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「見て」
自ら項をさらけ出し、新たに付いた噛み痕を見せつけると、賢治が息を呑んだ。
それを分かりつつ、じっくりと項を見せ付けてから振り返ると、顔色を真っ青に変えた賢治は信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。
さらに追い打ちをかけるように上服をめくり上げる。
僕の身体には至るところに鬱血した痕と、噛み痕が残っていた。
他のアルファの痕跡を消すように執拗に付けられたその痕は、相手の執着の強さを表すかのように濃い色合いを残している。
明らかに誰かに抱かれた身体だった。
「嘘だ……、」
賢治が弱々しい声で呟く。
賢治が言うことは最もだ。通常、項を噛まれたオメガは、自分を噛んだアルファ以外を受け入れることかできなくなる。身体が拒絶反応を示すのだ。
その信号を無視してことに及べば、オメガは廃人になる可能性もあるぐらい強い拒絶反応が沸き起こる。
だから賢治が、僕の身体に起こったことを否定する気持ちは良く分かる。
だけど、僕が賢治以外のアルファに抱かれたという事実は決して覆りはしない。
「賢治は、番を無くしたオメガの末路についてどう思う?」
「えっ…。」
「番と死別するにしても、別れるにしても、項を噛まれてしまったらそのオメガは二度と他の相手と番えないんだ。どれだけ愛する人が出来たとしても…だよ?アルファは他のオメガといつでも番えるのに………、これって不公平じゃない?」
「…………。」
暗に賢治自身のした不貞行為のことを語られていると思ったのか、賢治は黙り込んだ。
「僕はずっと不公平だと思っていたよ。だから、薬を開発した。」
「………薬?」
「うん、番関係を解消させる薬をね。」
「まさか………。」
「そう、僕がずっと研究していたのは番関係を解消させる薬だったんだ。他社との共同開発だから詳しくは話せ無かったけどね。」
賢治には守秘義務があるから何も言えないと説明していた。僕らのような研究職には儘ある話だ。賢治は疑問にも思わなかっただろう。
「自分に投与したの?」
「うん」
「何で!」
ショックを隠しきれない声で責められる。だけど賢治に僕を責める権利があるのだろうか。
「賢治がそれを言う?僕がいくら止めてって言っても運命の番とセックスするつもりだった癖に……。」
「それは……、最後には納得してくれたじゃないか……。」
「うん。考えが変わったんだ。」
賢治が実体験で臨床試験の裏付けを取りたかったのと同じように、僕も実体験で自分の薬の有効性を確認したかった。
だけど、賢治と別れた訳でも死別した訳でもない僕がそれをすることは浮気と同義になるから、踏ん切りが付かなかった。
「実は賢治が運命の番と出逢うずっと前にね、僕も運命の番に出逢ったんだ。今僕が今やってる研究のパートナーがそうだよ。」
「そんなこと一度も……。」
「うん、向こうからは何度も猛アタックされたけどね。僕は答える気は無かったし、賢治を不安にさせるだけだと思って何も言わなかった。」
そんな時に賢治から運命の相手を抱いてみたいと提案をされたのだ。
「僕の葛藤は何だったんだろうと思ったよね。それでも土壇場でとどまってくれるんじゃないかって、まだ賢治を信じ続けていたよ。」
だけど、その気持ちも賢治からのからのメールで粉々にされ、耐えられなくなった僕は自分の運命の相手に連絡をした。
「どうして相談してくれなかったの……?」
「止められたくなかったから、僕の項を噛むことにあれだけ固執していた君が、僕の研究を許す筈ないと分かってた。」
本能を抑えているのに項を噛みたいと言うことは、純粋に相手を束縛したいということだ。
今後、僕が賢治から離れることを許さないという独占欲の現れでもある。
僕の研究が完成したら、いつか僕が賢治と別れたいと願った時にそれが可能になってしまう。賢治がそれを許すとは思えなかった。
「僕の研究は概ね上手くいってたんだけど、臨床試験のデータだけがあと少し足りなかった。当たり前だよね、もし失敗したら廃人になる可能性もあるんだから。」
だからこそ自らが被験者になることを望んだ。最後の後押しをしてくれたのは賢治自身だ。
「運命の番とのセックスはどうだった?僕とは違うオーガズムを感じた?多幸感に包まれるような感覚はなかった?」
