上 下
44 / 62

婚約パーティーに行く準備を

しおりを挟む
あの日ローラが持ってきたのは、やはり婚約パーティーの招待状だった。


「随分急だけど、まあ、本人たちが早く結婚したいんだろうね。」

レインがそう言いながら、私に招待状を見せてくれた。

招待状によると、あと数日後に婚約パーティーが開かれるようだ。

それを見て、私は生唾を飲み込んだ。

これでやっと、ローラにもう一度会える。

この前のようにならないように、今度はもう少し冷静にならなくちゃ。


「良かったね、ユリア。」

レインがそう言ってほほ笑んだ。


「ええ、ありがとう、レイン。あなたのおかげよ。」

レインがいなければ、こうも上手くはいかなかったはずだ。


「ユリアの役に立てて何よりだ。」

レインはそう言ったかと思えば、すぐにまた口を開いた。


「ドレスを選びに行かなくてはいけないね。」


「ドレスですか?それならここにたくさんありますよ。」


そう言いながら私はドレッサーの方へ目を向ける。

私は街へ行けないので、代わりにとレインが購入してくれたドレスが大量にそこに入っている。

それこそ、洋品店にあるドレスを全て持ってきたのではないかというほどに。



「あれは、ここで過ごすために買った物だ。だからちゃんと、パーティ用のドレスを買うんだよ。」


レインの言葉を聞いて呆気にとられる。


ここにあるドレスが普段着だなんて。

転生前の世界では、自宅で上下ジャージで過ごしていた私には到底理解できない!


しかし私に有無を言わさず、レインはすぐに馬車を手配し、妖精の反対を押し切って私たちは街へ向かう事になってしまった。


「レイン、何考えているの!?ユリアが嫌な思いをしてもいいの?」


エリザがレインに怒りながらそう言った。


「1日くらい、なんとかなるさ。

本当ならオーダーメイドで作りたいところだけど、時間がもうないからね。

それに、これだけは絶対にユリアの試着が必要だ。」


レインがやけに熱心な目つきでエリザを説得している。


「僕のパートナーだよ?ユリアには会場で一番きれいでいてもらわないと。

それこそ、ローラよりもね。」


「それは、たしかにそうだわ。」

エリザはレインのその言葉だけはとても共感できたようで、結局納得してしまった。


私はそれを、ぼんやりと眺めていた。

なんだか感情が、それどころではなかったからだ。

あの時ローラと久しぶりに会ったわけだが、ローラは明らかに私に敵意を抱いていた。

今までのことは、単なる嫌がらせではなかったのだ。

それを、ひしひしと感じた。

やっぱり、はっきりさせなければならない。
私にはそれを知る権利があるから。


そんな事を考えている内に、馬車は街の中の洋品店に着き御者がそこで馬を止めた。


そこで初めて、考え事に耽っていたことに気が付いた。


レインが心配そうに私を覗き込んだ。


「ユリア。もしかして、婚約パーティーに行くのが怖い?」

レインにそう聞かれて、慌てて首を振った。


「いいえ。そんなことないわ、心配しないで。」

レインにそういって笑ってみせる。

それを見て、レインも安心した表情になった。




「さあ!それじゃあ、ドレスを選んで!」


レインが連れて来てくれたのは、初めてテオと訪れた洋品店と同じお店だった。



「ここ、テオと来た場所だわ。」

ついうっかり、心の声が出てしまう。

案の定、それを聞き逃さなかったレインが私の方を振り向いた。


「テオって、皇太子殿下のこと?」

レインにそう聞かれ、うなずいた。

レインは少し嫌悪感を含んだ顔をしたが、それは一瞬のことですぐにいつもの表情に戻った。


「なら尚更、ここでドレスを買わないと。

過去の男との記憶を、僕との思い出に塗替えなきゃね。」


テオとは契約結婚を交わしただけで、過去の男と言うにはいささか大袈裟なのだが、意気込むレインが面白かったので黙っておくことにした。


そして、いつも以上に気合を入れてレインが選んだドレスは、私もつい目を奪われるようなドレスだった。


生地自体は深く暗い青色なのだが、ダイヤモンドが散りばめられていて、まるで満天の星空のようなドレスだった。




「レイン、ありがとう!このドレス気に入ったわ。」


目を輝かせてレインにそう伝えると、レインも嬉しそうに笑った。


「ユリアに喜んでもらえて良かった。」


無事にドレスを選び終わった私たちが、帰るための馬車に乗り込もうとした時、耳をつんざくような女性の高い悲鳴が聞こえて来た。


「な、なに?」


驚いた私は思わず馬車から降りて辺りを見回す。


そこには、すっかり腰が抜けてしまったのか、地べたに座り込んでガタガタ震えている貴婦人がいた。

貴婦人の視線の先を追ってみると、そこには。


生まれて初めて見るその形容に、一瞬言葉を失った。


頭から生えた二本の角。鋭い目に、全身赤黒い肌で覆われている。

獣のような息遣いで、口からは涎が滴り、地面を濡らしていた。


あれは、一体何?


