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第三章 偽の恋人
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「なにをっ」
「はっ、男が四人だと?」
「バカ、挑発に乗るな!」
「お前、怖くねーのか?」
もちろん怖いに決まっている。ただでさえ覆面を被った男性が四人もいて、二人が剣を握っているのだ。兵士だった過去があっても、武器を持たない私が一人で敵う数ではなかった。
目の端に、テオを背中に担いで走るマルクの姿が映る。男の一人が追いかけようとしたために、私はそのタイミングを狙い再び大きな声を出す。
「ちょっと、今動いた貴方!」
「お、俺?」
男が驚き足を止める。上手く注意を引き付けられたようだ。
「ねえ、貴方がここのリーダーでしょう? いつまで私を待たせるつもり?」
「いや、俺は……」
彼の首の動きにより、先ほどの声が高く細身の人物が男達のリーダーだとわかった。でもまだ足りない。
マルクが私を差し出したことは許せないけれど、それはテオを救うため。こんなことになるのなら、家を出る前にじっくり話を聞いておけば良かった。護衛としては失格だけど、そもそも私は彼らの経歴を知らない。男性だからと対話を避け、兄に任せっ放しだった私の落ち度だ。
「そう? 私はてっきり貴方かと。ま、どうでもいいけどここが最終目的地ってことはないでしょう? エルゼはなんと言っていて?」
カマをかけてみた。このままでは全滅だから、時間を稼ごう。私自身も無事に逃げる方法を探っておきたい。
「連れて行け。あの方がお待ちだ」
やはり、簡単には白状しないのね。だけどその声……リーダーはもしかして、女性なの?
私は目隠しをされて、背中側で手首を縛られた。次いで荷物のように馬に乗せられ、運ばれて行く。木々のざわめきや鳥の声、草や土の匂いなどから森の奥深くに進んでいると思われる。
さっき馬車が停まった際、私はとっさにクラウス王子に渡すレースの手巾を胸元に押し込んだ。だけどこの状況では、彼に渡すどころか生きて帰れるかどうかさえ危しい。
城に行く途中で攫われるなんて、考えてもみなかった。もしも私の亡骸が見つかれば、クラウス様は悲しんでくれるのだろうか? 危険だという彼の忠告を、きちんと聞いておけば良かったな。後悔しても遅いけど、願わずにはいられない。せめてもう一度、貴方に会いたい――
馬の背に揺られ、かなりの距離を進んだ。目的地に到着したようで、私は目隠しと一緒にレース付きの帽子も取り払われた。
視界が開けたため、辺りを見回す。ここは森の中の小屋らしく、何年も使っていないのかかび臭く、ボロボロの木の机と椅子がある他、積まれた薪には蜘蛛の巣までかかっていた。こんな場所に、いったい誰がいるというのだろうか?
一方私の顔を見た男達は、我に返って騒ぎ出す。
「これは! なるほど、王子が夢中になるわけだ」
「ブスだという情報はどうなった?」
「俺は化粧でごまかしている、と聞いたぞ」
いつもはそうでも今日はクラウス王子に会うかもしれないと、以前に近い薄化粧にしたのだ。浮かれて張り切っていたなんて、この人達には口が裂けても言いたくない。
「余計な口をきくな。あのお方が来るまで待機しろ」
「けっ、偉そうに。お前だって後がなかったくせに」
「そうだぞ。いい気になるな」
「分け前はちゃんと寄こせよ」
もう仲間割れ? でも、いきなり私に告白する輩がいなくて良かったわ。こんな状況でそんなことをするとは思えないけれど、もしや、ということもある。それより私は、これからどうなるのだろう? あのお方って誰のこと?
縛られた手を引き抜けないかともぞもぞしていたところ、リーダーにじろりと睨まれた。下手な動きはしない方が良さそうね。彼らのボスに会ったら、無事に帰してくれるよう交渉してみましょう。
――私はまだ、望みを捨ててはいない。何度も転生したけれど、一つ一つの生を自分なりに一生懸命過ごして来たから。悔いを残したまま、ここで終わるわけにはいかない。どんな手を使っても、私は生きる!
自分を奮い立たせていたところ、突然扉が開く。
この場所には不似合いな桃色のドレス、白い羽のついた金色の扇が目に飛び込んだ。後ろには、従僕と見られるおとなしそうな男性を従えている。そこにいたのは、予想通りの人物で。
「エルゼ様!」
「おお、嫌だ。こんな臭い所」
彼女を見て、リーダーが驚いたような声を出す。おかしいわね、あのお方ってエルゼのことじゃなかったの?