「何も感じなかったよ!ただのセックスだ。理人以上に特別な気持ちが湧くことなんかなかった!!」
「そう?やっぱり個人差があるのかな?僕は違ったよ、今まで感じたことのないオーガズムを感じたし、愛に包まれるような多幸感に満たされるようだった。」
「ッ、頼むからそんな話はしないで……!」
賢治はとうとう泣き出した。顔面を手で覆い隠してはいるが、止めどない涙がそこから溢れ出していく。
少し前なら賢治のそんな憐れな姿は見て居られなかっただろう。だけど今、僕は咽び泣く賢治の様子をなんの感情もなく見つめることが出来ていた。
賢治への気持ちが枯れ果てた証拠だろう。
「新しい番と暮らすからここは出ていくよ。婚約破棄の慰謝料はいらない。お互いの不貞行為が原因だから。」
最後に婚約指輪を外してテーブルに置くと、その手を賢治に掴まれた。
「理人、今ならまだ許してあげる。また薬を飲んでそのアルファとの契約を解消しよう?そしたらまた君の項を噛んであげるから…。」
薄笑いを浮かべる賢治は、その願いが叶うと信じているようだった。
だけど僕は無慈悲にその手を振り払うと、賢治に最後の言葉を告げた。
「君は運命の相手に何も感じなかったっていうけど、僕は違うよ。やっぱり運命の相手って最高だと思った。君の薬は確かに凄いけど、運命の吸引力って侮れないものだね。」
自ら項をさらけ出し、新たに付いた噛み痕を見せつけると、賢治が息を呑んだ。
それを分かりつつ、じっくりと項を見せ付けてから振り返ると、顔色を真っ青に変えた賢治は信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。
さらに追い打ちをかけるように上服をめくり上げる。
僕の身体には至るところに鬱血した痕と、噛み痕が残っていた。
他のアルファの痕跡を消すように執拗に付けられたその痕は、相手の執着の強さを表すかのように濃い色合いを残している。
明らかに誰かに抱かれた身体だった。
「嘘だ……、」
賢治が弱々しい声で呟く。
賢治が言うことは最もだ。通常、項を噛まれたオメガは、自分を噛んだアルファ以外を受け入れることかできなくなる。身体が拒絶反応を示すのだ。
その信号を無視してことに及べば、オメガは廃人になる可能性もあるぐらい強い拒絶反応が沸き起こる。
だから賢治が、僕の身体に起こったことを否定する気持ちは良く分かる。
だけど、僕が賢治以外のアルファに抱かれたという事実は決して覆りはしない。
「賢治は、番を無くしたオメガの末路についてどう思う?」
「えっ…。」
「番と死別するにしても、別れるにしても、項を噛まれてしまったらそのオメガは二度と他の相手と番えないんだ。どれだけ愛する人が出来たとしても…だよ?アルファは他のオメガといつでも番えるのに………、これって不公平じゃない?」
「…………。」
暗に賢治自身のした不貞行為のことを語られていると思ったのか、賢治は黙り込んだ。
「僕はずっと不公平だと思っていたよ。だから、薬を開発した。」
「………薬?」
「うん、番関係を解消させる薬をね。」
「まさか………。」
「そう、僕がずっと研究していたのは番関係を解消させる薬だったんだ。他社との共同開発だから詳しくは話せ無かったけどね。」
賢治には守秘義務があるから何も言えないと説明していた。僕らのような研究職には儘ある話だ。賢治は疑問にも思わなかっただろう。
「自分に投与したの?」
「うん」
「何で!」
ショックを隠しきれない声で責められる。だけど賢治に僕を責める権利があるのだろうか。
「賢治がそれを言う?僕がいくら止めてって言っても運命の番とセックスするつもりだった癖に……。」
「それは……、最後には納得してくれたじゃないか……。」
「うん。考えが変わったんだ。」
賢治が実体験で臨床試験の裏付けを取りたかったのと同じように、僕も実体験で自分の薬の有効性を確認したかった。
だけど、賢治と別れた訳でも死別した訳でもない僕がそれをすることは浮気と同義になるから、踏ん切りが付かなかった。
「実は賢治が運命の番と出逢うずっと前にね、僕も運命の番に出逢ったんだ。今僕が今やってる研究のパートナーがそうだよ。」
「そんなこと一度も……。」
「うん、向こうからは何度も猛アタックされたけどね。僕は答える気は無かったし、賢治を不安にさせるだけだと思って何も言わなかった。」
