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ルルー先生編
懐かしい人
しおりを挟む その人は、私の問いかけにこう答えた。
「久しぶりだね、ブランカ。元気そうで何よりだ」
魔法塔の6階、高等部教師用の『地』の部屋にいらしたのは、懐かしのカミーユ=フォルム=ルルー先生だった。先生には昔、我が家で私の家庭教師をしていただいたことがある。若くてイケメンだけれど物腰が柔らかで落ち着いていた彼に、幼い私はほのかな憧れを抱いていた。
栗色の長い髪で理知的な琥珀色の瞳。
白く繊細な顔に浮かぶのはアルカイックスマイル。
相変わらず周囲を拒むかのようなその表情に、少しだけ寂しくなって胸がツキリと痛む。小さな頃の私はそれでも何も考えず、無邪気に先生の胸に飛び込むことができた。
転生したから中身は大人だったけれど、そこはまあほら、イケメン好きということで……。
けれど外見が大きくなり、中等部の生徒となってしまった今では、そんな真似はできない。しかも今日の私は――。
怒られに来たんだった。
この前カフェテリアで、マリエッタに嫌味を言いに来たセレスティナと取り巻き令嬢達を撃退するために使った『魅了』の魔法。「危ないから絶対使用しないように」と言い渡されていたにも関わらず、威力を試したくてつい使ってしまった。だって、たった1個しか持たない魔法を使えないなんて、魔法科にいる意味無いもの。バレなきゃ少しぐらいは……と、思っていたのが間違いだったらしい。
後から聞いた話によると生徒が普段勝手な行動をしないように、魔法を感知する魔道具が至る所に付いているそうだ。
マリエッタちゃん、お願いだからそれ、早く言って欲しかった。
おかげで私は学園側からの呼び出しに応じ、怒られるために今、この場所にいる。
でも、先生の表情があまり変わらないので、私はここぞとばかりにいろいろ質問をしてみた。
「先生は、いつからここの先生に?」
「あれだけ貴族を嫌っていらしたのに、なぜ貴族の子女が多いこの学園の先生に?」
『学園の先生と生徒』という立場を忘れて遠慮なく聞く私に対して、ルルー先生は昔のように一つ一つ丁寧に答えて下さった。
「……君の所を離れた後、しばらく休養してから、かな?……ここに居れば、いつかは君に会えるとわかっていたからね」
「……小さな君に会って一緒に学んでいく中で、小さなうちから差別や偏見を持たないような教育を受ければ、まともな人間に育つのではないかと思ったんだ」
先生は、以前の私に良い印象を持って下さっていたようなので、このままいけば停学とか謹慎とか、ひどいお咎めは受けずに済むかもしれない!! と、たかを括っていた。
けれど、その考えは甘かった。
「だけど……魔法耐性を持たない者にいきなり魔法を使っても良いと、教えた覚えは無いんだけどね? しかも君、魔法を使うことを老師に禁止されていたんじゃなかったっけ?」
へえー、編入前に魔法の検査をしてくれたお爺さんは『老師』っていうんだ~~。生徒の間では「爺様」で通っているから、私もそう呼んでたし。って、今はそんなことを考えている場合では無かった。超絶美少女のマリエッタちゃんじゃないから、テヘペロしてもやっぱり許してもらえない……わよね?
結果はやっぱりアウトで、私はルルー先生に『魔封じ』の印を肩に刻まれてしまうことになってしまった。その方法はとっても独特で――恥ずかしいから割愛!!
穏やかで私に甘かったはずのルルー先生は、いつの間にかちょっと厳しく、妙に迫力のある人になってしまっていた。魔力がすごいって知っていたけど、彼がここまで何でもできるとは思っていなかった。私の中では『普段は優しいけど怒らせると怖い人』カテゴリーに分類された。触らぬ神に祟りなし。
当分先生を怒らせるのは止めよう!!
先生の魔法で外に出現した、巨大な土の柱。そのてっぺんの窪みに腰かけると、土はエレベーターのようにゆっくりと地面に吸収され、私は楽に6階から地上へと降りることができた。『高位魔法』って素晴らしい! 私にもこんな便利な魔法があれば、『魅了』なんか使わなくても済んだのに……。
ああ、でも『商人のおかみさん』に魔法は要らないか。要るのは巧みな話術と社交性、それと商品に対する知識とお金の管理と……。
魔法が使えなくたって、将来国外追放されて商人のおかみさんになるために、この学園で学べる事はまだまだたくさんありそうだ。もしかして先生は、この事を私に教えたかったのかしら……?