私がたじろいでいると、レインが後ろから支えてくれた。


「あれが魔物だよ、ユリア。最近、所構わず出てくるんだ。

ここは、街中なのにね。」



レインにそう言われ、改めてそれに目を移した。


あれが、魔物。

なんて恐ろしい姿なの。

私の中の生存本能が、逃げろと叫んでいるような気がしてくる。


魔物はしばらく固まっていたのだが、突然唸り声を上げて、座り込んだ貴婦人に向かって襲い掛かろうとした。



「た、助けなきゃ!」


魔物が怖いはずなのに、目の前の光景に思わず身体が動いてしまった。

しかし、レインが後ろから私の腕を掴んで引き留めた。


「大丈夫、僕が片付けるから。ユリアは馬車に戻って。」



レインはそう言うと、いつの間に持ってきたのか剣を振り上げ、魔物に向かって剣を振り下ろした。


魔物に剣が突き刺さり、激しく出血した。


そして、一度だけ絶叫してからその場に崩れ込んだ。


レインはかなり深く切ったようで、魔物の周りには血が水溜りのように広がっていった。



レインはそんな魔物には目もくれず、貴婦人を起こして立ち上がらせると、さっさと帰りたいとでもいうかのようにこちらに戻ってきた。


「馬車に戻ってと言ったのに、ずっと見ていたの?」


レインが私に対して、冷たい顔でそう言った。


レインのそんな表情を見たのは、初めてだったので思わず目を見張る。


そんな私を見て、レインがはっとしたような表情になった。


「ごめん。少し気が立っていたみたいだ。」


私に謝るレインの表情は、いつも通りに戻っている。


「いいえ、気にしていません。私の方こそ、勝手に動いてすみません・・・。」


嘘だ。すごく気にしている。

あのレインが、私に対してあんな顔をするなんて。

よっぽど魔物が嫌いとか?言うこと聞かない私に苛立ったとか?

いいや。

というより私は、いつからこんなに人の顔色に敏感になってしまったんだろう。

レインが一瞬浮かべた表情にここまで動揺するなんて。

でも、そのおかげで自分の本当の気持ちに少し触れた気がした。

私は今、レインにだけは嫌われたくないと思ってしまっているようだ。


そう思ってしまう理由は、分からないけど・・・。


「・・嫌な予感がするんだ。」


レインがぽつりとそう言った。


「嫌な予感って?」


私が聞くと、レインは暗い表情で顔を俯かせた。


「いや、ただの僕の考え過ぎであって欲しいんだけどね。」


レインは私の顔を、真面目な表情で見つめた。


「約束してほしい。会場で何が起こっても僕から離れないと。」





「必ず守るから。」




その言葉は、今の私にとって、何よりも信じられる言葉だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結済】転生歌姫の舞台裏〜ゲームに酷似した異世界にTS憑依転生した俺/私は人気絶頂の歌姫冒険者となって歌声で世界を救う!

O.T.I
ファンタジー
★本編完結しました! ★150万字超の大長編!  何らかの理由により死んでしまったらしい【俺】は、不思議な世界で出会った女神に請われ、生前やり込んでいたゲームに酷似した世界へと転生することになった。  転生先はゲームで使っていたキャラに似た人物との事だったが、しかしそれは【俺】が思い浮かべていた人物ではなく……  結果として転生・転性してしまった彼…改め彼女は、人気旅芸人一座の歌姫、兼冒険者として新たな人生を歩み始めた。  しかし、その暮らしは平穏ばかりではなく……  彼女は自身が転生する原因となった事件をきっかけに、やがて世界中を巻き込む大きな事件に関わることになる。  これは彼女が多くの仲間たちと出会い、共に力を合わせて事件を解決し……やがて英雄に至るまでの物語。  王道展開の異世界TS転生ファンタジー長編!ここに開幕!! ※TS(性転換)転生ものです。精神的なBL要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘
ファンタジー
※プロローグ以降の各話に題名をつけて、加筆、減筆、修正をしています。(’23.9.11) <内容紹介> ある日目覚めた「私」は、自分が乙女ゲームの意地悪で傲慢な悪役令嬢アリアナになっている事に気付いて愕然とする。 しかもアリアナは第一部のモブ系悪役令嬢!。悪役なのに魔力がゼロの最弱キャラだ。 このままではゲームの第一部で婚約者のディーンに断罪され、学園卒業後にロリコン親父と結婚させられてしまう! 「私」はロリコン回避の為にヒロインや婚約者、乙女ゲームの他の攻略対象と関わらないようにするが、なぜかうまく行かない。 しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。 意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。 だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。 さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。 しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。 そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。 一年以上かかりましたがようやく完結しました。 また番外編を書きたいと思ってます。 カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。

乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった

恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。 そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。 ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。 夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。  四話構成です。 ※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです! お気に入り登録していただけると嬉しいです。 暇つぶしにでもなれば……! 思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。 一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。

処理中です...