本気の悪役令嬢 another!

きゃる

文字の大きさ
上 下
29 / 50
ジュリアン編

天使なワンコ

しおりを挟む
「ブランカ!!」

   教室のドアを開ける音が聞こえ、私を呼ぶ声がする。


   最近1日1回、昼休みの時間にマリエッタが『光』魔法の癒しの力で、私の眼の治療をしてくれている。方法は至ってシンプルで、私のまぶたに彼女の手を置いて光を目に流し込むだけ。
   柔らかくて優しいマリエッタちゃんの手の平がじわーっと温かくなって光が注ぎ込まれると、何だか目が活性化する。療養中はいくら頑張ってもダメだった視力が、この魔法のお陰で治療の後には一瞬だけメガネが無くても物が見えるようになっていて、少しずつ良くなっているような気がする。

   でも、治療は途中で止める事ができないから、始めたらしばらくは目を開けることができない。目はとても繊細で私もマリエッタもその辺は良くわかっているから、彼女の手に目隠しをされたまま私は声の主に答える。


「もしかして、ジュリアン?」


   私の声を聞きつけたジュリアンらしき人物が息を呑む。こちらに気がついたようだ。プレイしていた『プリマリ』の声そのままだったから、間違ってはいないと思うんだけど……。
   後ろからもう一人足音が聞こえる。マリエッタに目をふさがれたままだから見えないけれど、誰だろう?

「まだかかりそう?」

   その人物が、マリエッタに聞いている。
   ああ、そうか。この声は……。

「ユーリスも一緒なの?」

「見えてないのにわかるんだ。スゴイね!」
   
   私の『プリマリ』ファン歴をめないで欲しい。
   注ぎ込んだ金額はちょっとやそっとじゃありません。
   未だに登場キャラクター全員の声を楽に聴きわけるぐらいは、余裕なのだ。何たってCV(キャラクターボイス)聴くために、ヘッドフォン買い直したぐらいだし。



   マリエッタが手を離した途端、銀色の塊が私に飛び付いてきた。
  
「ブランカ姉様! 会いたかったよ!!」

   ジュリアンは相変わらず子犬のようで愛くるしい。銀色の髪もツヤツヤで、ほっぺはバラ色。大きな緑の瞳もそのまま。
   5歳の時より全体的にスッキリとして大きくなった印象はあるものの、本格的に登場予定の中等部の姿よりは小さくて、相変わらず天使みたいだ。

   ただ、ちょっと……。

   ねぇ、ジュリアン。あなたが抱きついてスリスリしている所、ちょうど私の胸なんだけど。
   きょとんと顔を上げる彼を見た瞬間、そう文句を言おうとしていた気持ちも吹っ飛ぶ。邪気の無い澄んだロイヤルグリーンの瞳が、私を見返している。

   ああ、疑ってゴメンね?
   こんなにも可愛らしく天使のようなあなたが、わざとだなんて考えてしまってゴメンなさい。私はいつの間に、醜い考えをする大人になってしまったのかしら。

   しばらくジュリアンと見つめ合っていたら、ユーリスが話しかけてきた。

「マリエッタの治療後は眼鏡が無くても見えているの?」
   
   そうなのよ~、とユーリスと二言三言交わしていた所、

「ブランカ姉様、こっちー!!」

   と、ジュリアンに首をグキッと回された。
   少なくともジュリアンは、見た瞬間襲って殴り倒したい程、私の事を醜い顔だとは思っていないみたい。回された首は痛いけれど、自分の方を向くようにと言ってくれている。何て寛大な!



   これはあれかな?
   飼い犬がご主人様に一番懐くのと一緒で、小さな頃に私と出会った彼は、どんなに顔がブサイクでも私と向き合うと、決めてくれているのかしら?

   だって久しぶりに会ったというのに、ジュリアンの頭に耳が、お尻にシッポがパタパタしている様子が目に浮かぶようだもの。
   ワンコは頭も良いし賢いから、ジュリアンのイメージにピッタリね!
   そうなるとカイル様はヒョウ、リュークはタカ、ライオネルはライオン、ユーリスはヤギ……のイメージで、マリエッタちゃんがウサギちゃんかしら? あら、じゃあ悪役令嬢な私は? まさか、豚って事は無いわよね。まあ、ミニブタ可愛いから好きだけど。



   ますます自分の顔が気になってきた。
   ブスに偏見は無いけれど、自分が見るに耐えられる顔なのか、それともすぐに殴り倒したくなる程度なのかで、今後の対応も変わってくる。マリエッタちゃんが鏡を取りに行ってくれると言っていたから、さっきから首を長くして待っているのになかなか戻って来る気配がない。
   いつもなぜかとても時間がかかっているから、私は眼鏡無しの自分の顔をまだ一度もまともに見たことがないのだ。

「ゴメンなさいね~ブランカ様。お待たせ~~!!」

    手鏡を持ったマリエッタが戻ってきた。
    ああ、やっと。やっと自分の顔が見られる!
と思ったら、またしてもボヤけてきた。視界の隅にニヤリと笑う彼女が見える。

   ねぇ、マリエッタちゃん。もしかして、わざと?
   わざと私に鏡を見せないようにしているの?
   私の顔はそんなに酷いのかしら? 
   悪役令嬢に意地悪しているあなたは、もしかして真の悪役令嬢?

