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第二章 悪女復活!?
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いけないわ。のんびりしている場合じゃなかった。話を済ませてさっさと帰ろう。
「あの、そろそろワインのことを……」
「ミレディア嬢は真面目だね? ああ、言いにくいからディアでいい?」
「いいえ。ミレディアという名前を大変気に入っておりまして」
「なんだ残念。じゃあ、僕のことはアウロスと呼んでいいから」
良くないでしょう? どこの世界に、恋人でもない王子を呼び捨てにする女性がいるというの。ああ、女性として見られていないんだっけ。ただの取引相手に王子が名前を呼ばせるなんて、あってはならない。
「いいえ。こういうことはきっちりしておかないといけませんわ」
「それなら、ディアと呼んじゃうけど?」
こんな態度が女性をその気にさせてしまうのだ。追い回されるのは、クラウス王子のことかしら? けれどアウロス王子のことだとしたら、彼の側に原因があるような。
「でしたら、アウロス……様。これ以上は無理です」
「まあいいか、それくらいで。ええっと、ワインの話だったよね? 口当たりが良くて美味しかった。甘口の白はご婦人方にも人気が出そうだ。ただ兄は……本人から聞いてくれる?」
「ご満足いただけなかったのでしょうか」
「さあね。双子といっても味覚が同じというわけではないから。お茶の好みはたまたま一緒だったけど、他は違う」
「そうですか」
また来なくてはいけないようだ。
アンケート用紙でも作って置いておこうかしら? それだと、手抜きだと疑われるからダメよね。
「あとは、レースだったっけ?」
「ええ。品物は部屋に……って、どうされました?」
アウロス王子にいきなり腕を掴まれた。
こんなところで飛び掛かられるとは思えないけど、どうすればいいの?
動けず固まっていたら、ドレスの袖を捲られる。
「これか、付け袖」
もしやレースを見るために? 舞踏会の時と同じく、今日も私は内側にこっそり縫い付けて、お洒落をしている。だけどなぜ、そのことがわかったのかしら。
「見事なしつらえだ。それなら、男性用の袖とクラバットがほしい。どちらかに一角獣を織り込んで。できそう?」
「複雑で特別な模様ですと、制作期間を長くいただくことになります。可能かどうか、聞いてみますね?」
「ありがとう。もしできるなら、言い値を払うよ。楽しみだな」
一角獣は王家だけが使える模様だ。城との取引でなく、個人的な注文なのだろう。アウロス王子の要望だと伝えれば、村の女性も張り切るはず。
なんだ。アウロス王子、結構いい人じゃない。
「こちらこそ、ありがとうございます。殿下」
「違うよ? 名前を呼んでくれると言ったのに」
「大変失礼いたしました。アウロス……様」
「堅苦しいけどしょうがないか。ディア、君らしいと言えば君らしい……の、かな?」
だから、ミレディアだってば――
アウロス王子との面会で、どっと疲れた。これ以上気を遣うのはごめんだ。私は庭から戻るなり、適当な言い訳をして部屋を出た。不満そうなハンナを連れて、城の出口に向かう。
するとそこへ、煌びやかな女性を先頭に、華やかな一団が通りかかる。令嬢達でホッとした。前髪を下ろしているとはいえ、男性だと油断はできない。
「あら貴女。見かけない顔ね?」
先頭の令嬢に話しかけられた。彼女は小柄で、金色の巻き髪に桃色の瞳をしている。小さな顔に大きな目、少しだけ上を向いた鼻がなんとも愛くるしい。ドレスはピンクで赤のリボンがたくさんついていた。
そこはリボンではなく、レースに変えた方が……って、いけないわ。身分が高そうだし、きちんと挨拶しよう。私はその女性に対して、丁寧に膝を折る。
「初めまして。ベルツ伯爵家の長女、ミレディアにございます」
「そう、貴女が噂の……。わたくしはデリウス公爵家のエルゼ。よろしくね」
にっこり微笑まれる。
良かったわ、優しそうな人で。それに王家に最も近い公爵家だった。
引きこもりが長すぎた私は、人の顔と人間関係がよくわからない。それでも有力貴族の名前くらいは、兄から聞いて知っている。噂、というのは兄に広めてもらった「地味で病弱で不器量」というものだろう。
「よろしくお願いいたします」
よろしくしている時間はない。けれど逆らわない方がいいと判断した私は、再び丁寧に告げる。すると、彼女の傍の女性が尖った声を出す。
「それで貴女、ここへは何しに?」
質問するなら、先に名乗るのが礼儀でしょう? それに、自分の屋敷でもないのに目的を聞くのはどうかと思う。商談に来ているとはいえ、契約はまだなのだ。城との取引を勝手に明かしていいのかどうかも、よくわからない。
唇を噛んでどう答えようかと思案していると、先ほどの公爵令嬢、エルゼが口を開く。
「貴女、初対面の方に失礼よ? ごめんなさいね。悪気はないと思うの」
「いえ、とんでもございません」
若いのによくできた令嬢だ。
感心していると、別の取り巻きが彼女を褒め讃えた。
「エルゼ様、さすがですわ! なんともお優しい。だから両殿下も夢中に……」
「やめて、内々の話なのに」
いえ、今のはわざと聞かせようとしていたとしか、思えませんが?
