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ジュリアン編
ジュリアン
しおりを挟む 物心がつくまで、僕は地方領主の館で育てられていた。
銀髪に紫の瞳の母と領主である祖父と一緒に暮らしていた。病弱な母はずっとベッドの中にいて、気分の良い時は時折本を読んでくれた。けれど、生活のほとんどは寝てばかりで、僕は近寄ることさえできなかった。
祖父は高齢だから一緒には遊んでくれなかったし、近くには同じような歳の子どもも居なかったから、僕は毎日一人で野山を駆け回っていた。空を自由に飛ぶ鳥を見上げたり、足の速い野ウサギをおいかけたり。食べられる木の実や野草を探したり、昆虫を眺めるのは楽しくて、一人でも寂しくはなかった。
ところが、母と祖父が相次いで亡くなると、僕は父方の家に引き取られることとなってしまった。父は既に亡くなっているというから、王都に連れて来られた時、てっきり城下町のどこかに遺された家があるのかと思っていた。けれど、当てがわれたのは王宮内の一室だった。
侍女達の噂話を盗み聞きしたところによると、僕の父は現王の弟で、若い頃の放蕩がたたって流行病で何年か前に呆気なく亡くなってしまったらしい。地方領主である祖父は、自分や身体の弱い娘が亡くなっても孫の僕が困らないように、だいぶ前から王宮に僕の身元の引き受けを打診していたようだ。
だけど僕は馴染めなかった。だってここから見える景色は灰色で、僕の住んでた所のような緑の野山はどこにも見当たらなかったから。
王宮側も突然現れた僕の扱いには困っていた。本来ならカイル王子と従兄弟同士の僕にも王位継承権があるはずだから、同じように帝王学を学ばせないといけないらしい。けれど、王弟が余所で作った子どもで、ろくに勉強してこなかった僕には帝王学や政治経済の勉強は難しすぎた。
結果、王宮内ではみんなが僕を腫れ物を触るように扱い、よく言えば自由に、悪く言えば放置していた。
今日も別に悪気があったわけではない。
お茶会に参加できたことが嬉しくて、美味しそうなお菓子につい手を伸ばしてしまった。テーブルに乗り上げても怒られるとは思わずに……。だって、僕が何をしていても従兄も侍女も何も言わないし、護衛達は見て見ぬ振りをする。だから今日も、と思ったのが甘かった。
まさか深窓の侯爵令嬢が、悪態をつくとは信じられなかった。
その人は、ラベンダー色の髪と僕の母に似た紫色の瞳をしていた。実の母にも怒られた記憶の無い、王宮内でも誰にも叱られた事のない僕に向かって、「態度がひどい」となじり真剣に注意をしてくれた。
庇ってくれた女の子まで巻き添えにしてしまったのは悪かったし、その子を怒ることは無いんじゃないかなと思ったけれど、彼女の言いたい事は良くわかった。
だから反省して謝りに行った時に、まさか彼女がもう一度僕の名前を呼んでくれるとは思わなかった――
「……これからは気をつけなさいね、ジュリアン。貴方の態度はあなただけでなく、将来共に歩む女性の評判にも関わるのですからね」
王家で望まれて生まれたわけではない僕。
その名前は、ここでは隠されているのかと思っていた。
けれど、彼女は名乗った覚えの無い僕の名前をハッキリ呼んでくれた。僕のことを思って将来の心配までしてくれた。
それが、こんなに嬉しいなんて!!
紫の瞳のあの人に恥じないよう、注意以外できちんと名前を呼んでもらえるよう、これからは勉強も頑張ろうと思う。そして、いつかあの人の横に並べたら!
後で自分から従兄弟に話しかけて、母の様な姉の様なあの人の名前を教えてもらおう。
※一花八華様による天使なジュリアン。
銀髪に紫の瞳の母と領主である祖父と一緒に暮らしていた。病弱な母はずっとベッドの中にいて、気分の良い時は時折本を読んでくれた。けれど、生活のほとんどは寝てばかりで、僕は近寄ることさえできなかった。
祖父は高齢だから一緒には遊んでくれなかったし、近くには同じような歳の子どもも居なかったから、僕は毎日一人で野山を駆け回っていた。空を自由に飛ぶ鳥を見上げたり、足の速い野ウサギをおいかけたり。食べられる木の実や野草を探したり、昆虫を眺めるのは楽しくて、一人でも寂しくはなかった。
ところが、母と祖父が相次いで亡くなると、僕は父方の家に引き取られることとなってしまった。父は既に亡くなっているというから、王都に連れて来られた時、てっきり城下町のどこかに遺された家があるのかと思っていた。けれど、当てがわれたのは王宮内の一室だった。
侍女達の噂話を盗み聞きしたところによると、僕の父は現王の弟で、若い頃の放蕩がたたって流行病で何年か前に呆気なく亡くなってしまったらしい。地方領主である祖父は、自分や身体の弱い娘が亡くなっても孫の僕が困らないように、だいぶ前から王宮に僕の身元の引き受けを打診していたようだ。
だけど僕は馴染めなかった。だってここから見える景色は灰色で、僕の住んでた所のような緑の野山はどこにも見当たらなかったから。
王宮側も突然現れた僕の扱いには困っていた。本来ならカイル王子と従兄弟同士の僕にも王位継承権があるはずだから、同じように帝王学を学ばせないといけないらしい。けれど、王弟が余所で作った子どもで、ろくに勉強してこなかった僕には帝王学や政治経済の勉強は難しすぎた。
結果、王宮内ではみんなが僕を腫れ物を触るように扱い、よく言えば自由に、悪く言えば放置していた。
今日も別に悪気があったわけではない。
お茶会に参加できたことが嬉しくて、美味しそうなお菓子につい手を伸ばしてしまった。テーブルに乗り上げても怒られるとは思わずに……。だって、僕が何をしていても従兄も侍女も何も言わないし、護衛達は見て見ぬ振りをする。だから今日も、と思ったのが甘かった。
まさか深窓の侯爵令嬢が、悪態をつくとは信じられなかった。
その人は、ラベンダー色の髪と僕の母に似た紫色の瞳をしていた。実の母にも怒られた記憶の無い、王宮内でも誰にも叱られた事のない僕に向かって、「態度がひどい」となじり真剣に注意をしてくれた。
庇ってくれた女の子まで巻き添えにしてしまったのは悪かったし、その子を怒ることは無いんじゃないかなと思ったけれど、彼女の言いたい事は良くわかった。
だから反省して謝りに行った時に、まさか彼女がもう一度僕の名前を呼んでくれるとは思わなかった――
「……これからは気をつけなさいね、ジュリアン。貴方の態度はあなただけでなく、将来共に歩む女性の評判にも関わるのですからね」
王家で望まれて生まれたわけではない僕。
その名前は、ここでは隠されているのかと思っていた。
けれど、彼女は名乗った覚えの無い僕の名前をハッキリ呼んでくれた。僕のことを思って将来の心配までしてくれた。
それが、こんなに嬉しいなんて!!
紫の瞳のあの人に恥じないよう、注意以外できちんと名前を呼んでもらえるよう、これからは勉強も頑張ろうと思う。そして、いつかあの人の横に並べたら!
後で自分から従兄弟に話しかけて、母の様な姉の様なあの人の名前を教えてもらおう。
※一花八華様による天使なジュリアン。
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