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ライオネル編
魅了の魔法
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昨日、中等部馬術競技の予選会にブランカが来てくれた。
彼女の事ならその髪の色で遠くからでもわかるから、軽く手を上げ挨拶したら、手を振り返してくれた。いや、正確にはブランカだけでなくその場に見学に来ていた女生徒のほとんどが。
自慢するわけでは無いけれど、俺は決してモテないわけではない。馬術も剣術も一年生の中ではかなりできる方だし、火の魔法だって使える。ゆくゆくは軍関係に進みたいと考えているから、日頃の鍛錬だって欠かさない。そのせいか、告白されたり手紙をもらうのにも慣れっこになっていて、自分で動いた事は無い。
だからこんな時、どうしていいのかわからないんだ。
学園での俺の愛馬にブランカを初めて乗せた時から、彼女の事が少しずつ気になるようになってきた。今思えばあの時の、屈託なく笑う嬉しそうな顔にやられてしまったのかもしれない。
「また馬に乗りたい時はいつでも言ってくれ」
そう言ったのは嘘ではない。
俺もその時、彼女と一緒にいることが楽しかったから。
でもそれ以来、同じクラスにいながら彼女はなかなか馬に乗ろうとしなかった。俺が自分から誘っても良いのだろうが、マリエッタや周りの目もあるから、個別に誘うのは難しい。すぐ手の届く場所に居るはずなのに手が届かないもどかしさ。
昔からブランカに並々ならぬ関心を寄せているリュークやカイルならいざ知らず、魅了の魔法にかかったわけでもないのに、俺がこんな気持ちになるなんて――
そうこうしているうちに学園の競技大会の通達が来て、登録や練習が始まってしまった。おかげで競技に出るマリエッタとは仲良くなったものの、競技に出ないブランカとは一向に距離が縮まらない。いや、むしろ前より距離が遠ざかった気がする。
だから予選会に応援に来てくれたと知った時には本当に嬉しくて、柄にも無く張り切ってしまった。ぶっちぎりで得点を稼げたのも、半分は彼女のおかげだ。
馬術の予選はカイルやリュークがいない事もあり、難なくトップ通過だったから、応援のお礼がてらブランカと話をしようと思っていた。彼女は女子に囲まれている俺の事を待っていてくれたから、彼女の方でも何か用事があるのだとわかった。
やっと身体が空いたので、愛馬を引いて厩舎に戻りがてら話を聞くことにした。 間近で見る馬術競技に興奮したのか、上気したほおで彼女は言った。
「おめでとう。ライオネルったらまたモテモテね!」
嬉しそうに話す彼女は、ことのほか愛らしかった。少しは嫉妬してくれたのだろうか?
メガネの奥のキラキラした紫の瞳を見れば、他の奴らがマリエッタよりもブランカの方を気にするのが、わかるような気がした。
「ありがとう。ブランカの応援のおかげかな?」
「ふふ、何それ。私馬術競技はわからないもの。カッコいいしただ好きで見ていただけ。みんな上手だったから全員優勝すればいいのに」
「ぶはっ、何だそれ。それだと予選の意味が無いだろ?」
「そりゃそうなんだけど……。あのね、馬術の得意なライオネルにお願いがあるの」
切り出す彼女を見下ろす。何だろう? また乗馬がしたいというなら、俺の方は構わない。ただ、今日はこれからも予選の競技が詰まっているから明日からしか約束できないが……
「何? あらたまって。俺にできること?」
「うん。自分の競技で忙しいのに悪いんだけど、初等部のユーリスに馬術を教えてあげてくれない?」
可愛く小首を傾げて聞いてくるしぐさに少しグラッとしたものの、正直、ちょっとがっかりした。俺の前でユーリスの名を呼び、彼の世話を焼いていることが面白くなかった。
理由を聞いたらブランカはこう答えた。
「ユーリスは馬術が苦手みたい。昔から(マリエッタちゃんのことを)一途に想っているようだから応援したくて。中等部とは直接当たらないから、初等部で上位になれればいいんだけど……」
何だよそれ。
ユーリスは果たしてそんなに前から、ブランカの事を想っていただろうか? あいつは表面上は穏やかだから、そんなの全くわからなかった。でも、なぜ急に? 何で初等部のユーリスの事を、突然応援したいと言い出したのだろうか?
