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カイル編
一日の終わりを君と
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競技会を翌日に控えた今日に限って、王宮に呼び出されるとは。
父は第二王子である私の落ち度だと思っていたようだが、実際は担当書記官の記載漏れによるミスだった。もう少し自分の息子を信用しても良いのにな。そう思う一方で、国王の怒りを恐れる文官があまりにも気の毒で、彼を庇って手伝っているうちにこんな時間までかかってしまった。
書類を作成し、間違いを正している間に軽いものを口にしたとはいえ、未だ成長期の身体ではさすがにお腹が空く。とはいえ、明日の競技会に出場するためには王宮でゆっくりしているわけにもいかず、護衛と共に馬を飛ばして学園に帰って来た。
去年の競技会では、僅差でリュークに負けた。今年こそ雪辱を果たすつもりだ。親友として、王家に連なる者の意地として、彼に続けて負けるわけにはいかない。
この時間はもうカフェテリアは閉まっているはずだ。氷室に残り物があれば良いのだけれど……
王子である私が残り物を当てにするのもおかしいけれど、学園で学んでいて良かったことは、料理や通常の暮らしに対して文句を言わなくなったこと。華美なものは元々好まないけれど、幼い頃から高価な物に囲まれていると『特権と贅沢は享受できて当たり前だ』と考える一部の愚かな貴族の風習に染まってしまいそうな気がする。
現に、学園の中にも己の身分や財産を誇る者がいるけれど、私はそういう連中と仲良くなろうとは思っていない。むしろ贅沢を嫌い日々努力し精進する者の中にこそ、真の贅沢が――精神的な充足感を得る者がいるように思えるのだ。
ブランカも日頃から「どうせ親の身分や財力でしょ? 自分ではまだ何も得ていないもの」と言っている。本当にその通りだと思う。身分を鼻にかけず堂々と発言する彼女の態度は、私の目には好ましく映り、非常に魅力的だ。
厨房に近づくにつれ良い匂いがしてきた。空腹感が増長される。こんな時間に何だろう? 誰かが調理をしているのだろうか?
「あれ? 何だかすごく良い香りがするけど、誰かいるの?」
声をかけて近づく。こんな時間まで残っている職員がいるなら、夜食でも頼めるだろうか?
けれど、その期待は良い意味で裏切られる。目に飛び込んできたのは薄紫の色の髪。
「あれ? ブランカ。こんなに遅くまでこんな所で何しているの?」
彼女は私を見てビクッとすると、なぜか視線をそらした。君の秘密を見てしまった私を警戒しているの? 貴族は料理をしないから?
でも大丈夫、君の秘密は話さない。私だけが知るこんな君の姿を、話してしまうのはもったいない気がするから。
ブランカは「マリエッタちゃんのお手伝い……」と、もごもご苦しい言い訳をしている。そんなはずはないけどね? さっき外で女子寮の前を通った時に、楽しそうなマリエッタの大声が聞こえてきたよ?
話題を変えようとしたブランカが、私の事を聞いてくる。
「……カイル様こそこんな時間までどちらに?」
「ふふふ、私がどこにいたか気になる?」
もちろん、話しても良いのだけれど。純粋に君が私に興味を持って聞いてくれたのだったら良かったのに。私の言葉に焦っている姿もすごく可愛い。
彼女の近くにいたくて、腕を組んでカウンターに寄りかかる。まあ正確には今は、彼女よりも彼女の作った料理が気になる。
だから、そばにあった茶色いものをひとつだけ摘まんで食べてみた。
私がよく確かめもせずに口に放り込んだ事に余程驚いたのか、ブランカは素の自分を出し、「骨せんべいが……」と慌てていた。
確かに堅くてびっくりしたけれど、香ばしくてとても美味しい。
初めての食感と味。せっかくなので堪能する。 パリパリしているのは、揚げた魚介類だろうか?
でも、なぜ国外追放?