   

   ああ、そっか。治療の前に鏡を用意しておけば良かったのね? 
 マリーに頼ってばかりだったからダメだったんだ。
 ちゃんと『悪役』していなかったから、ヒロイン自身がわからせようとかつを入れてくれたのかもしれない。

   だから、さっきから心配そうに私の腰に手を回している銀色ワンコに『大丈夫よ』という風に微笑みかけて彼の頭を撫でる。嬉しそうに、また頭をスリスリしてくる様子がとても可愛い……けど、やっぱりそこ、胸だし。




   お昼の休み時間は短かかったから、放課後残って待ってくれていたジュリアンと少しだけ話をした。初等部は寮生活では無いから、彼は毎日王宮から学園まで馬車で通っているのだという。ユーリスも王都に別宅があるため、そこから通っているそうだ。

   本当は、マリエッタの攻略者に意地悪する目的以外で自分から接触するのは良くないと思うんだけど。でも、自分に課したルールを破ってでも、真っ直ぐに私を慕ってくれるジュリアンと話をしてみたかった。それほど彼は愛くるしく、逆らい難い魅力があるから。

   ゲームの中では腹黒肉食系男子だったジュリアン。だけど、このまま素直に育ってくれれば良いと思う。……ああ、でもそれだとマリエッタちゃんを手に入れる事はできないか。彼女より二歳も年下で『プリマリ』でのスタートも誰よりも遅れてしまうから、顔に似合わず強引で無いとダメなんだ。こんなに可愛いらしいのにガツガツ肉食系男子になるなんて、何だかちょっともったいないなぁ~~。



「どうしたの、ブランカ姉様。何でそんなに困った顔をしているの?」

   分厚いメガネに覆われているから私の表情は読めないはずなのに。
 す、鋭い! もしかしてこの子、本当に天使なんじゃ……?

「どうしてそう思ったの?」

「ん? 何となく……。何かボンヤリしていたし。僕と一緒じゃつまらない?」

   きゅるんとした顔を悲しそうに歪めて、な、何て事を聞いてくるんじゃ~~! 
   こんなに可愛い弟みたいなワンコといるのに、そんなわけないじゃない!!
 私はむしろ、あなたの将来を心配しているの。

「まさか。でも、ジュリアンこそどうなの? 私と一緒で大丈夫? 好きな人と一緒が良いんじゃないの?」

 私が学園にいないうちに、マリエッタとの淡い恋が始まっていたりして。
 まだ小さいからそんなに濃厚シチュエーションはないと思うけど、もしそうならスチルは全部回収しておかなくちゃ。
   
 ポッとほおを赤くして、照れるジュリアン。
 あら? この反応はもしかして……。 
 恥ずかしいの? それともマリエッタに既に恋をしているの?
 どっち?
 
「ねえ、ジュリアン。ちょっと早いとは思うけれど、あなたがそんなに彼女のことが大好きなら、特別に応援してあげるわよ?」

 贔屓ひいきするのは良くないけれど、最年少の彼にはただでさえハンデがあるんだもの。私が間に入ることで、少しでも腹黒肉食が回避されれば良いなと思う。

「……別に今、好きな人はいないけれど。ねえ、ブランカ姉様は一体誰の事を言っているの?」

 可愛らしくほおを染めていたはずのジュリアンが、明らかにムスッとした様子になっている。あらら? 私、何か間違えちゃったのかしら。こんな話は彼にはまだ早かった?

「誰って……。ごめんなさい、私ったら勘違いをしていたみたい。あなたがもっと大きくなって自分の気持ちに気がつくのを待ちましょう」

 そう答えた私の言葉に、何とも言えない表情をしたジュリアン。
 その顔は一瞬、大きくなってスチルから抜け出たものかと見紛うほど、大人っぽく切ないものだった。
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 18

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

本気の悪役令嬢!

きゃる
恋愛
自分に何ができるだろう?  そう考えたブランカは、旅に出ます。国境沿いのブランジュの村からまずは国外へ。「海が見たい」と言ったから。 優しくイケメンの旦那様に溺愛されてイチャイチャの旅になるはずが……? いつもありがとうございますm(__)m 本編再開させます。更新は不定期ですが、よろしくお願いいたします。 書籍に該当しない部分と裏話、その他の攻略者の話、リューク視点は 『本気の悪役令嬢 another!』へ。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...