本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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児童期 回想編

田舎でのんびりスローライフ

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 結局、ただの『知恵熱』だと思っていたものは『魔法欠損型魔力性小児麻痺』というものだった。この世界でも非常に珍しい病気で、魔力があるのに魔法が使えない子供がなってしまうものらしい。ようやく熱が下がった時には、視力が低下し左足首から下に麻痺が残ってしまった。私と母は王都を離れ、国境にほど近いブランジュの村の別荘に療養に行くことにした。

 当然、婚約の話は辞退した。
 コンタクトのない世界、美醜が重視される貴族社会で分厚いメガネは異様だし、麻痺の残る足ではダンスを踊るどころか優雅に歩くことすらままならない。
   王家のカイルにしろ公爵家のリュークにしろ、相手はうちより格上だ。迷惑をかけてはいけないし、彼らは相当のイケメン。侯爵令嬢程度の私を相手にしなくても、婚約者候補ならいくらでもいる。最後にはどうせマリエッタちゃんを好きになると決まっているから、別に焦らなくても大丈夫!

   熱を出したのが私で良かった。ヒロインであるマリエッタではなかったから、攻略者達も悲しまず、ストーリーはこれまで通り順調に進んでいくに違いない。

 婚約を辞退した後に会ったカイル様は、残念そうな顔をして下さった。リュークのいる公爵家はそれでも良いと言って下さった。例え社交辞令でも、私にはそのお気持ちだけでありがたかった。だって本当は仮の婚約者。「親同士が強引に決めた事で、彼女に愛情を感じた事は無い」はずだものね?



 それでも、王都を離れる時はとっても寂しかった。

 何故かすごく悲しんだのは家庭教師のルルー先生。
 中身が24歳の私がとってもなついていた知的イケメンで大人……だと思っていたら18歳になったばかりの彼は、後の『プリマリ』の舞台となる『王立カルディアーノ学園』の卒業生。マリエッタちゃんの攻略者じゃないから遠慮なく話せたし、将来は学者になるって知っていたから、魔法のことも憧れの学園のこともいろいろ教えてもらえて楽しかった。

 彼は最後の授業の時、私を引き寄せローブにすっぽりくるんだ後で、綺麗な琥珀色の瞳を近付けてきた。先生はそのまま、私の目をひたと見据えて寂しそうにこう言った。

「ねえ、ブランカ。君はこれから、とても数奇な運命をたどることになるだろう。けれど何事も冷静に判断することを忘れないで。君が君らしくある限り、その姿勢を認めて心から愛してくれる人が必ず現れる。私は一緒に行くことはできないけれど、いつだって君のことを気にかけているよ? 私が教えた事を忘れないで」

 うん、知ってるー。
 国外追放された後は他国の商人から愛されて、彼の奥さんになるんだもんね。どこの誰かはわからないけれど。

 先生はいつだって穏やかで優しくて、私の憧れの存在だった。彼に褒められたくて少しでも認められたくて、私は頑張った。教えて頂いたことを決して無駄にはしないから。だからもう、そんなに心配しないで?
 ほのかな思いは言葉に出さずに、私はルルー先生にギュッとしがみついてお別れをした。



 仲良くなった『プリマリ』の登場人物達とのお別れは、それよりももっと辛かった。
 マリエッタちゃんはヒロインであるにも関わらず、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。カイル様は「自分の光魔法で癒す」と言って下さったけれど、私は彼が『光』の癒し魔法が得意でないことを知っている。今はもうその優しさだけで十分だ。

 ジュリアンは大きな瞳で私を見上げて「僕、勉強頑張るから。帰ったらいろいろ教えて!」とすがり付いて言ってきた。あまりの可愛らしさに「銀色ワンコ一つ。持ち帰りで」と言い出さなかった自分は偉い。

 ライオネルは「帰ったら遊ぼう」と言ってくれたけれど、彼は勉強しないといけないと思う。確か学園への入学はギリギリの成績だったはずだ。勉強すればするだけすぐに伸びるけれど、今は剣の稽古の方が楽しいみたい。

「勉強頑張って」と言ってくれたユーリスは逆に遊ばないといけないと思う。人間、遊びの部分がないといつか疲れてしまう。現に残業続きで『プリマリ』しかしていなかった自分でさえ、疲れ切って亡くなってこの世界に転生してしまったから。

 リュークからは憎まれ口とともに、彼の髪と同じ水色のバラをもらった。マリエッタちゃん用のアイテムかと思って一瞬ドッキリしてしまったけれど、そんなわけないか。

 みんなが泣きそうな顔でこちらを見るから、私も思わず泣いてしまった。『悪役令嬢』だというのに、我ながら情けない。でも、戻ってきたら今度こそ、きっちりしっかり働きますから!!


 ☆☆☆☆☆


 王都は遥か遠く、豪奢ごうしゃな王宮や懐かしい街並み、大好きな人達にも思い出の中でしか会えない。けれど私は諦めたわけではないから、田舎でのんびり療養しつつ学園に行ける機会チャンスを待つつもりでいる。

 ここではロバの乗り方を覚えたし、使用人が少ないから料理だって手伝わせてもらえた。懐かしい居酒屋メニューや将来商人のおかみさんになって売り歩くための商品だって開発している。近くに子供がいないことを除けば寂しくなんかないし、田舎暮らしもそうそう悪いもんじゃない。
 景色はきれいだし食べ物は美味しいし、村の人たちはいつだってとても温かい。隣の町には眼鏡の工房だってあったから、眼鏡をかければ少しはまともに見えるようにもなってきた。リハビリも痛いことを除けば順調で、林檎の木にだって登れるようになってきた。だから、リハビリが嫌で時々逃げ出した事はあくまで内緒にしておこう。

   この世界に転生してきた私だから――

 始めから多くを望まなければ、心が傷つくことは決してないと知っている。辛いことがあっても諦めてさえいなければ、道はきっと拓かれるはず。私には、ほんの少しの幸せだけがあれば良いから。


 いつか来る学園生活、『プリマリ』の日々を夢見て私は今日も田舎暮らしを満喫している。

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