仮にお腹を壊したとしても、それだけでそんな重い罰を下すほど私を狭量な人間だと思っているの? まあ、よく考えもせずに口走ってしまったのだろうけれど。
王家の者は日頃から毒物に対して耐性をつけているし、光魔法である程度中和もできる。だから余程の事が無い限り、私はお腹を壊さない。
それに、見たところ彼女は料理に関してかなりの腕前があるようだ。焼き立てパンの良い香りが、さっきから私の胃袋をくすぐっている。
「ねぇ、そのパンは? それもブランカが作ったの?」
「いえ、これは元々ここにある……わけないですよね? 焼いたのは私ですけれど、明日マリエッタちゃんが使うという事で」
「わかったわかった。この事は君と私の秘密、にすればいいんだね?」
空腹が我慢出来ないわけではないが、せっかくなので彼女のパンを一番先に食べてみたい。カウンター越しに肘をつき、試しに口を開けてみる。彼女はどうするだろうか?
ブランカはビックリして目を丸くした後、キョロキョロ辺りを見回し、誰もいないのを確認した。それから切ったパンを一口大にちぎると、私の口の中へ放り込んでくれた。
ふふ、君はとっても優しいね? こんな姿の私を、誰にも見られないよう心配してくれたんだね?
でも、大丈夫。
誰に見られても構わない。
私がくつろぐのは君の前だけだから。
隠れて護衛についている『影』達は無論、その事を心得ている。
ねぇ、ブランカ。
君は知っていた?
私は君の前では、自分を飾らなくて良いんだ。本音をぶつけても、王子らしくなくても。昔から私をよく知る君は、嫌な顔なんてしないだろう?
雛鳥が親からエサをもらうように、調子にのって何度か口を開けてみた。その度にブランカは困ったような恥ずかしそうな顔をして、私の口にパンをちぎって入れてくれた。自分で食べた方が早いって、わかってはいるけどね?
でも慌てたような君の仕草も、私が「美味しい」と感想を言った時に嬉しそうに笑ったその表情も、全てが可愛らしくて見てて飽きない。
満ち足りた思いで口の周りをペロリと舐める。ミルクを飲んだ後の猫も、きっとこんな感じかな?
一日の終わりを君と過ごす――
思いがけないご褒美に、明日も私は頑張れそうだ。明日の競技会で私が優勝したら、君はまた、今のように少し恥ずかしそうに、それでも笑ってくれるかな?
二人きりの夜のカフェテリア。
愛らしい君を見つめながら、私は心が安らぎ、満たされていくのを感じていた。
父は第二王子である私の落ち度だと思っていたようだが、実際は担当書記官の記載漏れによるミスだった。もう少し自分の息子を信用しても良いのにな。そう思う一方で、国王の怒りを恐れる文官があまりにも気の毒で、彼を庇って手伝っているうちにこんな時間までかかってしまった。
書類を作成し、間違いを正している間に軽いものを口にしたとはいえ、未だ成長期の身体ではさすがにお腹が空く。とはいえ、明日の競技会に出場するためには王宮でゆっくりしているわけにもいかず、護衛と共に馬を飛ばして学園に帰って来た。
去年の競技会では、僅差でリュークに負けた。今年こそ雪辱を果たすつもりだ。親友として、王家に連なる者の意地として、彼に続けて負けるわけにはいかない。
この時間はもうカフェテリアは閉まっているはずだ。氷室に残り物があれば良いのだけれど……
王子である私が残り物を当てにするのもおかしいけれど、学園で学んでいて良かったことは、料理や通常の暮らしに対して文句を言わなくなったこと。華美なものは元々好まないけれど、幼い頃から高価な物に囲まれていると『特権と贅沢は享受できて当たり前だ』と考える一部の愚かな貴族の風習に染まってしまいそうな気がする。
現に、学園の中にも己の身分や財産を誇る者がいるけれど、私はそういう連中と仲良くなろうとは思っていない。むしろ贅沢を嫌い日々努力し精進する者の中にこそ、真の贅沢が――精神的な充足感を得る者がいるように思えるのだ。
ブランカも日頃から「どうせ親の身分や財力でしょ? 自分ではまだ何も得ていないもの」と言っている。本当にその通りだと思う。身分を鼻にかけず堂々と発言する彼女の態度は、私の目には好ましく映り、非常に魅力的だ。
厨房に近づくにつれ良い匂いがしてきた。空腹感が増長される。こんな時間に何だろう? 誰かが調理をしているのだろうか?
