庭には、黄色い歓声が飛んでいる。朝早くから髪のセットやメイクに精を出し、男子寮から校舎までの道を埋め尽くす女生徒達の努力には、頭が下がる思いだ。

   この学園は高等部からの共学で、赤レンガの校舎や意匠を凝らしたホールは、世界で名を轟かせている建築家がデザインしたものだという。敷地内には乗馬ができる馬場があり、噴水付きの緑の庭園や温室なんかもある。各界の御曹司や御令嬢らが通ういわゆる金持ち学校だ。
   学園独自のカリキュラムはセレブ達に好評で、講師も一流である。レベルもそうだが、入学金や授業料がバカ高いことでも有名だ。大学部も近くにあり、男女とも全寮制。校則はそこまで厳しくないけれど、金持ちには金持ちなりの独自のルールやしきたりがある。一日一回お茶の時間を設けていいだとか、長者番付でより上位の家の者に従えだとか。

 そんな大勢いる金持ちの中でも特に目立っているのが、紅輝、蒼士、黄司の櫻井さくらい三兄弟。彼らは泣く子も黙る『櫻井財閥コンツェルン』の御曹司で、母方の祖母がイギリス人。そのため、いずれもすこぶるイケメンだ。
   当然、学園の女生徒達が放っておくはずがなく、毎朝ただ登校するだけでこうして大騒ぎになる。けれど彼らも慣れたもので、長男の紅輝を先頭に、双子で次男の蒼士、三男の黄司はいつものように平然と進んでいく。
   
   ところが今日は、勝手が違った。ふわふわボブの可愛らしい女の子が、意を決したように前に進み出る。

「紅輝様。あの、これ。昨日家庭科で作ったクッキーです。お口に合えば嬉しいのですけれど」

 見ればその子は、紅輝――私はこうと呼んでいる――に可愛くラッピングしたものを差し出している。

「ありがとう。大切にいただくよ」

 そう言って紅がその子に向かって柔らかく微笑むと、一部の女子から悲鳴が上がった。
 でも紅、嘘をつくな、嘘を。甘い物が苦手なくせに。後で処分するよう言われるのは、どうせ私だ。
 クッキーを渡したその子を皮切りに、我も我もと女子が群がる。そのうちの一人は、蒼士――そうにお菓子と一緒に手紙を渡しているようだ。

「あの、蒼士様。これ、読んで下さい」
「悪いが受け取れない。気持ちだけいただいておく」

 紅に対して蒼はバッサリ、にこりともしない。ただ、この前と違って一言付け加えられたことは大いに評価しよう。

「黄司君。あの、これ。ぬいぐるみが好きだって聞いて……」

 一つ年下でこの春入学したばかりの末っ子の黄司――おうもプレゼントをもらっている。

「うわぁ、可愛い。ありがとう。大事にするね!」

 また受け取ったか……。置く所がないからって実家の倉庫にしまうくせに。押し込められたクマやウサギのぬいぐるみが可哀想だ。それらをしまうのは、どうせ私の仕事だ。

「紫記様、お慕いしております。一日だけでいいんです。どうか彼女にして下さい」

 うるうるした目の大人しそうな女の子から声を掛けられた。あちゃー、困ったな。櫻井家でない私にまで来るなんて。巻き込まれないよう、普段からクールに振る舞っているのに。最近は積極的な女子が多過ぎる。
 紅はニヤニヤしながら私の顔を見るし、蒼は考え込むような表情でこちらを観察している。黄に至っては、私の答えに興味深々だという様子を隠そうともしていない。
 私――紫記はため息をつくと、目の前のセミロングの美少女に向き直った。わざと冷たく聞こえるよう、感情を込めずに言葉を発する。

「今後も学園で顔を合わせる仲だ。たとえ一日だろうと、互いに気まずくなるのは避けたい。すまない」

 ごめんね。でも、付き合うのは絶対に無理だから。

「いえ、私ごときが図々しくすみません」
「どうして? 君は十分魅力的だよ」

 あ……目の前で倒れた。
 別に変なことは言ってないと思うんだけど。
 立ち止まったままの紅が口に手を当て、面白そうに笑っている。蒼は苦笑し、黄も肩をすくめた。
 この答えじゃだめだったのか? だけど正体をバラせない以上、他の断り方を咄嗟に思いつかなかった。いくら彼女が可愛くても、受け入れられない理由がある。



 だって私――紫記しきは男装しているとはいえ、れっきとした女の子なんだから。
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 45

あなたにおすすめの小説

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...