魔法に頼らず勉強しなさいと伝えることといい、怒らせたらおっかない所といい、まるで保護者みたい!
そんなルルー先生は、魔法塔の6階の窓からまだこちらを見てらっしゃるようだ。眼鏡をかけているし、毎日マリエッタちゃんに目の治療をしてもらっているしで、私はぼんやりだけど、だんだん遠くの方まで見えるようになってきた。
いいや。先生かもしれないから、ここはできるだけにこやかに点数稼ぎをしておこう! 笑みを浮かべて手を振る。
ほら、『魔封じ』も早く解除してもらわないといけないし、ね?
クラスに戻ると、マリエッタが心配して待ってくれていた。ライオネルも結果を聞きたいのか側で待機している。
「あのね、『魔封じ』っていって魔法が使えないようにされちゃった……」
私は二人に、魔法塔での先生とのいきさつを話した。てっきり私に同情してくれると思っていたのに、
「これで、ブランカ様はどなたも魅了できませんわね? 確実に私のものですわ!」
なぜかマリエッタの鼻息が荒い。
それに、私のものってどういうこと?
私は悪役令嬢だから、貴女と仲良くしてはいけないの。まあ、眼の治療をしてもらっていて貴女に恩があるから、今まで意地悪手加減していたけれど……。その口ぶりじゃあ、まだまだ甘いって事なのね?
「はん、誰があなたなんかに! それに『魔封じ』されてしまったから、肩より下は魔力のある人お触り禁止!!」
「ええ~~~。そんなぁ、せっかくブランカ様と仲良くくっつこうと思っていましたのに~~」
「女の子同士でおかしいでしょ?! いくらあなたが可愛くても、私はそんな気無いから!」
ライオネルがやれやれ、というように肩をすくめて首を左右に動かしている。
何それ? あなた仮にも『プリマリ』に出てくる攻略対象者でしょ? 見てないでマリエッタを何とかしなさいよ!
「嬉しい! ブランカ様に可愛いって言われちゃったぁ」
え、何でそこだけ?
その後の拒絶の言葉はどうしたの?
完全無視?
ねえ、マリエッタちゃん。
あなたもしかして、自分に都合の良い耳をしている?
聞きたくないことは、もしや全てカットしてる?
そんなたくましくて変な性格、一体誰に似たのやら……。
モデルがいるなら、ぜひ見てみたいものだわ!
「久しぶりだね、ブランカ。元気そうで何よりだ」
魔法塔の6階、高等部教師用の『地』の部屋にいらしたのは、懐かしのカミーユ=フォルム=ルルー先生だった。先生には昔、我が家で私の家庭教師をしていただいたことがある。若くてイケメンだけれど物腰が柔らかで落ち着いていた彼に、幼い私はほのかな憧れを抱いていた。
栗色の長い髪で理知的な琥珀色の瞳。
白く繊細な顔に浮かぶのはアルカイックスマイル。
相変わらず周囲を拒むかのようなその表情に、少しだけ寂しくなって胸がツキリと痛む。小さな頃の私はそれでも何も考えず、無邪気に先生の胸に飛び込むことができた。
転生したから中身は大人だったけれど、そこはまあほら、イケメン好きということで……。
けれど外見が大きくなり、中等部の生徒となってしまった今では、そんな真似はできない。しかも今日の私は――。
怒られに来たんだった。
この前カフェテリアで、マリエッタに嫌味を言いに来たセレスティナと取り巻き令嬢達を撃退するために使った『魅了』の魔法。「危ないから絶対使用しないように」と言い渡されていたにも関わらず、威力を試したくてつい使ってしまった。だって、たった1個しか持たない魔法を使えないなんて、魔法科にいる意味無いもの。バレなきゃ少しぐらいは……と、思っていたのが間違いだったらしい。
後から聞いた話によると生徒が普段勝手な行動をしないように、魔法を感知する魔道具が至る所に付いているそうだ。
マリエッタちゃん、お願いだからそれ、早く言って欲しかった。
おかげで私は学園側からの呼び出しに応じ、怒られるために今、この場所にいる。
でも、先生の表情があまり変わらないので、私はここぞとばかりにいろいろ質問をしてみた。
「先生は、いつからここの先生に?」
「あれだけ貴族を嫌っていらしたのに、なぜ貴族の子女が多いこの学園の先生に?」
『学園の先生と生徒』という立場を忘れて遠慮なく聞く私に対して、ルルー先生は昔のように一つ一つ丁寧に答えて下さった。
「……君の所を離れた後、しばらく休養してから、かな?……ここに居れば、いつかは君に会えるとわかっていたからね」
「……小さな君に会って一緒に学んでいく中で、小さなうちから差別や偏見を持たないような教育を受ければ、まともな人間に育つのではないかと思ったんだ」
先生は、以前の私に良い印象を持って下さっていたようなので、このままいけば停学とか謹慎とか、ひどいお咎めは受けずに済むかもしれない!! と、たかを括っていた。
けれど、その考えは甘かった。
「だけど……魔法耐性を持たない者にいきなり魔法を使っても良いと、教えた覚えは無いんだけどね? しかも君、魔法を使うことを老師に禁止されていたんじゃなかったっけ?」
へえー、編入前に魔法の検査をしてくれたお爺さんは『老師』っていうんだ~~。生徒の間では「爺様」で通っているから、私もそう呼んでたし。って、今はそんなことを考えている場合では無かった。超絶美少女のマリエッタちゃんじゃないから、テヘペロしてもやっぱり許してもらえない……わよね?
