悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
上 下
18 / 58
第二章 悪女復活!?

 15

しおりを挟む
 それから一週間も経たず、再び城に呼び出されることに。会ってくれたのはアウロス王子で、同行した侍女のハンナは大喜び! アウロス派の彼女は顔を真っ赤にし、感激のため震えている。

「本日はお呼びいただき、誠にありがとうございます」
「ミレディア嬢、ようこそ。そちらの可愛らしい女性は初めまして、かな?」
「わ、わわ私にまで、もも、もったいないお言葉を……」

 アウロス王子の機嫌は良さそう。魅力的な笑顔をハンナに向けて、彼女を失神寸前にまで追い込んでいた。侍女にまで挨拶するところは好感が持てるけれど、仕事の話に色気は要らない。
 ちなみに今日の私は地味に戻り、ラウンドネックのおとなしい緑色のドレスを着ている。相変わらず前髪を下ろしているので、ここに来るまで素顔を誰にも見られていない。髪は一部を編み込み、後をふんわりさせている。後姿だけなら間違いなく、どこにでもいるような貴族令嬢だ。
 席につきすぐに商談に入るかと思いきや、王子が外を歩こうと口にする。

「庭の薔薇が綺麗に咲いたし、コスモスも見事だよ?」

 本音を言えば、花より団子。
 前世で村人だったせいか、美しい花々よりも食べられる農作物を見ている方が楽しい。あとはお茶の木、とか?
 でもまあ、ここで機嫌を損ねても何もいいことはないだろう。私は頷くと、アウロス王子の案内で城の庭園を散歩することにした。あ、前髪は下ろしたままだし、後ろにハンナも控えている。

 アウロス王子と並んで歩き、綺麗に整えられた樹木と色とりどりの花々を目にする。盛りの薔薇はかぐわしい香りを放っているし、コスモスも美しい。大きな噴水には光が当たり、虹のようなものまでうかがえる。吹く風は爽やかで、気持ちのいい午後。見目麗しい王子といるだけで、普通の令嬢ならうっとりするのかもしれない。

「どうかな。薔薇の花は嫌い?」
「いえ、嫌いではありません」
「じゃあ、好き?」

 好きと言われてビクッとしてしまうのは、いわゆる条件反射だ。王子は薔薇の話をしているのであって、もちろん私のことではない。それでも、もしその「好き」が私への好意に変われば……と、勝手にやきもきしてしまうのだ。
 今度こそ老後までしっかり過ごそうと思う。ずっと一人でいるのなら、せめてそのくらいは叶えたい。

「『好き』と言われるのが嫌いです。気に入った、と聞かれる方が」
「好きというのが嫌い? どうして?」

 しまった。王子の好奇心を、却って刺激したみたい。誤解を招くことなく説明するには、どうすればいいかしら。

「それは、そのう……」
「あっちに東屋あずまやがある。話なら、そこでしようか」
「……はい」

 示された方を向くと、確かに東屋があった。
 ドーム型の屋根の下には白い柱。その柱に沿う形で円形のベンチがあり、クッションが置かれている。アウロス王子に隣に座るよう促されるが、さり気なく距離を置く。いえ、クッションを間に置いてバリケード代わりにしているから、全然さり気なくはないような。けれど、自意識過剰だと思われても身の安全が第一だ。深く関わってはいけない。

 侍女のハンナは気を効かせたのか、東屋の外に待機している。無理だとわかっているけれど、できれば交代してほしい。
 外に目を向ける私に、アウロス王子が話しかけてくる。

「随分慎み深いね。だからその年齢まで独り身なの?」

 バカにしたような発言に、ついカチンときてしまう。よせばいいのに言い返した。

「差し出がましいようですが、若くもない女性に年齢の話をするのは、失礼に当たるかと」
「そうかな。二十歳はまだ若いと思うけど? それに……ごめん。正直に言うけど、君を女性としては見ていなかった」

 なんと! 最近聞いた中で一番嬉しい言葉かもしれない。

「それは……光栄です」
「光栄?」

 アウロス王子が整った顔に戸惑った表情を浮かべる。

「ええ。女性ではなく、人として見て下さっているのでしょう?」
「人?」
「ええ。容姿や性別ではなく、人柄を」
「そうか、そんな風に考えることもできるのか。やっぱり君は面白いな」

 口元に手を当ててクスクス笑っているけれど、面白いことを言った覚えはないのに。ただ、これから取引しようとする相手に機嫌良く過ごしてもらうのは、商売の基本だ。怒らせるよりはよほどいい。

「それで? さっきの話に戻るけど、『好き』という言葉が好きじゃない、とは?」

 嫌いだと言っているのに、連呼しないでほしい。その度にびっくりしてしまうから。

「好きと聞くと、驚いてしまいます。好意を寄せられると、困る事情がありまして……」
「そうなの? でも、わかるな。好かれるのは相手にもよるよね」

 アウロス王子が納得しているけれど、彼の言う意味とは全く違う。私は誰であってもダメなのだ。

「ミレディア、君も追い回されて大変な思いをしたんだね。なるほど! だから屋敷に身を隠していたのか」

 それも違う。ということは、アウロス王子は追い回されて困っているということ? その割には、嬉しそうに令嬢達の相手をしていたような。 
 まあいいか、興味があるわけでもないし。本当のことを説明するわけにもいかないので、そういうことにしておこう。

「ええ。男性はもうりです。早く領地の片隅に引っ込むことが、私の夢なので」

 嘘ではないからスラスラ話せる。
 そこに緑茶とたくあん、せんべいが加われば最高だ。早く縁側でのんびりしたい。

「クラウスと同じだね」

 え? 彼も茶のみ仲間?
 私が目を丸くすると、アウロス王子が笑って首を横に振る。

「いや、引っ込む方ではないよ? 兄も女性はわずらわしいと言っていた。僕は好みの相手ならいいけどね?」

 なんだそっちか。
 でも、王子の情報どっちも要らない。
 大丈夫だとは思うけど、ついでに頼んでおきましょう。危険は早めに避けるべきよね?

「ですから、私に好意を示す言葉はおっしゃらないでいただきたいんです。傲慢ごうまんで図々しい願いだと十分承知しておりますが、とっても怖くって」
「へえ? 好きだと言ってほしいって娘はよくいるけど、逆のことを言われたのは初めてだ。やはり君は面白い人だね」

 いや別に。楽しませたかったわけじゃないけど?
 笑顔のアウロス王子を見ていると、すぐ前の世の年下男性が脳裏に浮かぶ。弟のような彼も笑顔の似合う子で。あの後元気に過ごしたのかしら? フられた夜に私が亡くなったことで、心に傷を残していないといいけれど……

「わかったよ。他ならぬ君の願いだ」

 気がつくと手を取られ、甲にキスをされていた。慌てて引っ込めようとしたけれど、そのままにしておく。変に意識しない方が良さそうだ。彼にとってこの仕草は、特別なことでもないようだから。

『勘違いされて女性に追い回されるのは、ご自分のせいでは?』

 口から出そうな嫌味を、ぐっとこらえた。
 それともさっきの話は、クラウス王子のことだろうか?
しおりを挟む
『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
感想 115

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

処理中です...