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ライオネル編
『プリマリ』~ライオネルの章
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杉林の彼方から赤い夕陽が二人を照らしている。
林の道を通る黒鹿毛の馬に乗っているのは、一組の男女。手綱を握っているのは赤い髪の背の高い逞しい男性。その彼に安心したように背を預けて寄り添うのは、金色の髪に青い瞳の美しい少女。
夕陽が憂いを帯びた二人を優しく照らしている。
今日は思ったよりも遠くまで来てしまった。もう帰らなければならない。このまま、時が止まれば良いのに……
二人で居られる時間は、思ったよりも少ない。飛ぶように過ぎる時間を恨みに思いつつ、あと少し、もう少しだけと祈るような思いで馬の背に揺られている。
「マリエッタ……」
彼は少女の名前を思いを込めて呟くと、愛しくてたまらないというように後ろから彼女を抱きしめる。
「ライオネル様……」
振り向いた彼女のサファイアのような瞳からは、彼を想って溢れる涙が、後から後から零れ落ちる。
少女は思う。
どうして私達は一緒にいられないのだろう? このまま二人で、どこか遠くに行ってしまえたら。家の思惑やしがらみの無い世界で、愛する人の為だけに生きる事ができたなら――
けれど、それは許されない。学園で侯爵令嬢ブランカの仕掛けた悪質な罠にハマってしまったから。
それは、ある日の午後のこと。
いつものようにライオネルとマリエッタは、薔薇のアーチの奥のガゼボで二人きりで過ごしていた。男女交際が容認されているとはいえ、ライオネルはもうすぐ軍属の身。上官になる侯爵の娘との縁談の話も来ていた。
マリエッタもマリエッタで、年の離れた伯爵のものになれば、実家の借金を全て清算してくれるという。我が身を犠牲にすれば、全てが丸く収まる。
けれど……
学園で同じクラスの二人は、初めて会った時からお互いを意識していた。やがて惹かれ合い想いを口にするまでに、さほど時間はかからなかった。
周りのみんなに気を遣い、誰にも見つからないよう密かに少しずつ、愛を育んできた。
「あと少しで卒業だから、その時に君と結婚したいと両親に告げるよ」
「ライオネル様……」
感激の涙で言葉がつまる。
大切なプロポーズの言葉はその後ゆっくり告げられた。
二人はその日も周りに気付かれないよう、別々に寮へ帰った。マリエッタとの逢瀬で幸せな満たされた気分でライオネルが寮に戻ると、自分の部屋の前が何やら騒がしい。
「何だ、どうした?」
周りに集まった男子学生に問うと、みんなが驚いたような怒ったような目で自分を見る。怪訝に思って部屋を見ると、中に居たのは侯爵令嬢のブランカだった。しかも、下着だけの姿で。
なぜ、彼女がここに?
現状が理解できない。
彼女は開け放たれたドアからこちらを見ると、すまなさそうに肩をすくめてこう言った。
「あら、ライオネル。ゴメンなさ~い。みんなにバレちゃった。だって貴方ったら、ドアを開けっ放しで出て行くんだもの」
「は?」
全く覚えが無い。
こいつは何故ここにいるんだ? 縁談の話が出ていたが、自分は昨日きちんと断ったし、クラスも違うし接点が何も無い。学園内でも少し言葉を交わした程度。
「だから~、婚約者同士だからちょっとぐらい多めに見てよって、貴方からも言ってちょうだい?」
コイツハナニヲイッテルンダ?
思いもよらない事態に頭が真っ白になる。しばらくしてから気を取り直し、彼女の言葉を慌てて否定する。
「違うっ。俺はずっと外にいた。こいつとは接点も何も無い!」
「あらやだ照れちゃって。婚約者ってハッキリ言えば良いのに」
「そんな事知らない! 大体俺は違う人といたんだっ」
先ほどまで一緒にいた愛しいマリエッタの顔を脳裏に浮かべる。
「あら、それはだあれ? 私にこんな事をしておきながら、貴方は誰といたの?」
端から見れば痴話喧嘩に見えるだろうが、本当に覚えの無い事で、ライオネルは焦っていた。このままマリエッタの名前を出せば、彼女まで巻き込んでしまう。
「それはっ」
彼はもう、何も言う事ができなかった。
☆☆☆☆☆
「その後、なし崩しに悪役令嬢ブランカとの婚約が決まってしまうのよね~。ライオネルって肝心な所でダメよね~」
彼の愛馬に乗せてもらっておきながら散々な言い草だけど。『プリマリ』のライオネルは普段は行動的なのに、性格が優柔不断なせいで、マリエッタとの幸せをなかなか掴みとれないのだ。
私――ブランカは今、寮の自分の部屋で一人反省会。本当なら、馬に乗るのはマリエッタのはずだったのに。夕陽を浴びて馬の背で最後のお別れをするところは、ゲーム内でも人気の切ない愛のシーンだった。
「なのに、マリエッタったら愛を育くむどころか馬にも乗らないなんて……」
「ゲーム内のスチルの世界を見たい!」という欲に負けて彼の操る馬に乗ってしまった自分が言うのも何だけど。今のライオネルとマリエッタはせっかく同じクラスなのに、別に普通。お互いを意識するどころか、ただのクラスメート止まりのような気がする。
でも、ま、仲良くなったらなったで私は邪魔する為に男子寮に忍びこまなきゃいけないし、下着姿の自分を周りに見られるのは正直勘弁して欲しい。
だから、マリエッタちゃんが「どうしてもライオネルが良い!」っていうんならともかく、このルートは無しの方向で。彼には今後マリエッタをなるべく近づかせないようにしなくっちゃ。
同じクラスだし、身体を張って二人を止めようと私は決意を新たにした。
商人のおかみさんは……そのうち候補が出てくるかもしれないし、ね?
