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しおりを挟む同棲を始めてから半年、僕の研究もようやく一区切りがついた。
あとは臨床試験の結果を残すだけとなって、今日は久しぶりに賢治と二人きりで過ごす時間を作ることができている。
僕はリビングのソファで賢治にくっつき、番に甘えられる喜びを噛み締めていた。
バース性の研究が進んだとはいえ、番った相手の気配を好ましいと感じるのは、決して消せないオメガの本能のようなものなのだろう。
優しく髪を撫でられるだけで何とも言えず心地よい。その感触と心地よさに、うっとりと微睡んでいると、賢治から耳を疑うような言葉が告げられた。
「運命の番に出逢ったんだ」
「………は?」
この甘い雰囲気の中に相応しくない言葉に凍りつく。一体、賢治は何を言い出したんだろうか?
「驚くだろう?運命の番が同じ国に産まれる確率なんて本当に低いのに、まさか日本で出逢えるなんてね。」
固まる僕を他所に、賢治は興奮したように話を続けた。
「すぐ分かったんだ、お互いが運命の番だって。これがバース性の本能なのかと、全く得難い体験をしたよ。」
僕の髪を撫でながら話すその内容には後ろめたさのようなものは微塵も感じられない、ただの現状報告。研究の過程を話しているようでもあった。
だけど僕はショックだった。賢治が運命の番と出逢ったこともショックだったし、それを良い出来事のように話すのも不快だった。
「なにそれ?運命の番に出逢ったから、僕と別れたいって、そーゆー話?」
髪を撫でる手を払い除け、賢治を睨みつけると彼はとんでもないと首を振る。
「運命の相手と出逢ったって、理人への想いが揺らぐことはないよ。ワクチンも抑制剤もきちんと効果を発揮してるって話がしたかっただけなんだ。」
研究者として、自分の開発した薬がどれほどの効果があるのかを話したい気持ちは僕にもよく分かる。
だけど今、側にいる番を傷つける無神経な発言は許せなかった。
「婚約者に運命の番が見つかったなんて言うのはマナー違反じゃないかな?僕らはただの共同研究者じゃなく、番あった仲なんだよ。」
「ごめん……、無神経だった。」
涙ぐむ僕に、自分の失言を悟ったのか、賢治は目に見えてしゅんとした。
「相手のオメガは魅力的だった?」
「まさか、ただのどこにでもいるオメガだよ!理人より魅力的な訳がない!」
「でも、一目で分かったんでしょ?惹かれ合ったってことじゃないの?」
「違うよ!相性がぴったり合うのが分かったと言うか…、とにかく僕が愛してるのは理人だけなんだ。分かってよ。」
僕を抱きしめ懸命に言い訳する様子に漸くほっと息を吐く。
研究馬鹿なところがあるだけで、賢治は僕を変わらず愛している。
「分かった……。じゃあ、もうこの話は終わり。二度とそのオメガには会わないでね。」
賢治の真意を確かめることが出来て安心する僕に、またもや特大級の爆弾が落とされた。
「それが、そうも行かないんだ。彼とはセックスをする約束をしちゃったから……。」
「はぁッ?!ちょっと、冗談だよね?」
さっきの話は何だったのか。
僕以外のオメガとセックスをするなんて裏切り行為を良くも言えたものだなと目を吊り上げる。冗談だとしても笑えない。
「ごめん、冗談じゃないんだ。」
賢治は済まなそうに眉尻を下げて謝罪した。
「冗談じゃ無いなら何?賢治が誰とでも寝る男だなんて知らなかったよ!」
怒りが込み上げて、賢治をソファから突き落とすと、マヌケな格好で賢治はポカンと僕を見上げた。
暴力なんて全く理性的じゃない。最低な行為だと常々話す僕が、まさかこんなことをするなんてと驚いているのかもしれない。
「……ごめん、そんなに怒るとは思わなかった。」
あ然とした表情で、それでも謝罪を口にした賢治は姿勢を正すと、何故そんな約束をしたのか、ポツリと話だした。
「試したくなったんだ。自分の開発した薬の効果を。あのワクチンと抑制剤で、運命の番とセックスをしても運命に逆らえるくらいの効果がどれだけあるのを……。」
「臨床試験データは充分に取れてるじゃないか。ほぼ100パーセントの人が、運命の番とのセックスに特別なものを感じないって答えたんだろう?」
「うん、だけどそれは僕の実体験じゃない。」
賢治の言わんとすることが分かり頭痛がしてきた。
「つまり、純粋な知識欲の為にそのオメガとセックスがしたいってこと?」
「そう!そうなんだよ!!理人なら分かってくれると思った。」
喜色満面の顔で、理解を得られたと喜ぶ賢治は、自分勝手な言い訳を繰り広げた。
そのオメガにも恋人がいて、こちらに靡く心配はないこと、報酬を支払うことによるビジネスな関係であること、セックスは誓って一度しかしないことを話すと、僕に許しを求めてきた。
「理人も研究者として僕の気持ちが分かるだろう?運命の相手が見つかるなんてことは滅多にないんだ。このチャンスを逃したくない。相手のオメガがパートナーと番ってしまえば、二度と試せないんだ。」
まるで僕が聞き分けがないように諭されて涙が出てきた。賢治は僕の気持ちを少しも考えてくれていない。
「もし試してみて、やっぱり僕より運命の相手が良いってなったらどうするの、僕を捨ててそのオメガと番になるの?」
「そんなことにはならないよ、本能が運命の番を認めたとしても、僕が魂で感じる運命の番は理人だけなんだから。」
僕を抱きしめ慰めるように頭を引き寄せると、額にキスをされた。説得の道具のようにされるそれが煩わしくて、それでも拒否なんかしたら捨てられるのではと不安で大人しく受け入れる。
「そう言えるならセックスする意味なんてないじゃないか。」
そこまで自分の意志を断言できるなら試す必要なんてない筈だ。
正直に言って、研究者として、疑問のピースを埋めたいという、その気持ちはよく分かる。
だけど僕ならやらない。愛する人に不安になって欲しくないし、賢治以外に抱かれたいとも思わないから。
「ごめん………。でも僕はこのチャンスを逃せない…。」
結局賢治は僕の了解を得られなくても、セックスと言う実験をするつもりらしかった。
賢治が他の誰かを抱くなんて想像するだけで苦しいのに、僕が泣いても怒ってもその意志は揺らがなかった。
僕がどれだけ反対しても折れないその思いに、半ば諦めるように許可を出すと、嬉しそうに頷ずく。
「実験が終わったらすぐに報告するからね。」
賢治にとっては実験データの報告でも、僕にとっては浮気相手とのセックスの報告だ。
僕がそれを喜ぶと思っている賢治を見ていると、悲しみよりも何よりも虚しさだけがこみ上げてきた。
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