悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
上 下
55 / 58
第四章 告白の行方

 48

しおりを挟む
「と、いうわけで貴女は……ねえ、ミレディアと呼んでもいいかしら?」
「もちろんです、王妃様」

 こうなりゃ自棄やけだわ。クラウスの好みはどんな人なのか、観察してみよう。

「ふふ、嬉しいわ。では、ミレディアは私の後ろに隠れていてね?」

 観察失敗。王妃の言葉を聞いて、より一層クラウスの元カノ疑惑が濃厚に。手招きされたため、私は渋々玉座の後ろに回った。楽しそうな王妃に比べて、クラウスはうんざりしたような顔をしている。
 苦しいけれど、彼の過去に何人女性がいようと構わない。だって、私が一番彼を愛しているから。



 国王の合図で両開きの扉が開き、何人かの足音が聞こえてきた。隠れているので声しかわからないけれど、口調には聞き覚えがあるような。

「まああ、国王陛下。それに王妃様も」
「クラウス殿下まで! どうして?」
「あの……招待されて参りましたが、私達場違いなのではないでしょうか?」

 エルゼの取り巻きだ! じゃあ、彼女達がクラウスと親しかったの?
 耳を澄ませていたところ、クラウスの低い声が響いた。

「君達のことはよく知らないが、俺のディアが――ミレディア嬢が世話になったな。覚えがないとは言わせない」
「ひっ」
「な、何のことでしょう?」
「お、おお、おっしゃる意味がよく……」

 彼女達は動揺しているらしく、声が裏返っている。
 ああそうか、そういうことなのね? 
 愛人だなんてとんでもない! 彼は私のために怒ってくれているのだ。

「デリウス家のエルゼと親しい君達は、故意にミレディア=ベルツ嬢を傷つけた。相違ないな?」
「べ、別に親しくなど!」
「そうです。私達は知りません」

 呆れたわ。あんなにエルゼを慕っていたのに、彼女が捕まった途端、手のひらを返したようになるなんてね? 私に対する嫌がらせもなかったことにするらしい。フィリスだけは違っていて、未だにエルゼを妄信しているようだ。

「クラウス殿下は騙されているのです。あの女――ミレディアは、アウロス殿下と仲が良かったはずでしょう? エルゼ様のお心を傷つけたのは、彼女の方よ!」

 いえ、そもそもエルゼが二人を狙っていたような?
 王妃様が背もたれの向こうで動いた。私とアウロス王子とは恋人のフリだけだけど、やはり快く思っていらっしゃらないのだろう。

「君は……? そうか、エルゼの本性を知らないのか」
「本性? それっていったい……」
「父上、どうせ彼女もこの場に呼び付けているのでしょう? さっさと通したらどうです?」

 戸惑うようなフィリスの声にクラウスの声が重なる。続いて国王が答えた。

「まあそう焦るでない。あれにはアウロスが怒っていてな? 間もなく引っ立てて来るはずだ」

 その言葉通り、遠くから聞こえるわめき声がどんどん近くなってくる。別の数人が部屋に入ってきたみたい。

「……アウロス様、いい加減にしてちょうだい! 何かの間違いだと言っているでしょう?」

 エルゼだ! 彼女は国王夫妻とクラウスにすぐに気づいたらしく、甘えた声を出した。

「ああ、クラウス様。国王様と王妃様もお久しゅうございます。公爵家のわたくしが、どうしてこんな目に遭うのでしょうか? どうかアウロス様の横暴な振る舞いを止めて下さい」

 見えないけれど大体想像はつく。エルゼは大きな目に涙をためて、可愛らしく懇願していることだろう。

「横暴? 横暴なのはどっちだ? ディアを……ミレディアを生きたまま焼くように指示したくせに」
「だから、誰がそんな嘘を吹き込んだのです? アウロス様、なぜそんな恐ろしいことを?」

 白々しいことこの上ない。エルゼはこの期に及んでも、自分のしたことを認めないつもりなのね?

「エルゼ様……」

 アウロス王子の発言にはフィリスも度肝を抜かれたようで、呟いたまま絶句している。
 ああ、見たい――今どうなっているのか、すごく見てみたい。王妃様はどうして私に隠れるように言ったのかしら? クラウスもなぜ、反対しなかったの?