「ユーリスの応援なんかしてて良いのか? カイルやリュークはどうした?」
「へ? 何で二人の名前が出てくるの? 二人は私の応援なんか要らないくらい強いみたいよ!」
「じゃあ、俺じゃなくて二人に頼めば良いだろ!」
暗に「お前はあの二人には敵わない」とブランカに言われているようで悲しかった。だから、子供っぽいと言われようが心が狭いと言われようが、自分の競技練習を犠牲にしてまでユーリスのために時間を割くことはできない。ましてや年下とはいえ、ブランカが気にしている男の為になど――
結局、「馬が疲れているから休ませたい」という理由で断った。本当は別の馬を借りれば良いだけだし、どの馬でも上手く乗りこなせる自信はあったけれど。
「そうよね。予選の競技がまだ残っていて緊張しているのにごめんなさい。ライオネルなら絶対に本戦に進めるから、大丈夫! 残りも頑張ってね」
ブランカは俺の心も知らずに、本当にすまなさそうな顔をして謝り、「絶対に大丈夫だから」と付け加えた。
ほら、単純な俺はそんな一言だけですぐに舞い上がってしまう。 自分の腕を君に信じられている、と嬉しく感じてしまうんだ。
「おう、誰にも負けねーから安心しろ。じゃあ、また後でな!」
そう言って、平気なふりをして厩舎へ愛馬を引いていく。黒鹿毛の馬はそんな俺を慰めるかのように、横でブルルルルーッと嘶いた。
別の日の放課後、大会前だし軽く乗っておこうと厩舎に行ったら、ユーリスとリュークに鉢合わせた。リュークが教えるなら間違いは無い。だけど予想通り、彼がブランカに捕まってしまったか。
「お疲れさん」と言う俺を、リュークは微妙な表情で見た後ニヤリと笑った。
彼は俺の肩をすれ違いざまにポンと叩き、「なかなか良い条件だった。お前のおかげで楽しくなりそうだ」と言って立ち去った。
条件って一体何なんだ?
俺が競技会の予選を通過したことは知っているだろうから、競技の事を言っているのだろうか? それとも、ブランカの頼み事のことかな?
ユーリスは俺に軽く一礼すると、リュークの後をちょこちょこ付いて行った。二人ともブランカの信頼に応えるべく、仲良さそうで良かったよな。面白くなくて、足下の藁を蹴飛ばす。
こんな俺は、嫌われてしまうだろうか?
どちらにしろ、リュークやカイルにはあまり勝てる気がしない。それでも、俺は気になる彼女に良い所を見せようと、今日も練習に励むことにする。
彼女の事ならその髪の色で遠くからでもわかるから、軽く手を上げ挨拶したら、手を振り返してくれた。いや、正確にはブランカだけでなくその場に見学に来ていた女生徒のほとんどが。
自慢するわけでは無いけれど、俺は決してモテないわけではない。馬術も剣術も一年生の中ではかなりできる方だし、火の魔法だって使える。ゆくゆくは軍関係に進みたいと考えているから、日頃の鍛錬だって欠かさない。そのせいか、告白されたり手紙をもらうのにも慣れっこになっていて、自分で動いた事は無い。
だからこんな時、どうしていいのかわからないんだ。
学園での俺の愛馬にブランカを初めて乗せた時から、彼女の事が少しずつ気になるようになってきた。今思えばあの時の、屈託なく笑う嬉しそうな顔にやられてしまったのかもしれない。
「また馬に乗りたい時はいつでも言ってくれ」
そう言ったのは嘘ではない。
俺もその時、彼女と一緒にいることが楽しかったから。
でもそれ以来、同じクラスにいながら彼女はなかなか馬に乗ろうとしなかった。俺が自分から誘っても良いのだろうが、マリエッタや周りの目もあるから、個別に誘うのは難しい。すぐ手の届く場所に居るはずなのに手が届かないもどかしさ。
昔からブランカに並々ならぬ関心を寄せているリュークやカイルならいざ知らず、魅了の魔法にかかったわけでもないのに、俺がこんな気持ちになるなんて――
そうこうしているうちに学園の競技大会の通達が来て、登録や練習が始まってしまった。おかげで競技に出るマリエッタとは仲良くなったものの、競技に出ないブランカとは一向に距離が縮まらない。いや、むしろ前より距離が遠ざかった気がする。
だから予選会に応援に来てくれたと知った時には本当に嬉しくて、柄にも無く張り切ってしまった。ぶっちぎりで得点を稼げたのも、半分は彼女のおかげだ。
馬術の予選はカイルやリュークがいない事もあり、難なくトップ通過だったから、応援のお礼がてらブランカと話をしようと思っていた。彼女は女子に囲まれている俺の事を待っていてくれたから、彼女の方でも何か用事があるのだとわかった。
やっと身体が空いたので、愛馬を引いて厩舎に戻りがてら話を聞くことにした。 間近で見る馬術競技に興奮したのか、上気したほおで彼女は言った。
「おめでとう。ライオネルったらまたモテモテね!」
嬉しそうに話す彼女は、ことのほか愛らしかった。少しは嫉妬してくれたのだろうか?