「あれ? 何だかすごく良い香りがするけど、誰かいるの?」
声をかけて近づく。こんな時間まで残っている職員がいるなら、夜食でも頼めるだろうか?
けれど、その期待は良い意味で裏切られる。目に飛び込んできたのは薄紫の色の髪。
「あれ? ブランカ。こんなに遅くまでこんな所で何しているの?」
彼女は私を見てビクッとすると、なぜか視線をそらした。君の秘密を見てしまった私を警戒しているの? 貴族は料理をしないから?
でも大丈夫、君の秘密は話さない。私だけが知るこんな君の姿を、話してしまうのはもったいない気がするから。
ブランカは「マリエッタちゃんのお手伝い……」と、もごもご苦しい言い訳をしている。そんなはずはないけどね? さっき外で女子寮の前を通った時に、楽しそうなマリエッタの大声が聞こえてきたよ?
話題を変えようとしたブランカが、私の事を聞いてくる。
「……カイル様こそこんな時間までどちらに?」
「ふふふ、私がどこにいたか気になる?」
もちろん、話しても良いのだけれど。純粋に君が私に興味を持って聞いてくれたのだったら良かったのに。私の言葉に焦っている姿もすごく可愛い。
彼女の近くにいたくて、腕を組んでカウンターに寄りかかる。まあ正確には今は、彼女よりも彼女の作った料理が気になる。
だから、そばにあった茶色いものをひとつだけ摘まんで食べてみた。
私がよく確かめもせずに口に放り込んだ事に余程驚いたのか、ブランカは素の自分を出し、「骨せんべいが……」と慌てていた。
確かに堅くてびっくりしたけれど、香ばしくてとても美味しい。
初めての食感と味。せっかくなので堪能する。 パリパリしているのは、揚げた魚介類だろうか?
でも、なぜ国外追放?
仮にお腹を壊したとしても、それだけでそんな重い罰を下すほど私を狭量な人間だと思っているの? まあ、よく考えもせずに口走ってしまったのだろうけれど。
王家の者は日頃から毒物に対して耐性をつけているし、光魔法である程度中和もできる。だから余程の事が無い限り、私はお腹を壊さない。
それに、見たところ彼女は料理に関してかなりの腕前があるようだ。焼き立てパンの良い香りが、さっきから私の胃袋をくすぐっている。
「ねぇ、そのパンは? それもブランカが作ったの?」
「いえ、これは元々ここにある……わけないですよね? 焼いたのは私ですけれど、明日マリエッタちゃんが使うという事で」
「わかったわかった。この事は君と私の秘密、にすればいいんだね?」
空腹が我慢出来ないわけではないが、せっかくなので彼女のパンを一番先に食べてみたい。カウンター越しに肘をつき、試しに口を開けてみる。彼女はどうするだろうか?
ブランカはビックリして目を丸くした後、キョロキョロ辺りを見回し、誰もいないのを確認した。それから切ったパンを一口大にちぎると、私の口の中へ放り込んでくれた。
ふふ、君はとっても優しいね? こんな姿の私を、誰にも見られないよう心配してくれたんだね?
でも、大丈夫。
誰に見られても構わない。
私がくつろぐのは君の前だけだから。
隠れて護衛についている『影』達は無論、その事を心得ている。
ねぇ、ブランカ。
君は知っていた?
私は君の前では、自分を飾らなくて良いんだ。本音をぶつけても、王子らしくなくても。昔から私をよく知る君は、嫌な顔なんてしないだろう?
雛鳥が親からエサをもらうように、調子にのって何度か口を開けてみた。その度にブランカは困ったような恥ずかしそうな顔をして、私の口にパンをちぎって入れてくれた。自分で食べた方が早いって、わかってはいるけどね?
でも慌てたような君の仕草も、私が「美味しい」と感想を言った時に嬉しそうに笑ったその表情も、全てが可愛らしくて見てて飽きない。
満ち足りた思いで口の周りをペロリと舐める。ミルクを飲んだ後の猫も、きっとこんな感じかな?
一日の終わりを君と過ごす――
思いがけないご褒美に、明日も私は頑張れそうだ。明日の競技会で私が優勝したら、君はまた、今のように少し恥ずかしそうに、それでも笑ってくれるかな?
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