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第一章 神生みの時代
女将
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「親父殿、俺はナミに会いたい」
ナギは困惑した表情を浮かべ、自分の息子を見た。眼光鋭く風格ある髭を蓄え、ナギに劣らずほどの偉丈夫である。名をスサノオと云った。
「無茶を申すなスサノオ、ナミは20年前に死んでおるわ」
「ふん、地上最強と謡われた武人が、死ごときの流行り病で消えてしまうとは思えん。さっさとこの場に呼んでくれい」
「我は20年前の大焼失により“死”の存在を悟ったのだ。それは誰にでも訪れ、肉体は焼失し、二度とこの世に同じ姿で戻らぬ」
「死だ死だと五月蠅いのう、そんな覚えたての言葉を恐れて生きるのは嫌じゃ。俺はそんなものには振り回されんぞ」
「良いかスサノオ、人は死の存在を認めたことで底知れぬ不安と恐れを抱えるようになった。不安と恐れは混沌とした世に繋がる。世の乱れを抑えるには、民を導く絶対的な存在が必要となるのだ」
「俺は強いぞ……民も俺には逆らわないだろうさ」
「強さだけでは駄目だ」
「そんなことはどうでも良い!さっさとナミを出してくれ」
ナギは大きな溜息を吐いて、王座の背もたれに寄り掛かった。
「……なぜナミに会いたいのだ?」
「戦ってみたいからだ」
「稽古なら姉のオカミがいるだろう」
「姉様は弱いから大嫌いじゃ。俺にとっては稽古どころか準備運動にもならんわ」
「……随分な言われようですね」
すると、奥からスサノオの姉であるオカミが姿を現した。スサノオは気まずそうに頭を掻いて見せる。
「お、おう……いたのか姉様」
「お父様を困らせてはなりません。あなたにとっては父親かもしれませんが、一国の王である方の御前で失礼ですよ」
「俺はナミに会いたいだけだ」
「稽古なら私とツクヨミが相手をします」
「姉様は一度も俺に勝ったことないし、ツクヨミは頭が良いだけで武の研鑽をとっくの昔に放棄している。親父殿は老けてしまった。この地上に俺と対等に渡り合える武人は、戦場で1,000人の首を飛ばしたナミしかおらぬ」
「彼女はすでに死んでいます」
「ああ、またそれか!もう良い、話にならぬわ」
スサノオは顔を紅潮させ、ブツブツと文句を言いながらこの場を去った。
「……最近のスサノオの慢心は目に余るな」
「あれでは民を導くことができませぬ」
「オカミよ、おまえに少しでもナミのような武の気質があればな。民には慕われているが、優しさだけでは国を守ることができない」
オカミはナギの言葉を重く受け止めるかのように沈黙していた。
「スサノオが精神的に成長するまで、今のところは見守るしか術がないか」
「……近頃、嫌な噂を耳にします」
「ほう、どんな噂じゃ?」
「スサノオがナミを蘇らせるための方法を探っていると。おそらくあの洞窟へ……黄泉比良坂へ向かうやもしれません」
ナギは困惑した表情を浮かべ、自分の息子を見た。眼光鋭く風格ある髭を蓄え、ナギに劣らずほどの偉丈夫である。名をスサノオと云った。
「無茶を申すなスサノオ、ナミは20年前に死んでおるわ」
「ふん、地上最強と謡われた武人が、死ごときの流行り病で消えてしまうとは思えん。さっさとこの場に呼んでくれい」
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「俺は強いぞ……民も俺には逆らわないだろうさ」
「強さだけでは駄目だ」
「そんなことはどうでも良い!さっさとナミを出してくれ」
ナギは大きな溜息を吐いて、王座の背もたれに寄り掛かった。
「……なぜナミに会いたいのだ?」
「戦ってみたいからだ」
「稽古なら姉のオカミがいるだろう」
「姉様は弱いから大嫌いじゃ。俺にとっては稽古どころか準備運動にもならんわ」
「……随分な言われようですね」
すると、奥からスサノオの姉であるオカミが姿を現した。スサノオは気まずそうに頭を掻いて見せる。
「お、おう……いたのか姉様」
「お父様を困らせてはなりません。あなたにとっては父親かもしれませんが、一国の王である方の御前で失礼ですよ」
「俺はナミに会いたいだけだ」
「稽古なら私とツクヨミが相手をします」
「姉様は一度も俺に勝ったことないし、ツクヨミは頭が良いだけで武の研鑽をとっくの昔に放棄している。親父殿は老けてしまった。この地上に俺と対等に渡り合える武人は、戦場で1,000人の首を飛ばしたナミしかおらぬ」
「彼女はすでに死んでいます」
「ああ、またそれか!もう良い、話にならぬわ」
スサノオは顔を紅潮させ、ブツブツと文句を言いながらこの場を去った。
「……最近のスサノオの慢心は目に余るな」
「あれでは民を導くことができませぬ」
「オカミよ、おまえに少しでもナミのような武の気質があればな。民には慕われているが、優しさだけでは国を守ることができない」
オカミはナギの言葉を重く受け止めるかのように沈黙していた。
「スサノオが精神的に成長するまで、今のところは見守るしか術がないか」
「……近頃、嫌な噂を耳にします」
「ほう、どんな噂じゃ?」
「スサノオがナミを蘇らせるための方法を探っていると。おそらくあの洞窟へ……黄泉比良坂へ向かうやもしれません」
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