「あらお前、飼い主が代わった途端に成功したのね? 以前は失敗ばかりだったのに」
エルゼがリーダーに声をかけている。王子達から彼女の本性を聞かされていたとはいえ、この話し方はびっくりだ。飼い主って……いくら何でもひど過ぎない?
「まああ、ミレディア様ごきげんよう。節操のない野良猫に、その姿はお似合いだこと」
私の名前をようやく言い間違えなかったと思えば、それなの? ごきげんなわけないでしょう? 節操がないとの言葉、そっくりそのまま貴女に返してあげたいわ!
口に出してはいないけど、私は怒りのあまり目を細めた。
「その顔は何? 頭にくるわね」
「うっ」
エルゼは近づくと、持っていた扇で私の頬をまともに叩いた。じわじわする痛みに加え、ピリピリする感覚も……扇の金具で頬が切れたのかもしれない。
でもここで睨めば、きっと彼女の思い通りだ。いろいろ難癖をつけて、いたぶろうとするに違いない。私は唇を噛み、目を伏せた。
「エルゼ様! 傷つけてはなりません。公爵は彼女を切り札として、王子と交渉するつもりだと……」
「だから何? わたくしのアウロス様とクラウス様に手を出すからよ。お父様もバカよね? こんな女と引き換えに、クラウス様が減刑して下さるわけないじゃない」
焦るリーダーにエルゼが言い返す。恐らく『あのお方』とは、デリウス公爵のこと。彼は保身を図るため、私を捕らえることにしたらしい。
エルゼの言葉は当たっている。「さようなら」と告げたクラウス王子は、私にもう興味がない。仮にほんの少しあったとしても、厳格な彼が法律を曲げてまで私に関わるとは思えなかった。
「それならなおのこと、傷つけずに帰さなければ」
「どうして? わたくしをコケにした野良猫が喚こうが傷つこうが、関係ないでしょう?」
「そんな……」
「お前、わたくしに意見するとはいつからそんなに偉くなったの? 言っておくけど、貴族でもないお前は猫以下よ? 人の言葉を覚えたからっていい気にならないことね」
私は再び目を開けた。エルゼの吐きだす毒に、リーダーはおろか残りの男達も絶句している。
「わたくしに棄てられて、お父様に拾われたからって何? お父様はここには来られない。公爵家の全てはわたくしのものよ!」
違うと思う。公爵が捕まれば爵位は取り上げられ、遠縁にいくか取り潰される。エルゼはいい年をして、そんなこともわからないのだろうか?
「この女さえいなくなれば、王子達はわたくしの元に戻ってくる。わたくしの魅力で彼らを癒すの」
うっとりした表情のエルゼは、どこかおかしい。双子の王子が自分を嫌っているとは、考えもしないようだ。
「うっかりしていたわ。王太子妃になれば、公爵家など必要ないわよね? だったらみな、わたくしの好きにしていいはずよ。そうでしょう?」
なにその論理? 言っていることがめちゃくちゃだ。王子達はエルゼの裏の顔を知っているから、妃となることなどあり得ない。公爵の捕縛と同時に、彼女も取り調べを受けるだろう。
単純な嫌がらせのうちは許されるかもしれないけれど、水差しを落としたことや貴族の子弟に私を襲わせようとしたことは、明らかに行き過ぎた行為だ。他の令嬢にも同じことを仕掛けていたとすれば、エルゼはただで済むはずがない。公爵という大きな後ろ盾がなくなった今、彼女は妃となるどころか、良くて王都追放だ。
反論しない私を見て気を良くしたエルゼが、興奮したように早口でまくし立てる。
「ねえミレディア。わたくし貴女がアウロス様に続いて、クラウス様まで東屋に引っ張り込むのを見てたの。野良猫に騙されたからって、王子達に汚点があるのは良くないわよね? 妃となるわたくしが、消して差し上げないと」
作り物の微笑は怒った顔より恐ろしい。私はどうしてエルゼの笑みを、一瞬でも可憐だと思ってしまったのだろうか? 表に出ない分、彼女の心の内にはどす黒いものが渦巻いているようだ。
頬を上気させたエルゼが私に向かって笑みを深めると、歌うように口にした。
「だから、跡形もなく処分しようと思って。この小屋ごと焼いてしまえばいいかしら?」
「はっ、男が四人だと?」
「バカ、挑発に乗るな!」
「お前、怖くねーのか?」