「初めて会った方に聞かれて、恥ずかしいわ。お願いだから内緒にしといて下さる?」
可愛らしく頬を染める、公爵令嬢エルゼ。もしこれが演技だとしたら、大した役者だ。結婚詐欺をしていた頃の私だって、こう上手くはできなかった。
皮肉な物の見方はやめよう。もちろん演技などではないはず。
公式的には特別な相手がいない双子の王子。非公式にせよ、夢中になる相手がいるというのは、非常に良いことだ。でも、双子に対して彼女一人?
――そうか、お二人とも未だに独身なのは、そのためなのね!
女嫌いのクラウス王子も、エルゼには心を開くのだろう。追い回されると語ったアウロス王子は、相手によるとも言っていた。その相手とは、彼女のことでは?
「わかりました。ですが、応援致しております」
なんとも素晴らしい話だ。これなら私も安心して商談に通える。
エルゼもいずれは、二人のどちらかを選ぶことになるのだろう。だけどその頃、私はここにはいない。
「ありがとう。お優しいのね」
はにかむ可憐な公爵令嬢。
ヨルクの聞きつけたことは間違いだ。
王子には相手がいる――兄よ、なぜ正確な情報を持って来ない?
私の言葉に納得したのか、取り巻き達もそれ以上追求せず、早々に解放してくれた。
「やれやれ」
肩を竦めてため息をつく。
牽制されたとも思える行動だけど、さすがに公爵家の令嬢ともあろう者が、そんな陳腐な手は使わないだろう。何よりエルゼは、仲間の愚行を止めていた。
たとえ彼女が二人の王子の間で揺れていたとしても、好きにすればいいと思う。
けれど城を出た途端――
「お嬢様、応援するってひどいですー。お嬢様だったら納得もできますけど、あの方だったらちょっと。しかも、アウロス王子だけでなく、クラウス王子まで独り占めなんて、ずる過ぎる~~」
ハンナの存在を忘れていたわ。
彼女を宥めつつ王都の屋敷に帰った私は、心身共にすっかり疲弊しきっていた。
「あの、そろそろワインのことを……」
「ミレディア嬢は真面目だね? ああ、言いにくいからディアでいい?」
「いいえ。ミレディアという名前を大変気に入っておりまして」
「なんだ残念。じゃあ、僕のことはアウロスと呼んでいいから」
良くないでしょう? どこの世界に、恋人でもない王子を呼び捨てにする女性がいるというの。ああ、女性として見られていないんだっけ。ただの取引相手に王子が名前を呼ばせるなんて、あってはならない。
「いいえ。こういうことはきっちりしておかないといけませんわ」
「それなら、ディアと呼んじゃうけど?」
こんな態度が女性をその気にさせてしまうのだ。追い回されるのは、クラウス王子のことかしら? けれどアウロス王子のことだとしたら、彼の側に原因があるような。
「でしたら、アウロス……様。これ以上は無理です」
「まあいいか、それくらいで。ええっと、ワインの話だったよね? 口当たりが良くて美味しかった。甘口の白はご婦人方にも人気が出そうだ。ただ兄は……本人から聞いてくれる?」
「ご満足いただけなかったのでしょうか」
「さあね。双子といっても味覚が同じというわけではないから。お茶の好みはたまたま一緒だったけど、他は違う」
「そうですか」
また来なくてはいけないようだ。
アンケート用紙でも作って置いておこうかしら? それだと、手抜きだと疑われるからダメよね。
「あとは、レースだったっけ?」
「ええ。品物は部屋に……って、どうされました?」
アウロス王子にいきなり腕を掴まれた。
こんなところで飛び掛かられるとは思えないけど、どうすればいいの?