そんな時に賢治から運命の相手を抱いてみたいと提案をされたのだ。
「僕の葛藤は何だったんだろうと思ったよね。それでも土壇場でとどまってくれるんじゃないかって、まだ賢治を信じ続けていたよ。」
だけど、その気持ちも賢治からのからのメールで粉々にされ、耐えられなくなった僕は自分の運命の相手に連絡をした。
「どうして相談してくれなかったの……?」
「止められたくなかったから、僕の項を噛むことにあれだけ固執していた君が、僕の研究を許す筈ないと分かってた。」
本能を抑えているのに項を噛みたいと言うことは、純粋に相手を束縛したいということだ。
今後、僕が賢治から離れることを許さないという独占欲の現れでもある。
僕の研究が完成したら、いつか僕が賢治と別れたいと願った時にそれが可能になってしまう。賢治がそれを許すとは思えなかった。
「僕の研究は概ね上手くいってたんだけど、臨床試験のデータだけがあと少し足りなかった。当たり前だよね、もし失敗したら廃人になる可能性もあるんだから。」
だからこそ自らが被験者になることを望んだ。最後の後押しをしてくれたのは賢治自身だ。
「運命の番とのセックスはどうだった?僕とは違うオーガズムを感じた?多幸感に包まれるような感覚はなかった?」
「何も感じなかったよ!ただのセックスだ。理人以上に特別な気持ちが湧くことなんかなかった!!」
「そう?やっぱり個人差があるのかな?僕は違ったよ、今まで感じたことのないオーガズムを感じたし、愛に包まれるような多幸感に満たされるようだった。」
「ッ、頼むからそんな話はしないで……!」
賢治はとうとう泣き出した。顔面を手で覆い隠してはいるが、止めどない涙がそこから溢れ出していく。
少し前なら賢治のそんな憐れな姿は見て居られなかっただろう。だけど今、僕は咽び泣く賢治の様子をなんの感情もなく見つめることが出来ていた。
賢治への気持ちが枯れ果てた証拠だろう。
「新しい番と暮らすからここは出ていくよ。婚約破棄の慰謝料はいらない。お互いの不貞行為が原因だから。」
最後に婚約指輪を外してテーブルに置くと、その手を賢治に掴まれた。
「理人、今ならまだ許してあげる。また薬を飲んでそのアルファとの契約を解消しよう?そしたらまた君の項を噛んであげるから…。」
薄笑いを浮かべる賢治は、その願いが叶うと信じているようだった。
だけど僕は無慈悲にその手を振り払うと、賢治に最後の言葉を告げた。
「君は運命の相手に何も感じなかったっていうけど、僕は違うよ。やっぱり運命の相手って最高だと思った。君の薬は確かに凄いけど、運命の吸引力って侮れないものだね。」
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ド天然アルファの執着はちょっとおかしい
のは
BL
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。
【アルファ→なんかエリート。ベータ→一般人。オメガ→男女問わず子供産む(この世界では産卵)くらいのゆるいオメガバースなので優しい気持ちで読んでください】
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うわあ・・・!
好き!!!
こういう、受けを蔑ろにして手遅れになる攻めが好きなんですが、未来的オメガバースで研究者同士は新鮮でした!
研究者としての探究心は立派だとしても、人としては稚拙な奴とはやってられんですよねぇ。
せめて内密にすりゃ良いのに、ペラペラ喋ってるのがもうホントwwwねw
しかも、自分は何も感じなかったけど受けは凄く良く感じたってのが、良い皮肉。
でも、もしかして︰攻めが下手
番解消薬というΩの希望も出来たし、紛うことなきハピエンで良かった良かった。
傷つくけどヘンにメソメソしないところもグッド︎👍🏻 ̖́-
もう少し続いて、受けが家を出た後の受けの幸せぶりと攻めの落ちぶれぶりも見たかったですね。
ご感想ありがとうございます!!
オメガバースは初挑戦だったのですが、気に入って頂けて良かったです(*´ω`*)
わたしは可哀想な受けが好きなんですが、可哀想だけに留まらず、やり返しちゃうのが好きなんですね〜☆
責め視点でその後を書くのも楽しそうですね。ちょっと考えとみようかなぁ( ꈍᴗꈍ)
と思っております!