もちろん怖いに決まっている。ただでさえ覆面を被った男性が四人もいて、二人が剣を握っているのだ。兵士だった過去があっても、武器を持たない私が一人で敵う数ではなかった。
目の端に、テオを背中に担いで走るマルクの姿が映る。男の一人が追いかけようとしたために、私はそのタイミングを狙い再び大きな声を出す。
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「ねえ、貴方がここのリーダーでしょう? いつまで私を待たせるつもり?」
「いや、俺は……」
彼の首の動きにより、先ほどの声が高く細身の人物が男達のリーダーだとわかった。でもまだ足りない。
マルクが私を差し出したことは許せないけれど、それはテオを救うため。こんなことになるのなら、家を出る前にじっくり話を聞いておけば良かった。護衛としては失格だけど、そもそも私は彼らの経歴を知らない。男性だからと対話を避け、兄に任せっ放しだった私の落ち度だ。
「そう? 私はてっきり貴方かと。ま、どうでもいいけどここが最終目的地ってことはないでしょう? エルゼはなんと言っていて?」
カマをかけてみた。このままでは全滅だから、時間を稼ごう。私自身も無事に逃げる方法を探っておきたい。
「連れて行け。あの方がお待ちだ」
やはり、簡単には白状しないのね。だけどその声……リーダーはもしかして、女性なの?
私は目隠しをされて、背中側で手首を縛られた。次いで荷物のように馬に乗せられ、運ばれて行く。木々のざわめきや鳥の声、草や土の匂いなどから森の奥深くに進んでいると思われる。
さっき馬車が停まった際、私はとっさにクラウス王子に渡すレースの手巾を胸元に押し込んだ。だけどこの状況では、彼に渡すどころか生きて帰れるかどうかさえ危しい。
城に行く途中で攫われるなんて、考えてもみなかった。もしも私の亡骸が見つかれば、クラウス様は悲しんでくれるのだろうか? 危険だという彼の忠告を、きちんと聞いておけば良かったな。後悔しても遅いけど、願わずにはいられない。せめてもう一度、貴方に会いたい――
馬の背に揺られ、かなりの距離を進んだ。目的地に到着したようで、私は目隠しと一緒にレース付きの帽子も取り払われた。
視界が開けたため、辺りを見回す。ここは森の中の小屋らしく、何年も使っていないのかかび臭く、ボロボロの木の机と椅子がある他、積まれた薪には蜘蛛の巣までかかっていた。こんな場所に、いったい誰がいるというのだろうか?
一方私の顔を見た男達は、我に返って騒ぎ出す。
「これは! なるほど、王子が夢中になるわけだ」
「ブスだという情報はどうなった?」
「俺は化粧でごまかしている、と聞いたぞ」
いつもはそうでも今日はクラウス王子に会うかもしれないと、以前に近い薄化粧にしたのだ。浮かれて張り切っていたなんて、この人達には口が裂けても言いたくない。
「余計な口をきくな。あのお方が来るまで待機しろ」
「けっ、偉そうに。お前だって後がなかったくせに」
「そうだぞ。いい気になるな」
「分け前はちゃんと寄こせよ」
もう仲間割れ? でも、いきなり私に告白する輩がいなくて良かったわ。こんな状況でそんなことをするとは思えないけれど、もしや、ということもある。それより私は、これからどうなるのだろう? あのお方って誰のこと?
縛られた手を引き抜けないかともぞもぞしていたところ、リーダーにじろりと睨まれた。下手な動きはしない方が良さそうね。彼らのボスに会ったら、無事に帰してくれるよう交渉してみましょう。
――私はまだ、望みを捨ててはいない。何度も転生したけれど、一つ一つの生を自分なりに一生懸命過ごして来たから。悔いを残したまま、ここで終わるわけにはいかない。どんな手を使っても、私は生きる!
自分を奮い立たせていたところ、突然扉が開く。
この場所には不似合いな桃色のドレス、白い羽のついた金色の扇が目に飛び込んだ。後ろには、従僕と見られるおとなしそうな男性を従えている。そこにいたのは、予想通りの人物で。
「エルゼ様!」
「おお、嫌だ。こんな臭い所」
彼女を見て、リーダーが驚いたような声を出す。おかしいわね、あのお方ってエルゼのことじゃなかったの?
