悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
上 下
5 / 58
第一章 地味な私を放っといて

 4

しおりを挟む
「じゃあ、また後でね」
「ミレディア……」

 兄のヨルクとは打ち合わせ通り、城に到着してすぐに別れた。ヨルクは何か言いたそうだけど、私は完全無視を決め込む。

 会場となる大広間には、たった一人で入った。兄に聞いた通りのクリーム色の壁には、金の装飾がほどこされ、木の床は芸術的なまでにピカピカに磨き上げられている。
 荘厳な感じの高い天井からは、まばゆいばかりのシャンデリアが下がっていて、色鮮やかな装いの多くの貴族達を照らしていた。談笑する声やグラスの音、交じり合う香水の匂い。

「さすがは城の舞踏会といったところね? 久々だし生まれ変わってからは初めの経験だけど、やはり圧倒されてしまうわ」

 私は辺りを見回した。兄と目が合っても、知らんぷり。その兄は会場入りした途端、嬉しそうな顔の女性達に連行されて行く。

「ヨルク様!  お待ちしておりましたのよ」
「今日こそ踊って下さいますでしょう?」

 高価なドレスで着飾っているところを見ると、名のある貴族の令嬢かしら? でも、私のベストポジションは、入り口近くの壁。未来の兄嫁候補を見たくても、この場を離れるわけにはいかない。

「忍者……に転生したことはなかったわね」

 こんな時、隠れ身の術でも取得していれば、便利だったと思う。クリーム色のドレスは壁と同色で目立たない。それなのに、心優しい人達が時々気を遣ってくれるのだ。

「おや、そんな所で寂しくはありませんか?」
「前の方にどうぞ」

 私はその都度つど首を振り、お断りすることに。失礼だとはわかっているけど、仕方がない。お願いだから、地味な私を放っといて。

 けれど、声をかけられるのも国王一家が登場するまでだった。彼らが壇上に現れるや否や、みな一斉に貴族の礼を取る。私も合わせて膝を折る……当然、壁にへばりついたままだけど。

「我が息子達を祝うため、大勢集まり嬉しく思う。今宵こよいは心ゆくまで楽しんでくれ」

 いえ王様、強制参加です。
 国王相手に愚痴ぐちるわけにもいかないので、私は浅くため息をつく。運良く誰にも聞こえなかったらしい。それというのも、続く王子の発言に、令嬢達が熱狂的な声を上げたから。

「今日はありがとう。僕も二十五歳となった。これからも国の発展のため、尽くそうと思う」
「キャーッ」
「アウロス様~っ」
「おめでとうございますー」

 え? なにこれ。
 こんな芸能人の舞台挨拶みたいな感じでいいの? 仮にも国王陛下の御前で、黄色い声もどうかと思うけど……
 国王も王妃も苦笑い。あ、そう。これが普通なのね?

 アウロス王子は双子の弟で、長い金髪を後ろで一つに結んでいる。鼻筋の通った美しい顔立ちと目尻の垂れた青い瞳はさることながら、物柔らかな態度と甘い声で令嬢達を片っ端からとろけさせている……との噂だ。
 要するに遊び人なんじゃないかと思ったけれど、どうでもいいので気にしない。

 もう一人の王子、双子の兄のクラウス様は黒髪で同じように美形だと聞いたけど……あら、いらっしゃらないようね?  自分の誕生会なのに、逃げたのかしら。それとも、こんな時までお忙しいの?

 美貌の王子達のことは、田舎にいても情報が入って来る。二人共背が高く端整な顔立ちで、頭も良いらしい。兄のクラウス王子は内政と国防方面、弟のアウロス王子は外交と芸術を担当しているとのこと。優秀な二人は他国でも評判で、我が国には『追っかけ』のようなものまで存在しているのだとか。
 そう言われれば、うちのメイド達もクラウス派とアウロス派に分かれていたっけ。私はもちろん、興味はないけれど。

 舞踏会は始まったばかりなのに、私は早くも帰りたい。このままずっとここにいるのは、何だか立たされているようだ。
 壁際にはいくつか椅子も置いてある。踊り疲れた女性が座るためのもので、男性は通常使わない。でもそこに腰を下ろした瞬間、男の人が寄ってくる。
 理由は、パックリ開いたドレスの胸元を上から見下ろすため。少なくとも、私が王女の時はそうだった。がっちり首まで生地を縫い付けてきた私は、その点安心だ。けれど、少ししかない椅子にわざわざ腰かけて、人目を引くわけにもいかない。

「兄がいるから、こっそり抜け出し勝手に帰ってはいけないわよね?」

 楽団の演奏に合わせ、思い思いにみながワルツを踊っていた。兄も何だかんだ言いながら、令嬢達と楽しんでいるみたい。銀色の髪が、人の波を縫って見え隠れしている。
 主役のアウロス王子は、クラウス王子がいない分、忙しいようだ。

「次は私とお願いします」
「いいえ、私が先だわ!」
「順番にね。僕が綺麗な君達の誘いを、断ると思うかい?」
「まあ!」
「いやだわ、ほほほ」

 ひっきりなしに誘われているけれど、にこやかに相手をしているところは、さすがだ。
 王子が誰といようが私には関係のないことだし、老後のためにも私が誰かと踊るなど、まずあり得ない。適齢期でないとはいえ、これを機に縁談を申し込まれても困るから。今夜は気配を消して、壁の花になりきろう。



 壁と一体化していたせいか、それとも眼鏡におさげは地味過ぎたのか。しばらく経っても、誰にも誘われなかった……作戦成功だ。兄もこちらをチラチラ見るものの、「近づかないで」と念押ししていたため、私に声をかけない。
 それでいいと思う。人生を謳歌おうかし、楽しそうに笑いさざめく人達は、私にとって手の届かない別世界のようなものだから。

 そんな風に、広間の人達をボーっと眺めていた時だった。すぐそばの両開きの扉近くで、低い声がする。つい目を向けると、黒の軍服姿の人物と侍従の二人が見えた。軍服を着た黒髪の青年は、なんと舌打ちまでしている。

「国境で小競こぜり合いがあったというのに、のんきなことだな」
「ですが、クラウス様。解決なされた以上、出席していただきませんと。何といっても主役なのですから」

 クラウス王子だ!  思わず頭を下げたけど、挨拶するのも面倒だ。気づかれないよう気配を消そう……消えろ~消えろ~。
 膝を折り、礼をしたまま私は念じた。

「今からだと相手を探すのも……そこの君!」

 誰かが捕まってしまったらしい。
 王子が相手だと注目を集めてしまうので、気の毒に。舞踏会も終わりに近いようだから、私はここであと少しの辛抱だ。

「聞こえなかったのか? 君だ、君!」

 グイッと腕を引かれた。
 私は驚き顔を上げる。
 凛々しい顔と深く青い瞳が、私の目にまっすぐ飛び込んで来た。その表情は少しだけムッとしているようで……って、わ、私!?
しおりを挟む
『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
感想 115

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...