本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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ルルー先生編

遠い過去の記憶

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 君を見ていると、私は娘を思い出す。
 それは、遠い過去の記憶。この世界に来る前の――。

 幼い君が私を見て嬉しそうに笑う姿は、娘の千波矢がよちよち歩きが成功した時に見せる得意げな笑顔とそっくりで、じんわりと心が温かくなる。
 守ってあげたくなる君の悲しそうな顔は、最後の別れで娘が見せたちょっと拗ねた顔にも似ている。あの時、もしも声をかけていたなら、私はここにはいなかったのだろうか?




 カミーユ=フォルム=ルルーという名前は実はすごく気に入っている。

 遠い過去、前世で読んだ本のフランスの作家と同じ名字で、映画やミュージカルにもなったあの有名な作品は今でもすごく印象に残っている。王子様や公爵様の出てくる絵本が好きだった幼い娘。私の仕事が本格的に忙しくなる前、その娘と二人で劇場に足を運んだ事もある。6歳以下は入場できないけれど、ボックス席なら話は別だ。途中、騒いだりうるさかったら外に連れ出そうと思っていたが、昔の衣装が良かったからか踊りや仕掛けが面白かったからか、千波矢は最後まで熱心にお芝居を見ていた。
 あどけない仕草に時折混じる大人っぽい表情。驚き、笑い、他の観客と同じ所で手を叩く。娘が喜ぶ姿を見ているのが好きだった。ビックリした時にこちらを見てくれるのが嬉しかった。子供らしく甘えてくるのも、帰りの車の中で疲れて眠ってしまった幸せそうな寝顔も、全てが可愛く愛しかった。

 あの頃の私は誰よりも、我が子を溺愛するただの親バカだったと思う。
 だから無意識のうちに、その好きな名前を付けたキャラクターの一人に生まれ変わってしまったのかもしれない。そう、私はこの世界に転生していて過去の記憶を持っている。
 


 ブランカと初めて会ったのは、彼女の家庭教師を『白の将軍』に直々に頼まれ、様子を見に訪れた時だった。

 頼んできた白の将軍、バレリー侯爵は貴族にしては貴賤を問わず誰からも好かれており、陛下からの信頼も厚いと聞く。軍属にしては荒々しいところがあまり感じられず、プラチナブロンドの髪と青い瞳、鼻筋の通った精悍な感じの整った容貌をしている。が、そんな彼は一旦戦場に出ると、鬼神のごとく変貌するのだという。

 私は平民にはかなり難しいと言われている王立学園を、最短かつ首席で卒業したばかりだ。始めは、『そんな小さな子の家庭教師を自分がなぜ?』っとイラっとしたものだが、将軍は身分の低い私に対して押しつけがましくなく、むしろ丁寧な口調で「君さえ良ければ」と付け加えた。
 それでもまだ、私は迷っていた。その時にはもう、この話が貴族達に利用されることを嫌う私のために老師がわざわざ用意してくれていたものだとわかっていたけれど、それでも貴族の家の、しかもまだ小さい我儘娘の為に尽くす行為に、何ら利益があるとも思っていなかったから。

 将軍の方も老師に頼まれただけだろうから、私が断ればすぐに引き下がり、この話自体も無かったことになるだろう。だから別に遠慮は要らない。断りの言葉を口にしようとした私に向かって、しかし将軍は、唐突に自分の娘の自慢話を始めたのだ。

 5歳にしては妙に賢く、本を読みたがること。
 カレント王国の地形や歴史を知りたがり、貴族の話に興味津々であること。
 お転婆だけれど優しく、庭師と共に薔薇の世話を嫌がらずにしていること。
 料理をしようとして母親に怒られ、シュンとした様子がまた可愛らしかったということ。

 傍から聞いたらバカみたいな溺愛ぶり。
 しかも、まだ十代の私には子供がいない。
 そんなやつに話す方も話す方だが、黙って聞く方も聞く方だ。
 それなのになぜだろう? 彼の話を聞いた時、心のどこかが熱くなり、何とも言えない切ない感情が込み上げた。
 後から考えればそれは、彼と私に共通している『親バカな思い』だと理解したが、その時の私はまだ前世を思い出してはいなかった。けれど、その時にはもう家庭教師の口を引き受けようと決めていた。