メガネの奥のキラキラした紫の瞳を見れば、他の奴らがマリエッタよりもブランカの方を気にするのが、わかるような気がした。
「ありがとう。ブランカの応援のおかげかな?」
「ふふ、何それ。私馬術競技はわからないもの。カッコいいしただ好きで見ていただけ。みんな上手だったから全員優勝すればいいのに」
「ぶはっ、何だそれ。それだと予選の意味が無いだろ?」
「そりゃそうなんだけど……。あのね、馬術の得意なライオネルにお願いがあるの」
切り出す彼女を見下ろす。何だろう? また乗馬がしたいというなら、俺の方は構わない。ただ、今日はこれからも予選の競技が詰まっているから明日からしか約束できないが……
「何? あらたまって。俺にできること?」
「うん。自分の競技で忙しいのに悪いんだけど、初等部のユーリスに馬術を教えてあげてくれない?」
可愛く小首を傾げて聞いてくるしぐさに少しグラッとしたものの、正直、ちょっとがっかりした。俺の前でユーリスの名を呼び、彼の世話を焼いていることが面白くなかった。
理由を聞いたらブランカはこう答えた。
「ユーリスは馬術が苦手みたい。昔から(マリエッタちゃんのことを)一途に想っているようだから応援したくて。中等部とは直接当たらないから、初等部で上位になれればいいんだけど……」
何だよそれ。
ユーリスは果たしてそんなに前から、ブランカの事を想っていただろうか? あいつは表面上は穏やかだから、そんなの全くわからなかった。でも、なぜ急に? 何で初等部のユーリスの事を、突然応援したいと言い出したのだろうか?
「ユーリスの応援なんかしてて良いのか? カイルやリュークはどうした?」
「へ? 何で二人の名前が出てくるの? 二人は私の応援なんか要らないくらい強いみたいよ!」
「じゃあ、俺じゃなくて二人に頼めば良いだろ!」
暗に「お前はあの二人には敵わない」とブランカに言われているようで悲しかった。だから、子供っぽいと言われようが心が狭いと言われようが、自分の競技練習を犠牲にしてまでユーリスのために時間を割くことはできない。ましてや年下とはいえ、ブランカが気にしている男の為になど――
結局、「馬が疲れているから休ませたい」という理由で断った。本当は別の馬を借りれば良いだけだし、どの馬でも上手く乗りこなせる自信はあったけれど。
「そうよね。予選の競技がまだ残っていて緊張しているのにごめんなさい。ライオネルなら絶対に本戦に進めるから、大丈夫! 残りも頑張ってね」
ブランカは俺の心も知らずに、本当にすまなさそうな顔をして謝り、「絶対に大丈夫だから」と付け加えた。
ほら、単純な俺はそんな一言だけですぐに舞い上がってしまう。 自分の腕を君に信じられている、と嬉しく感じてしまうんだ。
「おう、誰にも負けねーから安心しろ。じゃあ、また後でな!」
そう言って、平気なふりをして厩舎へ愛馬を引いていく。黒鹿毛の馬はそんな俺を慰めるかのように、横でブルルルルーッと嘶いた。
別の日の放課後、大会前だし軽く乗っておこうと厩舎に行ったら、ユーリスとリュークに鉢合わせた。リュークが教えるなら間違いは無い。だけど予想通り、彼がブランカに捕まってしまったか。
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彼は俺の肩をすれ違いざまにポンと叩き、「なかなか良い条件だった。お前のおかげで楽しくなりそうだ」と言って立ち去った。
条件って一体何なんだ?
俺が競技会の予選を通過したことは知っているだろうから、競技の事を言っているのだろうか? それとも、ブランカの頼み事のことかな?
ユーリスは俺に軽く一礼すると、リュークの後をちょこちょこ付いて行った。二人ともブランカの信頼に応えるべく、仲良さそうで良かったよな。面白くなくて、足下の藁を蹴飛ばす。
こんな俺は、嫌われてしまうだろうか?
どちらにしろ、リュークやカイルにはあまり勝てる気がしない。それでも、俺は気になる彼女に良い所を見せようと、今日も練習に励むことにする。
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