悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第一章 地味な私を放っといて

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「じゃあ、また後でね」
「ミレディア……」

 兄のヨルクとは打ち合わせ通り、城に到着してすぐに別れた。ヨルクは何か言いたそうだけど、私は完全無視を決め込む。

 会場となる大広間には、たった一人で入った。兄に聞いた通りのクリーム色の壁には、金の装飾がほどこされ、木の床は芸術的なまでにピカピカに磨き上げられている。
 荘厳な感じの高い天井からは、まばゆいばかりのシャンデリアが下がっていて、色鮮やかな装いの多くの貴族達を照らしていた。談笑する声やグラスの音、交じり合う香水の匂い。

「さすがは城の舞踏会といったところね? 久々だし生まれ変わってからは初めの経験だけど、やはり圧倒されてしまうわ」

 私は辺りを見回した。兄と目が合っても、知らんぷり。その兄は会場入りした途端、嬉しそうな顔の女性達に連行されて行く。

「ヨルク様!  お待ちしておりましたのよ」
「今日こそ踊って下さいますでしょう?」

 高価なドレスで着飾っているところを見ると、名のある貴族の令嬢かしら? でも、私のベストポジションは、入り口近くの壁。未来の兄嫁候補を見たくても、この場を離れるわけにはいかない。

「忍者……に転生したことはなかったわね」

 こんな時、隠れ身の術でも取得していれば、便利だったと思う。クリーム色のドレスは壁と同色で目立たない。それなのに、心優しい人達が時々気を遣ってくれるのだ。

「おや、そんな所で寂しくはありませんか?」
「前の方にどうぞ」

 私はその都度つど首を振り、お断りすることに。失礼だとはわかっているけど、仕方がない。お願いだから、地味な私を放っといて。

 けれど、声をかけられるのも国王一家が登場するまでだった。彼らが壇上に現れるや否や、みな一斉に貴族の礼を取る。私も合わせて膝を折る……当然、壁にへばりついたままだけど。

「我が息子達を祝うため、大勢集まり嬉しく思う。今宵こよいは心ゆくまで楽しんでくれ」

 いえ王様、強制参加です。
 国王相手に愚痴ぐちるわけにもいかないので、私は浅くため息をつく。運良く誰にも聞こえなかったらしい。それというのも、続く王子の発言に、令嬢達が熱狂的な声を上げたから。

「今日はありがとう。僕も二十五歳となった。これからも国の発展のため、尽くそうと思う」
「キャーッ」
「アウロス様~っ」
「おめでとうございますー」

 え? なにこれ。
 こんな芸能人の舞台挨拶みたいな感じでいいの? 仮にも国王陛下の御前で、黄色い声もどうかと思うけど……
 国王も王妃も苦笑い。あ、そう。これが普通なのね?

 アウロス王子は双子の弟で、長い金髪を後ろで一つに結んでいる。鼻筋の通った美しい顔立ちと目尻の垂れた青い瞳はさることながら、物柔らかな態度と甘い声で令嬢達を片っ端からとろけさせている……との噂だ。
 要するに遊び人なんじゃないかと思ったけれど、どうでもいいので気にしない。

 もう一人の王子、双子の兄のクラウス様は黒髪で同じように美形だと聞いたけど……あら、いらっしゃらないようね?  自分の誕生会なのに、逃げたのかしら。それとも、こんな時までお忙しいの?

 美貌の王子達のことは、田舎にいても情報が入って来る。二人共背が高く端整な顔立ちで、頭も良いらしい。兄のクラウス王子は内政と国防方面、弟のアウロス王子は外交と芸術を担当しているとのこと。優秀な二人は他国でも評判で、我が国には『追っかけ』のようなものまで存在しているのだとか。
 そう言われれば、うちのメイド達もクラウス派とアウロス派に分かれていたっけ。私はもちろん、興味はないけれど。

 舞踏会は始まったばかりなのに、私は早くも帰りたい。このままずっとここにいるのは、何だか立たされているようだ。
 壁際にはいくつか椅子も置いてある。踊り疲れた女性が座るためのもので、男性は通常使わない。でもそこに腰を下ろした瞬間、男の人が寄ってくる。
 理由は、パックリ開いたドレスの胸元を上から見下ろすため。少なくとも、私が王女の時はそうだった。がっちり首まで生地を縫い付けてきた私は、その点安心だ。けれど、少ししかない椅子にわざわざ腰かけて、人目を引くわけにもいかない。

「兄がいるから、こっそり抜け出し勝手に帰ってはいけないわよね?」

 楽団の演奏に合わせ、思い思いにみながワルツを踊っていた。兄も何だかんだ言いながら、令嬢達と楽しんでいるみたい。銀色の髪が、人の波を縫って見え隠れしている。
 主役のアウロス王子は、クラウス王子がいない分、忙しいようだ。

「次は私とお願いします」
「いいえ、私が先だわ!」
「順番にね。僕が綺麗な君達の誘いを、断ると思うかい?」
「まあ!」
「いやだわ、ほほほ」

 ひっきりなしに誘われているけれど、にこやかに相手をしているところは、さすがだ。
 王子が誰といようが私には関係のないことだし、老後のためにも私が誰かと踊るなど、まずあり得ない。適齢期でないとはいえ、これを機に縁談を申し込まれても困るから。今夜は気配を消して、壁の花になりきろう。



 壁と一体化していたせいか、それとも眼鏡におさげは地味過ぎたのか。しばらく経っても、誰にも誘われなかった……作戦成功だ。兄もこちらをチラチラ見るものの、「近づかないで」と念押ししていたため、私に声をかけない。
 それでいいと思う。人生を謳歌おうかし、楽しそうに笑いさざめく人達は、私にとって手の届かない別世界のようなものだから。

 そんな風に、広間の人達をボーっと眺めていた時だった。すぐそばの両開きの扉近くで、低い声がする。つい目を向けると、黒の軍服姿の人物と侍従の二人が見えた。軍服を着た黒髪の青年は、なんと舌打ちまでしている。

「国境で小競こぜり合いがあったというのに、のんきなことだな」
「ですが、クラウス様。解決なされた以上、出席していただきませんと。何といっても主役なのですから」

 クラウス王子だ!  思わず頭を下げたけど、挨拶するのも面倒だ。気づかれないよう気配を消そう……消えろ~消えろ~。
 膝を折り、礼をしたまま私は念じた。

「今からだと相手を探すのも……そこの君!」

 誰かが捕まってしまったらしい。
 王子が相手だと注目を集めてしまうので、気の毒に。舞踏会も終わりに近いようだから、私はここであと少しの辛抱だ。

「聞こえなかったのか? 君だ、君!」

 グイッと腕を引かれた。
 私は驚き顔を上げる。
 凛々しい顔と深く青い瞳が、私の目にまっすぐ飛び込んで来た。その表情は少しだけムッとしているようで……って、わ、私!?
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