本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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カイル編

悪役令嬢、打ちのめされる

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 今日の魔法の授業中、する事が無いのでボーっとみんなの様子を見ていたら、ふと思い出した事がある。

 そういえば、高等部の『プリマリ』のカイルルートって、マリエッタちゃんとダンスするシーンから始まるんじゃなかったっけ?

 確かカイル様が成人してすぐ、16歳の時にお城の舞踏会で嬉しそうに踊るマリエッタとの二人のスチルがあったような気がする。その時悪役令嬢ブランカは、既にカイルと婚約していた。

   けれど、カイルはマリエッタの方を好きになった。そのためブランカは、振られる前に振ってしまえ、とばかりに自分からカイルに別れを切り出していた。でもやっぱり悔しかったのか、舞踏会では激しく盛大に二人の邪魔をしていたような……。マリエッタちゃんの回想シーンから、カイルルートの高等部編は始まっていたはずだ。

 でもって、現在のカイル様は既に16歳。今年の夏には17歳になってしまわれる。成人のお祝いは去年お城であったみたいだけれど、盛大なパーティーは本人が辞退したそうだ。学園ではジュリアン以外、誰も招待されていなかったはずだ。なので当然、マリエッタとのいちゃラブダンスもしていないし、私も二人の仲を妨害できていないままだ。



 中等部の時にリュークと想いが通じ合った私は、この世界は『プリマリ』ではないと、自分は『悪役令嬢』を廃業したと思っていた。だからそのまま、カイル様とマリエッタちゃんの仲を放置していたのだ。本来なら『競技会』で優勝したカイル様かユーリスと彼女はくっつくはずなのに……。
 というよりもっと悪い事に、私がマリエッタからカイル様を取り上げてしまっていた。『競技会』の後のダンスも二年連続私が最初に踊ってしまっていたし、この前なんか『監督室』で彼を独占してシャツをぐしょぐしょに濡らしてしまった。さらにその上マリエッタちゃんを差し置いて、ちょっとときめいてもしまったのだ。
 
 いかんいかん。優しくされたからってすぐにコロッといくなんて。こんなんじゃあ悪役令嬢の名がすたる!

 だって、私がちゃんと悪役をしておかないとマリエッタちゃんが輝けない。しかも、下手にストーリーを変えるとリュークのようにけが人が出てしまうかもしれない。『殿方を危険に追いやる悪女』となると聞こえは良いかもしれないけれど、単に『自分のことしか考えない節操無しのイケメン好き』とも言えるかも。ここは一つ当初の予定通り、『国外追放&商人のおかみさん』を目指して頑張ることにしましょう!!



「ブランカ、危ないっ!」

 え? 何が?
 考え事をしていたために一瞬反応が遅れた。
 リュークの放った氷の欠片がライオネルの炎の壁に呑み込まれ、一部が弾かれ破片となって一直線に私を襲う。

 カカカカカッッ

「うわっっ!!」あれ? 痛くない。

   しゃがみ込む私に咄嗟に駆け寄ったカイル様が、光の壁を作って防いで下さった。氷の破片は全て弾かれたようにも見える。

 でも――。

「……! カイル様、お怪我を!」

 見ればカイル様の腕に小さな破片がいくつか刺さっている。
 氷は溶けるといっても流れ出た血は戻らない。

「ああ、大丈夫。これぐらいなら『光』の力で癒してもらえるから。それより君こそ大丈夫だった? ケガは無い?」

 顔を寄せて心配そうに聞いて下さるカイル様。
 お怪我をなさったのはご自分の方なのに。
 申し訳なさで胸がいっぱいになる。
  

「おい、お前っ!  王子にケガを負わせてどうする。何もできずに足を引っ張るぐらいなら、ここから出ていけ」

「リューク! お前っそんな言い方は!」

「役に立たないやつに出ていけと言って何が悪い?」

 腕を組んでバカにしたようにこちらを見下ろすリューク。
 彼の言いたいことはよくわかる。
 でもちょっと、これはさすがにあんまりだ。



 確かに、授業中に考え事をしていて気が付かなかったのは私が悪かった。カイル様に怪我まで負わせてしまった。

 でも、そもそもはあなたのせいでしょ?
 こっちに氷を弾き飛ばされたのはリュークだし、あなたが私の事をすっかり忘れてしまったから私は散々悩んでいるのだけれど。

 泣かないように歯を食いしばる。
 こんなヤツのためになんか、泣かない。



「大丈夫か、ブランカ。カイル、わりぃ、目測を誤ったわ」

「ブランカ様、大丈夫? カイル様、この程度の傷ならすぐに治せるから平気ですわよ?」

 ライオネルとマリエッタちゃんにまで心配をさせてしまった。
 私は魔法が使えないから、こんな時は何にもできない。

 本当に、何のために私はここにいるんだろう?
 何もできないならせめて『悪役令嬢ブランカ』として、きちんと勤めは果たさなければ!
 


「マリエッタ、私のカイルに傷跡なんて残らないでしょうね? ちゃんと治療してよね! カイル様もカイル様よ。突然前に飛び出すなんてどういうつもり? そんなんで恩を売ろうとしたってダメですからね」

 目の前のカイル様が、ビックリして目を丸くしている。急に『悪役令嬢』になった私に驚いているのだろう。
 でも元々、ゲームのブランカはこんな感じだった。私は元に戻っただけ。

「……なっ」

   私を忘れたリュークが口を挟もうとする。でも、そんな事はさせない。矢継ぎ早に次の言葉を放つ。

「それにリューク、ライオネル! あんた達がヘマをするからこっちが巻き添えになってしまったんでしょう? それなのに私を責めるってどういう事? そっちが先に謝りなさいよね!」

 反論しようとするリュークにビシッと指を差し、まくし立てる。もういい、あなたなんてもう知らない!

『悪役令嬢』の私と付き合うと宣言したせいで、ストーリーから外れてあなたは怪我をし記憶を失くしてしまった。だからこれ以上ひどい事になる前に、私は『悪役』に戻ってあげる。
 あなたの事は忘れるから――。嫌な事を言われても気にしないよう努力する。だからもう、私の事は放っておいて! 
 


「――お前、何なんだ?」

 私の好き低音の掠れた声が響く。
 いかにも軽蔑しているような声色。
 胸が一瞬苦しくなるけれど、涙は見せない。

「わりぃ、ブランカ。ビックリしたようだな? 次から気を付けるから、ほんと、ゴメン」

 事情を知るライオネルが何度も謝ってくれる。
 でもここで、甘えてはいけない。
『悪役令嬢ブランカ』は、そんなキャラではないから。

「わかれば良いのよ、わかれば!」

 マリエッタちゃん、そんなに悲しそうな顔をしないで?  私は元々こうしなければいけなかったんだから。何も出来ない上に、ストーリーを外れたせいでみんなに迷惑をかけてしまった。



「いいんだ、ブランカ。無理はしないで」

 優しい腕がふわっと私を包み込む。
 こんな所で泣くわけにはいかないのに……
 カイル様がこの前みたいに、自分の胸に私の顔を押し当ててくれる。
 みんなから……リュークの冷たい視線から、私を隠してくれている。



「どうしてみんな、こいつに構うんだ?」

 そう言って遠ざかる足音が聞こえる。
 大好きだったあの声はもう、私の名前を呼ばない。
 


「うぐっ……ひっく……ひっく……」

 足下の土を踏みしめる靴音が完全に消えるのを待って、私はカイル様の腕の中で声を殺して思い切り泣いた。
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