 人格者として名高い、けれど親バカな白の将軍。その幼い娘を間近で観察し、教育できるというのもなかなか楽しそうだろう?
 私はこう自分に言い聞かせ、薔薇の館と名高いバレリー侯爵家の門をくぐった。



 私を初めて見たブランカは、目を丸くした後で恥ずかしそうに、可愛らしい声で「ルルー先生」と呼んでくれた。私が頷くのを見て、嬉しそうにパッと微笑んだ。それがすごく可愛くて愛しくて、大事な何かを思い起こさせるようで……そして実際に、その瞬間に私は過去の記憶を思い出したのだ。

 家庭教師として勉強を教えながら、私は彼女に自分の娘の幼い頃の姿を重ねていた。もちろん、その時の私は17歳で、5歳の娘を持つには早過ぎる。だから、重ねていたのは転生前に日本で暮らしていた幸せな頃の、父親である自分と千波矢の姿だ。
 
 ブランカはいつでも、私の話を熱心に聞いてくれた。そこに、甘やかされて育った大貴族の娘の印象は無い。わからない事柄があれば知ろうと懸命に努力をするし、質問があれば遠慮なく聞いてくる。おかげで私は、この年にして娘を持つ親の気分を味わえた。
 時々やって来る彼女の幼なじみ、バルディス公爵家のリュークは、彼女がなついている私に対してあまり良い印象を持っていなかったようだ。
 娘にボーイフレンドができたら、こんな感じかな? 同じ位の年の子と仲良くして欲しいと願う反面、恋愛事はまだ早いぞ、と釘を刺すのも忘れない――まあ、注意するのは主にリューク君に対してだけだけど。

 ブランカのおかげで私は、甘くてくすぐったいような幸せな親の気分をこの世界で再び味わうことができた。彼女には感謝をしてもしきれない。気づけば彼女のことを、我が子のように愛しく大切に思うようになっていたから。



 けれど、運命は時として非情で残酷である。
 こんなに素直で愛らしい君が、これから先『悪役令嬢』になってしまうなんて……。
 
 なぜか熱を出して後遺症が残ってしまった君。
 療養のため、王都を離れて田舎にこもるという。
 そんな脚本を指示した覚えは無いし、そんな話は記憶には無い。
 制作を指示した私自身がこの世界に転生した事といい、どこかで何かが、おかしくなっているのではないだろうか?

 それなら私は、私の全てで君を見守ろう。
 あの日――何も言わずに娘と別れ、ずっと後悔していた自分を取り戻すためにも。
 今度こそ私は幼く愛しい者の幸せを願おう。
 たとえこの身を、嫌っていた大きな権力に一旦は預けるのだとしても。



 学園で私に呼び出され叱責されると知りながら、驚き、次いでパッと嬉しそうな表情をしたブランカ。分厚いメガネをかけていても、君の表情や感情は手に取るようにわかるよ? 
 君があの頃のまま、真っ直ぐ素直に育ってくれたと知ってとても嬉しい。君を利用させないため、君が悲しい思いをしないように、私は君の魔法を封じる。君が私に納得のいく理由を伝えない限り、私はこの『魔封じ』を解くつもりはないけれど。

 本当は逆向きに魔法陣を描き息を吹きかけるだけで、『魔封じ』と『所在認識』の呪文は完成する。肩に口づける必要は無い。けれど世の、娘を持つ父親ならみんなが一度は思うはずだ。『愛娘を他の男に渡したくない』と――。
 さすがに娘とも思う少女のファーストキスはいただけないから、肩なら良いかな? 呪文にかこつけてそっと触れる。疑うことを知らない君は、真っ赤になって震えている。そんな所もとっても可愛い。


 ねぇ、ブランカ。まさか、君ではないよね?
 君が私の愛する娘、千波矢ちはやではないよね?

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