動けず固まっていたら、ドレスの袖を捲られる。
「これか、付け袖」
もしやレースを見るために? 舞踏会の時と同じく、今日も私は内側にこっそり縫い付けて、お洒落をしている。だけどなぜ、そのことがわかったのかしら。
「見事なしつらえだ。それなら、男性用の袖とクラバットがほしい。どちらかに一角獣を織り込んで。できそう?」
「複雑で特別な模様ですと、制作期間を長くいただくことになります。可能かどうか、聞いてみますね?」
「ありがとう。もしできるなら、言い値を払うよ。楽しみだな」
一角獣は王家だけが使える模様だ。城との取引でなく、個人的な注文なのだろう。アウロス王子の要望だと伝えれば、村の女性も張り切るはず。
なんだ。アウロス王子、結構いい人じゃない。
「こちらこそ、ありがとうございます。殿下」
「違うよ? 名前を呼んでくれると言ったのに」
「大変失礼いたしました。アウロス……様」
「堅苦しいけどしょうがないか。ディア、君らしいと言えば君らしい……の、かな?」
だから、ミレディアだってば――
アウロス王子との面会で、どっと疲れた。これ以上気を遣うのはごめんだ。私は庭から戻るなり、適当な言い訳をして部屋を出た。不満そうなハンナを連れて、城の出口に向かう。
するとそこへ、煌びやかな女性を先頭に、華やかな一団が通りかかる。令嬢達でホッとした。前髪を下ろしているとはいえ、男性だと油断はできない。
「あら貴女。見かけない顔ね?」
先頭の令嬢に話しかけられた。彼女は小柄で、金色の巻き髪に桃色の瞳をしている。小さな顔に大きな目、少しだけ上を向いた鼻がなんとも愛くるしい。ドレスはピンクで赤のリボンがたくさんついていた。
そこはリボンではなく、レースに変えた方が……って、いけないわ。身分が高そうだし、きちんと挨拶しよう。私はその女性に対して、丁寧に膝を折る。
「初めまして。ベルツ伯爵家の長女、ミレディアにございます」
「そう、貴女が噂の……。わたくしはデリウス公爵家のエルゼ。よろしくね」
にっこり微笑まれる。
良かったわ、優しそうな人で。それに王家に最も近い公爵家だった。
引きこもりが長すぎた私は、人の顔と人間関係がよくわからない。それでも有力貴族の名前くらいは、兄から聞いて知っている。噂、というのは兄に広めてもらった「地味で病弱で不器量」というものだろう。
「よろしくお願いいたします」
よろしくしている時間はない。けれど逆らわない方がいいと判断した私は、再び丁寧に告げる。すると、彼女の傍の女性が尖った声を出す。
「それで貴女、ここへは何しに?」
質問するなら、先に名乗るのが礼儀でしょう? それに、自分の屋敷でもないのに目的を聞くのはどうかと思う。商談に来ているとはいえ、契約はまだなのだ。城との取引を勝手に明かしていいのかどうかも、よくわからない。
唇を噛んでどう答えようかと思案していると、先ほどの公爵令嬢、エルゼが口を開く。
「貴女、初対面の方に失礼よ? ごめんなさいね。悪気はないと思うの」
「いえ、とんでもございません」
若いのによくできた令嬢だ。
感心していると、別の取り巻きが彼女を褒め讃えた。
「エルゼ様、さすがですわ! なんともお優しい。だから両殿下も夢中に……」
「やめて、内々の話なのに」
いえ、今のはわざと聞かせようとしていたとしか、思えませんが?
「初めて会った方に聞かれて、恥ずかしいわ。お願いだから内緒にしといて下さる?」
可愛らしく頬を染める、公爵令嬢エルゼ。もしこれが演技だとしたら、大した役者だ。結婚詐欺をしていた頃の私だって、こう上手くはできなかった。
皮肉な物の見方はやめよう。もちろん演技などではないはず。
公式的には特別な相手がいない双子の王子。非公式にせよ、夢中になる相手がいるというのは、非常に良いことだ。でも、双子に対して彼女一人?
――そうか、お二人とも未だに独身なのは、そのためなのね!
女嫌いのクラウス王子も、エルゼには心を開くのだろう。追い回されると語ったアウロス王子は、相手によるとも言っていた。その相手とは、彼女のことでは?
「わかりました。ですが、応援致しております」
なんとも素晴らしい話だ。これなら私も安心して商談に通える。
エルゼもいずれは、二人のどちらかを選ぶことになるのだろう。だけどその頃、私はここにはいない。
「ありがとう。お優しいのね」
はにかむ可憐な公爵令嬢。
ヨルクの聞きつけたことは間違いだ。
王子には相手がいる――兄よ、なぜ正確な情報を持って来ない?
私の言葉に納得したのか、取り巻き達もそれ以上追求せず、早々に解放してくれた。
「やれやれ」
肩を竦めてため息をつく。
牽制されたとも思える行動だけど、さすがに公爵家の令嬢ともあろう者が、そんな陳腐な手は使わないだろう。何よりエルゼは、仲間の愚行を止めていた。
たとえ彼女が二人の王子の間で揺れていたとしても、好きにすればいいと思う。
けれど城を出た途端――
「お嬢様、応援するってひどいですー。お嬢様だったら納得もできますけど、あの方だったらちょっと。しかも、アウロス王子だけでなく、クラウス王子まで独り占めなんて、ずる過ぎる~~」
ハンナの存在を忘れていたわ。
彼女を宥めつつ王都の屋敷に帰った私は、心身共にすっかり疲弊しきっていた。
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『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
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