林の道を通る黒鹿毛の馬に乗っているのは、一組の男女。手綱を握っているのは赤い髪の背の高い逞しい男性。その彼に安心したように背を預けて寄り添うのは、金色の髪に青い瞳の美しい少女。
夕陽が憂いを帯びた二人を優しく照らしている。
今日は思ったよりも遠くまで来てしまった。もう帰らなければならない。このまま、時が止まれば良いのに……
二人で居られる時間は、思ったよりも少ない。飛ぶように過ぎる時間を恨みに思いつつ、あと少し、もう少しだけと祈るような思いで馬の背に揺られている。
「マリエッタ……」
彼は少女の名前を思いを込めて呟くと、愛しくてたまらないというように後ろから彼女を抱きしめる。
「ライオネル様……」
振り向いた彼女のサファイアのような瞳からは、彼を想って溢れる涙が、後から後から零れ落ちる。
少女は思う。
どうして私達は一緒にいられないのだろう? このまま二人で、どこか遠くに行ってしまえたら。家の思惑やしがらみの無い世界で、愛する人の為だけに生きる事ができたなら――
けれど、それは許されない。学園で侯爵令嬢ブランカの仕掛けた悪質な罠にハマってしまったから。
それは、ある日の午後のこと。
いつものようにライオネルとマリエッタは、薔薇のアーチの奥のガゼボで二人きりで過ごしていた。男女交際が容認されているとはいえ、ライオネルはもうすぐ軍属の身。上官になる侯爵の娘との縁談の話も来ていた。
マリエッタもマリエッタで、年の離れた伯爵のものになれば、実家の借金を全て清算してくれるという。我が身を犠牲にすれば、全てが丸く収まる。
けれど……
学園で同じクラスの二人は、初めて会った時からお互いを意識していた。やがて惹かれ合い想いを口にするまでに、さほど時間はかからなかった。
周りのみんなに気を遣い、誰にも見つからないよう密かに少しずつ、愛を育んできた。
「あと少しで卒業だから、その時に君と結婚したいと両親に告げるよ」
「ライオネル様……」
感激の涙で言葉がつまる。
大切なプロポーズの言葉はその後ゆっくり告げられた。
二人はその日も周りに気付かれないよう、別々に寮へ帰った。マリエッタとの逢瀬で幸せな満たされた気分でライオネルが寮に戻ると、自分の部屋の前が何やら騒がしい。
「何だ、どうした?」
周りに集まった男子学生に問うと、みんなが驚いたような怒ったような目で自分を見る。怪訝に思って部屋を見ると、中に居たのは侯爵令嬢のブランカだった。しかも、下着だけの姿で。
なぜ、彼女がここに?
現状が理解できない。
彼女は開け放たれたドアからこちらを見ると、すまなさそうに肩をすくめてこう言った。
「あら、ライオネル。ゴメンなさ~い。みんなにバレちゃった。だって貴方ったら、ドアを開けっ放しで出て行くんだもの」
「は?」
全く覚えが無い。
こいつは何故ここにいるんだ? 縁談の話が出ていたが、自分は昨日きちんと断ったし、クラスも違うし接点が何も無い。学園内でも少し言葉を交わした程度。
「だから~、婚約者同士だからちょっとぐらい多めに見てよって、貴方からも言ってちょうだい?」
コイツハナニヲイッテルンダ?
思いもよらない事態に頭が真っ白になる。しばらくしてから気を取り直し、彼女の言葉を慌てて否定する。
「違うっ。俺はずっと外にいた。こいつとは接点も何も無い!」
「あらやだ照れちゃって。婚約者ってハッキリ言えば良いのに」
「そんな事知らない! 大体俺は違う人といたんだっ」
先ほどまで一緒にいた愛しいマリエッタの顔を脳裏に浮かべる。
「あら、それはだあれ? 私にこんな事をしておきながら、貴方は誰といたの?」
端から見れば痴話喧嘩に見えるだろうが、本当に覚えの無い事で、ライオネルは焦っていた。このままマリエッタの名前を出せば、彼女まで巻き込んでしまう。
「それはっ」
彼はもう、何も言う事ができなかった。
☆☆☆☆☆
「その後、なし崩しに悪役令嬢ブランカとの婚約が決まってしまうのよね~。ライオネルって肝心な所でダメよね~」
彼の愛馬に乗せてもらっておきながら散々な言い草だけど。『プリマリ』のライオネルは普段は行動的なのに、性格が優柔不断なせいで、マリエッタとの幸せをなかなか掴みとれないのだ。
私――ブランカは今、寮の自分の部屋で一人反省会。本当なら、馬に乗るのはマリエッタのはずだったのに。夕陽を浴びて馬の背で最後のお別れをするところは、ゲーム内でも人気の切ない愛のシーンだった。
「なのに、マリエッタったら愛を育くむどころか馬にも乗らないなんて……」
「ゲーム内のスチルの世界を見たい!」という欲に負けて彼の操る馬に乗ってしまった自分が言うのも何だけど。今のライオネルとマリエッタはせっかく同じクラスなのに、別に普通。お互いを意識するどころか、ただのクラスメート止まりのような気がする。
でも、ま、仲良くなったらなったで私は邪魔する為に男子寮に忍びこまなきゃいけないし、下着姿の自分を周りに見られるのは正直勘弁して欲しい。
だから、マリエッタちゃんが「どうしてもライオネルが良い!」っていうんならともかく、このルートは無しの方向で。彼には今後マリエッタをなるべく近づかせないようにしなくっちゃ。
同じクラスだし、身体を張って二人を止めようと私は決意を新たにした。
商人のおかみさんは……そのうち候補が出てくるかもしれないし、ね?
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