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第一章 地味な私を放っといて
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「カハッ、ハッハッ……」
ベッドから飛び起きた私は、浅く荒い息を吐く。朝方は夢見が悪いと言うけれど、どうやら本当のことらしい。心臓が引き絞られたようなあの嫌な感覚まで思い出してしまい、背中にぐっしょり汗をかいている。あれはひとつ前の人生で体験したことだ。
「ミレディア様、どうされましたか?」
うっかり音を立てたせいか、続き部屋から侍女のハンナの声がする。心配させてしまったみたい。
「何でもないわ。もう少し寝たいから、そのままでね」
私は自分で新しい寝間着に着替えると、再びベッドに潜り込む。寝たくてもどうせもう眠れないわね。それなら、今までのことを思い出してみましょうか。
*****
ここでの私はミレディア=ベルツといい、年は二十歳。伯爵令嬢というご大層な身分でも、以前はただの村人だった。その前は農民で、もっと前は女兵士。料理人やメイド、弱小国の王女だったこともある。そう、私は何度も生まれ変わっているのだ。
いろんな国や時代へ転生を繰り返すけれど、一度だって老人になるまで過ごしたことがない。それというのも、男性から「好きだ」とか「愛している」と本気の愛を告げられる度に、翌日を迎えることなく心臓が止まってしまうからだ。嬉しくて……ではなく、物理的に。
こうなった原因は、一番初めの生にあると思う。日本という国に生まれた私は、気が付くと母と二人きりの生活だった。母は美しいけれど弱くて、男の人に依存しないと生きて行けない。
『帰ったら、彼を紹介するわね』
『また違う人? もう懲りたって言ってたのに』
『大丈夫。今度の彼は優しいの』
次々と変わる交際相手を見て私は育った。母が好きになるのは決まってダメ男で、お金にだらしなく酷い時には私や母に平気で暴力を振るう。暴力だけかと思ったら、中学生の私に手を出そうともしてきて……
家に帰るのが怖くて、私は女友達を頼った。友人のお母さんはすごくいい人で、夏休みだったこともあり、数日泊めてくれることに。その家のお父さんも真面目で穏やか、何より家族を愛している。私はそんな彼女が羨ましかった。
『どうして私はこの家に生まれなかったんだろう? 私とこの子と何が違うの?』
でも、その子にはお兄さんがいた。彼の膝が食卓の下で偶然私に当たって。何日か過ごすうち、偶然でないことに気が付いた。お風呂の途中で開けられたり、着替えが失くなってしまったり。日を追うごとに怪しい行為が増えてきて、身体を触られるようにもなってきた。
お世話になっているし、大好きなお兄さんのことを友人には告げられない。
『所詮、男の考えることなんてみんな一緒ね!』
友人の家を飛び出し自宅に戻ると、母は消えていた。たぶん、あの年下の男と一緒に。毒親に未練はない。相談所を経て十八歳まで施設で過ごした私は、ある考えに凝り固まっていた。
『絶対に母のようにはならない。私は自分を安売りしないわ。貧乏から脱出するため、男達を利用してやる!』
男はバカだ。大人しそうな演技をして涙を見せれば、すぐに引っかかってくれる。私はモテる仕草を覚え、肉じゃがとハンバーグの腕をせっせと磨いた。不幸な生い立ちというのも、同情を買う要因に。
『貴方がいい。私は貴方と、温かい家庭を築いていきたいの』
『好きよ。貴方だけ』
甘い言葉を囁き挙式の手付けと偽れば、面白いくらいにお金を出してくれる。もちろん結婚する気などさらさらなく、全て騙し取った。相手が気づいた時には名前を変えて、私は別の街にいる。
今思うと私は、形は違えど男性に依存する母と一緒だった。男の人がみな悪いわけではない。私はそんなこともわからずに、心優しい人達をカモにして、酷い真似を繰り返していたのだ。
*****
「罰が当たったのね。たぶんその中の一人……いえ、全員の恨みを買って生まれ変わっているんだわ。誰とも添い遂げられないのは、そのせいね」
