6 / 50
カイル編
想いを風に乗せて
しおりを挟む
ブランカが療養のために王都を去ってまだ1年も経たないというのに、我々の周りは大きく変わっていた。
誰も何も言わないものの、自分自身を高めようとそれぞれ努力をしているように思う。魔法が発現している私やリュークは、精度を高めるために訓練を始めたし、ライオネルは剣術と馬術の鍛錬に余念がない。ユーリスも辺境という土地柄上、馬に乗らなくてはならないし、最近は頻繁に王都にある屋敷を訪れて王宮内の図書館へ通い詰めていると聞いた。
ジュリアンは貴族の礼儀作法や歴史、帝王学などを積極的に学び始め、近頃は教師も舌を巻くほどの力の入れようだと聞いている。
食えない父に上手く誘導されて私もこの3つ下の従弟の勉強を時々見てあげているが、ゼロからのスタートの割には同い年の平均をとうに越してしまっている。完璧なマナーや態度を学ぼうと心掛けているからか、礼儀知らずな頃の面影は既にどこにも見られない。
一番大きく変わったのは、マリエッタ。
以前はおとなしく引っ込み思案な性格だったと思うけれど、ブランカの真似をしているからか、ハキハキと思った事を口に出しよく喋るようになった。好き嫌いがはっきりしていて感情を表に出し過ぎているきらいはあるが、笑ってごまかす他の令嬢達に比べれば、そちらの方が好感が持てる。
リュークもどうやら私と同じ事を思っているようで、時々面白そうな目をして彼女を見ている。マリエッタに幼なじみのブランカの事を重ねて見ているのかもしれないけれど、どうせならそのまま、彼がマリエッタを選んでくれた方が私としてはありがたい。
婚約の話が消えた時――
彼女が私の目の前で倒れて、何日も高熱を出して寝込んだ時から嫌な予感はしていた。直ぐに見舞いに行きたかったが「うつる病気かもしれませんから、カイル様はご遠慮を」と、周りの人間から止められてしまった。
個人である前に王子の立場である以上、自分の思いや感情を優先させる事が出来ない。そんな時はいつも、王家に生まれた自由になれない我が身を呪わしく思う。
だから嫌な予感が当たって、ブランカの後遺症を理由に侯爵家が「婚約の話は辞退します」とはっきり断ってきた時には、目の前が真っ暗になった気がした。
その時初めて私は、モヤモヤしていた自らの感情に気がついた。
ああ、そうか。
私はブランカの事が好きなんだ……
大人のように激しく苦しい恋では無いけれど、彼女のそばにいるだけでなぜか心が満たされ楽しい気分になるし、そんな自分が嫌いでは無い。
頭が良くハッキリとした意見を述べ、曲がった事が大嫌いな彼女。
子どもらしくない偉そうな物言いも、すぐにマリエッタに突っかかる所も、悪ぶっている仕草も全てが面白く、いつ見ても笑ってしまう。
そういえば以前お茶会の席でも、
「フン、美少女だからって私に指図しないでよね! あなたなんかにそばに来て欲しく無いわ! さっさとそちらの男子に囲まれちゃえば?」
なんて言うから可笑しかった。
それは、悪態を吐いていると見せかけてマリエッタを褒めているの?
それとも席を譲っているの?
