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カイル編
君を支えたい
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「いったいいつから?」
もしも想いを告げたなら、君はそう言うかもしれないね。
でも、残念ながら私にだってわからない。
君は徐々に私の心の中に浸食してきて、愛しい思いで満たしていった。
そうだね。強いてあげるとするならば、小さな頃に出た婚約の話が壊れてしまったあたりからだろうか? あの時私はひどくがっかりして落ち込んで、君を好きだと初めて気づいたんだ。
ああもちろん。それより随分前から、君が素敵な紫色の瞳で誰かに嬉しそうに笑いかける度、君の声が他の誰かの名前を楽しそうに呼ぶ度に、何となく引っかかるようなモヤっとしたものは感じていた。
今ならその感情の名前がわかるけれど、当時の私はまだ幼くて、それが長い恋の始まりになるだなんて思ってもみなかったんだ――
☆☆☆☆☆
連絡を受けたのは突然だった。
私は急いで知らせるため、君のいる教室まで走った。
「私と直ぐに来てくれ。リュークが……」
君の真っ青な顔を、私は忘れることができない。隣国であるメガイラからの帰郷中に馬車の事故に遭ったリューク。
その彼を心配するあまり、君がふらついて震えていた事も。
留学という名目で隣国メガイラの首都であるイデアに派遣されていたリューク。その彼がようやくこの学園に戻ってくるということで、幼なじみであり恋人でもある君は、とても喜んでいた。
彼のいない間も、彼の事を話す君はいつだって笑顔でとても嬉しそうだった。私がいくら君を慰めると言って自分を売り込もうとしても、笑い飛ばしてまったく相手にしてくれなかった。
他の皆がリュークにとって代わろうと画策しても、君は全く気付かなかった。近くにいるのに届かない想いはもどかしく、時にはリュークを恨んだこともある。
けれどもちろんこの私も、こんな形でブランカを親友から奪いたかったわけじゃない。
救出はされたが、彼の生死は不明だという。密かに託した任務も達成できて、二年ぶりにようやく学園に帰って来られると喜んでいた矢先のこと――
彼と特に親しかった者が集められ、学園長から話を聞かされた。
衝撃的な内容に彼の恋人であるブランカは、息をすることさえ忘れていた。
「ブランカ、しっかり。せめて息をしろ!!」
彼女の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
正気に戻った彼女は苦しそうに咳き込んで、ようやく呼吸を開始した。
真っ白で顔色の悪い彼女の事が心配だった。彼女にこんな表情をさせるリュークの事が憎らしかった。
だからリューク、ブランカの為にも早く――早く無事に帰ってきてくれ!
☆☆☆☆☆
リュークが助かったという報せは、とっくに私の元にも届いていた。
当分安静と休養が必要だが、怪我の治りも順調で命にも別状は無いという。ブランカもさぞ喜んでいる事だろう。お見舞いも本当は、一人で行きたかったに違いない。けれど『彼を疲れさせたらいけないから』と彼女自身が言い出して、みんなで一度にリュークのいる公爵邸を訪ねる事が決まった。
その後は、あまり距離の離れていないブランカの屋敷にどうぞと誘われたから、みんなはどうやらそちらの方が気になるようだった。
今までだって耐えることができたから、私はきっと大丈夫。
君が久しぶりにリュークに会って眩しい笑顔を見せたとしても、今度も平気なフリをしよう。隠し続けた感情は、今日も表に出さないと誓おう。
公爵邸にリュークの見舞いに行って彼の寝室に入った時、私がまず目にしたものはベッドで横たわる痛々しい姿の彼と、その前で呆然と立ち尽くす無言のブランカの姿だった。感じた違和感。
どうした、何があった?
今頃二人で手を取り合って、喜んでいるはずじゃなかったの?
けれど、私を認めたリュークの口から出たのは、思ってもみない言葉だった。
「ああ、カイルか。久しぶりだ。元気そうだな。先に来たこの娘は? もしかして、カイルの恋人か?」
思わず鋭く息を呑む。
なんだ、それは。
彼女は君の大事なブランカだろう? 君が会いたくて、私に内緒で婚約までしようとしていたブランカだろう?
彼の言葉を聞いたブランカが倒れそうになる。私は背後から、彼女の小刻みに震える肩を支える。
リューク、お前は自分の言っていることがわかっているのか? 彼女に影響を与え、傷つけているとわかっているのか?
