13 / 25
ランバートの苦悩(3)
しおりを挟む
驚いてランバートを見る。
彼は中庭まで来ると、クラリベルの手を離し、向かい合った。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺はあんたとの結婚がいやなわけじゃない。叔父上が、……コールマンが勝手に話を進めていくのが納得いかないんだ」
「それで、ああいう婚礼をやるわけ?」
嫌味ったらしく言ってやると、ランバートはうなだれた。
「あれは……。どうにかしてつぶしたかったんだ。でも母上も叔父上の言いなりかと思ったらかっとして……。あんたが納得いかないんだったら、もう一度やりなおそう」
クラリベルはあきれて眉をひそめた。
「二回婚礼やるっていうの? こっけいよ、そんなの」
「ああ……。そうだよな、ごめん」
ランバートは素直に謝った。クラリベルはなんだか意外に思った。今までとイメージが違う。
じっと見つめるクラリベルの前でランバートは何かを言いあぐねていたが、決心したように彼女を見た。
「話したいことがあるんだ。……できれば、人のいないところで」
後半は声をひそめ、ささやくように言われて、クラリベルは思わず後ずさった。
ランバートはハッとしたように、
「いやっ違う! そういう意味じゃなくて、本当に内密な話なんだ」
とやっぱり小声で言った。
クラリベルは少し考え、そして提案した。
「私の部屋に行きましょう。ここから近いし」
部屋で待機していたシェリスは、ランバートの姿を見るとびっくりして目をまん丸にした。しかしクラリベルが「人払いを」と言うと、心得たように頷き、おとなしく出ていった。
ランバートは椅子に腰をかけようとして一輪ざしに気づき、口元をほころばせた。
「ああ、飾ってくれているんだ」
クラリベルは急に恥ずかしくなり、あわてて言った。
「ま、まあ一応ね。でもあなたじゃなくて、エヴァレットが気を利かせてくれているんだと思ってたわ」
「あいつなら、もっと豪華な花束を届けるよ」
笑いながらランバートは、クラリベルを見た。
「あんたって、なんか大国の姫らしくないよな。その辺の町娘ってかんじで」
「悪かったわね。どうせ育ちが悪いのよ。がっかりしたでしょ、肖像画と違って」
「いや、黙って立っていれば似てなくもないよ」
本人の肖像画に似てなくもないとはどういうことだろうか。少なくともほめられてはいないだろう。
クラリベルが顔をしかめると、ランバートは困ったような表情をした。
「ごめん、けなすつもりはないよ。って、けなしてるみたいだよな。ええと……」
そんな彼を見ていると、クラリベルもどうでもよくなってしまった。
「いいわよ、気にしなくて。それより話って何?」
先を促すと、ランバートはほっとしたように話し始めた。
「父上はもう死んでいるかもしれないんだ」
クラリベルはのけぞった。
「いきなりなによ! 前置きしてよ」
ランバートは驚いたように口ごもった。
「前置きって……。何から話せばいいんだろう」
彼はそう言って悩み始めた。らちがあかないので、仕方なく続きを促した。
ランバートは悩むのをやめ、話を再開した。
「ちょうど四月前(よつきまえ)、父上が病になられたと聞いた。王の一大事だし、あわててお見舞いに行こうとすると、コールマンが面会謝絶だと言った。おかしいじゃないか。主治医でもない叔父上に何の権限があるっていうんだ」
「じゃあ、お父上が今どんな状態なのか、あなたも知らないの?」
ランバートは頷いた。
「エヴァレットやオデッタに探りを入れてもらったが無駄だった。そうこうするうちに、今度はセルモア王国の王女との縁組が調ったと言ってきた。王のご意思だという。確かに父上はそれを望まれているかもしれないが、今回は違うな」
「どうしてわかるの?」
「父上は、こういってはなんだが小心者だ。すべて周囲の者に相談しないと事が進まない。それになかなか他人を信用しないから、実の弟を宰相にすえたんだ。今度のあんたとの縁談だって、真っ先に俺に言うはずだから」
腕を組んだランバートをクラリベルは見つめた。彼は遠くを見るように目を細めた。
「俺は叔父上が何か企んでいると思っている。父上の急病も俺たちの縁組も、すべてが彼の思惑に沿って進んでいるとしか思えない。だからすべてがわかるまで、他人でいることを許してもらえないだろうか」
強い意志を秘めた黒い瞳が、クラリベルを射抜いた。彼女は息をのんだ。
「本当は、父上と母上が一緒にいらっしゃる前で婚礼をしたかった。近隣諸国の王族や、クラリベルのご両親にもお披露目していない。クラリベル、あんたはもう婚礼はしないって言ったが、俺はもう一度正式に儀式を行いたいんだ」
クラリベルは黙ってランバートを見た。彼も見つめ返してくる。彼女は小さくため息をついた。
「わかった、あなたがそこまで言うのなら。私も、一生一度のものがあれじゃあ嫌だし」
「ありがとう」
ランバートはふわりと笑った。クラリベルはなぜか安心した。
