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ローラの歌声
しおりを挟む夜会を無事終え、馬車で自分の屋敷へ戻ってきた。
テオも一緒だ。
私がもうすぐ婚約してしまうということもあり、私の父と早く話をつけた方がいいと判断したテオがついてきたのだ。
馬車を降り、屋敷の扉を開けると待ち構えていたかのように父親が部屋から飛び出てきた。
「ユリア!やっと戻ってきたな、説明しなさい!
殿下も、いくら殿下と言えど、婚約を間近に控えた娘を連れ回されるのは困ります!」
父親に腕を強く引っ張られ、無理矢理テオから引き剥がされた。
「痛い!離してください!説明しますから!」
父親の手を振り払おうとするが、余計に掴まれる腕に力が入って全くビクともしないし痛い。
あまりの痛さに涙目になっていると、テオが父の肩を掴み私から離してくれた。
そのお陰で掴まれた腕も離れ、ようやく痛みから解放された。
「痛がっているのに何故辞めない?」
「……殿下。これは家族の問題です。私の教育方針に口を出さないで頂きたい。」
テオと父親がお互い火花が飛び散りそうなほど睨み合う。
それにしても、仮にも相手はこの国の皇子様なのにやたら強気な父親には驚いてしまう。
怒りで頭が回っていないのだろうか?
1歩も引かない父親の態度に、テオは深くため息を吐いた。
「まだここで言うつもりはなかったんだが……俺は貴方の娘、ユリアを愛している。
今後正式にプロポーズをして婚約するつもりだ。
そんな彼女が自分の身内から不当な扱いを受けていたら口を出したくなるのも当然だろう?」
テオの言葉に、契約だと分かっていても顔が熱くなった。
そこまで言われてしまうと本当に愛されているのだと錯覚してしまう。
父親は、私への思いを語るテオを見て鼻で笑った。
「大変申し上げにくいのですが、それは出来ません、殿下。
さっきも言いましたが、ユリアはもうすぐ婚約する相手がいるのです。
その代わりと言っては何ですが、
ユリアにはローラという妹がおりまして、是非ローラと婚約して頂きたい。
ユリアより器量も良く気も効き、歌がとても上手いのです。」
父親がそういうのと同時に、柱の陰からひょっこりローラが出てきた。
おそらく今までのやり取りを全てそこに隠れて聞いていたのだろう。
「お初にお目にかかります、殿下。
フリージア家の次女、ローラ・フリージアでございます。」
ローラはそこにいる誰もが釘付けになってしまう程美しい所作で優雅にテオに挨拶をした。
しかしそんなローラには目もくれず、テオは父親を睨み付けた。
「ふざけているのか?
俺はユリアを愛していると言ったのだ。代わりになんてなるわけないだろう。」
ローラがテオの言葉を聞き、顔を歪めているのを私は見逃さなかった。
屋敷の使用人も家族も友人もローラにはベタ甘なので、まるでローラに興味無さそうなテオに屈辱を覚えているのだろうか。
「殿下、そう言わずにローラの歌を1曲聴いていかれてはどうですか?
親バカと思われるかもしれませんが、あの子の歌声は特別なのです。」
父親はテオに縋るようにそう頼んだ。
「いやいい。時間の無駄だ。そんな事よりユリアとの婚約の話をさせて欲しい。」
テオが無慈悲にも父親の頼みをばっさり断った。
それを見て、ざまあと思ってしまう私は性格が悪いだろうか。
引き下がった父親を見てローラがため息を吐き、1歩前へ出ててきた。
「殿下……そう時間は取らせませんので、歌いますね。」
ローラは、断られたにもかかわらず大きく息を吸った。
どうやらもうここで歌ってしまうらしい。
ローラは打たれ強いのね……。
そう感心していると、ローラは目を瞑り胸に手を当て歌い出した。
それは、初めて街中で歌うローラを見掛けた時と同じ光景だった。
同じ人間とは思えないほどの綺麗な透き通る歌声が響き渡り、段々と歌声に心酔していく使用人や家族たち。
もし、もし万が一この歌声にもしテオが惹かれてしまったら……。
そう不安に思いながらテオを見つめる。
テオの表情はあまり変化がなく、心酔しているようには見えなかった。
それを見て少しだけ安心する。
が、どことなく異様な雰囲気を感じた。
胸の中がざわつく。
なんだかとても、嫌な予感がした。
ローラは言葉通り、街中でのように長々とは歌わず早々に歌うのを辞めてしまった。
ローラが歌うのをやめてすぐに、皆がローラに向かって拍手を送った。
「聞いていただきありがとうございます。」
殿下に頭を下げ、ローラはその場を去るように歩きだした。
その姿を見て私の考えすぎだったかな、と安心する。
あのローラの事だから、歌い終わった後ももっとアピールすると思ったけど、案外早く諦めてくれたようだ。
であれば、後は父親をなんとか説得するだけだ。
そう思い、テオの方へ向き直った時だった。
それは、心臓が嫌な音を立ててしまった瞬間だった。
テオは去ろうとするローラの腕を掴みに行き、そして自分の方に振り向かせたのだ。
「先程の失言をどうかお許しください。俺が間違っていました。」
えっ……テオ……?
どういうことなの?
「貴女が好きです、ローラ嬢。どうか俺と婚約してください。」
テオはローラの前で跪き、手を差し出した。
ローラはそれを聞いて、とびきり可愛い笑顔を見せた。
そして、そっと差し出されたテオの手に自分の手を重ねた。
「喜んでお受けいたしますわ、殿下。」
見つめ合う2人に再び拍手が送られた。
父親が目に涙をうかべ喜んでいるのも視界に入った。
私は、怒りやショックなんていう感情では無く、ただただ何が起こっているのか理解が出来なかった。
呆然と立ち尽くす中、ローラが一瞬こちらを見て意地悪く笑って見せた。
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