結果はやっぱりアウトで、私はルルー先生に『魔封じ』の印を肩に刻まれてしまうことになってしまった。その方法はとっても独特で――恥ずかしいから割愛!!
穏やかで私に甘かったはずのルルー先生は、いつの間にかちょっと厳しく、妙に迫力のある人になってしまっていた。魔力がすごいって知っていたけど、彼がここまで何でもできるとは思っていなかった。私の中では『普段は優しいけど怒らせると怖い人』カテゴリーに分類された。触らぬ神に祟りなし。
当分先生を怒らせるのは止めよう!!
先生の魔法で外に出現した、巨大な土の柱。そのてっぺんの窪みに腰かけると、土はエレベーターのようにゆっくりと地面に吸収され、私は楽に6階から地上へと降りることができた。『高位魔法』って素晴らしい! 私にもこんな便利な魔法があれば、『魅了』なんか使わなくても済んだのに……。
ああ、でも『商人のおかみさん』に魔法は要らないか。要るのは巧みな話術と社交性、それと商品に対する知識とお金の管理と……。
魔法が使えなくたって、将来国外追放されて商人のおかみさんになるために、この学園で学べる事はまだまだたくさんありそうだ。もしかして先生は、この事を私に教えたかったのかしら……?
魔法に頼らず勉強しなさいと伝えることといい、怒らせたらおっかない所といい、まるで保護者みたい!
そんなルルー先生は、魔法塔の6階の窓からまだこちらを見てらっしゃるようだ。眼鏡をかけているし、毎日マリエッタちゃんに目の治療をしてもらっているしで、私はぼんやりだけど、だんだん遠くの方まで見えるようになってきた。
いいや。先生かもしれないから、ここはできるだけにこやかに点数稼ぎをしておこう! 笑みを浮かべて手を振る。
ほら、『魔封じ』も早く解除してもらわないといけないし、ね?
クラスに戻ると、マリエッタが心配して待ってくれていた。ライオネルも結果を聞きたいのか側で待機している。
「あのね、『魔封じ』っていって魔法が使えないようにされちゃった……」
私は二人に、魔法塔での先生とのいきさつを話した。てっきり私に同情してくれると思っていたのに、
「これで、ブランカ様はどなたも魅了できませんわね? 確実に私のものですわ!」
なぜかマリエッタの鼻息が荒い。
それに、私のものってどういうこと?
私は悪役令嬢だから、貴女と仲良くしてはいけないの。まあ、眼の治療をしてもらっていて貴女に恩があるから、今まで意地悪手加減していたけれど……。その口ぶりじゃあ、まだまだ甘いって事なのね?
「はん、誰があなたなんかに! それに『魔封じ』されてしまったから、肩より下は魔力のある人お触り禁止!!」
「ええ~~~。そんなぁ、せっかくブランカ様と仲良くくっつこうと思っていましたのに~~」
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ライオネルがやれやれ、というように肩をすくめて首を左右に動かしている。
何それ? あなた仮にも『プリマリ』に出てくる攻略対象者でしょ? 見てないでマリエッタを何とかしなさいよ!
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