本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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カイル編

君を独り占め

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 私はカイル。この国の第二王子だ。
 王子の身分はわずらわしいばかりで、取り立てて良いと思ったことは無かった。
 少なくとも、昨日までは。
 昨日、懇意にしている歴史学の教授が私の顔を見るなりこう言った。

「下のクラスに1人、編入生が来るよ。今日は学園の案内を頼まれただけだから、実際には明日からだろうけれど」
 
 きっとブランカだ!
 マリエッタやリュークから、昨日彼女が魔力検査を受けに来ていたことを聞いていた。王都に戻って、すぐに王宮にも挨拶に寄ったみたいだ。けれど学園にいた私は、残念ながら一番に会うことはできなかった。リュークの話では、厚いメガネをかけているけれど、以前と変わらず元気そうだったという。
   私も彼女と直接会って話がしたかった。幸い今日の選択科目の『薬学Ⅱ』は自習で、この後の時間なら空いている。

「監督生として、編入生の案内を私に任せていただけませんか?」

 日ごろ真面目に授業を受けていた態度が功を奏したのか、それとも王家の人間だからか、先生はすぐに了承して下さった。

「ありがとうございます。感謝します」

 頭を下げてそう言うと、教務課のある棟へ走った。
 こんな私は浮かれているだろうか?
 でも、ブランカに会うのは実に4年ぶりだ。
 彼女がどんな風に変わったのか興味があるし、変わらないであの頃のままでいて欲しい、と願う気持ちもある。とにかく会って話をしてみない限り、今の彼女の人となりはわからない。


 
 手続きを終えて教務課棟から出てきたブランカ。その特徴的な淡い色の髪はすぐにわかった。
 昔と同じように、目にした瞬間心臓がドクンと音を立てたような気がした。彼女はあの頃よりも背が伸びていたけれど、私の腕の中にすっぽり納まってしまうくらい、華奢で小さく感じられた。

 ねえ、ブランカ。君は私を見てどう思う?
 私は君にまた会えて、とても嬉しいよ。
 大きく厚い眼鏡に隠された彼女の表情は読めない。私を見て、少しでも嬉しいと思ってくれればいいけれど。
 彼女が口にしたのは、私が全く予想もしていない言葉だった。

「あの……カイル様。学園の案内って無料ですよね?   課金した方が良いですか?」

『かきん』って?
 聞きなれない言葉でごまかすほど、私と一緒にいるのは嫌なのだろうか? 急激に気分が下降していく。

「え? かきんって何? 私が嫌なら他の人に代わってもらうこともできるけれど……」

 表情を隠す事には慣れていた。
 動揺を顔に出さずに言いながら、実はすごく落ち込んでいた。本来なら、教授が彼女を案内するはずだった。授業が無いのを良いことに、私が先ほどその役目を代わってもらったのだ。ブランカは私より、教員に案内されたかったのだろうか?
 続く彼女の言葉を聞いて私はホッと安心した。

「そ、そ、そんな滅相もない! 私ごときがカイル王子の貴重なお時間を搾取してしまってよろしいものかと。それにチェンジなんてとんでもない! むしろ、ひれ伏してお願いしたいくらいです!」

   久々に会った彼女が私に遠慮していると知って、いじらしくてますます愛しく思えた。だから思わず本音を漏らしてしまった。

「ふふ。ブランカは、相変わらず面白いね? 久しぶりに元気な君に会えて嬉しいよ。これからの学園生活もとても楽しくなりそうだ」

 恥ずかしそうにほんのりと頬を染めた彼女。その後で、楽しそうに鼻歌を歌いながら私の後をついて歩く。

 ああ、やっぱり君は可愛いな。
 私はまだ、君以上に私の心を動かす女性に会ったことは無いんだ。君が病気をせず、侯爵家から婚約の話を無かった事にされていなければ……

 途中で多くの生徒とすれ違い、何人からかは問いかけられるような視線も向けられた。けれど、ブランカとの時間を邪魔されたくなかったから、彼らが口を開かないように目で制する。

 貴族の序列として、身分の高い者が口を開かない限り下の者から話しかけてはいけない。学園に限ってはそのルールはあてはまらないけれど、自然と身についた貴族の習慣はなかなか抜けないものらしい。特に今は私が無表情なせいか、誰も話しかけてはこない。   
   今回ばかりは遠慮なく、生徒の中で最上位の自分の身分を利用させてもらうことにした。
 おかげでブランカと二人、ゆっくり学園内を見て回ることができた。



 学園内の敷地は結構広く、足を悪くして療養に行っていた彼女には辛いだろう。その事をすっかり失念していた。私ばかりが楽しくて、彼女に無理をさせたのではないといいけれど。途中で「手を繋ごうか」と提案してみた。けれど、またもや「無料ですか?」と変な事を聞かれてしまったから、嫌だったんだなと諦めた。

 まあいいか。
 ブランカが学園に入ってくれたから。
 これから時間はたっぷりある。
 彼女を怖がらせないように少しずつ距離を縮めて、私のことを理解してもらおう。

 それなのに――



 何か質問があるか、と聞いた私に、返ってきた答えがまたもや予想外だった。

「あの……私が眼鏡を外したら、ご迷惑になるのでしょうか?」

 私の前で無防備に眼鏡を外してそんな事を聞いてくるから、一瞬返答に困ってしまった。眼鏡を取った彼女の素顔を見た瞬間、リュークの気持ちがすごく良くわかった。確かにこれは、誰にも見せたくないかもしれない。

「……。リュークからは、君は眼鏡を外すと何も見えなくなるようだと聞いているよ? 無理して見えるふりをする必要もないし、君自身が襲われないようにする為にもかけておいた方が良いと私も思う」

 ブランカにはハッキリと言っておかないとダメだろう。学園には中等部だけでなく高等部の生徒もいるし、貴族の中には品性に欠ける者も少ないながらも存在している。
 真っ白な肌と紅い唇、目立つ濃い紫色の瞳はほとんど見えていないとはいえ、異性を惹きつけるには十分だ。いつどこで、誰に狙われ襲われないとも限らない。

 優しい口調で警告しただけなのに、彼女は明らかにガッカリした顔をした。それなのに、唇を微笑みの形に変えて無理に笑おうとしているから、その表情に胸がひどく締めつけられて苦しくなった。

「ブランカ。困ったことがあれば私がいつでも力になるから。すぐ上の教室にいるから、いつでも訪ねておいで」

 そう言ったのは本心から。
 君を助けたいと思ったから。
 悲しそうな表情は似合わない。
 何かを諦め、辛そうな表情をしている君を見たくは無いから。


 ブランカを独り占めして一緒に過ごした午後の時間。
   この先もずっと君に頼られる存在でありたいと、この時私は決意した。

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