君のために

野宮雪菜

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ランバートの苦悩(3)

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 驚いてランバートを見る。
 彼は中庭まで来ると、クラリベルの手を離し、向かい合った。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺はあんたとの結婚がいやなわけじゃない。叔父上が、……コールマンが勝手に話を進めていくのが納得いかないんだ」
「それで、ああいう婚礼をやるわけ?」
 嫌味ったらしく言ってやると、ランバートはうなだれた。
「あれは……。どうにかしてつぶしたかったんだ。でも母上も叔父上の言いなりかと思ったらかっとして……。あんたが納得いかないんだったら、もう一度やりなおそう」

 クラリベルはあきれて眉をひそめた。
「二回婚礼やるっていうの? こっけいよ、そんなの」
「ああ……。そうだよな、ごめん」
 ランバートは素直に謝った。クラリベルはなんだか意外に思った。今までとイメージが違う。
 じっと見つめるクラリベルの前でランバートは何かを言いあぐねていたが、決心したように彼女を見た。
「話したいことがあるんだ。……できれば、人のいないところで」
 後半は声をひそめ、ささやくように言われて、クラリベルは思わず後ずさった。

 ランバートはハッとしたように、
「いやっ違う! そういう意味じゃなくて、本当に内密な話なんだ」
 とやっぱり小声で言った。
 クラリベルは少し考え、そして提案した。
「私の部屋に行きましょう。ここから近いし」

 部屋で待機していたシェリスは、ランバートの姿を見るとびっくりして目をまん丸にした。しかしクラリベルが「人払いを」と言うと、心得たように頷き、おとなしく出ていった。
 ランバートは椅子に腰をかけようとして一輪ざしに気づき、口元をほころばせた。
「ああ、飾ってくれているんだ」
 クラリベルは急に恥ずかしくなり、あわてて言った。
「ま、まあ一応ね。でもあなたじゃなくて、エヴァレットが気を利かせてくれているんだと思ってたわ」
「あいつなら、もっと豪華な花束を届けるよ」
  笑いながらランバートは、クラリベルを見た。
「あんたって、なんか大国の姫らしくないよな。その辺の町娘ってかんじで」
「悪かったわね。どうせ育ちが悪いのよ。がっかりしたでしょ、肖像画と違って」
「いや、黙って立っていれば似てなくもないよ」
 本人の肖像画に似てなくもないとはどういうことだろうか。少なくともほめられてはいないだろう。
クラリベルが顔をしかめると、ランバートは困ったような表情をした。
「ごめん、けなすつもりはないよ。って、けなしてるみたいだよな。ええと……」

 そんな彼を見ていると、クラリベルもどうでもよくなってしまった。
「いいわよ、気にしなくて。それより話って何?」
 先を促すと、ランバートはほっとしたように話し始めた。
「父上はもう死んでいるかもしれないんだ」
 クラリベルはのけぞった。
「いきなりなによ! 前置きしてよ」
 ランバートは驚いたように口ごもった。
「前置きって……。何から話せばいいんだろう」
 彼はそう言って悩み始めた。らちがあかないので、仕方なく続きを促した。
 ランバートは悩むのをやめ、話を再開した。
「ちょうど四月前(よつきまえ)、父上が病になられたと聞いた。王の一大事だし、あわててお見舞いに行こうとすると、コールマンが面会謝絶だと言った。おかしいじゃないか。主治医でもない叔父上に何の権限があるっていうんだ」
「じゃあ、お父上が今どんな状態なのか、あなたも知らないの?」
 ランバートは頷いた。
「エヴァレットやオデッタに探りを入れてもらったが無駄だった。そうこうするうちに、今度はセルモア王国の王女との縁組が調ったと言ってきた。王のご意思だという。確かに父上はそれを望まれているかもしれないが、今回は違うな」
「どうしてわかるの?」

「父上は、こういってはなんだが小心者だ。すべて周囲の者に相談しないと事が進まない。それになかなか他人を信用しないから、実の弟を宰相にすえたんだ。今度のあんたとの縁談だって、真っ先に俺に言うはずだから」
 腕を組んだランバートをクラリベルは見つめた。彼は遠くを見るように目を細めた。
「俺は叔父上が何か企んでいると思っている。父上の急病も俺たちの縁組も、すべてが彼の思惑に沿って進んでいるとしか思えない。だからすべてがわかるまで、他人でいることを許してもらえないだろうか」

 強い意志を秘めた黒い瞳が、クラリベルを射抜いた。彼女は息をのんだ。
「本当は、父上と母上が一緒にいらっしゃる前で婚礼をしたかった。近隣諸国の王族や、クラリベルのご両親にもお披露目していない。クラリベル、あんたはもう婚礼はしないって言ったが、俺はもう一度正式に儀式を行いたいんだ」
 クラリベルは黙ってランバートを見た。彼も見つめ返してくる。彼女は小さくため息をついた。
「わかった、あなたがそこまで言うのなら。私も、一生一度のものがあれじゃあ嫌だし」
「ありがとう」
 ランバートはふわりと笑った。クラリベルはなぜか安心した。
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