「あら、貴女達。そこにいたの。ねえお願い、貴女達なら誤解だってわかってくれるでしょう?」
「いえ、私は……」
「公爵様も捕まったと聞きました」

 あんなにベッタリだったくせに、取り巻きの令嬢は本格的にエルゼとの縁を切ると決めたらしい。それもそうね? 事前にクラウスがおどしていたから、エルゼの仲間だと認めれば、彼女達の身も危うくなるもの。

「それが何か? 父は父、わたくしはわたくしよ? 罪もないわたくしが何日も捕えられているなんて、おかしいとは思わなくて?」

 エルゼには呆れて物も言えない。冷酷に命令していたくせに、直接手を下さなければ罪にならない、とでも考えているのかしら?

「おかしいのはお前の頭だ、エルゼ。デリウス家の侍従や女官に扮した女性も拘束し、証言は取っている。もちろん、ベルツ家の者からも」
「クラウス様まで! ミレディア様が亡くなられたのはお気の毒だけど、だからってどうして彼らの嘘を信じるんですか? これは何かの罠よ。わたくしではありません!」

 きっぱり言い切るエルゼは、声だけ聴くと冤罪えんざいで捕まったかのようだ。……って、今おかしな単語が出たわよね? 私、エルゼの中では既に亡くなっているの?

「ほう? 父親はあっさり罪を認めたというのにしぶといな。とてもディアに大怪我をさせろ、と命じた者とは思えない」
「だから、わたくしは知らないわ!」
「東屋で襲わせたこともあったっけ? 僕が残して先に戻ったせいで、ミレディアが危険な目に遭わされた」
「なぜわたくしをお疑いになるの? 彼女が勝手に人を集めて、けしかけたのに……」
「彼女? バカな貴族の子弟をそそのかしたのが女性だと、どうして知っている?」

 クラウスの低い声にマズいと思ったのか、エルゼは急に黙りこんでしまう。
 東屋で襲われかけた私を案じて、クラウスが駆け付けてくれた。その直後、彼とレースをへだてた初めてのキスをして――いけない、甘い思い出にひたっている場合ではなかったわ。

「自分では手を下さずに、他人を使うのは得意か。だが、公爵とは意見が異なっていたようだな。娘も同じように他人の命を平気で奪うと聞き、驚いていたぞ?」
「違う、わたくしは何も知らないの。周りが勝手に……そう、きっとわたくしに罪を被せようとしているのよ。ひどいわ!」

 泣き崩れるエルゼは、最後まで演技派女優だった。彼女に比べればアウロス王子の恋人役を演じた私は、大根役者そのものだ。

「お願い、クラウス様。わたくしを信じて? 小さい頃からずっとお慕いしておりました。貴方だけが好きなの」
「おかしいな。その言葉、僕も聞いた気がするけど?」

 アウロス王子がすぐに茶々を入れる。エルゼが堂々と無視する姿が、目に浮かぶ。

「そんな! エルゼ様は、アウロス殿下に決めたと……」
「うるっさいわね。大事なところで邪魔しないでちょうだい!」

 エルゼは取り巻きのフィリスにはすぐに噛みついた。フィリスは、豹変したエルゼにびっくりしているかもね? どうなっているのか見たいのに、出てきなさいとは言われない。まさか私、存在自体忘れられているんじゃあ……
 そんな中、クラウスの声が再び響く。

「エルゼ、昔も今も君にはうんざりだ。俺が君を相手にするわけないだろう?」
「どうしてそんなことをおっしゃるの? 貴方はわたくしのことが好きなはずよ?」 
「そんな気持ちは、欠片かけらも抱いたことがない。俺が好きになったのは、心が優しく美しい人。ミレディア=ベルツ……ディアこそ俺が唯一望んだ女性だ」

 クラウスの言葉が嬉しい。彼への愛情でいっぱいになった私は、胸を熱くしながら思わず立ち上がる。そんな私の背中を、振り向いた王妃様が笑顔で押して下さった。クラウスの側に行きなさい、ということらしい。



 ここから見ると左手にクラウス、右手には三人の取り巻き達がいる。正面には後ろ手に拘束されたエルゼと兵士がいて、そのすぐ横にアウロス王子が立っていた。ほとんどの人が私に視線を向けて驚くような顔をしたけれど、エルゼは自分の話に夢中で、この場に私がいることに未だに気付いていない。

「それは……お悔み申し上げます。彼女を亡くしたショックで、クラウス様もわたくしに変な疑いをかけていらっしゃるのね? でも、わたくしは無実よ。これからゆっくり貴方を癒して差し上げ……」

 歩く私に注目したエルゼが、限界まで目を見開いた。その顔がサッと青ざめる。

「う、嘘! どうして貴女がここに? あ、あのまま亡くなったはずよ!!!」
しおりを挟む
『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
感想 115

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

処理中です...