悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
上 下
9 / 58
第一章 地味な私を放っといて

 8

しおりを挟む
「いらっしゃいませ」
「ごめんなさい、ちょっと場所をお借りするわね」
「何すんだっ、放せよ」

 とっさに入ったのは香水を扱う店で、薬局も兼ねている。店主への説明を侍女のハンナにお願いした私は、薄汚れた少年を店の一角に引っ張って行く。

「うげ、勘弁してくれ。鼻が曲がる」
「鼻が曲がる? いろんな匂いがするけど、それ程とは……って貴方、どういうつもり?」
「何だよ、しつけーな。それより金以外の大事な物って?」
「貴方の物じゃないって認めることになるわよ。いいの?」
「いいも悪いも……返しゃいいんだろ、返しゃ」
「その態度はいただけないわね」
「じゃあ、どーすりゃいいんだよ」

 店のすみで少年がわめく。
 空いている時間帯で良かったわ。

「盗った物を全部返しなさい。それから謝るの」
「はあ? 何でオレがそんなことを」
「悪いことをしていたら、貴方自身がきっと後悔するわ。真面目な生き方をしたらどう?」

 私は目の前の少年に向かって、真剣にさとした。悪いことを続けていたら、きっと罰が当たる。生まれ変わりで永遠に苦しむのは、私一人でたくさんだ。

「貴族でもないくせに、偉そうにしやがって。お前に何がわかる。浮かれている連中から分け前をもらうくらい、どうってことないだろ!」
「ダメよ! 泥棒は良くないわ。貴方のこんな姿を見たら、親御さんだってきっと悲し……」
「ペッ」
「お嬢様っ」

 言い終わらないうちに、顔に向かってつばを吐きかけられた。私は彼をひどく怒らせてしまったみたい。少年は私を睨みつけながら、苦々し気に吐き捨てた。

「あんなのが親? むす……自分の子を売り飛ばそうとするのが?」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。父親はいない。おふくろが、金が欲しくてオレを売ろうとしたから逃げた。生きるためには金が必要で、手っ取り早く稼いだ。はい、おしまい」

 胸が痛い。短い言葉の中に、彼のこれまでの苦労がにじみ出ていたから。毒親はどこの世界にもいるらしい。実の子に愛情を注げない親もいることを、私はよく知っている。盗みは悪いことだけど、そうしなければ生きていけない事情があるというのは、きっと本当のことだ。

「もういいだろ。さっきから臭くて頭が痛い。早く放せ!」
「あと一つ、どうして働かなかったの?」
「はん、働く? お前何にも知らねーのな。ここは結構管理が厳しいんだよ。身寄りがなく紹介もなければ、まともな職にはつけねえ。クズみたいな仕事でも、あるだけありがたいって? そんなんじゃ食えねーよ」
「そうだったの……」
「わかったら、とっとと放せ! お前らどうせ、貴族に雇われているんだろ? あいつらはいいよな。遊んでばかりで」

 父も兄もきちんと働いていて、母は地元の婦人会や催し物に積極的に顔を出している。けれど、引きこもってばかりいた私に関して言えば、その通りだ。
 そうか! 『働く』で思い出した。それならいい考えがある。

「ねえ、働きたいならうちに来ない?」
「お嬢様!」
「さっきからお嬢お嬢って……まさか、お前が?」

 少年が私を上から下までジロジロ眺める。確かにメイドの恰好だし、顔も隠して地味に徹していた。だからって、そんなに呆れた顔をしなくてもいいのに。私は気にせず話を続けた。
 
「ええ。貴方の名前は?  証言は全て本当のことだと誓える?」
「そんなこと、お前に関係あるのかよ」
「あるわ。危険な人は雇えない。目を見て誓えるのなら、私は貴方を信じるわ」

 私は少年を掴んでいた手と反対の手で、眼鏡を外した。次いで前髪をかき上げる。

「は? バッカじゃねーの? 初めて会ったやつを信じるって……」

 素顔をさらした私を見て、少年が息を呑む。彼が目をらしたりやましい表情をしたら、この話はなしだ。
 けれど、彼は私の顔を真っ向から見返した。その瞳は綺麗な水色。

「貴方の名前を教えて。そして、もう一度聞くわ。語ったことは全て真実?」
「……そうだよ。オレはリゼル。こんなクソみたいな人生、終わらせるなら何でもしてやる」
「リゼル、だったらうちに来ない? もちろん貴方さえ良ければ、だけど。それと、盗んだ物は全て持ち主に帰すわよ」
「なっ……」
「といっても、まずは警備の兵に届け出なければね? 盗んだ相手の顔もわからないでしょう」
「本気か?」
「もちろん。盗みは悪いことだもの。私も一緒に行くから」
「そうやって騙すんじゃないだろうな? そのまま引き渡そうとしてるとか」
「こればっかりは、私のことを信じてもらうしかないわね。それに引き渡すなら、とっくにそうしていると思わない?」

 黙り込んだ少年――リゼルを見て、私は了承の意と捉えた。きちんと返して謝れば、いきなり牢には入れないはず。この世界にも、保釈金という物は存在している。手持ちで足りなければ、兄に用立ててもらおう。
 ヨルクなら、私の願いは大抵聞いてくれる。まあ、私の方が兄離れできていないような感じがするけれど、そこは都合良く忘れよう。

「で、金より大事な物って何だよ」
「これよ」

 私は巾着の中から、小さなメモを取り出した。一生懸命考えて書いたから、失くしたら困るのだ。

「りょくちゃほうじちゃたくあんせんべいおかきだいふくざいすざぶとんまごのて……。何だ? この長ったらしい呪文は」
「呪文じゃないわ。大事な物よ。王都で探すの」
「こんなのが大事な物?」
「ええ、私にとってはね。憧れの世界だもの」

 全くわからないというように顔をしかめるリゼルを見て、思わず苦笑する。隠居したら、ひなたぼっこをしながらお茶をすすると決めている私。縁側に似合うアイテムは、多ければ多いほどいい。



 さて、それでは店を出ましょうか。
 私は大きな声で店主に話しかけた。
 
「ご主人、長々と場所をお借りしてごめんなさい。ハンナ、どれか一つお勧めの物を購入して」
「ええっと……はい」

 私自身は香水を使わないとはいえ、必要経費だ。ちょうどいいから、母へのお土産にしよう。

「それでしたら、こちらなどいかがでしょうか? あとは、お値段は多少張りますが、これかこれ」

 店主は商売上手のようで、メイド姿の私に疑問を持たず、棚から次々と大きな瓶を出して来た。これを計量し、ガラス細工の小さな容器に移し替えて販売するのだ。

「うえぇ、たくさんあってわからないです~」

 可愛らしいハンナには、残念ながら決断力はない。興味はないけれど、それなら私が選ぶしかないわね。
しおりを挟む
『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
感想 115

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

処理中です...