「あらお前、飼い主が代わった途端に成功したのね? 以前は失敗ばかりだったのに」
エルゼがリーダーに声をかけている。王子達から彼女の本性を聞かされていたとはいえ、この話し方はびっくりだ。飼い主って……いくら何でもひど過ぎない?
「まああ、ミレディア様ごきげんよう。節操のない野良猫に、その姿はお似合いだこと」
私の名前をようやく言い間違えなかったと思えば、それなの? ごきげんなわけないでしょう? 節操がないとの言葉、そっくりそのまま貴女に返してあげたいわ!
口に出してはいないけど、私は怒りのあまり目を細めた。
「その顔は何? 頭にくるわね」
「うっ」
エルゼは近づくと、持っていた扇で私の頬をまともに叩いた。じわじわする痛みに加え、ピリピリする感覚も……扇の金具で頬が切れたのかもしれない。
でもここで睨めば、きっと彼女の思い通りだ。いろいろ難癖をつけて、いたぶろうとするに違いない。私は唇を噛み、目を伏せた。
「エルゼ様! 傷つけてはなりません。公爵は彼女を切り札として、王子と交渉するつもりだと……」
「だから何? わたくしのアウロス様とクラウス様に手を出すからよ。お父様もバカよね? こんな女と引き換えに、クラウス様が減刑して下さるわけないじゃない」
焦るリーダーにエルゼが言い返す。恐らく『あのお方』とは、デリウス公爵のこと。彼は保身を図るため、私を捕らえることにしたらしい。
エルゼの言葉は当たっている。「さようなら」と告げたクラウス王子は、私にもう興味がない。仮にほんの少しあったとしても、厳格な彼が法律を曲げてまで私に関わるとは思えなかった。
「それならなおのこと、傷つけずに帰さなければ」
「どうして? わたくしをコケにした野良猫が喚こうが傷つこうが、関係ないでしょう?」
「そんな……」
「お前、わたくしに意見するとはいつからそんなに偉くなったの? 言っておくけど、貴族でもないお前は猫以下よ? 人の言葉を覚えたからっていい気にならないことね」
私は再び目を開けた。エルゼの吐きだす毒に、リーダーはおろか残りの男達も絶句している。
「わたくしに棄てられて、お父様に拾われたからって何? お父様はここには来られない。公爵家の全てはわたくしのものよ!」
違うと思う。公爵が捕まれば爵位は取り上げられ、遠縁にいくか取り潰される。エルゼはいい年をして、そんなこともわからないのだろうか?
「この女さえいなくなれば、王子達はわたくしの元に戻ってくる。わたくしの魅力で彼らを癒すの」
うっとりした表情のエルゼは、どこかおかしい。双子の王子が自分を嫌っているとは、考えもしないようだ。
「うっかりしていたわ。王太子妃になれば、公爵家など必要ないわよね? だったらみな、わたくしの好きにしていいはずよ。そうでしょう?」
なにその論理? 言っていることがめちゃくちゃだ。王子達はエルゼの裏の顔を知っているから、妃となることなどあり得ない。公爵の捕縛と同時に、彼女も取り調べを受けるだろう。
単純な嫌がらせのうちは許されるかもしれないけれど、水差しを落としたことや貴族の子弟に私を襲わせようとしたことは、明らかに行き過ぎた行為だ。他の令嬢にも同じことを仕掛けていたとすれば、エルゼはただで済むはずがない。公爵という大きな後ろ盾がなくなった今、彼女は妃となるどころか、良くて王都追放だ。
反論しない私を見て気を良くしたエルゼが、興奮したように早口でまくし立てる。
「ねえミレディア。わたくし貴女がアウロス様に続いて、クラウス様まで東屋に引っ張り込むのを見てたの。野良猫に騙されたからって、王子達に汚点があるのは良くないわよね? 妃となるわたくしが、消して差し上げないと」
作り物の微笑は怒った顔より恐ろしい。私はどうしてエルゼの笑みを、一瞬でも可憐だと思ってしまったのだろうか? 表に出ない分、彼女の心の内にはどす黒いものが渦巻いているようだ。
頬を上気させたエルゼが私に向かって笑みを深めると、歌うように口にした。
「だから、跡形もなく処分しようと思って。この小屋ごと焼いてしまえばいいかしら?」
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『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
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