悪女は一人がお似合いだ。私は誰も愛せないし、愛されてもいけない。
けれど、私には夢があった。せめて一度でいいから、穏やかな老後を過ごしてみたい。
若くして何度も生まれ変われるなら、割り切って楽しめばいいと、考えた事もある。でも、最期の瞬間をそう何度も味わいたくないのだ。例えて言うならあれは、海で息も出来ずに溺れかけている人が、タンカーと豪華客船に一度に押し潰されたくらい痛くて苦しいもの。
待遇面では今回の生が一番当たり。そこまで裕福でもなく、かといって貧乏でもない。両親と兄のいる伯爵家に私は生まれた。後継ぎの心配も要らないし、無理に結婚を押し付けられるようなこともない。
家族は私に甘く、吹けば飛ぶ……じゃなかった儚げな姿をしていたことも幸いし、病弱と言い張って引きこもっていられたのだ。
貴族女性は十八歳までに結婚するのが一般的で、二十歳を過ぎれば眉を顰められるレベルとなるこの国で、私は来年二十一歳となる。そうなれば完全な行き遅れ。あと一年で、夢の老後にまた一歩近づく。
「問題は、昨日届いた招待状なのよね。だから、あんな夢を見てしまったのかしら?」
極力、成人男性とは関わらないように生きて来た。それなのに、このリベルト国の双子の王子が揃って二十五歳を迎えるため、城で舞踏会を開催するという。未婚の貴族女性は、全員参加が義務付けられている。親しい人達だけを招いて祝えばいいのに、迷惑なことだ。
義務というのが問題だった。病弱と偽り片っ端から人前に出る事を断り続けて来た私でも、今回ばかりは逃げられないだろう。
「欠席すると、家族が白い目で見られてしまうかもしれないし」
快適な老後を送るため、我慢して出席しよう。百戦錬磨……かどうかは知らないけれど、肩書だけでモテる王子達や爵位ある男性が私に目を留めるとは限らない。地味に装い壁の花に徹すれば、やり過ごすことができるはず。
悩むのには理由がある。
この世界での私――ミレディアは、はっきり言って美人だった。
ベッドから飛び起きた私は、浅く荒い息を吐く。朝方は夢見が悪いと言うけれど、どうやら本当のことらしい。心臓が引き絞られたようなあの嫌な感覚まで思い出してしまい、背中にぐっしょり汗をかいている。あれはひとつ前の人生で体験したことだ。
「ミレディア様、どうされましたか?」
うっかり音を立てたせいか、続き部屋から侍女のハンナの声がする。心配させてしまったみたい。
「何でもないわ。もう少し寝たいから、そのままでね」
私は自分で新しい寝間着に着替えると、再びベッドに潜り込む。寝たくてもどうせもう眠れないわね。それなら、今までのことを思い出してみましょうか。
*****
ここでの私はミレディア=ベルツといい、年は二十歳。伯爵令嬢というご大層な身分でも、以前はただの村人だった。その前は農民で、もっと前は女兵士。料理人やメイド、弱小国の王女だったこともある。そう、私は何度も生まれ変わっているのだ。
いろんな国や時代へ転生を繰り返すけれど、一度だって老人になるまで過ごしたことがない。それというのも、男性から「好きだ」とか「愛している」と本気の愛を告げられる度に、翌日を迎えることなく心臓が止まってしまうからだ。嬉しくて……ではなく、物理的に。
こうなった原因は、一番初めの生にあると思う。日本という国に生まれた私は、気が付くと母と二人きりの生活だった。母は美しいけれど弱くて、男の人に依存しないと生きて行けない。
『帰ったら、彼を紹介するわね』
『また違う人? もう懲りたって言ってたのに』
『大丈夫。今度の彼は優しいの』
次々と変わる交際相手を見て私は育った。母が好きになるのは決まってダメ男で、お金にだらしなく酷い時には私や母に平気で暴力を振るう。暴力だけかと思ったら、中学生の私に手を出そうともしてきて……
家に帰るのが怖くて、私は女友達を頼った。友人のお母さんはすごくいい人で、夏休みだったこともあり、数日泊めてくれることに。その家のお父さんも真面目で穏やか、何より家族を愛している。私はそんな彼女が羨ましかった。
『どうして私はこの家に生まれなかったんだろう? 私とこの子と何が違うの?』
