運命って侮れないものだね

ニノ

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 理人を泣かせてまで強行した実験は結局、他の臨床試験のデータと変わらず『特別なものは感じない』という結果に終わった。

 肩透かしのような気持ちもあるが、この結果には大いに満足だ。自分の作り出した薬やワクチンの有効性をこの身で確認することができたのだから。

 さっそく理人に約束のメールを送る。

 メールには実験結果のデータに加えて、君が恐れていたことは起きなかったこと、変わらず愛していることを付け加えた。
 研究バカと言われる僕ではあるが、今回の件で理人を泣かせたことに罪の意識が無いわけではなかった。
 むしろ自分の身勝手な要望で傷つけたことを悔やんでさえいる。
 僕の愛するオメガは、あまり素直に感情を出すタイプではないけれど、人一倍寂しがりやでもある。
 僕が他のオメガを抱くことに酷く心を痛めているだろう。早く家に帰って理人を抱きしめて安心させてあげないと………。
 知識欲が治まった今、アルファのオメガに対する庇護欲がふつふつと沸き起こり、流行る気持ちで自宅へと帰った。
 
 「…………?」

 足早に帰宅した家には、愛するオメガの気配がまるでなかった。
 1人で泣いているのかもしれないと、寝室への扉を開く。だが、そこに理人の姿は無く、いつも以上にキチンと整えられた寝具がやけに目についた。
 次いで理人が良く寛いでいるダイニング兼リビングに顔を出すも、そこに理人はいなかった。

 嫌な予感が胸を過ぎり、クローゼットや洗面所を除くと、理人愛用のキャリーバッグが無く、幾つかの衣類や、彼専用のスキンケア用品等が持ち出されていた。
 慌てて理人のスマホに連絡をするが、何時まで経っても着信音が流れるのみで、さっき送ったメールにも既読は付いていなかった。

「最悪だ…………」

 ソファに見を沈めて、顔を両手で覆う。出ていく程に怒らせてしまったと漸く気付いた。
 いや、怒らせるようなことをしているのは百も承知だが、理人も最後には納得してくれたのだと思っていた。なのにこんな風に何も言わずに出ていくなんて……。
 


 



 そのまま理人は暫く帰って来なかった。研究所にも長期の休暇申請を出したようで、いつ帰ってくるのか検討もつかない。
 
 メールには漸く既読が付いた。だけどそれでも理人からの返信は無い。

 全くいつまで拗ねているのか、理人の強情さは分かっているつもりだったけど、流石に呆れてしまう。
 結局は僕のところに帰ってくるしかないと、理人も分かっている癖に……。
 
 理人と僕は、お遊びの番関係じゃない。項を噛むことで成立した、本物の番関係だ。
 理人は、僕以外を受け入れることなんて二度とできない身体になっている。
 つまり理人が僕と別れてしまえば、一生一人で生きていくしか無くなるのだ。
 いくら理人が魅力的でも、セックスできない相手を恋人にするようなやつは中々いない。
 理人だって、抑制剤のおかげでヒートが抑えられるとはいえ、若い身空で二度とセックスが出来ないのは辛い筈だ。
 人一倍、寂しがりやの理人がそんな状況に耐えられる訳がない。


 僕は完全に高を括っていた。近いうちに寂しさに耐えられなくなった理人が僕のもとに帰ってくるだろうと。

 帰って来たなら誠心誠意謝罪して、理人のことをこれでもかと甘やかし、それで元の愛し合う関係に戻れると思っていた。

 
 僕がそんな甘い考えで過ごしていたある日、研究を終えてマンションに帰宅すると、リビングから待ち望んでいた理人の気配を感じた。
 
「理人ッ?!」

 喜びを抑えきれず、急いでリビングへの扉を開く……………、すると中にはやはり愛しい番である理人の姿があった。

「おかえり」

 ダイニングチェアに座る理人は、いつもより素っ気ない態度で僕に声を掛けた。まだ少し拗ねているのかもしれない。
 それでもここに帰って来たということは、仲直りをするつもりなんだろう。

「帰って来てくれたんだね。」

 ニコニコと微笑みながら久しぶりの理人を抱きしめようと近づく、その時…………。

「…………?」

 いつも通りの理人だ。特に変わったところはない。なのに、何故だか理人に違和感を感じた。
 抱き締めようとした手を一旦止めて、繁々と理人を眺めるが、違和感の正体は分からない。

 そうして考え込んでいると、理人に前の席に座るように促された。

「何、理人?」

 改まった態度を不思議に思いながら着席すると、理人から小さな封筒と大きな封筒を渡された。

「そっちに入ってるのはこの部屋の鍵、合鍵も作ってないし、このまま住むつもりなら賢治が管理して。」

「は?何、どういうこと?」

「僕は出ていくけど、暫く分の家賃は払ってるからその間にどうするかは決めて。」

「待って待って!」

 急な話に頭が付いて行かない。

「この部屋を出て行くってどういうこと?まさか別れるって話じゃないよね。」

 まさか、別れる訳がない。寂しがりやの理人に一人で生きていく覚悟なんてある訳がない。

「別れ話だよ。そっちの封筒の方には婚約破棄に関する書類が入ってるから、目を通して置いて欲しい。」

 渡されたA4サイズ程の封筒を開くと、中には理人の言う通り、婚約破棄に関する書類が入っていた。

 婚約破棄の理由は不貞行為による、婚約関係の継続が困難であることなどが書かれている。

「ごめん!!研究の為とはいえ、君を傷つけた。でも、僕が愛しているのはやっぱり君だけなんだよ!」

 呑気に喜んでいる場合ではなかった。理人はそれ程までに追い詰められていたのかと、慌てて謝罪する。

「運命の番とのセックスなんて、全く特別なものを感じなかった。やっぱり僕にとっての運命の番は、理人しかいないんだ!!」

 誠心誠意謝ったつもりだった。理人も許してくれると思っていた。
 なのに、僕の気持ちはまるで届いていないかのように理人の表情は変わらない。

「賢治が運命の番とのセックスに何も感じなかったとしても、僕のことを変わらず愛してくれていたとしても、もう遅いんだ。」
 
「何を言ってるの、何も遅いことなんて無いだろう?君には僕しか居ないんだから。」

 理人は頑なな態度だった。だけど僕はまだどこか余裕の気持ちでいた。
 だって理人は僕以外を受け入れることは出来ないんだから。
 
 そんな僕の気持ちを嘲笑うかのように、理人はくるりと後ろを向くと、少し襟足の長い髪を避け、ハイネックの首元を寛げた。

「ッ、それ…………ッ。」

 顕になった項に目が釘付けになる。

 そこには、自分が付けた痕から少しズレるようにして、新たな噛み痕が残されていた。



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