彼は中庭まで来ると、クラリベルの手を離し、向かい合った。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺はあんたとの結婚がいやなわけじゃない。叔父上が、……コールマンが勝手に話を進めていくのが納得いかないんだ」
「それで、ああいう婚礼をやるわけ?」
嫌味ったらしく言ってやると、ランバートはうなだれた。
「あれは……。どうにかしてつぶしたかったんだ。でも母上も叔父上の言いなりかと思ったらかっとして……。あんたが納得いかないんだったら、もう一度やりなおそう」
クラリベルはあきれて眉をひそめた。
「二回婚礼やるっていうの? こっけいよ、そんなの」
「ああ……。そうだよな、ごめん」
ランバートは素直に謝った。クラリベルはなんだか意外に思った。今までとイメージが違う。
じっと見つめるクラリベルの前でランバートは何かを言いあぐねていたが、決心したように彼女を見た。
「話したいことがあるんだ。……できれば、人のいないところで」
後半は声をひそめ、ささやくように言われて、クラリベルは思わず後ずさった。
ランバートはハッとしたように、
「いやっ違う! そういう意味じゃなくて、本当に内密な話なんだ」
とやっぱり小声で言った。
クラリベルは少し考え、そして提案した。
「私の部屋に行きましょう。ここから近いし」
部屋で待機していたシェリスは、ランバートの姿を見るとびっくりして目をまん丸にした。しかしクラリベルが「人払いを」と言うと、心得たように頷き、おとなしく出ていった。
ランバートは椅子に腰をかけようとして一輪ざしに気づき、口元をほころばせた。
「ああ、飾ってくれているんだ」
クラリベルは急に恥ずかしくなり、あわてて言った。
「ま、まあ一応ね。でもあなたじゃなくて、エヴァレットが気を利かせてくれているんだと思ってたわ」
「あいつなら、もっと豪華な花束を届けるよ」
笑いながらランバートは、クラリベルを見た。
「あんたって、なんか大国の姫らしくないよな。その辺の町娘ってかんじで」
「悪かったわね。どうせ育ちが悪いのよ。がっかりしたでしょ、肖像画と違って」
「いや、黙って立っていれば似てなくもないよ」
本人の肖像画に似てなくもないとはどういうことだろうか。少なくともほめられてはいないだろう。
クラリベルが顔をしかめると、ランバートは困ったような表情をした。
「ごめん、けなすつもりはないよ。って、けなしてるみたいだよな。ええと……」
そんな彼を見ていると、クラリベルもどうでもよくなってしまった。
「いいわよ、気にしなくて。それより話って何?」
先を促すと、ランバートはほっとしたように話し始めた。
「父上はもう死んでいるかもしれないんだ」
クラリベルはのけぞった。
「いきなりなによ! 前置きしてよ」
ランバートは驚いたように口ごもった。
「前置きって……。何から話せばいいんだろう」
彼はそう言って悩み始めた。らちがあかないので、仕方なく続きを促した。
ランバートは悩むのをやめ、話を再開した。
「ちょうど四月前(よつきまえ)、父上が病になられたと聞いた。王の一大事だし、あわててお見舞いに行こうとすると、コールマンが面会謝絶だと言った。おかしいじゃないか。主治医でもない叔父上に何の権限があるっていうんだ」
「じゃあ、お父上が今どんな状態なのか、あなたも知らないの?」
ランバートは頷いた。
「エヴァレットやオデッタに探りを入れてもらったが無駄だった。そうこうするうちに、今度はセルモア王国の王女との縁組が調ったと言ってきた。王のご意思だという。確かに父上はそれを望まれているかもしれないが、今回は違うな」
「どうしてわかるの?」
「父上は、こういってはなんだが小心者だ。すべて周囲の者に相談しないと事が進まない。それになかなか他人を信用しないから、実の弟を宰相にすえたんだ。今度のあんたとの縁談だって、真っ先に俺に言うはずだから」
腕を組んだランバートをクラリベルは見つめた。彼は遠くを見るように目を細めた。
「俺は叔父上が何か企んでいると思っている。父上の急病も俺たちの縁組も、すべてが彼の思惑に沿って進んでいるとしか思えない。だからすべてがわかるまで、他人でいることを許してもらえないだろうか」
強い意志を秘めた黒い瞳が、クラリベルを射抜いた。彼女は息をのんだ。
「本当は、父上と母上が一緒にいらっしゃる前で婚礼をしたかった。近隣諸国の王族や、クラリベルのご両親にもお披露目していない。クラリベル、あんたはもう婚礼はしないって言ったが、俺はもう一度正式に儀式を行いたいんだ」
クラリベルは黙ってランバートを見た。彼も見つめ返してくる。彼女は小さくため息をついた。
「わかった、あなたがそこまで言うのなら。私も、一生一度のものがあれじゃあ嫌だし」
「ありがとう」
ランバートはふわりと笑った。クラリベルはなぜか安心した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる