そして全てが奪われた

ニノ

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 真夏ではあっても、深夜ともなると外気温は幾らか下がる。
 昼間より涼しく感じる夜風を感じながら、僕は家路へと急いでいた。
 
 大学生になってから始めたバイト先のカフェ兼バーは、駅前という立地もあって中々に繁盛している。
 そのせいでバイト時間が延長になることは良くあり、今日も2時間の延長時間を余儀なくされた。
 
 僕がすることには大抵反対しない叔父夫婦だが、バイト先のカフェがバーも兼任していることにはあまりいい顔をせず。

 「バーの時間になる前には上がらせてもらいなさい。」

 と何度も注意を受けていた。
 
 大学生のバイト先としては居酒屋やバーはそんなに珍しいものでもないし、些か過保護ではないかと反論したが、2人には僕がいつまでも小さい子供に見えるようで納得はしてくれなかった。
 
 僕としても、叔父夫婦に心配を掛けることは本意ではないので、店長にお願いし、バーの時間までには上がらせて貰えるようにお願いをしているが、どうしてもお店が忙しい時なんかは、落ち着くまでの時間帯は延長を快くOKしている。
 
 ただこれが何度も続くとバイト自体を辞めさせられかねないので、なるべくバイトの後は寄り道もせず、自宅へと急ぐことが常だった。
 
 いつもは一時間程度の延長で済むのだが、今日は夜の部のバイトが二人も欠勤となり、代わりのバイトが中々見つからず2時間もの延長となってしまった。
 遅くなる旨は連絡しているので問題はないが、きっと心配しているだろう。
 僕は焦る気持ちでいつもは使わない、人通りの少ない住宅街を通り、近道をしようとした。
 
 今日の晩御飯はなんだろうと呑気に考えながらより一層狭く人通りのない路地に入ると、大きな黒いバンがそこに止まっているのが見えた。
 
 狭い路地にそぐわない大きなバン、そのウィンドウはスモークが貼られており、中の様子はまったくうかがえない。
 映画やドラマではこういう車で誘拐事件とかが起きるんだよなぁ、等と馬鹿な考えを思い浮かべながらその車の横を通り抜けようとすると、突然開いたドアから出て来た手に腕を取られ、車に引き込まれた。

「ッ!!」

 驚いて声を出そうとすると、背後から長くしなやかな手を回されて口を塞がれる。
 咄嗟に後ろを振り向こうとするも、同時に左右の人物から肩を押さえるようにバンのシートに押し付けられ、それも敵わない。 
 唯一動かせる首を捻ると、明らかにカタギではない男達が僕の身体を拘束していた。

 まるで、さっき想像していた誘拐のような出来事に頭が回らず、細かい呼吸だけが押さえつけられた掌から漏れていく。

 声を出すなと凄まれるが、後ろから回された手が僕の口を塞いでいるし、恐怖からか喉や胸がが痙攣したように震えており、声どころか動くことも出来そうにない。

 僕に声を出す意思も、暴れる意思もないことが解ったのか、男たちは僕の拘束を解き、体一つ分下がるように離れたが、ほっと息をつく暇もなく、左右の男達と入れ替わるように背後にいた男が僕の前に移動してくる。

 その姿を見て目を見開いた。
  
 背後の男はまるでこの場所にそぐわない見た目をしていた。

 明らかに反社に属している男達と違い、彼はとても優美な姿をしていた。
 少しウェーブがかかった天使の輪が光るよく手入れされた髪に、中性的に整った顔、服装もいかにもなスーツなどではなく、品の良いサマーニットと彼の洗練されたスタイルをよく見せるタイトなジーンズを着用している。
 年齢だって若く、多分僕とそんなに変わらない。
 
 「久しぶりだね。」

 そんな彼が僕の前で跪き、声を掛けてきた。随分と親しげな様子で。
 
 「………。」 
 
 訳が解らない、彼のような人目を引く人物にも、反社に関わるような人物にも心当たりはなかった。
 
 誰かと間違われている? 

 「あの、誰かと間違われてるんじゃ……。」
 
 喉の奥から絞り出した声で尋ねると、男は腹の底から愉快そうに笑った。

 「面白いことを言うね、間違い?僕が忍君の事を間違える訳ないじゃない。」
  
 今度は確実に名前を呼ばれた。だけど僕には目の前の人物にやっぱり心当たりがない。
 忍君と僕を呼ぶのは本当に幼い頃の友人くらいだ。その誰とも彼は似ていない。
 
 得体のしれなさに少しでも距離を取ろうとする僕を追い詰めるように、身体を近づけられる。

 「ひっ……。」
 
 「今まで君のことを忘れたことはないし、それに君はとちっとも変わってないじゃないか」

 男は手遊びの様に僕の手をゆるゆると握り込み、幸せそうに目を細める。
 
 「君を捕まえるのには苦労したよ、もう何日も君の周辺を彷徨いていたんだけど、夜遅くに出歩くことはないし、ちっとも一人にならないから。」 
 
 その言葉に強い執着を感じてゾクリと身体が震えた。

「伯母さん達に心配を掛けない為なんでしょ?普通なら夜遊びもしたい年頃なんだろうに、君は相変わらず人のことばかり想うイイコのままだ。」

 恭しく手を持ち上げられて、手の甲に唇を落とされる。気持ちが悪い、止めるように言いたいのに声が出ない。
 
 「振り払わないんだ?おりこうさんだね。僕にこうされるの、好き?」

 そんな訳はない、嫌だし怖くて堪らない。だけど、
彼は僕が伯母さん達と暮らしていることを知っている。それが怖くて堪らない。伯母さん達になにかされたら…。
 
 「ねぇ、僕の事そろそろ思い出してくれた?」

 「すいません、知らない、分からない………。」
 
 後ろ手に必死でドアのロックを外そうとするが、当たり前のようにチャイルドロックがかかっていてうんともすんとも言わない。
 彼がぐっと近づこうとするのを握られた手を突っぱねて必死で押さえる。

 「悲しいなぁ、僕の事全然覚えてないんだ。僕はずっと、毎日毎日君のことばかり考えていたのに。」 

 僕の抵抗も虚しく、今度は両手を強い力で掴まれる。

 「じゃあヒントを上げる。」
 そういうと、彼は物語のように語りだした。
 
 「子供の頃の僕はね、何でも持っていて、それでいてなんにも欲しくなかったんた。毎日毎日つまらなくてね、一生こんな思いをするのかと心底うんざりしていたんだよ。でも、お隣にいる男の子はね、毎日楽しそうにしてるんだ。キラキラした顔で笑って、ズルいって思ったよ。僕はこんなに詰まらないものに囲まれて生きてるのに、あの子だけズルいって。」

 当時のことを思い出しているのか、暗い目を向けられる。まるで、僕が彼の言うであるかのように。
 
 頭の中に綺麗に笑う天使の様な男の子が浮かんだ…。

 「だから、その子の持っている素敵なものは全部、僕の物にしようと思ったんだ。その子の好きな食べ物も、玩具も………両親も…。」

 




 両親…?両親とはずっと離れて暮らしている、そのきっかけは、


「…………宏海、君?」

 思い出すのは天使の様なあの子と、悲しかったあの日々。僕の家族をめちゃくちゃにされた。

「そうだよ!良かった、やっぱり覚えてくれてたんだ!あの時はごめんね、辛い想いをさせて。」

 あの時の面影を残す顔で微笑まれる。         
 言われて見れば、僕の人生でこんなにも美しい顔を持つ人に出会ったのは彼だけだ。

「なんで、今頃………なんでッ。」

 思い出したくもない、僕のトラウマとも言える存在。伯母の家に引き取られた後も、彼が不意に現れて、僕から大事なものを奪っていくんじゃないかといつも怯えていた。

 「迎えに来るのが遅くなってごめんね。でも僕も子供だったからどうしようもなかったんだ。僕の親が君の両親のことを怖がって、あそこには住めなくなっちゃった。」

 そんなことは、聞いていない、何故また、こんな形で僕の前に現れたのか知りたいのに、こちらの戸惑いなんて少しも気にせず話をされる。

 「君に会えなくなって、初めてわかったよ。僕がずっと欲しかったのは、君なんだって。君がキラキラした目で見るからあのつまらない玩具も、つまらない親も魅力的に見えたんだって……。会えなくなって凄く後悔した。君が僕の居ない場所で、他の誰かと成長していると思うと気が狂いそうだったよ。」
 
大切にしていたものを、奪われたものをつまらないと、言われ、それでも怒りより恐怖が募った。

「車から毎日君を見ていたよ。相変わらず君はキラキラしていて………、また会えて良かった。」

 ようやく巡り会えた宝物のようにギュッと抱きしめられる。

 「あの時は奪ってばかりでごめん。今度は僕からプレゼントがあるんだ。」  

 宏海君は身体を離して、後に手を伸ばすと。ずっと後ろに控えていた男が、丁寧な手付きでジュラルミンケースを彼に渡した。

 「それを受け取ったら帰して……ッ」

 帰してくれるとは聞けなかった。幸せそうな顔から一変、ぞっとした瞳を向けられる。

 「そんな訳ないじゃない。これからはずっと一緒なんだから。」

 「で、でも帰らないと……、」  

 きっと叔父も叔母も心配してる。なにより、この異常な空間から、宏海君から早く開放されたい。
 彼の機嫌を損ねるのは得策じゃないと、分かりつつも、帰して欲しいと言い募ると、宏海は、だだをこねる子供を見るように溜め息をついた。
 少し緩和した態度に期待を寄せるも、それはまったくの検討違いだった。

 「忍君。僕にはね、言うことを聞いてくれる人が沢山いるんだ。……あの時の君のママとパパみたいに。この人達のボスもその一人。」

 宏海君が後に控える物騒な二人を振り返る。二人は深く頭を下げて、宏海君の言葉を肯定した。

 「君が伯母さん達の所に帰るというなら、その帰る場所を無くさないとね。」

 ひゅッと喉が鳴った。

 「や、やめて!伯母さん達には何もしないで!」

 漸く離された手を、今度は僕が縋り付くように握り込む。
 それに機嫌を良くしたのか、宏海君の瞳が優しく笑みを象った。
 「いいよ、君がイイコでいるならね。」 

 「何でも、言うことを聞くから…、お願いします。」

 「うん、君の頼みだもの。かなえてあげる。」

 嘘つき、家に帰してくれないくせに、叔父達を危険に晒してるくせに。
 怒りと恐怖、悲しみが綯い交ぜになって込み上げてくる。
 目には涙が浮かんだが、何が彼の機嫌を損ねるかわからず、ぐっと堪えた。 
 そんな僕の様子に気付いてるのか、いないのか。

 彼はジュラルミンケースをさも楽しそうに開く。まるでサプライズにワクワクする子供のように。

 「これ、綺麗でしょ?君の為に作ったんだ。」
 

 丁寧に開かれたジュラルミンケースの中には、宝石の散りばめられた。繊細な造りの………



 首輪が入っていた。
 




      









 おじいちゃんから貰ったブリキのおもちゃ、おばあちゃんが作ってくれた刺繍入りのポーチ………………………。



 子供の時に盗られた物が走馬灯の様に僕の心に過ぎる。



 両親からの関心と愛情、叔父夫婦との平穏な暮らし………。



 大事なものを今日まで少しずつ奪われてきた。



 今日からは僕自身の自由が奪われる。

 必死に堪えていた涙がポツリと床に落ちた。

 彼の長い指が、僕の首を撫で、嬉しそうに口付ける。

 繊細な細工の施された、だが紛れもなく拘束の為だけに作られた物が僕の首に嵌められた。そして………

 鍵のかけられる、恐怖を誘う金属音が静かな音が車内に静かに響く。




 





 そして僕の全てが奪われた。













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