無論、ブランカはかなりショックを受けている。真っ青な顔、泣き出しそうな瞳。そして、苦しそうに胸を抑える細くて白い腕。
けれど、彼はまったくわかっていないようだった。
まさかリュークが、ブランカだけを忘れていたなんて――
カッとして咄嗟に彼に言い返そうとする私を、なぜかブランカ自身が止めた。
「ブランカ、君はそれでいいのか? なぜ?」
私は彼女に目を向ける。
彼女は悲しそうな紫色の瞳を伏せると無言で首を横に振った。
どうして! どうして君は我慢をするの? 君は彼に会いたいと、ずっと願っていたんだろう?
今日はみんなでリュークをお見舞いしようという事だったから、他のみんなもリュークのいる公爵邸に集合していた。
彼らも、自分達の事は覚えていてブランカだけを忘れているリュークの言動に驚いていた。逆なら理解できるのに。
ブランカの事を教えてあげようとするたびに、話の中にブランカが出てくるたびに、彼女自身がそれを止めた。リュークに無理に思い出させないようとするかのように――
彼女はおそらく、『記憶喪失』の可能性を考えているのだろう。
確かにリュークが『記憶喪失』なら、当人に無理強いしてはいけないし、余計な情報を与えてもいけない。けれど君は、自分だけが忘れられた事実に耐えられるの?
別室で、みんなの前でも彼女は気丈に振る舞った。
「後遺症がそれだけなら、仕方がないのかもね」
そう言いながら、肩が細かく震えている。泣きそうな声を抑えようと、一生懸命いつものように振る舞おうと努力している。
ねぇ、ブランカ。
そんなに聞き分けの良いフリをしなくて良いんだ。ショックならショックだと、悲しいなら悲しいと、自分の感情を出して思い切り泣いても構わないんだ。なのに君は、こんな時でさえ泣き言を言わない。
「真実を話さなくて良いと君が望むなら。でも、私には辛い気持ちを隠さないで」
君の意志を尊重したら、私にはこんなありきたりなセリフしか残されていない。
本当は、君の悲しみに寄り添って泣くための肩を貸してあげたかった。君の不満や話だけでも、心ゆくまで聞いてあげたかった。
誰よりも、一番先に頼られる存在で在りたかった。
たとえリュークの代わりだとしても構わない。私が君を支えたい。
ねえ、ブランカ。
君が再び輝く笑顔を取り戻せるように、共に彼の回復を祈ろう。
もしも想いを告げたなら、君はそう言うかもしれないね。
でも、残念ながら私にだってわからない。
君は徐々に私の心の中に浸食してきて、愛しい思いで満たしていった。
そうだね。強いてあげるとするならば、小さな頃に出た婚約の話が壊れてしまったあたりからだろうか? あの時私はひどくがっかりして落ち込んで、君を好きだと初めて気づいたんだ。
ああもちろん。それより随分前から、君が素敵な紫色の瞳で誰かに嬉しそうに笑いかける度、君の声が他の誰かの名前を楽しそうに呼ぶ度に、何となく引っかかるようなモヤっとしたものは感じていた。
今ならその感情の名前がわかるけれど、当時の私はまだ幼くて、それが長い恋の始まりになるだなんて思ってもみなかったんだ――
☆☆☆☆☆
連絡を受けたのは突然だった。
私は急いで知らせるため、君のいる教室まで走った。
「私と直ぐに来てくれ。リュークが……」
君の真っ青な顔を、私は忘れることができない。隣国であるメガイラからの帰郷中に馬車の事故に遭ったリューク。
その彼を心配するあまり、君がふらついて震えていた事も。
留学という名目で隣国メガイラの首都であるイデアに派遣されていたリューク。その彼がようやくこの学園に戻ってくるということで、幼なじみであり恋人でもある君は、とても喜んでいた。
彼のいない間も、彼の事を話す君はいつだって笑顔でとても嬉しそうだった。私がいくら君を慰めると言って自分を売り込もうとしても、笑い飛ばしてまったく相手にしてくれなかった。
他の皆がリュークにとって代わろうと画策しても、君は全く気付かなかった。近くにいるのに届かない想いはもどかしく、時にはリュークを恨んだこともある。
けれどもちろんこの私も、こんな形でブランカを親友から奪いたかったわけじゃない。
救出はされたが、彼の生死は不明だという。密かに託した任務も達成できて、二年ぶりにようやく学園に帰って来られると喜んでいた矢先のこと――
彼と特に親しかった者が集められ、学園長から話を聞かされた。
衝撃的な内容に彼の恋人であるブランカは、息をすることさえ忘れていた。
「ブランカ、しっかり。せめて息をしろ!!」
彼女の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
正気に戻った彼女は苦しそうに咳き込んで、ようやく呼吸を開始した。
真っ白で顔色の悪い彼女の事が心配だった。彼女にこんな表情をさせるリュークの事が憎らしかった。
だからリューク、ブランカの為にも早く――早く無事に帰ってきてくれ!