澄んだアメジストのような瞳も珍しい淡い紫の髪も、見かけただけで嬉しくなってしまうくらいには、彼女の事が好きだった。リュークには負けたくないと初めて思った。
だからこそ、彼女の意に沿わぬ婚約はしたく無かった。
「バレリー侯爵側が少しでも嫌がったら、この話は無かったことに。婚約だけとはいえ万が一解消に至った場合、女性の側の負担が大き過ぎます」
父にはそう言った。
けれど実際に、断られて王都から去られるとなるとキツかった。
「足も目も私は何も気にしていない。君が君であるならば、私はそれで構わない」
王子の立場をかなぐり捨ててそうハッキリと言えたなら、どんなに良かった事だろう。待っているから帰っておいでと伝えられたら、どんなにスッキリした事だろう。
だから口には出さないものの、皆と同じく私も自分を高めようと努力をしながら、君の帰りを待っている。せめて『好きだ』というこの想いだけでも、風が君の元へと運んでくれたなら……
今の私は願って止まない。
誰も何も言わないものの、自分自身を高めようとそれぞれ努力をしているように思う。魔法が発現している私やリュークは、精度を高めるために訓練を始めたし、ライオネルは剣術と馬術の鍛錬に余念がない。ユーリスも辺境という土地柄上、馬に乗らなくてはならないし、最近は頻繁に王都にある屋敷を訪れて王宮内の図書館へ通い詰めていると聞いた。
ジュリアンは貴族の礼儀作法や歴史、帝王学などを積極的に学び始め、近頃は教師も舌を巻くほどの力の入れようだと聞いている。
食えない父に上手く誘導されて私もこの3つ下の従弟の勉強を時々見てあげているが、ゼロからのスタートの割には同い年の平均をとうに越してしまっている。完璧なマナーや態度を学ぼうと心掛けているからか、礼儀知らずな頃の面影は既にどこにも見られない。
一番大きく変わったのは、マリエッタ。
以前はおとなしく引っ込み思案な性格だったと思うけれど、ブランカの真似をしているからか、ハキハキと思った事を口に出しよく喋るようになった。好き嫌いがはっきりしていて感情を表に出し過ぎているきらいはあるが、笑ってごまかす他の令嬢達に比べれば、そちらの方が好感が持てる。
リュークもどうやら私と同じ事を思っているようで、時々面白そうな目をして彼女を見ている。マリエッタに幼なじみのブランカの事を重ねて見ているのかもしれないけれど、どうせならそのまま、彼がマリエッタを選んでくれた方が私としてはありがたい。
婚約の話が消えた時――
彼女が私の目の前で倒れて、何日も高熱を出して寝込んだ時から嫌な予感はしていた。直ぐに見舞いに行きたかったが「うつる病気かもしれませんから、カイル様はご遠慮を」と、周りの人間から止められてしまった。
個人である前に王子の立場である以上、自分の思いや感情を優先させる事が出来ない。そんな時はいつも、王家に生まれた自由になれない我が身を呪わしく思う。
だから嫌な予感が当たって、ブランカの後遺症を理由に侯爵家が「婚約の話は辞退します」とはっきり断ってきた時には、目の前が真っ暗になった気がした。
その時初めて私は、モヤモヤしていた自らの感情に気がついた。
ああ、そうか。
私はブランカの事が好きなんだ……
大人のように激しく苦しい恋では無いけれど、彼女のそばにいるだけでなぜか心が満たされ楽しい気分になるし、そんな自分が嫌いでは無い。
頭が良くハッキリとした意見を述べ、曲がった事が大嫌いな彼女。
子どもらしくない偉そうな物言いも、すぐにマリエッタに突っかかる所も、悪ぶっている仕草も全てが面白く、いつ見ても笑ってしまう。
そういえば以前お茶会の席でも、
「フン、美少女だからって私に指図しないでよね! あなたなんかにそばに来て欲しく無いわ! さっさとそちらの男子に囲まれちゃえば?」
なんて言うから可笑しかった。
それは、悪態を吐いていると見せかけてマリエッタを褒めているの?
それとも席を譲っているの?
澄んだアメジストのような瞳も珍しい淡い紫の髪も、見かけただけで嬉しくなってしまうくらいには、彼女の事が好きだった。リュークには負けたくないと初めて思った。
だからこそ、彼女の意に沿わぬ婚約はしたく無かった。
「バレリー侯爵側が少しでも嫌がったら、この話は無かったことに。婚約だけとはいえ万が一解消に至った場合、女性の側の負担が大き過ぎます」
父にはそう言った。
けれど実際に、断られて王都から去られるとなるとキツかった。
「足も目も私は何も気にしていない。君が君であるならば、私はそれで構わない」
王子の立場をかなぐり捨ててそうハッキリと言えたなら、どんなに良かった事だろう。待っているから帰っておいでと伝えられたら、どんなにスッキリした事だろう。
だから口には出さないものの、皆と同じく私も自分を高めようと努力をしながら、君の帰りを待っている。せめて『好きだ』というこの想いだけでも、風が君の元へと運んでくれたなら……
今の私は願って止まない。
0
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
お気に入りに追加
1,432
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
本気の悪役令嬢!
きゃる
恋愛
自分に何ができるだろう?
そう考えたブランカは、旅に出ます。国境沿いのブランジュの村からまずは国外へ。「海が見たい」と言ったから。
優しくイケメンの旦那様に溺愛されてイチャイチャの旅になるはずが……?
いつもありがとうございますm(__)m
本編再開させます。更新は不定期ですが、よろしくお願いいたします。
書籍に該当しない部分と裏話、その他の攻略者の話、リューク視点は
『本気の悪役令嬢 another!』へ。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!
春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前!
さて、どうやって切り抜けようか?
(全6話で完結)
※一般的なざまぁではありません
※他サイト様にも掲載中
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる