本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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リューク

二人に架ける橋

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   一体何なんだ、この状況は?
   俺は侯爵令嬢ブランカの誘いを受けた事を、激しく後悔し始めていた。 
   昨日、珍しくブランカから提案された。

「ねえリューク、明日お天気だったら一緒にピクニックに行かない?」

   勉強も一段落していたし、魔法の練習も軌道にのっていたから『一日ぐらいのんびりするのも悪くは無いかな』と思って直ぐに頷いた。たまには、好きな本を外で読むのも良いかもしれない。

   バレリー侯爵家はうちから直ぐだったから、彼女を馬車で迎えに行った。紳士として小さな淑女を迎えに行くのは、当然のことだろう?   なのにブランカはこう言った。

「あら?   わざわざ迎えに来るなんて、あなたも待ちきれなかったってこと?   心配しなくていいわよ! ピクニックランチ、みんなの分たっぷり用意してもらったから!!」

   みんな、とは護衛達のことだろうか?
   身分ある貴族の子弟は脅迫や誘拐が懸念されるため、子ども達だけで出かけることは許されていない。ただ、うちとブランカの家は親同士が懇意にしているために「護衛を連れて行くなら」という条件付きで、意外にあっさり許可された。母が心なしかニヤニヤしていて嬉しそうだったのが気になるが……



   馬車に乗り込む際、ブランカは御者に行き先を告げた。

「王都のクローネ男爵邸へお願いします」

   え?   クローネ男爵邸?   王都でも比較的郊外にあると記憶していたが、その近くに散策に適した場所は思い当たらない。
馬車が走り出すなりその疑問を口にするとブランカは言う。

「あら、言ってなかったかしら?   せっかくだから、この前お茶会でご一緒したマリエッタちゃんもお誘いしようかと思って。美少女だから、リュークも嬉しいでしょ?」

   ……聞いていない。というより、お前はこの前彼女のことを怒鳴りつけていなかったか?   俺の知らない間にいつの間に仲良くなったんだ?
   他人が来るなんて聞いていない。いたら気を遣うし、イヤだ。せっかく二人だけだと楽しみにしていたから、肩透かしをくらった気分だ。それとも、マリエッタと仲直りをしたいから俺に協力して欲しいのか?   今まで頼み事をされた覚えはほとんどないから、それならそれで、素直に言ってくれれば協力するのに……

   仕方がない、ひと肌脱ごう。そう思って付き合ってやっているのに、今のこの状況は何なんだろう?



   秋の空はすっきり晴れて気持ちが良いし「家の近くに良い所がある」とマリエッタが案内してくれた場所は、小さな湖のほとりに休める芝のあるきれいな所だった。
   芝生に直接暖かそうなブランケットを敷き、ブランカ、俺、マリエッタの三人で座った。美少女二人に挟まれて、何だかちょっとくすぐったい。

   ブランカが用意してきたランチは美味しく、食事の間は終始和やかな雰囲気だった。
   だったら、何が不満なのかというと……

「だーかーらー。さっきから言ってるでしょ?   頭が悪いわね~。私の事はいいから、あなたが誰の事が好きなのか、もしくは気になっているのかをちゃんと言いなさいよ!」

「あら、ズルいですわ。それを言うならブランカ様だって誰が一番お好きなのか、私に教えて下さらなければ」

「はあ?   何で私が。私はこれから出会うから、よろしいの!」

「それなら私もきっとこれから、ですわ」

   堂々めぐりだ。聞いているこちらが頭が痛い。ブランカは常にケンカ腰でマリエッタに話しかけているし、マリエッタはマリエッタで、全く気にしていないように片っ端からそれを受け流している。間に挟まれた俺は居た堪れない。
   というより、正直、俺の存在は要らないと思う。両手に花だと浮かれていた自分に呆れる。片方は幼なじみで、性格はまるでおっさんだ。

   公爵家嫡男に生まれて以来、異性からここまで相手にされなかったことは初めてで自信を失くす。だったら食事も済んだことだし、湖のそばにいるなら、魔法の練習でもしてみようか。



   それは、ちょっとした思いつきだった。上手くできたらいいな、という程度の。

   後ろでは彼女達の同じような言い合いが続いていたし、そもそも俺はあの二人には相手にされていないようだ。家柄に惹かれて媚を売る大人や機嫌を取ろうとする子どもに慣れていたから、それはそれで新鮮ではあるけれど。
   持ってきた本を読もうにも、ああうるさくては集中できない。でも、ブランカとマリエッタが言い合いをしている割には思ったよりも楽しそうなので、ここに来た甲斐はあったのだろう。

   それなら俺も、自由に過ごしてみようと思う。水場があるし、環境は悪く無い。魔法の練習もできそうだ。湖の淵に進むと、湖面に向かって両手を突き出した。

   噴水のイメージ。

   質量が多くて範囲が広いせいか、水はなかなか思い通りに動いてくれない。豪華に噴き出す水をイメージしていたが、実際は五歩程先の湖面で、水が子ども一人分の身長の高さまで勢い良く噴き出した程度。
   口ゲンカに夢中な彼女たちからは、もちろん見えていない。

   扱おうとする水の量が多すぎたのだろう。
   今度は細かく、横に広がる様子をイメージして、両手を広げる。
   湖の水が、水の粒が昇っていくように広範囲で噴き上がる。
   十分に上に上がったことを確認して、そのまま両手を下ろす。湖の水は、そのまま普通の雨が降るように下へと順に落ちていった。やはり、質量だったか。水の量が少なければ、魔法は広範囲に及ぶらしい。
   
    もっと範囲を広く。もっと細かく。
    同じ事を何度か繰り返すと、ついに待ち望んでいた現象が。
   いつの間にか、後ろの言い合いも収まっていて、鳥のさえずりだけが聞こえている。
振り返れば、ブランカもマリエッタも、護衛達も目を丸くしてこちらを見ていた。かと思えば、二人がこちらに向かって走ってくる。

「ステキ、ステキ、ステキ!   素晴らしいですわ、リューク様!」

   感激を身体全体で表現するマリエッタは意外に足が速い。彼女を見て、にっこりしておく。
   ブランカ、君はどう思った?
   後から来た幼なじみは、少し離れた所で止まると「美しいわ」とだけ呟いた。

   それは、湖の上に浮かぶ虹。

   二人が口げんかをやめてもっと仲良くなればいい、もう一度ブランカの笑顔が見たいと願いを込めて架けた虹の橋。

   だが、即席の虹は消えるのも早く、あっという間にかき消えてしまった。水の魔法が発現してから直ぐに家庭教師を付けたけれど、ほとんどが自己流なので、まだまだ修行が足りないようだ。

「ああ、リューク様。私、初めてこの目で魔法を見ましたわ! ステキ過ぎて、感動で涙が出ました」

マリエッタが、興奮して俺の背中をバシバシ叩く。痛いんだが。

   対して、この前あんなに喜んでいたはずのブランカが、とても静かだった。濃い紫色の瞳で、黙って湖とマリエッタを見ている。期待していた反応とは違う。
どうした?   俺は何か、失敗していたか?

   眉を寄せて、後ろに離れて立つブランカを見つめる。
   彼女は何も言わず、慈愛のこもったような目で俺とマリエッタを見て微笑むと、そのままスタスタとブランケットの所に戻ってしまった。

   どうしたんだろう?   いつもと反応が違うような。
   いつもズケズケと物を言うから、俺は今回も感想が聞けるかと期待していた。なのに、何も言わずに戻るなんて、いつものブランカらしくない。


「リューク様、私、わかってしまいましたわ!」

   マリエッタが俺の肩に手を添え、ナイショ話でもするように背伸びして、わざと耳元で嬉しそうに言う。
   何がわかったんだろう。この子も魔法が使えるというのか?

「お二人の気持ちが添えるよう、わたくしも全力で応援致しますわね!」

   囁くマリーの歌うような声に、俺は、自分の顔が耳まで赤くなった事がわかった。
  
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