でも、その子にはお兄さんがいた。彼の膝が食卓の下で偶然私に当たって。何日か過ごすうち、偶然でないことに気が付いた。お風呂の途中で開けられたり、着替えが失くなってしまったり。日を追うごとに怪しい行為が増えてきて、身体を触られるようにもなってきた。
お世話になっているし、大好きなお兄さんのことを友人には告げられない。
『所詮、男の考えることなんてみんな一緒ね!』
友人の家を飛び出し自宅に戻ると、母は消えていた。たぶん、あの年下の男と一緒に。毒親に未練はない。相談所を経て十八歳まで施設で過ごした私は、ある考えに凝り固まっていた。
『絶対に母のようにはならない。私は自分を安売りしないわ。貧乏から脱出するため、男達を利用してやる!』
男はバカだ。大人しそうな演技をして涙を見せれば、すぐに引っかかってくれる。私はモテる仕草を覚え、肉じゃがとハンバーグの腕をせっせと磨いた。不幸な生い立ちというのも、同情を買う要因に。
『貴方がいい。私は貴方と、温かい家庭を築いていきたいの』
『好きよ。貴方だけ』
甘い言葉を囁き挙式の手付けと偽れば、面白いくらいにお金を出してくれる。もちろん結婚する気などさらさらなく、全て騙し取った。相手が気づいた時には名前を変えて、私は別の街にいる。
今思うと私は、形は違えど男性に依存する母と一緒だった。男の人がみな悪いわけではない。私はそんなこともわからずに、心優しい人達をカモにして、酷い真似を繰り返していたのだ。
*****
「罰が当たったのね。たぶんその中の一人……いえ、全員の恨みを買って生まれ変わっているんだわ。誰とも添い遂げられないのは、そのせいね」
悪女は一人がお似合いだ。私は誰も愛せないし、愛されてもいけない。
けれど、私には夢があった。せめて一度でいいから、穏やかな老後を過ごしてみたい。
若くして何度も生まれ変われるなら、割り切って楽しめばいいと、考えた事もある。でも、最期の瞬間をそう何度も味わいたくないのだ。例えて言うならあれは、海で息も出来ずに溺れかけている人が、タンカーと豪華客船に一度に押し潰されたくらい痛くて苦しいもの。
待遇面では今回の生が一番当たり。そこまで裕福でもなく、かといって貧乏でもない。両親と兄のいる伯爵家に私は生まれた。後継ぎの心配も要らないし、無理に結婚を押し付けられるようなこともない。
家族は私に甘く、吹けば飛ぶ……じゃなかった儚げな姿をしていたことも幸いし、病弱と言い張って引きこもっていられたのだ。
貴族女性は十八歳までに結婚するのが一般的で、二十歳を過ぎれば眉を顰められるレベルとなるこの国で、私は来年二十一歳となる。そうなれば完全な行き遅れ。あと一年で、夢の老後にまた一歩近づく。
「問題は、昨日届いた招待状なのよね。だから、あんな夢を見てしまったのかしら?」
極力、成人男性とは関わらないように生きて来た。それなのに、このリベルト国の双子の王子が揃って二十五歳を迎えるため、城で舞踏会を開催するという。未婚の貴族女性は、全員参加が義務付けられている。親しい人達だけを招いて祝えばいいのに、迷惑なことだ。
義務というのが問題だった。病弱と偽り片っ端から人前に出る事を断り続けて来た私でも、今回ばかりは逃げられないだろう。
「欠席すると、家族が白い目で見られてしまうかもしれないし」
快適な老後を送るため、我慢して出席しよう。百戦錬磨……かどうかは知らないけれど、肩書だけでモテる王子達や爵位ある男性が私に目を留めるとは限らない。地味に装い壁の花に徹すれば、やり過ごすことができるはず。
悩むのには理由がある。
この世界での私――ミレディアは、はっきり言って美人だった。
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『お妃選びは正直しんどい』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。5月末刊行予定です。
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