悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
上 下
27 / 58
第二章 悪女復活!?

 24

しおりを挟む
 それからも、私は城に通い続けた。
 邪魔されると、余計に張り切ってしまうのが悪い癖。契約に向けて動くのはもちろんだけど、少なくとも石を投げた犯人を特定し、謝らせるまでは頑張ろうと思う。

 エルゼの取り巻き達は相変わらずで、私への敵意を隠す気はないみたい。わざとぶつかられたり、足を引っ掛けられたこともある。その時は城の兵士が近づいて来たため、彼女達は慌てて逃げて行った。
 今日もすれ違いざま、扇を顔に叩きつけられる。フィリスと呼ばれた令嬢だ。

「あら、ごめんなさいね? 私としたことが、手元が狂ってしまったみたい」
「まあ、いくらなんでもそれは」
「そうよ。酷いお顔がますます酷くなるのではなくて?」

 赤くなる私の頬を見ながら、令嬢達がクスクス笑う。ここにエルゼがいなくて良かった。もしいたら、優しい彼女は心を痛めたことだろう。

「てめ……」

 怒って突っかかろうと飛び出すリーゼを、私は手で制す。

「おお、怖い」
「使用人の教育もなっていないわね」
「これだから成り上がりは」

 その情報は間違いで、うちは由緒正しい伯爵家。今までそこまで潤っていたわけではないけれど、父と兄のおかげで名を知られるようになってきた。私も家業には誇りを持っている。

「いいえ、どうかお気になさらずに。埋没した小さな目だから、見えにくかったのでしょう?」

 私の言葉にその場が一瞬シンとする。ようやく意味がわかったのか、真っ赤になって怒り出す。

「はああ? 貴女急に何を言い出すの! ブスなのに生意気ね」
「そうよ、自分こそ自信がないから顔を隠しているくせに。偉そうに何よっ」
「伯爵家だからって威張らないでよね。すぐに落ちぶれるんだから」

 虎の威を借りる狐×3。でも今は、家格が上のエルゼがおらず遠慮は要らない。言いつけられたとしても、すっとぼければいいかしら? エルゼならきっと、両方の話を聞いて公正に判断してくれるはずだ。
 これ以上の嫌がらせなど、たまったもんじゃない。反論しないせいで偉そうにされるなら、たまには強く出てみよう。

「おっしゃる通りね。落ちぶれないために王子の所に伺わなくては。それではみなさま、ごきげんよう」

 優雅に膝を折り、リーゼを連れて足早に立ち去る。

「ちょっと、待ちなさいよ!」
「話は終わってないでしょう?」
「どういうこと? 懲りずに王子の所って……ねえ!」

 呼び止められても無視するに限る。人目が多くて幸いだった。今日は追いかけて来る気はないみたい。
 だけど本当に、彼女達の中に石を投げた犯人が? 表で堂々となじりながら裏ではこそこそするなんて、 何かがに落ちない。
 とりあえず、疑問は後ね。今はクラウス王子の元へ急ごう。個人的な注文を別にしたら契約はいよいよ大詰めで、私はもうすぐ解放される。時間に遅れるわけにはいかない。



 通された部屋で王子を待つ。私がエルゼの取り巻き達に言い返したせいか、リーゼは面白そうな顔をしている。腰を下ろした私を見て、早速嬉しそうな声を出す。

「もっと言ってやれば良かったのに。どうせ止めるやつもいなかっただろう?」
「こらリーゼ、言葉遣い! やつって何よ。エルゼ様、でしょう?」

 部屋の女官に聞かれると困るため、私は小声で注意する。エルゼは唯一まともだし、クラウス王子の想い人だ。彼女の友人があんな人達だと知れば、王子だって悲しむことだろう。

「だってやつらの親玉だぜ? どう考えても知らないわけねーよな」
「いいえ。大切に育てられたせいで、悪意に鈍感なのかもしれないわ」
「まっさか~。あいつらと同じで、お嬢を見るなり突進して来るのに?」
「それはリーゼの勘違いよ」

 ここでよく顔を合わせるけれど、エルゼはいつでも友好的。そんなエルゼの優しさを、クラウス王子だって認めている。だからこそ先日、彼女用の手巾と長手袋を依頼してきたのだ。
 万一エルゼの性格がリーゼの言う通りで、そのために二人の仲が壊れでもしたら、せっかくの商品が無駄になってしまう。頼まれた相手が相手だけに、キャンセル料を取ることもできない。

「そうかなあ。でも、エルゼは絶対……」

 リーゼが言いかけたところで、クラウス王子の姿が見えた。私は席を立ち、膝を折る。

「ディア、早くから待ってくれていたんだな。今、エルゼの名が聞こえたようだが?」

 腕を組み難しい顔で問われてしまう。
 リーゼが彼女の名を呼び捨てにしたことに、不快感を抱いているのかしら?

「た、大変申し訳ございません。リーゼには、きちんと言って聞かせますので」
「どうして俺に謝る?」

 彼女に直接謝れということだろうか? 
 名前を直接口にしただけで? 
 わけがわからず固まっていると、クラウス王子が言葉を続けた。

「咎めたわけではない。彼女に何か言われなかったか?」
「いいえ、何も。優しくしていただいております」

 取り巻きになら散々嫌がらせをされているけど、彼女は違う。なのになぜ、そんなことを聞くのだろうか。

「それならいいんだ」

 肩をすくめてため息をつくクラウス王子。彼もエルゼの交友関係が心配なのかしら? それとも、好きな相手の言動は全て気になるの? まさか取引相手に私を指名したのって、エルゼのことが知りたくて? 彼女と仲良くなった私から、情報を得ようと期待していたのかしら。

 残念ながら私では力不足だ。誰からも好かれるリーゼならまだしも……って、クラウス王子がリーゼを気に入っているのって、それが理由? リーゼを利用し、エルゼの気をもっと惹きたくて?

「あの、差し出がましいようですが、発言の許可を下さいますか?」
「ああ、何だ」
「お好きな方を得るために、うちのリーゼを利用するのはどうかと」
「利用? 利用せず、できれば直接……いや、そう見えているのか」

 クラウス王子が困ったように髪をかき上げた。

「ご自分達の関係に、リーゼを巻き込むのは止めて下さい。殿下には良くしていただきましたが、それはどうかと」
「心配なら置いてくればいい。伴も付けずに来れば危険が増すが、それでも?」

 エルゼの取り巻き達のことを言っているのだろうか? 王子は彼女達の嫌がらせを知っているの?
 けれど、考えてみれば私一人の方がいい。そうすれば、ハンナやリーゼが綺麗だからという理由で、取り巻き達が私を目の敵にすることは無くなるはず。泥だって一人なら避けられるし、気をつけていれば石も防げる。私だけの方が被害が少なく……そうか、その手があったか。

「ええ。次回は一人か兄と一緒に参ります」

 残るは契約だけだから、兄の方が詳しく信頼できる。

「ディアがそれでいいのなら、もちろん喜んで。ところで、男性が苦手で好意を受けられないというのは、未だに変わらないのか?」

 ちょっと待って。
 契約の話をするため来たはずなのに、どうして私の話になるの?
しおりを挟む
『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
感想 115

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

処理中です...