☆☆☆☆☆
リュークが助かったという報せは、とっくに私の元にも届いていた。
当分安静と休養が必要だが、怪我の治りも順調で命にも別状は無いという。ブランカもさぞ喜んでいる事だろう。お見舞いも本当は、一人で行きたかったに違いない。けれど『彼を疲れさせたらいけないから』と彼女自身が言い出して、みんなで一度にリュークのいる公爵邸を訪ねる事が決まった。
その後は、あまり距離の離れていないブランカの屋敷にどうぞと誘われたから、みんなはどうやらそちらの方が気になるようだった。
今までだって耐えることができたから、私はきっと大丈夫。
君が久しぶりにリュークに会って眩しい笑顔を見せたとしても、今度も平気なフリをしよう。隠し続けた感情は、今日も表に出さないと誓おう。
公爵邸にリュークの見舞いに行って彼の寝室に入った時、私がまず目にしたものはベッドで横たわる痛々しい姿の彼と、その前で呆然と立ち尽くす無言のブランカの姿だった。感じた違和感。
どうした、何があった?
今頃二人で手を取り合って、喜んでいるはずじゃなかったの?
けれど、私を認めたリュークの口から出たのは、思ってもみない言葉だった。
「ああ、カイルか。久しぶりだ。元気そうだな。先に来たこの娘は? もしかして、カイルの恋人か?」
思わず鋭く息を呑む。
なんだ、それは。
彼女は君の大事なブランカだろう? 君が会いたくて、私に内緒で婚約までしようとしていたブランカだろう?
彼の言葉を聞いたブランカが倒れそうになる。私は背後から、彼女の小刻みに震える肩を支える。
リューク、お前は自分の言っていることがわかっているのか? 彼女に影響を与え、傷つけているとわかっているのか?
無論、ブランカはかなりショックを受けている。真っ青な顔、泣き出しそうな瞳。そして、苦しそうに胸を抑える細くて白い腕。
けれど、彼はまったくわかっていないようだった。
まさかリュークが、ブランカだけを忘れていたなんて――
カッとして咄嗟に彼に言い返そうとする私を、なぜかブランカ自身が止めた。
「ブランカ、君はそれでいいのか? なぜ?」
私は彼女に目を向ける。
彼女は悲しそうな紫色の瞳を伏せると無言で首を横に振った。
どうして! どうして君は我慢をするの? 君は彼に会いたいと、ずっと願っていたんだろう?
今日はみんなでリュークをお見舞いしようという事だったから、他のみんなもリュークのいる公爵邸に集合していた。
彼らも、自分達の事は覚えていてブランカだけを忘れているリュークの言動に驚いていた。逆なら理解できるのに。
ブランカの事を教えてあげようとするたびに、話の中にブランカが出てくるたびに、彼女自身がそれを止めた。リュークに無理に思い出させないようとするかのように――
彼女はおそらく、『記憶喪失』の可能性を考えているのだろう。
確かにリュークが『記憶喪失』なら、当人に無理強いしてはいけないし、余計な情報を与えてもいけない。けれど君は、自分だけが忘れられた事実に耐えられるの?
別室で、みんなの前でも彼女は気丈に振る舞った。
「後遺症がそれだけなら、仕方がないのかもね」
そう言いながら、肩が細かく震えている。泣きそうな声を抑えようと、一生懸命いつものように振る舞おうと努力している。
ねぇ、ブランカ。
そんなに聞き分けの良いフリをしなくて良いんだ。ショックならショックだと、悲しいなら悲しいと、自分の感情を出して思い切り泣いても構わないんだ。なのに君は、こんな時でさえ泣き言を言わない。
「真実を話さなくて良いと君が望むなら。でも、私には辛い気持ちを隠さないで」
君の意志を尊重したら、私にはこんなありきたりなセリフしか残されていない。
本当は、君の悲しみに寄り添って泣くための肩を貸してあげたかった。君の不満や話だけでも、心ゆくまで聞いてあげたかった。
誰よりも、一番先に頼られる存在で在りたかった。
たとえリュークの代わりだとしても構わない。私が君を支えたい。
ねえ、ブランカ。
君が再び輝く笑顔を取り戻せるように、共に彼の回復を祈ろう。
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